2018年3月25日日曜日

空から白い階段

 春のある日、自転車に乗って外へ絵を描きに行った。いつも部屋の中で絵を描いているけど、やっぱり外へ出た方が描くものがいろいろある。
 田舎道を走りながら、何を描こうかとあちこち眺めながら走っていた。野原から見た桜並木の絵を描こうかな、それとも川のほとりへ行って、菜の花畑の絵を描こうかなとか考えてた。
 一時間も走りながら、まだ描くものが決まらなかった。昨夜は夜遅くまで童話のイラストを描いていたので、なんだか眠くなってきた。
道の向こうに小さな原っぱがあった。木のそばに自動販売機が立っている。
「あそこでジュースを買おう」
 ガチャン。お金を入れてジュースが出て来た。喉が渇いていたのでそばの原っぱの木の下に座って飲んだ。天気は申し分なくよい。
空をぼんやり見上げているうちに眠くなってきた。
「ああ、何を描こうかな・・・」
ウトウトしながら、やがて眠ってしまった。
しばらくしてから、頭の上でさーっと風が吹いた。風に運ばれていい匂いがしたので目が覚めた。空を見上げると驚いた。
「あれっ、階段だ」
 空から白い階段が降りてきたのだ。だけどそれだけではなかった。
階段の上に誰か座っている。ピンク色の帽子をかぶった女性だった。
 階段は目の前まで降りて来た。
「モデルになってあげましょうか」
女性はいった。
「君は誰だ」
「わたしは春の女神です」
ピンク色のワンピースを着た女神なんているのかなと変に思ったけど、
「じゃあ、あなたをスケッチします」
といって、さっそくスケッチブックと色鉛筆を取りだして描きはじめた。
 一枚目は正面から女性を描いた。背景の雲の中まで伸びている白い階段が実に神秘的だ。描き終えると、構図をいろいろ変えて二枚目、三枚目と描いていった。
 夢中になって描いていると、女性が雲のベンチへ行ってみないかと誘ったので行くことにした。女性の後を追って、階段を登って行った。
 雲の上に辿り着くと、雲のベンチに腰かけた女性を描いた。雲の隙間から見える背景の青空と山並みがとても美しい。いくらでも絵が描けるのが不思議だった。
 描いているうちに、女性の服装が変わっていった。ギリシャ神話の女神のような白いドレスになった。この衣装なら春の女神に見える。
 同時にまわりの雲が桜の木に変わったり、雲の地面には白いスミレの花や、白い菜の花やタンポポの花が咲いていた。
 夢のような景色なので、夢中になって描いているうちにスケッチブックの紙がそろそろ足りなくなってきた。それくらいたくさんの春の雲の景色を描いたのだ。
 あまり夢中になっていたので、足元に雲の切れ間があることに気づかなかった。
 片足が切れ間に入り込んだとたんに、身体が大きく揺れて地上に向かって落下して行った。
「あっー!」
 気がついたとき、さっきの原っぱの木の下で眠っていた。
「ああ、不思議な夢だった。でもいい夢だったな」
 スケッチブックを開いてみると何も描かれていなかった。だけど家に帰ってから、夢の中で観た春の雲の景色と女神の姿をたくさん描いた。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話です)





2018年3月13日火曜日

自画像を描く木

 散歩の途中、奇妙な家の前を通った。二階建ての古ぼけた洋館だった。鉄の柵は錆びついており、家の庭は雑草がぼうぼうに茂っていた。
「以前、ここを通ったときはこんな家なかったのに」
 誰も住んでいない空き家だったので、敷地の中へこっそり入ってみた。壁はあちこちひびが入り、つる草が一面に伸びていた。一階の窓ガラスのひとつが割れている。窓のそばに太い幹の木が立っていた。
 ちょっと窓から家の中を覗いてみた。中はアトリエだった。
 壁には古ぼけた絵画が飾ってあり、描きかけの絵を載せたイーゼルが立っている。この家の庭を描いた絵だった。
 ところがすぐに気づいた。まるで今日描いたみたいに絵具がキラキラ光っている。薄め液とペインティングオイルの匂いも漂っている。絵はまだ半分しか出来ていないが、さっきまで誰かが描いていたようだった。
「幽霊でも住んでいるのかな」
 ホラー映画に出てくるような家なのでだんだん気味が悪くなってきた。
 帰るとき、家の周りをぐるーっと歩いてみた。家の壁はつる草で一面覆われていて家のような気がしなかった。
 数日して、またその家の前を通った。絵のことが気になってアトリエの窓のところへ行ってみた。
「あれっ、」
 イーゼルに載っている絵が数日前よりも制作が進んでいる。あとすこしで完成するみたいだ。
「いったい誰が描いているんだろう」
 その謎が知りたかったので、なんとかつきとめようと思った。
 家のドアは鍵が掛けられており、窓も閉まっているので誰も入ることは出来ない。
「家の中に誰かいるのかな」
 その日、何時間も庭の木のそばに座ってじっと家を観察してみた。だけど何も起こらなかった。夕方になったので帰ることにした。
 家に帰ってからシャツに絵具がついているのに気づいた。油絵具だった。時間がたっていたので固まっていた。
「あの家の庭でついたのかな」
 不思議に思いながらも、その夜はすぐに寝た。
 深夜、変な夢で起こされた。あの奇妙な家の夢だった。庭の木がアトリエのガラスの割れた窓の中に枝を伸ばして何かをしている夢だった。何をしているのか分からなかった。夢から覚めて、そのあと夢のことが気になってぜんぜん寝つかれなかった。
「あの家へ行ってみるか。夢ではなく本当のことだったら謎が解ける」
 思いながら出かけてみることにした。時刻は午前2時を過ぎていた。
 外へ出ると月の夜だった。誰も歩いていない夜道を歩いて行った。
奇妙な家の前に着いた。敷地の中へ入ろうとしたとき「はっ」と驚いた。
アトリエのそばに立っている木から伸びた枝が、ガラスの割れた窓の中に入っている。ときどき枝が動くので、持っている絵筆と手鏡がちらちら見えた。
「自画像を描いているんだ」 
人間の手のように器用に動く枝をじっと注意深く眺めていた。
「完成した絵はどんなだろう」
 夜が明ける頃、家へ帰って行った。
 目が覚めてから、午後あの家へ行ってみた。
 アトリエの中には、すっかり出来上がった木の自画像が立ててあった。
窓のそばの木は何事もなかったように静かに立っていた。
 それからも、たびたび奇妙な家に行ったが、ある日、その家は取り壊されてなくなっていた。それからはアトリエの絵を観ることは出来なくなった。





 (オリジナルイラスト)


(未発表童話です)




2018年3月2日金曜日

お菓子とケーキで出来た町

 春になって暖かい日だったので、自転車に乗って町の公園へ散歩に行った。
 ある角を曲がったとき、周囲がぼんやりして、すーっと大気の向こう側の世界へ吸い込まれた。その部分だけ目に見えない穴が開いていたのだ。気がつくと知らない田舎の野原の道を走っていた。
 風に流されてどこからか甘い匂いが漂ってきた。
「ケーキの匂いだ。いったいどこから」
 走って行くと道が二つに分かれていた。匂いのする方の道を走って行った。
しばらく行くと、遠くに町が見えてきた。でも、建っている家はどれもお菓子やケーキで出来ている家ばかりだった。家の瓦は色とりどりのキャンディーで出来ており、壁はスポンジケーキ。庭の木はチョコレート。郵便ポストなんかバウムクーヘンで出来ている。
 コーヒー店があったので中へ入った。ウエイトレスが注文を取りにやって来た。
「コーヒーを一杯」
「はい、おやつはご自由に」
 このお店では、テーブルも椅子も壁に掛かった飾りや絵画もぜんぶお菓子で出来ている。どれを食べてもいいそうだ。ちょっと壁にはめこんであったホワイトチョコレートを食べてみた。
「ちょうどいい甘さでおいしい」
コーヒーを飲みながらいろんなものを食べてみた。
 お店を出て町を見物してから、広い野原の道を走っていると、うしろからリンゴの形をした馬車が走ってきた。馬車はリンゴの実をくりぬいて出来ている。屋根に「タクシー」の文字が入っていた。二頭の白い馬が引いていた。だれも乗っていなかったので声をかけてみた。
「乗せてくれないか」
馬車は止まった。
「どうぞ。どちらまで」
「賑やかなところがいいな」
「じゃあ、王さまのお城へ行きましょう」
 今日は王さまのお誕生日で、町の人たちもたくさんやって来るそうだ。
自転車を馬車の荷台に積んでもらって、馬は走り出した。お城まですこし距離があるというので、昼寝でもしようかなと思った。でも、馬車の中はリンゴの甘に匂いが漂っているので、果肉をすこしつまみ食いした。
 道の途中で、屋台を引いた焼いも屋が歩いていた。焼いものいい匂いがするので、バターをたっぷり付けてもらって、ひとつ買った。
 焼いもを食べ終わった頃、丘の向こうにお城が見えて来た。
お城の塀はチョコレートで出来ており、お城の壁はパウンドケーキにクリームが塗ってある。塔の屋根にはドロップがはめ込まれている。
 門をくぐって(門はビスケットで出来ている)中庭に入ると、たくさんの人だかり。何百人もいる。窓から王さまが顔を出して手を振っている。パチパチと拍手の音。でも市民はお城の中には入れない。
「なんとかお城の夕食会に行きたいな」
思ってると、今夜の夕食会に呼ばれたマンドリン楽団がやってきた。どうしたわけか指揮者が心配そうな顔をしている。
「やれやれ、マンドリンを弾く楽員が熱を出してメンバーがひとり足りない、どこかに代わりがいないかなあ」
「私が弾きましょう」
といってメンバーに入れてもらった。
 夕食会までは、まだ時間があるので、マンドリンと衣装を貸してもらってお城の音楽室で練習をはじめた。
 レパートリーは15曲ほどあったが、どの曲もマンドリンクラブでも弾いたことがある曲だった。
「いやあ、この演奏なら、なんとかなりそうだ。よかった」
指揮者は楽員の補充が出来て喜んでいた。
 夜になり、お城の夕食会に行った。
 中はひろびろとして、床は真っ赤な絨毯が敷いてあり、天井には飴のシャンデリア。楽団の場所は、王さまのテーブルのすぐ横だった。
 夕食会がはじまると、楽団の演奏を聴きながら、みんな料理を食べはじめた。料理は、すべてケーキやお菓子で出来てるチキンやビーフ、山もりの果物とサラダ、それにワインやシャンパンだった。
 夕食会が終わると、次はダンスパ-ティーだった。部屋を移動してみんな楽団の演奏でダンスを踊った。
 楽団員はお腹も減っていたので、変わりばんこに食堂へ行って料理を食べたり、ワインやシャンパンを飲んだりした。
 ダンスパーティーが終わると、みんなお城から出て行った。
お城の馬小屋へ行くと、自転車が置いてあった。
「馬車はもう帰ってしまったんだ」
 しかたがないので、自転車で帰ることにした。ワインとシャンパンを飲み過ぎたせいか、ふらふらして帰った。
 川のそばを走っていたとき、ふらついて川の中へどぼんと落ちてしまった。
「冷たいー!」
 さけんだとき、周囲がぼんやりして、水面と大気の間に穴が開いていて、その中へすーっと吸い込まれた。気がつくと、いつもの町を自転車でのんびり走っていた。
「不思議な世界へ入り込んだものだ。どうしてだろう」
思っていると、目の前に最近オープンしたばかりの知らないコーヒー店があった。お菓子とケーキで出来た町のコーヒー店とそっくりなお店だった。でも、建物は食べることが出来ない普通のお店だった。





(オリジナルイラスト)

(未発表童話です)