2018年12月30日日曜日

風船気球でワカサギ釣り

 冬になり山は雪ですっかり覆われました。山の湖は厚い氷が張りワカサギ釣りのシーズンです。でも今年は大雪で山道は通行止めです。楽しみにしていたワカサギ釣りにいけません。
「困ったな、なんとか山の湖にいける方法はないものか」
 いろいろ考えながら釣り人はいいことを思いつきました。
「そうだ。風船気球を作ろう」
 思ったらすぐに行動する人だったので、さっそく材料を集めることにしました。
玩具店へ行って大量の風船を買ってきて、ヘリウムガスも購入しました。
「ゴンドラは竹が軽くていい」
 竹藪へいって竹を切り、その竹に色を付けてゴンドラを作りました。
 ある日、風船にガスを入れて空へ飛び立ちました。
 山に向かって風が吹いていたので、風船気球はスムーズに飛びました。
 雪の積もった田畑の上を飛びながらやがて山の斜面までやってきました。
「さあ、頂上まで登ろう」
 水の入ったビニール袋を何個か落とすと、風船は軽くなってふわふわ登って行きました。風に流されないように釣り竿を雪の壁に差し込んで登りました。
 やがて頂上が見えてきました。
「わあ、すごい、見渡す限り氷の世界だ。さあ、釣ろう」
 氷が張った湖に着陸して、さっそく準備をはじめました。
 手動ドリルで氷に穴をあけて、糸を垂らしました。
 一日釣りをして、バケツ一杯の魚を釣り上げました。
「そろそろ帰ろうかな」
 ところがなんだか空模様が怪しいのです。風が強くなって雪が降ってきました。みるまに猛吹雪になりました。
「これじゃ、風船を飛ばせられないな。どうしよう」
 仕方がないので今夜は氷の上でキャンプをすることにしました。
 ストーブがないので、ほかほかカイロだけで我慢しました。
 夜中にお腹が減って目が覚めたので、釣った魚を何匹かコンロで焼いて食べました。
 ところが朝、起きると風船がありません。風で飛ばされたのです。
「困ったな。山から降りられない」
 なくなった風船を探しに行きました。しばらく行くと山の斜面の木の枝に風船が引っかかっていました。
「あれだ、あんなところまで飛ばされたんだ」
 さっそく歩いて行きました。
 ところがびっくりしました。風船のそばに熊がいるのです。
木のそばに洞穴が見えました。冬眠中の熊が風船の音に気づいて目が覚めたのです。
「どうしよう。なんとか熊を追い払うことはできないものか」
そのとき熊と目が合いました。魚を入れたバケツを持っていたので熊が近づいてきました。マタギみたいに猟銃を持っていないので逃げるしかありません。
「助けてくれ!」
 声を張り上げながら逃げました。風船のことなど頭にありません。熊はだんだん近づいてきました。
 山の斜面を転げ落ちながら、逃げ続けました。
 そのとき空の上からプロペラの音が聞こえました。ヘリコプターでした。この山の近くでなだれが起きていたので見回りに来ていたのです。
「おーい、助けてくれ」
 ヘリコプターはすぐに釣り人を見つけて、ロープを投げてくれました。
すぐにロープにつかまって助けてもらいました。でも釣った魚はぜんぶ熊に取られてしましました。



(オリジナルイラスト)





(未発表童話)





2018年12月16日日曜日

豪雪にあったサンタクロース

 あしたは楽しいクリスマスイブです。サンタクロースのおじいさんは、山の家の中で、子供たちに贈るプレゼントを袋の中に詰めたり、トナカイに餌をやったり、橇の点検をしたり大忙しです。
「あしたは富山、石川、福井を回らなければいけないんだ。でも雪の予報だな」
このサンタクロースは今年は北陸3県を担当することになっていました。
 週間天気予報を見ても雪マークでいっぱいです。でも仕事を休むことはできません。
 翌朝、目を覚ますとびっくりしました。
「なんだあ、この雪は」
 昨夜のうちに、大雪が降って家の屋根まで雪が積もっています。これでは外に出られません。
「早く雪をかいて、出発しないと今日中に回れない」 
 窓も開かないので、部屋の煙突から外へ出ました。
「家の雪かきは後まわしにして、問題は小屋の橇を出すことだ」
 小屋へ行ってみました。小屋も雪で埋もれて見えません。
「早く出そう」
 スコップを持ってきて雪をかきはじめました。
しばらくして、小屋の扉が見えてきました。小屋の中は静まり返っています。
 扉を開けてみました。
 二頭のトナカイが半分凍ったようになって藁の中にうずくまっていました。
「大変だ。凍死する前に、生き返さなければ」
 家に戻って、ミルクを沸かして持ってきました。
「さあ、これを飲むんだ」
 トナカイの口の中に温かいミルク流し込みました。
 しばらくするとトナカイは意識を取り戻しました。全身マッサージもしてやって、元気になりました。
「さあ、早く出掛けよう」
 小屋から橇を出して、サンタクロースは雪の道を滑って行きました。村々を通り、やがて富山の町が見えてきました。
 町に入ると、除雪のために道路は渋滞して、なかなか先に進めません。
「困ったな。まだたっぷり仕事が残っているんだ」
 こんなときは空を飛んだりするのですが、雪が強まって視界が悪く、電線にひっかかったり、電信柱にぶつかったりする危険があるのでそれも出来ません。
 横道に入ったりしながら家々を回りました。
 富山を回り終えて、次は石川に行きました、ここでも国道は大渋滞でした。
「ダメだ、高速道路で行こう」
 北陸自動車道は雪で通行止めでしたが、自動車が走っていないので橇でスムーズに行けるのです。料金所のガードを飛び越えて、中へ入りました。
「さあ、急いで行こう」
 風が冷たくて寒いので、ときどきパーキングエリアに入って、自動販売機コーナーでホットコーヒーを買って飲んだりしました。
 家が見えてくると、高速道路の塀をジャンプして乗り越えました。
 国道を走りながら、町へ行ったり、山へ行ったり、海辺の町へも行ってプレゼントを配りました。
 夕方になると、次の寒気が入ってきて猛吹雪になりました。
 視界が悪く、対向車とぶつかりそうになったので、ランプに火を灯して走りました。
 福井を無事に回り終えると、また高速道路で帰ることにしました。石川を走っていたとき高速道路沿いに温泉があったので、そこへ行くことにしました。
 暖かい温泉にゆっくり浸かって、マッサージもしてもらい一日の疲れをとりました。そしてまた高速道路で帰って行きました。
 今年のクリスマスは大雪のために、ずいぶん苦労しましたが、予定どおり北陸3県を全部回ることが出来ました。
 仕事を終えて家に帰って来たのは明け方でした。
 山の家もずいぶん雪が積もっていて、雪かきが大変でした。
「来年のクリスマスは晴れだったらいいなあ」
 ようやく雪かきが終わって食事を済ませると、サンタクロースは死んだように眠りにつきました。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年12月10日月曜日

絵と詩 雲の朝食




 雲だってお腹が減るんだ
 いろんな形に変わったり
 いつも動きまわっているから
 きっと夕食も食べるだろう。

(色鉛筆、パステル、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2018年11月30日金曜日

危険な発明家

 町はずれに一軒の家があった。家には発明家がひとりで住んでいた。半年前まで服役していたが、出所してから引き続きロボットの制作をしていた。
 子供の頃からアイディアマンで、誰も思いつかないようなユニークなロボットを作っていた。
「今度は犬ロボットと猫ロボットだ。人口知能を取り入れたものだから、きっと役に立つ」
 毎日制作に励んで、ある日完成させた。
「このロボットを働かせて、のんびり楽して暮らそう」
 ある夕方、猫ロボットを呼んで指示を与えた。
「いいな、教えたとおり、夕飯のおかずをもってくるんだ」
 猫ロボットは家からすばやく出て行った。
 近所をまわりながら、夕飯の匂いを嗅いでいたが、一軒の家の塀を乗り越えると庭へ侵入した。
 開いた窓の中を覗くと、食卓に刺身のパックが置いてある。猫ロボットはすばやくパックをくわえるとその家から出て行った。
「いいこだ。よくやった」
 しばらくすると、犬ロボットが帰ってきた。
 犬ロボットに指示したのは、お米屋さんへ行って、主人がいないときを見計らって2キロのお米の袋をくわえてくることだった。 
 犬ロボットは指示どおりお米の袋をくわえてきた。
「よくやった。これで今夜の食事は整った」
 次の日も二匹のロボットをデパートへ行かせて、食料品を中心に持って来させた。
 ある日、ハトのロボットを数羽作った。空を飛ばせるので難しかったがやっと出来た。
 ハトたちを呼んで、
「いいな。デパートへ飛んで行って、石鹸とシャンプーとタオルを持ってくるんだ」 
 ハトロボットはいわれたとおり、デパートへ飛んで行くと、お客のあとからデパートの中へ入っていった。
 生活必需品のコーナーへ行き、商品棚から石鹸、シャンプー、タオルをくわえると、出口へ行き、お客のあとから出て行った。
「よくやった。これで風呂にも入れる」
 ロボットたちは、男の好みをすっかり学習していたので、食べ物なら肉よりも刺身や焼き魚、お米ならコシヒカリやヒノヒカリなどを持ってきた。
 ある日、犬ロボットがスーパーからお米の袋をくわえて、交番の前を歩いていたとき、中から警官がそれを見つけて、
「あの犬、どこへ行くんだ、あやしいな」
 最近、デパートやスーパーで万引きが相次いで起きていたので、同僚と一緒に犬のあとをつけて行くことにした。
 犬ロボットは、人間の職業について何も学習をしていなかったので、うしろから警官がついてきても知らん顔だった。
 犬ロボットは町はずれの一軒の家の中へ入って行った。
 警官は玄関のチャイムを鳴らした。
「どなたですか」
「交番の警官だが」
 男は驚いて玄関の戸を開けた。
「変な犬がここへ入るのを見た」
「変な犬って、どんなですか」
「お米の袋をくわえた犬だ」
 そのときさっきの犬が現れた。
「この犬だな」
 犬はしばらくおとなしく座っていたが、おもむろに立ち上がると、警官のピストルをくわえようとした。
「こいつ、やめんか」
そのとき猫ロボットとハトロボットが部屋から飛び出してきた。
 もうひとりの警官のピストルも奪おうとした。
 男は今度はピストルを奪って銀行強盗を企んでいたのだ。
 犬も猫もハトも指示に従ったのだ。
 男はすぐに逮捕されて、また服役することになった。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話)





2018年11月16日金曜日

袋を背負った男

 町へサーカスがやってきて興行をやりました。町の人は珍しいので喜んで観に出かけました。でも最近は昔と比べるとどこの町でも客の入りが悪いのです。
 団長は困った様子で、
「いかんな。もっとお客が喜ぶような芸をやらないと採算が取れない」
 その日の夕方のこと、サーカスが終わったあと、見知らぬ男が団長の部屋の戸をノックしました。
「だれだい、お入り」
 部屋に入ってきたのは、背中に袋を背負った男でした。
「こちらでお売りしたいものがあるんですが」
「何を売りたいんだね、別に買う気はないが」
 男は続けた。
「このサーカスには芸人さんは何人いますか」
「13人だが」
「動物は何頭ですか」
「クマ3頭、ライオン2頭、ヒョウ1頭、馬4頭、象2頭だ」
「ありがとうございます」
「それがなんだね」
 団長はめんどくさそうにいった。
「じつは薬をお売りしたくてまいりました。この袋に入っている薬を飲めば、芸人なら体力が2倍以上、動物ならば3倍以上増強するのです」
「ははあーん、薬屋か。そんな薬など聞いたことがない」
「でもこの薬は本当によく効くのです。試しに飲んでみますか」
 団長はそんな薬があるわけがないとしばらく疑っていましたが、男がしつこく勧めるので飲んでみることにしたのです。
「じゃあ、試しに飲んでみよう」 
  男はポケットから粉薬と握力計を取り出しました。
「薬を飲む前に、これを握って下さい」
「どれ」
 団長は握力計を握ってみました。針が真ん中で止まりました。
「では、これを飲んでからもう一度握って下さい」
 団長はコップに水を入れると、薬と一緒に飲みました。そして握力計を握ってみました。
 すると、驚いたことに針が最大値を示して止まりました。
「いや、驚いた。信じられん」
「どうですか、申し上げたとおりでしょう。1袋で2倍、2袋で4倍に増強します。2週間は効果があります」
「わかった、使ってみよう。値段はいくらだ」
「はい、20袋で1万円」
「高いな、そんな高いものは買えん」
「ぜんぜん高くはありません。これからの稼ぎのことを考えたら、タダみたいなものですよ」
「でももう少し安くならないか」
「お売りする値段と数量は社の方で決まっておりますが、はじめてということなので、じゃ、初回分だけ9000円。これ以上はまけられません」
「そうかい、じゃあ。とりあえず前金半分だけを払うよ。残りは効果をみてからだ」
「承知しました。じゃあ前金を」
 話が決まると、団長は粉薬を25袋買いました。芸人と動物たちに飲ませる分でした。
「では2週間後に、またお邪魔させていただきます」
 男はそういって帰って行きました。
 翌日、団長はゆうべ男から買った薬をサーカスの芸人たちと動物たちに飲ませました。
 すると、その日からテントの中では、これまでにない大変な賑わいになりました。
 いままでひとりの男をぶら下げてブランコを漕いでいた芸人が、二人をぶらさげて曲芸をやりました。重量上げの芸人も、2頭のクマを軽々と持ち上げました。
 ライオンとヒョウの火の輪くぐりでは 3頭が2メートル以上の高さまでジャンプして見事にくぐり抜けました。曲馬芸では馬の走るスピードがものすごく速く、その上でピエロが縄跳びで三重飛びをして観客をびっくりさせました。
 ですからサーカスは毎日大盛況で、その噂を聞いてとなり町からもお客がたくさんやってくるようになり、売り上げも相当に伸びました。
 懐が温かくなった団長は、仕事が終わると、芸人を連れて町のあちこちへ飲みに出かけました。
「やっぱり、あの男の薬は効果があった。こんなことだったら、もっとたくさん買えばよかった。でもやっぱり1万円は高すぎる」
 2週間後のある夜、団長の部屋へ袋を担いだ男が入ってきました。
「どうでしたか、薬の効果は」
「いや、驚いた。あんなに効くとは思わなかった」
「では、残りのお金をいただきましょう」
 団長はお金を払ったあと、
「どうだね、もう少し安い値段で薬を売ってくれないか。そしたらもっとたくさん買うから」
「いえ、お売りする値段と数量は社の方で決まっておりますから」
「そんなこといわないで売ってくれ」
「いえ、駄目です」
「どうしても駄目かな」
「はい、いくらいわれてもです」
「そうかい、そんなら仕方がない」
 団長は誰かを呼ぶように手を叩きました。
 となりの部屋から筋肉隆々の大男の団員が出てきて、男を縛り上げました。
「何をするんですか」
「どうだい。売る気になったか」
 男は苦しそうに、
「やめてください。いくらいわれてもお売りすることはできません」
 団長は男の袋を取り上げました。
「この中にたくさん薬が入っているんだな。ケガをしたくなかったら、安い値段で全部売ってくれ」
「駄目です」
「そうかい、じゃあ、仕方がない。タダでいただくよ」 
 団長は袋の紐をほどこうとしました。
「待ってください。その袋を開けてはいけません」
「そういわれるとますます開けたくなるもんだ」
 団長は紐をほどいて、袋を開けました。
 すると、大変なことが起きたのです。それは一瞬の出来事でした。
 団長も大男も袋の中に吸い込まれたのです。いえ、それだけではありません。サーカスのテントも、芸人も、動物も檻もすべてです。
 気がつくと、その場所はなにもない空き地の中で、男がただひとり立っていました。
「ああ、あれほどいったのに」
 男は、残念そうな顔をしながら、袋の紐を結んでどこかへ立ち去って行きました。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年11月10日土曜日

絵と詩 読書




 誰が本を読んでいるのかなと思ったら
 それは木だった。
 何百年も生きるから
 たくさん読めるな。

(色鉛筆、パステル、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2018年10月29日月曜日

いろんな実がなる木

 植物学者で発明家のK、M氏は、長年の研究の末、いろんな実がなる木を作った。それは果物だけではない、野菜もできるのだ。
「ああ、この木が一本あれば毎日の生活に困らない」
 家の中で育てれば一年中収穫できる。
 半年後には、短期間で成長させる肥料も完成させた。
「今年の学会に発表しようかな」
 K、M氏は満足そうにつぶやいた。
 ある日友人の魚類学者で発明家のH、Y氏がやってきた。
「とうとう出来たんですね」
「ああ、でも味の方はわからない」
「じゃあ、一緒に食べましょう」
 二人は食べた。
「美味い。成功ですよ」
「よかった、長年の苦労が実った」 
 友人は祝福して帰って行った。でも、H、Y氏は心の中はそわそわと落ち着きがなかった。
 家に帰るとすぐに研究室に入った。研究室の中には大きな水槽がいくつも置かれていた。
「さあ、おれも早く完成させよう」 
 H、Y氏が研究しているは、水槽の中でどんな魚でも育てることが出来るものだった。いや、魚だけではない。タコやイカなどの軟体動物も育てることが出来るのだ。方法は簡単だった。卵を入れてさえ置けばいいのである。でも短期間で成長させる薬の開発はまだだった。
「ああ、K、M氏が完成させた肥料の秘密が知りたい」
 ある日いいことを思いついた。
「そうだ、明日はK、M氏の誕生日だ。ウオッカを飲みながら誕生日を祝ってやろう。酔いつぶれて眠ったあと、研究室に忍び込んで実験ノートを覗いて観よう」
 翌日、電話を入れてからK、M氏の家に行った。
「ありがとう。研究が忙しくて誕生日のことなんかすっかり忘れていたよ」
 その夜はポーカーをしながら一緒に酒を飲んだ。カードをめくりながら会話は研究のことに移っていった。
「先生の肥料はずいぶん効果があるんですね」
「いや、まだ完成品とはいえない。でもあの肥料のおかげで3倍~5倍は早く収穫できるようになった」
 話しながらK、M氏はあくびをはじめた。実はウオッカに睡眠薬を入れておいたのだ。
 K、M氏がすっかり眠ってしまうと、H、Y氏は、研究室に入り実験ノートを探した。ようやく見つかると、重要な部分を書き写した。
「ああ、これで肥料の成分がわかる。これをヒントにして作ろう」
 朝になり、H、Y氏は帰って行った。
 何も知らないK、M氏は二日酔いの頭でいつもの研究をはじめた。
 1ヶ月後、短期間で成長させる薬を完成させたH、Y氏は、さっそく試すことにした。いくつもの水槽の中に薬品を入れていった。
「ああ、明日の朝には効果が現れるはずだ。楽しみだ」
 思った通りだった。翌朝水槽の中を観ると、卵がかえって10センチくらいの魚が泳いでいる。ほかの水槽を観ても同じだった。
 ある日、K、M氏から電話があった。
「H、Yくんか。いま学会の研究発表会場にいるんだが、今度の研究がどうやら最優秀研究として学会誌に掲載されるそうだ。長年の研究の成果が認められるわけだ。完成論文はあとから作って送るよ。学会が終わったら、四、五日こちらで遊んでくるよ」
「ほんとうですか、それはおめでとおございます」
 H、Y氏は口ではそんなことをいったが、本心は先を越されてガッカリだった。
「ああ、間に合わなかった。せっかくの研究が」
 ところが、それから五日たった夕方のことだった。K、M氏からまた電話があった。ずいぶん慌てたような声だった。
「すぐに来てくれ」
 駆けつけてみると、理由がすぐに分かった。
 K、M氏の家の屋根から巨大な木が突き抜けて立っており、窓をやぶって枝が外へ伸びている。枝には人間ほどの大きさの果実や野菜がぶら下がっていた。
「留守の間に、急激に成長したんだ。これじゃ完成論文を提出できない」
 それを聞いて、H、Y氏も思い出したように慌てて家に帰って行った。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年10月15日月曜日

夜歩く靴(短篇小説)

 新しい靴を購入した。黒革の靴だった。買ったのは、町はずれの小さな靴屋だった。若い主人が作っていて、今では珍しい手作りの靴だった。とても履きよいのでいつもこの靴で外へ出かけた。買ってから一週間は何事もなかった。でも、それから変なことが起きたのだ。
「あれ、泥がついている」
 ある朝、靴底がずいぶん汚れているのですぐに気づいた。
「昨日は雨も降ってなかったし、汚れた道を歩いたこともない」
 考えてもわからなかった。
 気を取り直して、その日はショッピングセンターへ買い物に出かけた。いつも自転車で行くのだ。
 買い物袋を籠に入れて帰ってきた。午後は部屋の掃除をした。夕方になり、夕食を済ませて、その夜は読書をして早めに寝た。
 朝になり、テレビを観ながら朝食を食べていた。
「今日は図書館へ本を借りに行こう」
 準備をして玄関へ行った。
「あれ、また泥んこだ」
 同じことが起きたので、なんだか気味が悪くなってきた。
「誰かが忍び込んで、この靴を履いて行ったのかな。いや、部屋へなんか入れるわけがない」
 二度も同じことが起きたので、突き止めることにした。
 図書館から帰ってきて午後はマンドリンの練習をした。来月、演奏会があるからだ。
 その夜一晩中起きて、玄関の様子をじっと監視した。午前2時頃だった。カチャと玄関のドアの鍵を開ける音がした。すぐに玄関の様子を観にいった。
「あっ、靴がドアを開けて出て行く。まるで幽霊だ」
 すぐに着替えて、あとをつけて行った。
 アパートの階段を降りると、靴は歩道を歩いて行った。月明かりの晩だったので、靴が歩いて行く姿がよく見えた。透明人間が履いてるみたいで、靴の歩き方も自然だった。通行人は誰もいなかった。
 突き当りの信号機の所で、靴は左道へ行った。この道を行くとお寺がある。街灯も少なく、夜道は危なっかしい。靴はお寺の横を通り過ぎると、さらに真っすぐ歩いて行った。その先は空き地で右に曲がるとお墓がある。靴が右へ歩いて行ったので、私もついて行った。ところが角を曲がったとき靴を見失ってしまった。
「どこへ行ったんだ。まさかお墓の中かな」
 舗装がされていないお墓の中へ入ってあちこち探したが、いくら探してもみつからなかった。
 そんな不思議なことが一週間ほど続いた。ある日、靴を買った店へ行った。主人に靴のことを尋ねてみようと思ったからだ。
「えっ、そんなことがあったんですか。信じられません」
 主人も驚いた様子だった。
「最近、毎晩のように出て行くんです。この前なんかお墓へ行きました」
「お墓に、まさか」
 主人は、半年前に亡くなった先代の父親のことを話してくれた。父親はそのお墓に祀られていて、買った靴は先代が最後に作った靴だった。
「雨の日でした。夕方、傘を差して買い物に出かけて行った帰りに車にはねられましてね。犯人はまだ捕まっていません」
「そうでしたか。そうだとしたら、靴が犯人を探しているのかな」
「そんなこと信じられません。でも不思議なことです。父親の魂が靴に乗り移っているみたいですね。まるで幽霊探偵だ」
 帰って来てから、さらに詳しく靴の行動を観察することにした。
 その夜、靴は深夜にまた出て行った。
 すぐにあとをつけて行った。
 靴は、国道の歩道を東の方へ歩いて行った。1キロ先きにコンビニがあり、そのすぐ後ろに古ぼけたアパートがあった。靴はそのアパートの駐車場へ歩いて行くとうろついていた。
「何をしてるんだ」
 靴は一台の車に興味があるみたいだ。でもその夜はそれだけで靴はもと来た道を帰って行った。
 二日後、深夜に靴はまた出て行った。曇りの日だった。
 靴はこの前のアパートの駐車場へ行くと、しばらく一台の乗用車の傍をうろついていたが、やがて、アパートの階段をゆっくり登って行った。
「まさか、ひき逃げ犯人の部屋かな」
 あとから私も階段を登って行った。
 靴は三階の一番奥の部屋の前でしばらくじっとしていたが、幽霊のようにドアを登りはじめた。そして鍵穴から中を覗き込んでいる。
 靴はじっと覗き込んでいたが、やがて階段を降りて帰って行った。私は靴がいなくなってから表札の名前を確認した。
「もしこの部屋の住人が犯人なら警察に知らせよう」
 でも証拠がないのだ。靴が立ち去った後、駐車場のさっきの乗用車を念入りに調べてみた。するとその車の前輪の左のタイヤのあちこちに血痕があった。タイヤホイールの隙間には黒いビニールの切れ端が付いている。それは傘がやぶれて付いたものだ。車体には傘で傷つけたような跡が残っていた。
「きっとこの車ではねたんだ」
 翌日、警察へ通報することにした。たぶん信じてもらえないと思っていたが、警察ではひき逃げ犯人の足取りがまだつかめていなかったので、どんな些細なことでも知りたがっていた。だからアパートの場所と車のナンバーを教えて電話を切った。
 一週間後、新聞にひき逃げ犯人逮捕の記事が載っていた。
「やっぱりそうだったのか。靴のお手柄だな」
 その夜、靴はいつになく軽やかな足取りで出て行った。あとをつけて行くと、あのお墓だった。ひとつの墓石のそばで誰かと話をしていたのだが、小声でよく分からなかった。それが最後だった。靴はそれ以来外出することはなくなった。



(オリジナルイラスト)





(未発表作)





2018年10月10日水曜日

絵と詩 青空





空が青いってことは
平和な証拠だ。

(パステル、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2018年9月28日金曜日

不思議なピエロの絵

 ほんとうに不思議な絵でした。世界中にこんな絵はどこにもありません。一輪車に乗ったピエロを描いただけの絵ですが、それがほんとうに不思議なのです。
 この絵ははじめ町の小さな画廊で売られていましたが、あるお客が買い取って、家に飾っていました。ところがどうしたわけか、変なことばかり起こるのです。
  夜眠っていると、台所から、ぼりぼりと何か食べている音が聞こえてきたり、パイプの匂いが漂ってきたり、まったくおかしなことばかりでした。
「気味が悪いな。あの絵のせいだ」
 さっそく物置にしまって、処分しようと思っていました。
 ところが、ある日、絵はなくなっていたのです。だれが持って行ったのかさっぱりわかりません。
 数日後、この絵は別の家に飾ってありました。
「玄関を開けると置いてあったんだ。誰が持ってきたのかわからない。でも、タダで貰えてよかった」
 ところが、ある深夜、この家でも変なことが起きました。居間からテレビの音が聞こえてきたり、ポテトチップを食べている音が聞こえるのです。
「お化けがいるのかな」
 そっと居間へ歩いていくと、音は急にしなくなりました。
「変だなあ」
 この家の人も気味が悪くなって、絵を売りに行くことにしました。でも、ある日、居間へ行くと絵はなくなっていたのです。
 月がきれいな夜のことでした。
 町の電信柱の電線の上を一輪車が走っていました。一輪車の上に一枚の額縁が乗っていました。月の光で絵が見えました。ピエロの絵でした。
 ピエロは額縁を担いで一輪車のペダルを漕ぎ、となり町へ向かっていました。
人や車がいないときは、国道へ降りて走りました。橋を渡って川沿いの道を走っていると、川のそばに一軒の家がありました。明るい部屋の中で、男の人がマンドリンを弾いていました。
「つぎはあの家にやっかいになろう」
 玄関の前へやってくると、チャイムを鳴らしました。
 男の人が出てきました。でも誰もいません。ドアのそばに一枚の絵が置いてありました。
「面白い絵だ。誰が持ってきたのかな」
 変に思いましたが、せっかくなので部屋に飾ることにしました。
 男の人は絵を眺めながら、いつもマンドリンを弾いていました。
 ところがある夜眠っていると、音楽室からトレモロの音が聞こえてきたのです。
「泥棒が入って弾いてるのかな」
 忍び足で音楽室へ行きました。ところが部屋のドアを開けようとしたとき音はしなくなりました。
「やれやれ夢か」
 でもまたある夜も聴こえて来たので、気味が悪くなって絵を手放すことにしたのです。
 男の人の友人に、子供ミュージカルの脚本を書いている作家を知っていたので、その人にあげることにしました。
「不思議な絵だけど、飾ってみないか」
「じゃあ、いただくよ」
 その友人は、書斎の壁に掛けて、いつも眺めていました。絵を見ながらサーカスの話が書きたくなってきました。毎日原稿を書いていました。でも何度も行き詰りました。
「やれやれ、やっぱりサーカスの世界をよく知らないと書けないな」
 半分諦めていると、ある夜、書斎でカサカサと原稿を書いている音が聞こえてきたので目が覚めました。でも、すぐに音はしなくなったのでそのまま眠ってしまいました。
 翌朝、机の上を見ると、サーカスの脚本が出来あがっていました。
「誰が書いたんだ」
 読んでみると、サーカスの世界のことがよく書けています。それにたいへん面白いので、今度の公演で使おうと思いました。
 ところがその作品が出来上がった翌日にピエロの絵はなくなっていたのです。
 ある夜、ピエロの絵が電線の上を走っていると、公園のベンチの上で何か光っていました。
「あ、ハーモニカだ」
 誰かが忘れていったのです。
 欲しくなったので、ベンチに行くとハーモニカをもらってきました。サーカスにいた頃はお客さんの前でずいぶんハーモニカを吹いたものでした。
 月の光を浴びながら、ピエロはハーモニカを吹きながら走りました。
 広い田畑を走り、やがて丘の向こうに砂浜が見えてきました 
 海が見える寂しい浜辺に、白壁の家がありました。電灯がついた部屋に絵がたくさん飾ってありました。その家は絵描きさんの家でした。
 ピエロはそれらの絵に見覚えがありました。
「サーカスの仲間たちだ」
 電線から降りて、アトリエの中を見ました。
「思い出した。おれはこの部屋で描かれたんだ。ずいぶん昔だったな」
 記憶が蘇ってきました。
 ピエロがサーカスの人たちとこの町へやってきたとき、モデルになってほしいというので、このアトリエにみんでやって来て描いてもらったのです。
 サーカスの生活は楽しいものでしたが、その後、サーカスは経営不振で解散し、ピエロも浮浪者になってしまいました。みんなもどこにいったのかわかりません。
 サーカスの絵たちは、アトリエの中でみんな静かに眠っていました。
 窓の鍵はかかっていなかったので、そっと中へ入りました。
 ピエロの絵も、自分が住んでいた家がみつかったので、安心したように眠りました。
 朝がやって来ると、この家の絵描きさんが、部屋に入ってきました。でも、しばらくはピエロの絵に気づかないまま、いつものようにキャンバスに向かって絵を描いていました。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年9月13日木曜日

恐怖の館(短篇小説)

 今年の夏はずいぶん暑かった。冷房ばかりの生活では身体を悪くするので、山へキャンプに行った。山なら平地よりも涼しくて、夜もぐっすり眠れそうだから。
 ある日、キャンプ道具一式を車に積み込んでさっそく出かけた。途中、コンビニで食料品を買い、山めざして走っていた。町を抜け、田舎道を走り、やがて山道に差しかかった。
 天気予報では数日間は晴れを予想していた。でも山だから雷雨があるかもしれない。
 山の渓流のそばで車を止めた。家を出てから3時間ぐらい走った。
「昼食にしよう」
 渓流の水でお湯を沸かして、コーヒーを入れた。コンビニで買ってきたサンドイッチを食べた。地図によると、このまま北へ行くと、山を越えたところに山の湖がある。今夜はそこでキャンプをすることにした。昼食が終わってからまた山を登って行った。しばらく空は晴れていたが、しだいに雲が多くなってきた。2時間くらいすると、積乱雲がぽかぽかと浮かんできた。
「雷雨になるかもしれない。天気が悪くならないうちに、山を越えよう」
 山道はだんだん細くなり、勾配もきつくなってきた。空を見ると雷が光っている。
「山の上だから心配だな」
 そのうちに、真っ黒い雲から雨が降り出した。雨はすぐに激しくなった。山道の木の下で何度も休みながら、雨を避けた。そのとき凄い音がした。近くで落雷があったのだ。心配しながら進んで行くと驚いた。雷に当たった樹木が倒れて道を塞いでいる。
「困った。大きな木だ。あんな木は移動させられない。そうだ。さっき別の道があったな」
 引き返して道を探した。しばらく行くと、やっと車が一台通れそうな小道があった。
「この道を行ってみよう。北の方へ行けば、何とか山を降りられるかもしれない」
 まわりが暗いのでライトをつけて走った。そのうち樹木も草地も少なくなり、岩だらけの道になった。厚い雲は取れないまま、雷もまだ鳴っている。
 山道から見えるまわりの風景は恐ろしい。谷底が真下に見え、雨のために緑の林はかすんでいる。車がどうにか一台通れるくらいの崖の細い道を走りながら、下り坂にならないか期待して走った。視界が悪いので何度もひやりとした。そのとき前方に建物が見えた。雷の光で家の窓ガラスが何度も光った。
「人家だ」
 岩の上に建つお城のような館だった。不気味でビクッとしたが、雨が止むまでしばらくあの館で休ませてもらおうと思った。強い風と雨を受けながら細い道を走って行った。
 やがて、館の門へやって来た。鉄製の柵はずいぶん錆びついていて、門の扉も開いたままだった。空き家のようだ。
「まるでお化け屋敷だな」
 車を中庭に止めて、館の玄関へ歩いて行った。玄関の扉には鍵が掛かっていたが、ぼろぼろに錆びついていて、衝撃を与えるとすぐに外れた。扉を開けて中へ入った、真っ暗な室内は居間だった。蜘蛛の糸が天井や壁、テーブルや椅子にたくさん掛かっていた。
「幽霊が出てきそうだ。でもよかった今夜はここに泊まろう」
 ロウソク台があり、ぼろぼろになったロウソクに火を着けた。居間の中が明るくなった。窓のそばへ行くと、そとは雷がまだ鳴っている。雷光で谷底の景色がよく見えた。車のところへ戻って寝布団と食料を持ってきた。
「食事を取ろう、お腹がぺこぺこだ」
 暖炉があったので、薪に火を着けてお湯を沸かした。食事をしながら居間の様子を詳細に観察した。壁には花の絵がやたらに飾ってあった。絵はどれも煤けていたが、描かれたときは色彩豊かな絵だったに違いない。いったいどんな人が住んでいたのだろう。
 食事が終ってから、館の中を調べることにした。石の階段を登って行った。窓が二つくらいしかなく、ずいぶん暗い館だった。驚いたことに二階の廊下の壁に掛かっている絵画も花の絵ばかりだった。南国に咲く花がずいぶん多かった。
 ひとつ、ひとつの部屋に入ると、やはり花の絵が掛かっている。ある部屋に、自画像らしい一枚の中年の女性の絵が掛かっていた。この館の持ち主だろうか。窓のそばに本棚があり、花に関する専門書や図鑑がたくさん入っていた。
「ずいぶん花が好きな住人だな」
めずらしい本ばかりなので少しの間、本を眺めていた。
 二階から降りてくると、館の台所と倉庫を調べてみた。倉庫には花の栽培に使う、鉢や花の種、スコップ、剪定バサミ、水差し、除草剤などが置いてあった。倉庫の奥は酒蔵だった。ワインや洋酒の棚があり、ワインを数本もらってきた。
 食事が終ってから、翌朝、ここを出てどうやって山を降りようかといろいろと思案した。明日もこんな雷雨にあったら大変なので、家に帰った方がよいと判断した。でも登ってきた山道はちゃんと通れるだろうか。雨が凄かったので心配だった。
 あれこれ考えているうちに午後11時になっていた。雷の音はもう聞こえないが、まだ雨が降り続いている。
「そろそろ寝ようか」
居間のソファーに寝ころんでロウソクの火を消した。
 寝入ってからしばらくは何事も起こらなかったが、そのあとから奇妙な夢で起こされた。どこかからカサカサと音がして居間の中を何かが浮遊しているのだ。真っ暗なので何がいるのか分からない。目を覚ますと居間の中は何も変わっていなかった。
「変な夢だ」
 やがてまた眠りについた。今度は両足に何か巻き付いた。海藻のような柔らかいもので、ぴったりと絡みついている。目を開けようとしたが、どうしたわけか目が開かない。それどころか身体が動かないのだ。金縛りにあったような感じだった。
 やがて、両腕にも柔らかいものが巻き付いた。部屋中に花の匂いが充満している。花の温室にいるみたいだ。
 そのうちにそれらが全身に巻き付いて、身体が宙に浮かんでいるような感じがした。やっとの思いで目を開けてみるとびっくりした。階段の上を登っているのだ。
 壁に掛かっている絵画から花の蔓や枝が外に伸びてきて、つぎつぎに身体に巻き付き、運んで行くのだ。恐ろしくて声も出ない。
「ああ、どうしたらいいんだ」
 やがて二階の廊下を移動しながら、いちばん奥の肖像画が飾ってある部屋の前まで運ばれた。部屋のドアが開き、肖像画の人物の背景に描かれている花の蔓と枝が外に伸びてきて身体に巻き付いた。そのときだった。スーッと身体が絵画の中に吸い込まれた。吸い込まれた拍子にクラッとめまいがした。
 絵の中は暖かい南米の知らないジャングルの庭園の中だった。庭にはハイビスカス、プルメリア、ランタナなどたくさんの南国の花が咲いていた。だけどそれらの花はどこか変で、人間のように大きく息をしているみたいだ。そばに二階建ての木造の家があった。玄関へ行ってチャイムを鳴らしたが、留守のようで誰も出てこない。
 ドアを開けてみた。家の中にも花がたくさん飾ってある。もう一度声をかけてみたが、誰も出てこないのでしかたなく廊下を歩いて行った。二階へ上がる階段があり登って行った。中央の部屋の扉が半開きになっていた。そばへ行って覗いてみた。
「あっ」
 ひとりの中年の女性が窓辺の椅子に腰かけている。後ろ向きなので顔が分からない。そばに大きな鏡があり、女性は手にパレットと絵筆を持っている。すぐ横にはキャンバスが立ててあり、絵具箱、ペインティング・オイル、うすめ液などが置かれたテーブルがあった。部屋の周りには、たくさんの花を生けた花瓶が置かれていた。この部屋はアトリエで、女性は自画像を描いていたのだ。絵はほとんど完成している。
「この家は別荘かな」
 後ろから女性に声をかけてみたが振り向かない。死んだように動かない。窓辺に行って顔を見た。肖像画の女性だとすぐに分かった。眼は開いていたが、首には何かによって絞められた跡が残っていた。
 そのとき、後ろから冷たいものに巻き付かれた。花瓶に生けてある花の蔓や枝だった。身体に次々に巻き付いてくる。きっとこの女性も花によって殺されたのだ。
 部屋の中を逃げ回ったが、蔓や枝が追いかけてきて両足にも巻き付いた。窓の方へ行って飛び降りようかと窓を開けた。足を折るかもしれないが、殺されるよりましだった。蔓や枝はどんどん伸びてくる。やがて全身に巻き付いた。首が苦しい。喘ぎながらやがてだんだんと意識が遠くなっていった。
 しばらくして不思議なことがおこった。身体が妙に肌寒い。目を開けるとまわりの様子がまったく違っていた。岩山の館の二階の開いた窓に顔を出していた。真下に谷底が見えた。昨夜の雷雨のために濃い霧が出ていた。悪夢を観ていたのだ。もう夜が明けようとしていた。
「すぐにこの館を出よう」
 居間へ降りて、すぐに出発の準備をした。車は雨でびしょ濡れだった。荷物を積み込んで館をあとにした。山道は昨夜の強雨のために所々で崖崩れが起きていたが、どうにか通ることができた。登ってきた道を間違えないように山を降りて行った。途中で、後ろの方で山が崩れる音がした。あの館も一緒に崩れ落ちたかもしれない。



(オリジナルイラスト)




(未発表作品)





2018年8月28日火曜日

ひまわり畑と白い馬車

 ひまわり畑がどこまでも見渡せる丘の原っぱの木の下で、私はウトウトと眠っていた。草のクッションはふわふわとして気持ちがよい。そばにノートとペンが置いてある。ノートには創作中の子供の物語が書かれてあった。
 行き詰ったので疲れて眠ってしまったのだ。もう一度ペンを持って書きはじめたが、また行き詰った。そのうちにまた眠ってしまった。しばらくしてどこからか馬の蹄の音が聞こえてきた。
 目を開けて、聞こえてくる方へ寝返りをした。白い馬車がこちらへ向かって走ってくる。一頭だての馬車で、黄色い帽子をかぶった御者が乗っていた。
「お待たせしました。お乗りください」
 そばへやってきて御者がいった。
呼んだ覚えなどなかったが、今の時代に馬車に乗れるなんて夢のようなので、さっそくドアを開けて乗り込んだ。革張りのゆったりしたソファーに腰かけた。両側には水色のガラス窓。窓の外も良く見える。
「それー!」
 御者の合図で馬車は動き出した。丘を降りてひまわり畑のほうへ走って行った。畑の間に小道があり、そこを走って行った。するとどうだろう。不思議なことに周りのひまわりがどんどん大きくなっていく。
「なんだー、お化けひまわりだ!」
 考えているうちにわかった。
「違う、馬車が小さくなって行くんだ。それにおれの身体も全部だ」
 ひまわり畑の小道はうーんと広くなって、小石も岩のように大きい。やがてひまわり畑の隙間に、細い別の道が遠くまで続いていた。馬車はその道を走って行った。
「どこまで行くのかな」
 やがて一本のひまわりの茎の下で、何かが動いた。小人のようだがよく分からない。それは検問所で、小人の警備員が仕事をしていた。
 検問所へやってくると、御者が通行許可書を見せた。
「一台ですね」
「たのむよ」
 検問所のガードが開き、馬車はまた走り出した。前方にトンネルがあった。大きなトンネルだった。
 中に入ると、ずいぶん涼しかった。トンネルは地下の国へ行く通路だった。
 天井には照明が付いていて明るかった。
「ほんの1キロ先です」
 窓から顔を出していた私に御者がいった。
 やがてトンネルの先が明るくなってきた。
 馬車は光にむかって走って行った。
 トンネルを抜けると、そこは別世界だった。青空が広がり、建物がたくさん建っている。道路には馬車が走っており、歩道にもたくさんの人が歩いていた。
「どこへいきましょうか」
 走りながら御者が尋ねた。
「ああ、まずはジュースが飲みたいな」
 喫茶店の中へ入ると、お客がたくさんいた。不思議なことにみんなひまわりのように丸顔で、黄色い顔をしている。
 壁に掛かっている絵画もひまわりだった。
「オレンジジュースをたのむよ」
 喉が渇いていたので、冷たくて美味しかった。
 店を出てから、馬車に乗って町の中を見物した。噴水のある公園の中に、ジプシー風の男がベンチに座ってヴァイオリンを弾いていた。リクエストされたジプシー音楽を見事に弾いていた。しばらく聴いてから、また馬車に乗った。
 公園を出ると、一軒の花屋があった。花は全部ひまわりだらけだった。お店のとなりで絵を売っている男がいた。これもひまわりの絵ばかりだった。油絵、水彩画、パステル画で丁寧に描いてある。一枚買おうかと思ったけど、財布の中には千円しか入っていなかったので買えなかった。
 ある通りを走っていたとき、ひとりの男に呼び止められた。
「面白い見世物がありますよ。ぜひ店に来てください」
 男にいわれるまま、馬車を降りて店に入った。
 店の中は黒いシートが掛かっており、ひまわりの顔をしたお客が20人くらいいた。
 ステージは狭く、司会者が現れて話しはじめた。
「皆さん、お待たせしました。これから開演です。ゆっくりお楽しみください」
 挨拶が終わり、司会者が続けていった。
「ご紹介します。どんな質問にも答える不思議な能力を持つ男です」
 大きなひまわりの顔をした男がステージに現れた。
「どんなことにもお答えします。じゃあ、質問をどうぞ」
 お客のひとりが尋ねた。
「この夏はいつまで猛暑が続きますか」
 男は答えた。
「9月はじめまで」
 お客はみんな嬉しそうにパチパチと手を叩いた。
「台風はまだやって来ますか」
「今年は多い。あと3つくらい」
「そりゃ大変だ。飛ばされないように気をつけよう」
「雨はいつ降りますか」
「一週間後に雷雨があります」
「よかった喉がからからなんだ」
 どうしたわけか、私も手を挙げてしまった。
「私の名前を言い当ててください」
「・・・さんです」
「当たった」
 私はびっくりした。
 ひまわり男は、すぐそばへやってきた。
「見かけない人ですね。悩みごとがありますね」
「ええ」
「言い当てましょう。物語に行き詰ってますね」
「驚いた。当たってる。じゃあ、どうしたら解決するでしょう」
「なに、この店を出るときには解決してますよ」
 最後にこんな質問をしてみた。
「私の寿命はどのくらいですか」
「長生きですよ。90歳くらいです」
 それを聞いたお客たちは、みんなびっくりして私の方を見た。
 そのとき不思議なことが起こった。周囲がぼんやりして、気がつくと白い馬車に乗っていた。馬車はもと来たひまわり畑の道を走っていた。知らない間に身体が大きくなり、丘の上の原っぱへ帰ってきた。気がつくと白い馬車は消えていた。夢だったのだ。でもよかった、書くものが見つかった。家に帰るとさっそく物語の続きを書きはじめた。



 (オリジナルイラスト)




(未発表童話です)





2018年8月12日日曜日

山を降りた雪男

 雪男は氷の岩の家で暮らしていた。
 雪男は退屈だった。むかしのようにテレビのリポーターも新聞記者もぜんぜんやってこないからだった。
「おれのことはまったく忘れられてしまった」
 あまり暇なので、ある夏の日、村へ行くことにした。
 山を降りていくと、麓はずいぶん暑かった。
「最近は山も暑いけど、山の下はまるでサウナだな」
 山道を降りながら、やがて民家が見えて来た。
「久しぶりだな。人間たちはどんな暮らしをしているのだろう」
 三十年ぶりだったので、ずいぶん興味があった。
 一軒の民家へやってくると、家の中を覗いてみた。ヒゲを生やした独身の男がユーチューブで映画を観ていた。
「おう、雪男の映画だ」
 懐かしい映画だったのでしばらく観ていた。
「最初から観てみたいな。そうだ、レンタルビデオ店で借りよう」
 この村に一軒しかないお店へ行ってみた。雪男の映画はとっくに流行が終わって置いてないということだった。
 仕方がないので、ゾンビとハロウィンの映画を借りた。
「せっかく山から降りて来たんだ。食料品店で買い物をしよう」
 夕食のおかずを買いに行った。
 豚肉と卵、サラダ、インスタントみそ汁、お米などを買った。
 となりに散髪屋があった。
「長いこと毛を切ってないから、さっぱりさせよう」
 お店に入って切ってもらった。あまりに毛が多いので、料金を二倍取られた。
 雪男は山へ帰っていった。
 ところが山へ戻ると、氷の家は暑さで、ずいぶん溶けていた。ポタポタと水がたれている。
「ああ、ずいぶん隙間が空いてるな。これじゃ冬になったら、風邪をひくな」
 映りの悪いテレビで天気予報を聞いてみた。今年は太平洋高気圧の勢力が強くて、気温の高い状態が夏中続くといっている。
 雪男は、暑さで氷が全部溶けて住めなくなるのを心配して、岩の家を作ることにした。
 ある日、ビデオを返しに行ったついでに、つるはしとドリルを買ってきた。
 岩を砕きながら、毎日作業を進めた。
 そのうちに氷の家はすっかり溶けてなくなってしまった。
「冬がやって来ないうちに、早く作ってしまおう」
 カチン、カチン、ガリガリガリーー、ガリガリガリーー
汗をかきながら雪男は、毎日岩を砕いていった。
 ある夜、村の方から花火があがった。山の上から見える花火は本当にきれいだった。
「ああ、夏もそろそろ終わりだな」
 花火を見ながら雪男はそんなことを呟いた。



              (オリジナルイラスト)




(未発表童話です)





2018年7月25日水曜日

恐怖の島

 ある科学者が、孤島にひとりで住んでいた。八年も世間から遠ざかって、AIロボットの研究と制作に取り組んでいた。毎日研究室に閉じこもって、これまでいろんなロボットを作った。
 あまり忙しいので、食事も洗濯も掃除も出来なかった。
 そんな訳で、一台ロボットを作った。AIを取り入れた奥さんロボットだった。
「仕事をしてる間、このロボットが家事を全部やってくれるだろう」
 科学者が思ったとおり、ロボットは毎日よく働いた。
 昼になると、ちゃんと昼食が用意されているし、夕食もしっかり出来ていた。
 でも不満なこともあった。味がよくないのだ。みそ汁なんかすこしも美味くなかった。漬物もずいぶん辛かった。奥さんロボットは電気しか食べないので、本当の味は出せないのだった。
「仕方がないな」
 科学者は文句も言えなかった。
 だけど、日に日に味は悪くなる一方だった。たびたび小言をいううちに、奥さんロボットはとうとう怒りだした。しまいにまずい物ばかりを食べさせるようになった。
「部品に不良品があったのかな。設計図どおりに作ったのに」
 そんなある日、ロボットが家からいなくなった。
「どこへ行ったのだろう」
 ボート小屋へ行ってみたが、ボートは中にしまってある。
「島のどこかにいるはずだ」
 島の中をあちこち調べたが、ロボットは見つからなかった。
 ある日、研究室で仕事をしていたとき、窓ガラスに奥さんロボットの姿が見えた。中を覗いていた。
「帰ってきたんだ。どこへいってたのだろう」
 奥さんロボットは、前のように働きはじめたが、研究室へよくやってくるようになった。研究室の器具や部品に興味があるみたいだ。
 それからだった。恐怖を感じるようになったのは。
 夜眠っていると、台所から何かを研いでいる音が聞こえてきたり、研究室の明かりがついていたり、カチン、カチンと何かをセットする機械音が聞こえてきたり、奇妙なことがたびたび起きた。
 科学者は、命の危険を感じはじめた。仕事どころではない。早くこの島から逃げないといけない。
 まだ夜が明けきらない翌朝、ボート小屋へ行ってみたが、ボートは船外機が壊されていてエンジンがかからない。
「ロボットが壊したんだ」
 家に戻った。研究室の窓に明かりがついている。
 窓辺へ行って中を覗いてみた。
「なんてことだ」
 研究室で奥さんロボットがエアーガンを手に持っている。そばのパソコン画面には3Dプリンターで制作したエアーガンの画像が写っている。
「自作したんだ。困った。あんな強力なエアーガンだったら、殺傷力は十分にある」
  命を狙われる前に、どこかへ隠れないといけない。
 そのとき思いついた。
 この島には洞窟があるのだ。島の裏側の沼地のそばだ。しばらくその洞窟に隠れることにした。林道を歩いて洞窟へ向かった。
 夜、真っ暗な洞窟の中で眠っていると、草を踏む音がしたので目が覚めた。
 洞窟の外に誰かいる。懐中電灯を洞窟の中へ向けて照らしている。
「ロボットだ」
 音を立てないようにじっとしていた。光は向こうへ行った。
 翌日も、洞窟の中にいた。午前中と午後に、ロボットがやってきて洞窟の中を覗いて行った。
 ロボットがいなくなってから、ふと思いついた。
「そうだ、バッテリーが切れたらロボットは動けなくなる。10日前に充電したから、明日中に切れるはずだ。発電機を止めてしまえばもうロボットは動けなくなる」
 発電機は家のとなりの小屋にある。
 夜になってから洞窟を出ると、家へ向かった。途中、林の中でライトの光を何度も見た。
 家に帰ってくると、庭のそばの発電機の小屋に行った。いつも鍵は掛かっていない。小屋の中へ入ると、配線を切ってしまった。
「これでもう電気は使えない」
 小屋を出ると、洞窟へ引き返した。
 翌朝、雨が降っていた。
「家に戻ってみよう」
 雨の中、林道を歩いて行った。沼のそばを通ったとき、木のうしろから黒く尖ったものが見えた。銃口だった。
 急いでその場から離れた。そのとき足が滑って沼の淵へ転げ落ちた。身体の半分が沼の中へ引き込まれた。両手で必死に草につかまった。
 木のうしろから奥さんロボットが現れた。
 近づいてきて、エアーガンの銃口を、科学者の方へ突き付けた。
「もうだめだ」
 どしゃぶりの雨は降り続いている。
 ロボットは引き金に指を入れた。
 そのときだった。ロボットの動きが遅くなった。奇跡が起きた。電池が切れたのだ。
 ロボットはその場に突っ立ったまま動かなくなった。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)




2018年7月9日月曜日

謎の宇宙船

 いつも家の中に閉じこもっている男がいた。家の中で何をやっているのか近所の人はぜんぜん知らなかった。
「どうやって生活費を稼いでいるのだろう」
「株式やFXでもやってるのかな」
「それともいまはやりの仮想通貨かな」
 どこにも出かけないので、近所の人はいろいろと推測をはじめた。
「食事はどうしているのだろう。まさか水だけで暮らしているわけがないし」
「洗濯物も干したことがない」
 そんな男だったが、月に一度家を出るときがあった。それも深夜だった。
隣の家の人は、いつも気になっていたので、突き止めることにした。
 ある深夜、エンジンをかける音で目が覚めた。
「よおーし、あとをつけてみよう」
 明日は仕事が休みなので都合がいい。
 国道を走って、その男の車のあとを追った。
 町を抜けて、田舎道を走っていった。しばらく走っていたとき山の向こうでピカッと何か光った。男の車は、その光に向かって走って行った。
 山道に差し掛かった。カーブを曲がってたとき、男の車を見失った。
 引き返してみると、林の中に車がやっと通れるくらいの細い道があった。
「この道を走っていたんだ」
 あとを追いかけることにした。しばらく走っていくと男の車を見つけた。木のそばに停めてある。
 男はいなかった。歩いて行ったのだ。
 車を離れた場所に停めて男のあとを追った。
真っ暗な林道を歩いていくと、林の中に明かりが点いているみすぼらしい小屋が建っていた。
 窓ガラスに男の姿がカーテン越しに映っている。誰かと話しているみたいだ。
そっと窓に近づいて、様子をうかがった。
 ぼろ小屋で、隙間だらけだったので声が聞えてきた。
「スパイ3号。ロボットは手に入りそうか」
「はい、来週の日曜日に工場から盗んできます。最新式のAIロボットです。日曜日の深夜に、変電所がある町はずれの空き地に来てください」
「わかった。最新のロボットとは有り難い。この星の人口知能の開発がどこまで進んでいるのか把握しておく必要がある」
「ええ、ほんの六十年前の地球では、幼稚なコンピータ程度の技術でしたが、最近はAIの技術は凄いですから」
「そうだ。将来、この星がわれわれと肩を並べるかもしれない。もし争いになった場合に備えて、今のうちに科学技術の進み具合を調べておく必要がある」
「では、帰って準備に取り掛かります。引き続き最新の情報も入手しておきます。最近のユーチューブの動画は非常に参考になります。人口知能と検索すればすぐにたくさんの動画が観れます。ビッグデータの動画も増えています。100年前のわれわれの星が体験したAIの世界がこの星でも広がるでしょう」
 二人の宇宙人はこんなやり取りをしていた。
「そうか、あの男は宇宙人のスパイだったんだ。地球の安全のためになんとかしなければいけない」
 そう思いながら、すぐに帰ることにした。
 日曜日がやってきた。宇宙船がAIロボットを受け取りに来る日だった。
 夜になると思ったとおり男は、深夜、車で家から出て行った。さっそくあとを追ってみた。
 男の車は、町はずれの変電所の近くの空き地に止まった。周りは畑でずいぶん薄暗い。
 少し離れた林の中に隠れて、宇宙船がやって来るのをじっと待った。
 しばらくすると、空から黄色い光を出して宇宙船が降りて来た。宇宙船は空に浮かんだ状態で、底面の扉が開き、中から宇宙人を乗せて、ゆっくり階段が降りて来た。
 待っていた男が、車のトランクを開けて、中から数台のAIロボットを出した。
 宇宙人たちは、ロボットを受け取ると、すぐに積み込み作業をはじめた。
 その様子を持ってきたビデオカメラですべて撮影した。
「よおーし、この映像をすぐに政府に送ろう」
 そう思ったとき、宇宙人のひとりが、林の方をちらっと見た。
「見つかったかな」
 でも、大丈夫だった。すぐにその場を離れて車に乗って家に帰った。
 翌日、撮影した映像と宇宙人たちの会話を記録したメモを添えて、メールで政府に送った。



                                                        (オリジナルイラスト)



(未発表童話です)





2018年6月23日土曜日

夢を見る灯台

 岬の岩の上で、灯台は昼寝をしていました。
 ある日、それは真夏の午後のことでした。
 水平線の向こうに大きな雲が現れました。その雲は時間がたつうちにますます大きくなって巨大なタコの形になりました。
「すごい、あんなタコ見たことがない」
 灯台は目をパチクリさせて眺めていました。
 それからです。凄いことが起きたのは。
 タコの足がこちらに向かってグイーンと伸びて来たのです。
「たいへんだ」
  伸びて来たタコの足は、灯台の身体に巻き付きました。
「うわあ、海の中へ引き込まれる」
 灯台は、柵につかまっておもいっきり踏ん張りました。
 でも、タコの足の力は強くてグイグイ引っ張るので、土台がグラグラと動きました。
「困った。台から外れる」
 そのうち、海も荒れはじめたのです。
 積乱雲の中ではギラギラ雷が光っています。突風も吹いて、波がたちはじめました。
雲の中から吹いてくる冷たい風と一緒に、ほかの足も伸びてきました。
 灯台は身体が見えないくらいグルグルに巻かれてしまったのです。
 足を伝って、ビリビリと雷の電気も流れてきました。
「こりゃ、だめだ。もう限界だ」
 それでも灯台は汗びっしょりかいて頑張っていました。
 空を飛んでいた、海鳥たちがそれを眺めていました。
「何やってんだ」
 海鳥たちは知っていたのです。灯台がまた夢を見ているのを。
 海は静かでなんの変りもなかったからです。
  またある日のこと、午後になってから海の上にイカの形をした雲が浮かんで、だんだん大きくなっていきました。
 みるまに巨大なイカになりました。
「まただ」
 灯台は、心配になりました。イカの足が伸びて来たらどうしよう。
でも、足は伸びてこないで、イカの口から墨が飛んできたのです。
 だからたまりません。灯台の身体は真っ黒になってしまいました。
「これじゃ、炭焼き小屋の煙突だ」
 目にも墨が入ったので、灯台は痛くて目をパチクリさせました。
 夕方になって、灯台はすっかり目が覚めました。
「凄い夢だった。でも、明日はどんな怖い夢を見るのかな」
 水平線の向こうへ夕日が沈んでいくのを眺めながら、灯台は心配そうに明かりを灯しました。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)




2018年6月11日月曜日

旅に出た岩

 変電所のうしろに岩山があって、岩たちが山の向こうをのんびり眺めていました。
「毎日暇だなあ。どこかへ出かけたいな」
「ああ、岩なんかに生まれるんじゃなかった」
「カラスが羨ましいよ。どこへでも飛んで行けるから」
 岩たちの話を聞いてカラスがやってきました。
「おれより電気の方がいいぞ。送電線を伝ってあっという間に日本中を旅できるから」
「送電線の中なんかに潜り込めないからダメさ。それに電気みたいに軽くないし」
「羽が生えてたらよかったな」
「ああ、どこへでも飛んで行けるからな」
 ある日、岩山のてっぺんの岩がぼんやり空を見上げていたときいいことを思いつきました。
「どうだい、鉄塔の送電線を引っ張ってきて身体に巻きつけて、ゴムパチンコみたいにビューンと飛び出したら」
「面白そうだ。やってみよう。あの山を越えていけるな」
 さっそく朝早く、だれも歩いていない時間に、岩山の一番高い所にいる岩が、おもいっきり鉄塔の方へ腕を伸ばしました。そして鉄塔の送電線を掴むと、下にいる岩のところへ引っ張ってきました。
「誰が最初に飛びたつんだ」
「おれが行くよ」
 岩のひとつがうれしそうにいいました。
「じゃあ、お前の身体に巻きつけるよ」
 みんなでゴムのように伸びた送電線を巻きつけました。
「いいか、手をはなすぞ」
 手をはなした瞬間に、物凄いスピードで岩は送電線といっしょに空に舞い上がり、向こうの山めがけて飛んで行きました。勢いがあったので、すぐに山を越えました。
「今度はおれがいくよ」
 そうやって次々に岩は、空を飛んで行きました。
 山の向こうは広い海でした。
 岩たちは海の中へドボーンと入って行きました。
「冷たいけど、いい景色だ」
 はじめて見る魚や海藻をつけた岩たちと楽しい話をしました。
 そのあとからも、岩山の岩たちが次々に海の中へ入ってきました。魚や海の生き物は珍しいお客にみんな驚いてばかりいました。
 ある日、海の上から小型の潜水艇が潜ってきました。 海洋地質調査をしている研究員が乗っていました。みんな所々に見かけない岩が転がっていたので驚きました。
「削ってもってかえろう」
 研究員たちは岩を採取して研究所で調査することにしたのです。
 またあるときは、外国の潜水艦がやってきて、密かにこの海域のメタンハイドレートの採取を行っていました。「燃える氷」と呼ばれるメタンガスを含んだ氷の塊がこの海底にたくさん埋まっていたからです。将来、この氷の塊は、新しい資源としてこの国で利用されるでしょう。
 そんな光景を、毎日目にしながら岩たちは、何年も海の中で暮らしていましたが、やがて故郷へ帰ろうと思いはじめました。すでに20年が経っていました。
 あるとき、海の中でゴトゴトと音が聞こえ、泡が頻繁に上がってきました。この海の底には海底火山があり、マグマが海水にふれて水蒸気爆発を起こしていたのです。
「しめた、噴火といっしょに海から出られる」
 岩たちは、日に日に大きくなっていくその音に耳を傾けていました。
 ある日のことです。海の中で物凄い噴火が起こり、噴石と一緒に岩たちは海の中から空に向かって飛び出しました。
 飛び出した岩たちは、久しぶりに岩山へ戻ってきました。みんなの身体には海藻がたくさんついていました。そして海の暮らしのことを仲間の岩たちに詳しく話してあげました。


(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)





2018年5月28日月曜日

大魔神のいる島

 昨夜、こんな夢を観た。
 軽ヒコーキを飛ばしていた。天気が良かったのでまわりの景色がよく見えた。ところが当然エンジンの調子がおかしくなった。
「中古のヒコーキはやっぱりダメだな」
 しかたがないのでどこかの無人島へ不時着することにした。
前方に砂ばかりの島が見えた。その島へ降りることにした。
 ブーンと高度を下げて島に降りた。ヒコーキは砂の上を滑りながらどうにか止まった。プロペラが曲がってしまったので、あとから修理しなければいけない。
 止まった場所に、巨大な埴輪の像があった。
「どこかで見たことがある像だな。あ、そうだ、大魔神だ」
 思ってると、空模様が怪しくなった。突風が吹いた。
「まさか、像が怒っているのかな」
 やがてすぐに天気が回復して、太陽が出て来た。
「さあ、修理をはじめよう。何日もこんなところにいられない」
 エンジンを調べた。スロットルのワイヤーが緩んでいた。すぐに締め直してその夜は早めに寝た。
 翌朝、曲がったプロペラをハンマーで叩いて直しているときだった。突然地震が起きた。
「ハンマーの音がうるさいのかな」
 もう一度叩いていたとき、また地震起きた。
「やっぱりだ。うるさくて眠れないんだ」
 しかたがないので、プロペラを担いで、島の端へいって修理を続けた。
 音は聞こえるが、さっきよりもましだったので地震は起きなかった。
 丸一日、ハンマーを叩いたので、ずいぶん手がしびれた。でもなんとかもとに戻すことが出来た。
  夕方、釣り竿を持って、浜へ魚を釣りにいった。昨日から何も食べていなかったので、お腹が相当空いていた。二時間くらで10匹ほどアジとキスが釣れた。
 埴輪の像のそばで火を起こして、魚を焼いた。
「もうすぐ焼けるぞ」
 そのとき、像がギシギシと少し動いた。煙が像の周りを取り囲んでいる。
「そうか、煙たいんだな」
 火を消して海水で洗い流した。
 夕食が終わって、その日も早く寝た。
 翌日、エンジンをかけた。大きな音だ。スロットルを回しながらエンジンを温めてから全開にした。機体が少し動いた。
「さあ、飛ぶぞ」
 思ったとき、凄い地震が起きた。空は真っ暗になり、突風が吹き、雷が鳴りだした。
「はやく脱失しよう」
 エンジンをそのまま全開にしながら、やがて機体が砂の上を走りだした。
 うしろを見たときだった。埴輪が立ち上がった。それまで優しい顔をしていた像が変身して大魔神の恐ろしい顔になった。
「祟りだ!」
 捕まらないように、エンジンを吹かして、砂を上を走った。でもなかなか離陸できない。振り返ると、地響きをさせて大魔神が歩いてくる。
 そのうちに、雨は降って来るし、雷は鳴るし、風は強いし、すごい天気になった。
海を見て驚いた。海が高く盛り上がって二つに割れている。もうすぐ大津波がこの島を襲う。
「離陸しろ、離陸しろ」
叫びながら、走り続けた。でもまだ離陸できない。
 後ろから追いかけてきたはずの大魔神が目の前に立っていた。凄い目つきで睨みながら、腰の剣を引き抜いた。
 そのとき奇跡が起きた。
機体が浮いたのだ。大魔神のすぐ頭の上を通り過ぎた。それから急上昇して、雲のすぐ下まで達した。凄い風と雷の中で、機体はずいぶん揺れたけど、無事に水平線の向こうへ飛んで行った。海はしばらく荒れていた。
 まるで特撮映画のような夢だった。



                                (オリジナルイラスト)



(未発表童話です)




2018年5月9日水曜日

博士の作った薬

 町はずれの一軒家。長年勤めた病院を退職した医学博士が薬を作っていた。若い頃に完成するはずだったが、本業が忙しくて研究に没頭出来なかった。
「作り方はノートにすべて書き込んである。あとは薬を調合すればよい」
押し入れの中には、薬の入った容器がたくさんしまってあった。
「薬は特別なものではない、ただ分量を間違えると目的の薬が出来ない」
 ある日、さっそく部屋で作り始めた。午前10時に開始して、夕方4時に出来上がった。
「よし、さっそく試してみよう」
 液状の薬をスプーンに移して、一気に飲んだ。
「ぐわー!」
 あまりの激痛に博士は床に倒れ込んだ。意識を失ったのは午後4時30分で、目が覚めたのは翌日の12時だった。
 ピンポーンー 玄関のチャイムが鳴った。
 ドアを開けると、警官が二人立っていた。
「お聞きしたいことがあります。同行をお願いします」
 パトカーに乗せられて、警察署へ行った。取調室に入れられて調書を取られた。
「昨日はどこにおられましたか」
「家にいました」
「今日は」
「昼まで寝てました」
 博士は何のことかわからなかった。取り調べの刑事は続けた。
「昨日の夕方あなたを現場で見た人がいます」
「現場?」
「建設中のビルの屋上です。昨日の午後5時頃です」
 博士はどうしてそんな所に行ったのかまったく記憶になかった。
「作業人がそこで倒れていました」
「死んだのですか」
「いえ、生きています。でもまだ意識がありません」
 刑事は別の話に移った。
「昨日の午後6時30分頃、山の別荘のベランダで人が倒れていました。別荘の庭から逃げていくあなたを見かけた人がいます」
「知りません、そんな山へ私がどうして出かけるのかわかりません」
「そうですね、車に乗ってきた形跡もありません」
「その人は死んだのですか」
「いえ、生きています。でもまだ意識がありません」
 刑事はまた別の事を尋ねた。
「今朝6時頃、農家の畑で人が倒れていました。トマト畑が荒らされ、あなたがそばの林の中へ逃げていくところを見た人がいます」
「その人は死んだのですか」
「生きています。でも意識がありません」
 博士はまったく身に覚えがないことを知らされて、驚いてばかりいた。昼になり昼食を食べてからも取り調べは続いた。
「今朝9時頃です」
「まだあるのですか」
「これが最後です」
「山の洞窟のそばで、人が倒れていました。山菜取りをしていた人です.。洞窟から出て来たあなたを見た人がいます」
「その人は死んだのですか」
「いいえ、死んではいません。でもいまだに意識がありません」
 博士はなにがなんだかわからなくなってきた。
「この4つの犯行について、どうしてあなたがそこにいたのか教えてもらいたいのです。しかも黒いマント姿でー」
「そんなこといわれても私にはまったく身に覚えがありません」
「では、しばらく署にいてもらいます」
 夕食を食べ終わってから、留置場の中で博士は自分が何に変身したのかじっと考え込んでいた。
「どうやら人間に変わったのではないな。あの薬は夢の中に頻繁に現れる生き物に変身する薬なんだ。いったい何に変わったのだろう。でも、人間を襲うとは想定外だった」
 そう思っていると、身体がなんだかおかしい。動悸が激しくなり、気分が悪くなって博士は床に倒れ込んだ。
「ああ・・・」
 もがき苦しんでいるうちに、身体がちじんで黒いものに変身し、空中に浮かんだ。コウモリだった。
「そうか。若い頃、ホラー映画を見過ぎたせいで、こんなものに変身してしまったんだ」
 コウモリに変身した博士は、留置場の鉄格子の間を通り抜けると、町はずれの方へ飛んで行った。
「ああ、助かった。でも、もとに戻れるかどうか心配だ。早く帰って薬を作ろう」
 コウモリ変身した博士は心配そうに、夕暮れの空を急いで自分の家に向かって飛んでいった。









(未発表童話です)




2018年4月26日木曜日

桃源郷へ行ける酒

 退職した男の人が、毎日暇だったのでダイコンでも作ろうかと借家の庭を耕していると、コツンと音がした。
「木箱みたいな音だな。どれ」
 掘り出してみると、古い木箱が埋まっていた。
「何が入っているのかな」
取り出して、蓋を開けてみた。
牛乳瓶の容器の中に白い液体が入っており、メモ書きが添えてあった。
読んでみて驚いた。「桃源郷」へ行ける酒と書かれてあった。
「桃源郷?。ユートピアみたいなところだったかな」
 興味があったので、コップに入れてグイッと飲んでみた。
すぐにめまいがして、そのまま眠ってしまった。
 気がつくと、プンプンと花のいい匂いがして、そばで蝶々がたくさん飛んでいた。空は雲ひとつない青空で、太陽がポカポカと照っていた。
 どこからか声が聞こえてきた。女性の声だった。周りを見渡すと、小川のそばで、白い中国の服を着た女性たちが何か話していた。何を言ってるのかわからないが、ひとりひとりの顔に見覚えがある。
「だれだったかなあ、でもよく似てるな」
 思っていると、馬のひづめの音がした。馬には楽師らしい爺さんが乗っていた。肩に胡弓みたいな楽器をぶら下げていた。
 そばまでやって来たとき、
「どこに住んでおられる」
と爺さんは聞いた。
「いえ、気がついたらここで眠っていたんです。ここがどこなのかもわかりません」
「そうか、新参の人だな」
 爺さんはいろいろ教えてくれた。この世界は自分が希望するとおりのものが現れるという。例えば、女性ならば好みの女性ばかりと出会う。果物も自分の好きなものばかりが木になっており、川にも好きな魚ばかりが泳いでいる。住む家も、風景もその人好みのもので満たされている。いままで暮らしていた俗界とはまったく違う世界なのだ。だから嫌な人間も嫌な習慣も規則もないのだ。仕事だってしたくなければしなくていいし、時間に追われることもない。爺さんの話ではこの世界では死というものも希望しなければ永久にやってこない。だから死ぬ心配すらない。
 爺さんに頼んで、楽器を弾いてもらった。ヴァイオリンのように柔らかい音色だったので、自分も弾いてみたくなった。
 演奏を聴き終って爺さんとわかれてから、川のそばの道を山に向かって歩いて行った。不思議なことに、どこまで行っても川のほとりに若い女性がいるのだ。
 道の向こうに何か落ちていた。
「あっ、胡弓だ」
 さっき爺さんがいったように、この世界では自分が希望するものが叶うのだ。
 胡弓を弾いてみた。練習もしてないのにきれいな音が出た。女性たちが耳を傾けて聴いている。中には鼻歌まじりに歌う者もいた。
 弾きながら歩いていくと、果物の木がたくさん植えてあった。ナシ、オレンジ、ミカン、ブドウ、イチジク、桃、サクランボ。ぜんぶ好きな果物だったのでもぎ取って食べた。美味かった。
 川のそばの林道を登って行くと、小屋が建っていた。人が住んでいるみたいだ。
小屋の戸をノックした。
 小屋から40才くらいの男が出て来た。その男は、小屋の中で水墨画を描いていた。
「どこからやってきた」
「川下からだ、歩いてきた」
 男は、山の上に行っていつも絵を描くのだそうだ。
「この山は霧がよく出る。いつもその風景を描いている。山の向こうへは誰もいったことがないが、たいへん美しい所だといわれている」
「へえ、一度行ってみたいな。絵は独学ですか」
「いや、山に住んでる日本画の先生に教えてもらった」
「その人はいまもいるんですか」
「ああ、あの山を三つ越えた山小屋にひとりで住んでいる。いまも元気で暮らしている」
 男に教えてもらって、一度会ってみたいと思った。できれば水墨画を習いたいと思った。
 小屋をあとにすると、さっそく日本画の先生に会いに山を登って行った。ところがすぐに霧が出て来た。帰ろうにも道が分からなくなった。
「困った。霧が晴れるまで野宿だな」
野宿する場所を探していたとき、足を滑らせて谷底へ落ちそうになった。落ちるかと思ったが、身体がふわふわと霧の中に浮かんだ。
「不思議だ、これだったら霧の中を浮かびながら登って行けば楽に山を越えられる」
 そう思って霧の中を歩いて行った。
 やがて三つの山を越えると、山の上に小屋が見えてきた。庭で誰かが絵を描いていた。
「あの人が日本画の先生か」
横山大観によく似た人だった。
 近づいていくと、小屋のすぐそばまでやってきた。
日本画の先生は、地面に板を置いて、そのうえに和紙を広げ、墨をたっぷり含ませた筆で描いていた。
 しばらく垣根のところでのぞき見していたら、
「どこからやってきた」
男の人に気づいて、向こうから声をかけてきた。
「お噂を聞いたもので、絵を習いたくてまいりました」
 日本画の先生は筆を置くと、
「そうか、じゃあ、教えてやろう」
 すんなりと弟子にしてもらった。十日ほどやっかいになって十枚ほど水墨画を描いた。手ほどきを受けたので、みるみる上手くなった。
 日本画の先生からは、こんな話も聞いた。
「わしが俗界にいた頃は満足した絵が描けなかった。静かな山へ行ったり、ずいぶん田舎へも行ったが、やっぱり人間界は煩わしいところじゃ。ほんとうに静かでよく絵が描けるのはやはりここしかない」
 ある晴れた日、先生は遠くに見える山を指さしていった。
「あの山のてっぺんにはりっぱな御殿がある。だれが訪ねてもいいのだ。その御殿から見渡せる風景はまことに美しい。その御殿には、広い浴槽がある。酒が湧いてる温泉じゃ。一日中浸かっても飽きない」
男の人はその話を聞いて、霧が出た日にその御殿へ行くことにした。
 ある霧深い日に、男の人はふわふわと霧の中を登って行った。御殿がある山へ出かけていったのだ。
 何時間もかかってやがて山の上の御殿にやってきた。
「なるほどりっぱな御殿だ。入ってみよう」
 門をくぐって、玄関の扉を開けた。長い廊下があり奥の方へ歩いて行った。壁はすべて金箔で見事な装飾がしてあった。男の人が見惚れていると、廊下の奥から酒の匂いが漂ってきた。
「ああ、日本画の先生がいったように浴槽があるんだな」
男の人はうれしそうに歩いて行った。
 湯けむりの奥に天然の温泉が見えた。だれもいない。酒の匂いがプンプンしている。男の人は湯船に浸かって身体を伸ばした。
「ああ、天国だ。山のてっぺんにこんな場所があるとは知らなかった」
 しばらくしてから驚いた。天井の湯けむりがすーっと消えたかと思うと青空が見えた。まわりに桃の木の林が見えた。よく熟した実が落ちてきそうだった。それだけではない。白い衣装を身に着けた女性たちがこちらを覗き込んでいる。女性たちは桃の実をもぎ取りながら籠に入れ、いくつかを男の人の方へ落としてくれた。桃の実はポチャンと湯船に落ちた。
「どんな味だろう」
 食べてみた。
「すごく美味しい」
 そのとき不思議なことが起きた。背中がむずむずして羽が生えたのだ。羽は自然に動き出した。そして青空に向かって飛び上がった。急激に上昇したので、くらっとめまいがしたが、下を見ると、広大な桃の木の林が広がっていた。
「すごい!」
 どこまでも続く桃の木の林。山並みも美しい。女性たちの背中にも羽が生えており、あちこちを飛んでいる。気分がものすごくいい。そのとき、男の人が住んでいる俗界のことがふと頭に浮かんできた。
 男の人が暮らす俗界は、宇宙の法則ですべてが動いている。これに逆らうことは誰も出来ない。しかしそれが俗界をつまらなくしている。わずかな時間でいいのである。自然に従わない生き方が出来たとき人間は解放され自由になれるのだ。この世界では、なにもかもが法則に従わないように出来ている。だから驚きがあり、喜びを感じるのだ。時間も存在しないから、年を取ることもなく死ぬこともない。常識という観念がないのである。
 そんなことを思いながら、あちこちを見て回った。少しも疲れを感じない。桃の木の林の向こうには大きな湖が広がっていた。水はよく澄んでいて美しい。水の中だって自由に泳げる。魚とも一緒になって泳ぐ。息も苦しくない。お腹が減れば林の果物を食べる。一日中飛んでいたが、夜がやってこない。当たり前だ。ここには自然の法則も時間も存在しないのだ。いつも太陽がかがやく世界なのだ。
 少しの間、昼寝をした。夢は楽しい夢ばかりだった。やがて目覚めた。
 桃の木の下に日本画の先生が座っていた。
「どうじゃ、楽しいところじゃろ」
「ええ、まるで天国です」
 先生はこの桃源郷に住んでいる仙人で、昔はよく俗界へも行ったことがあるそうだ。
「実はな、わしはあんたがここへやって来るのを密かに予期していた」
 先生は、男の人が住んでいる借家に以前暮らしていたのだ。
「あの酒を見つけたあんたは、運のいい人だ」
 先生は借家を出るとき、この桃源郷へ来れる温泉の酒を牛乳瓶に入れて埋めておいたのだ。
「もし、この世界が気に入ったのであれば、俗界に帰ってからこの酒を飲むとよい。俗界とこの世界を自由に行き来することができる」
また先生は、
「この世界は人間の心の中に存在するので、あちこち旅をしてわざわざ探し回る必要もない」
ともいった。
 そういって先生は、酒の入っている小瓶をくれた。
先生の声は次第に消えて行った。気がつくと男の人は、自分の借家の畳の上で眠っていた。そばには酒の入った小瓶が転がっていた。








(未発表童話です)





2018年4月8日日曜日

穴に落ちた王さま

 家来をつれて、イノシシ狩りを楽しんでいた王さまが、森の中で深い穴に落ちてしまいました。落ち葉がふたをして気づかなかったのです。
 ずいぶん深くて長い穴だったので、落ちながら王さまは退屈で眠ってしまったくらいです。
バシャーンと大きな音がして、気がつくと公園の池の上に浮かんでいました。
「ここはいったいどこだ」
空から変なものが落ちて来たので岸で釣りをしていた人がみんな集まってきました。
「どこからやってきたんだ」
「わしの国からだ」
 王さまは助けられて町を見学に行きました。
道路には馬も馬車も走ってなくて、自動車ばかりです。高いビルやマンション、アパートがたくさん建っていました。家は瓦の屋根ばかりでいままで見たことがありません。
 王さまはお腹が空いてきました。食堂があったので中へ入りました。
メニューをみると、イノシシ料理もシカ料理もワインもありません。そのかわりかつ丼、卵丼、親子丼、ラーメン、焼きそばなどがありました。 
 かつ丼とラーメンを食べて店を出ました。お金は金貨で払いました。
 一ヶ月ほどホテルに泊まっていました。
「お城と違ってずいぶん部屋が狭いな」
文句いいながらも快適な暮らしでした。でもだんだんお金がなくなってきました。
「こりゃいかん、働かないと」
 いままで仕事なんかしたことがなかったので、仕事を探すのは大変でした。
 スーパーマーケットの仕事がみつかりましたが、レジ操作もパソコンの使い方もわかりません。長時間勤務で王さまは毎日フラフラでした。
「家来がいたら全部やってくれるのに」
 やっと給料日だというので銀行へお金を下ろしに行きました。ところがATMの使い方がわかりません。いくらやっても引き出せません。
 王さまは困り果てました。
「ああ、この国はわしにはあわん。早く国へ帰りたいな」
 人に教えてもらってどうにかお金を引き出すことができました。
 ある日公園を歩いていると、クラシックコンサートのチケットが落ちていました。
「おおう、ヘンデルのメサイアだ。ハーレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤー♪」
 王さまはお城で、毎年クリスマスシーズンになるとこのオラトリオを聴いていたのです。
「わしは、どうやら遠い外国へやってきたのだ。そしてここは未来なんじゃ」
 コンサートが終わってから、図書館のある通りを歩いていました。
「本でも借りて読もうかな」
 図書館の本棚を眺めながら、何を読もうか考えているとよく知っている作家の本がありました。
「おおう、シェイクスピアだ。ハムレット、リア王、マクベス、ロミオとジュリエット。どれもむかし読んだ本じゃ。やっぱり才能のある作家の本は未来でも読まれているんだな」
 思いながら、手にとって拾い読みしました。
そのほかにもグリム童話やイソップ物語、ボーモン夫人の「美女と野獣」ペロー童話なんかも読みました。
あまり夢中で読んでいたので、閉館になったのも忘れてその夜は図書館の中で過ごしました。
 朝になって職員がやってきました。王さまを見つけると不審者と思って追いかけてきました。
「まてえー、」
 王さまは階段をかけ降りて行きました。足を踏み外して階段から転がり落ちました。ずいぶん長い階段でいつまでも転げ落ちていきました。
 くるくる回りながらだんだん意識が遠くなっていきました。
 王さまが意識を取り戻したとき、頭の上の方から声が聞こえました。
「王さま、ずいぶん探しました。いますぐに助けますから」
  家来たちに穴から救い出されて、王さまは無事にお城へ帰っていきました。









(未発表童話です)




2018年3月25日日曜日

空から白い階段

 春のある日、自転車に乗って外へ絵を描きに行った。いつも部屋の中で絵を描いているけど、やっぱり外へ出た方が描くものがいろいろある。
 田舎道を走りながら、何を描こうかとあちこち眺めながら走っていた。野原から見た桜並木の絵を描こうかな、それとも川のほとりへ行って、菜の花畑の絵を描こうかなとか考えてた。
 一時間も走りながら、まだ描くものが決まらなかった。昨夜は夜遅くまで童話のイラストを描いていたので、なんだか眠くなってきた。
道の向こうに小さな原っぱがあった。木のそばに自動販売機が立っている。
「あそこでジュースを買おう」
 ガチャン。お金を入れてジュースが出て来た。喉が渇いていたのでそばの原っぱの木の下に座って飲んだ。天気は申し分なくよい。
空をぼんやり見上げているうちに眠くなってきた。
「ああ、何を描こうかな・・・」
ウトウトしながら、やがて眠ってしまった。
しばらくしてから、頭の上でさーっと風が吹いた。風に運ばれていい匂いがしたので目が覚めた。空を見上げると驚いた。
「あれっ、階段だ」
 空から白い階段が降りてきたのだ。だけどそれだけではなかった。
階段の上に誰か座っている。ピンク色の帽子をかぶった女性だった。
 階段は目の前まで降りて来た。
「モデルになってあげましょうか」
女性はいった。
「君は誰だ」
「わたしは春の女神です」
ピンク色のワンピースを着た女神なんているのかなと変に思ったけど、
「じゃあ、あなたをスケッチします」
といって、さっそくスケッチブックと色鉛筆を取りだして描きはじめた。
 一枚目は正面から女性を描いた。背景の雲の中まで伸びている白い階段が実に神秘的だ。描き終えると、構図をいろいろ変えて二枚目、三枚目と描いていった。
 夢中になって描いていると、女性が雲のベンチへ行ってみないかと誘ったので行くことにした。女性の後を追って、階段を登って行った。
 雲の上に辿り着くと、雲のベンチに腰かけた女性を描いた。雲の隙間から見える背景の青空と山並みがとても美しい。いくらでも絵が描けるのが不思議だった。
 描いているうちに、女性の服装が変わっていった。ギリシャ神話の女神のような白いドレスになった。この衣装なら春の女神に見える。
 同時にまわりの雲が桜の木に変わったり、雲の地面には白いスミレの花や、白い菜の花やタンポポの花が咲いていた。
 夢のような景色なので、夢中になって描いているうちにスケッチブックの紙がそろそろ足りなくなってきた。それくらいたくさんの春の雲の景色を描いたのだ。
 あまり夢中になっていたので、足元に雲の切れ間があることに気づかなかった。
 片足が切れ間に入り込んだとたんに、身体が大きく揺れて地上に向かって落下して行った。
「あっー!」
 気がついたとき、さっきの原っぱの木の下で眠っていた。
「ああ、不思議な夢だった。でもいい夢だったな」
 スケッチブックを開いてみると何も描かれていなかった。だけど家に帰ってから、夢の中で観た春の雲の景色と女神の姿をたくさん描いた。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話です)





2018年3月13日火曜日

自画像を描く木

 散歩の途中、奇妙な家の前を通った。二階建ての古ぼけた洋館だった。鉄の柵は錆びついており、家の庭は雑草がぼうぼうに茂っていた。
「以前、ここを通ったときはこんな家なかったのに」
 誰も住んでいない空き家だったので、敷地の中へこっそり入ってみた。壁はあちこちひびが入り、つる草が一面に伸びていた。一階の窓ガラスのひとつが割れている。窓のそばに太い幹の木が立っていた。
 ちょっと窓から家の中を覗いてみた。中はアトリエだった。
 壁には古ぼけた絵画が飾ってあり、描きかけの絵を載せたイーゼルが立っている。この家の庭を描いた絵だった。
 ところがすぐに気づいた。まるで今日描いたみたいに絵具がキラキラ光っている。薄め液とペインティングオイルの匂いも漂っている。絵はまだ半分しか出来ていないが、さっきまで誰かが描いていたようだった。
「幽霊でも住んでいるのかな」
 ホラー映画に出てくるような家なのでだんだん気味が悪くなってきた。
 帰るとき、家の周りをぐるーっと歩いてみた。家の壁はつる草で一面覆われていて家のような気がしなかった。
 数日して、またその家の前を通った。絵のことが気になってアトリエの窓のところへ行ってみた。
「あれっ、」
 イーゼルに載っている絵が数日前よりも制作が進んでいる。あとすこしで完成するみたいだ。
「いったい誰が描いているんだろう」
 その謎が知りたかったので、なんとかつきとめようと思った。
 家のドアは鍵が掛けられており、窓も閉まっているので誰も入ることは出来ない。
「家の中に誰かいるのかな」
 その日、何時間も庭の木のそばに座ってじっと家を観察してみた。だけど何も起こらなかった。夕方になったので帰ることにした。
 家に帰ってからシャツに絵具がついているのに気づいた。油絵具だった。時間がたっていたので固まっていた。
「あの家の庭でついたのかな」
 不思議に思いながらも、その夜はすぐに寝た。
 深夜、変な夢で起こされた。あの奇妙な家の夢だった。庭の木がアトリエのガラスの割れた窓の中に枝を伸ばして何かをしている夢だった。何をしているのか分からなかった。夢から覚めて、そのあと夢のことが気になってぜんぜん寝つかれなかった。
「あの家へ行ってみるか。夢ではなく本当のことだったら謎が解ける」
 思いながら出かけてみることにした。時刻は午前2時を過ぎていた。
 外へ出ると月の夜だった。誰も歩いていない夜道を歩いて行った。
奇妙な家の前に着いた。敷地の中へ入ろうとしたとき「はっ」と驚いた。
アトリエのそばに立っている木から伸びた枝が、ガラスの割れた窓の中に入っている。ときどき枝が動くので、持っている絵筆と手鏡がちらちら見えた。
「自画像を描いているんだ」 
人間の手のように器用に動く枝をじっと注意深く眺めていた。
「完成した絵はどんなだろう」
 夜が明ける頃、家へ帰って行った。
 目が覚めてから、午後あの家へ行ってみた。
 アトリエの中には、すっかり出来上がった木の自画像が立ててあった。
窓のそばの木は何事もなかったように静かに立っていた。
 それからも、たびたび奇妙な家に行ったが、ある日、その家は取り壊されてなくなっていた。それからはアトリエの絵を観ることは出来なくなった。





 (オリジナルイラスト)


(未発表童話です)




2018年3月2日金曜日

お菓子とケーキで出来た町

 春になって暖かい日だったので、自転車に乗って町の公園へ散歩に行った。
 ある角を曲がったとき、周囲がぼんやりして、すーっと大気の向こう側の世界へ吸い込まれた。その部分だけ目に見えない穴が開いていたのだ。気がつくと知らない田舎の野原の道を走っていた。
 風に流されてどこからか甘い匂いが漂ってきた。
「ケーキの匂いだ。いったいどこから」
 走って行くと道が二つに分かれていた。匂いのする方の道を走って行った。
しばらく行くと、遠くに町が見えてきた。でも、建っている家はどれもお菓子やケーキで出来ている家ばかりだった。家の瓦は色とりどりのキャンディーで出来ており、壁はスポンジケーキ。庭の木はチョコレート。郵便ポストなんかバウムクーヘンで出来ている。
 コーヒー店があったので中へ入った。ウエイトレスが注文を取りにやって来た。
「コーヒーを一杯」
「はい、おやつはご自由に」
 このお店では、テーブルも椅子も壁に掛かった飾りや絵画もぜんぶお菓子で出来ている。どれを食べてもいいそうだ。ちょっと壁にはめこんであったホワイトチョコレートを食べてみた。
「ちょうどいい甘さでおいしい」
コーヒーを飲みながらいろんなものを食べてみた。
 お店を出て町を見物してから、広い野原の道を走っていると、うしろからリンゴの形をした馬車が走ってきた。馬車はリンゴの実をくりぬいて出来ている。屋根に「タクシー」の文字が入っていた。二頭の白い馬が引いていた。だれも乗っていなかったので声をかけてみた。
「乗せてくれないか」
馬車は止まった。
「どうぞ。どちらまで」
「賑やかなところがいいな」
「じゃあ、王さまのお城へ行きましょう」
 今日は王さまのお誕生日で、町の人たちもたくさんやって来るそうだ。
自転車を馬車の荷台に積んでもらって、馬は走り出した。お城まですこし距離があるというので、昼寝でもしようかなと思った。でも、馬車の中はリンゴの甘に匂いが漂っているので、果肉をすこしつまみ食いした。
 道の途中で、屋台を引いた焼いも屋が歩いていた。焼いものいい匂いがするので、バターをたっぷり付けてもらって、ひとつ買った。
 焼いもを食べ終わった頃、丘の向こうにお城が見えて来た。
お城の塀はチョコレートで出来ており、お城の壁はパウンドケーキにクリームが塗ってある。塔の屋根にはドロップがはめ込まれている。
 門をくぐって(門はビスケットで出来ている)中庭に入ると、たくさんの人だかり。何百人もいる。窓から王さまが顔を出して手を振っている。パチパチと拍手の音。でも市民はお城の中には入れない。
「なんとかお城の夕食会に行きたいな」
思ってると、今夜の夕食会に呼ばれたマンドリン楽団がやってきた。どうしたわけか指揮者が心配そうな顔をしている。
「やれやれ、マンドリンを弾く楽員が熱を出してメンバーがひとり足りない、どこかに代わりがいないかなあ」
「私が弾きましょう」
といってメンバーに入れてもらった。
 夕食会までは、まだ時間があるので、マンドリンと衣装を貸してもらってお城の音楽室で練習をはじめた。
 レパートリーは15曲ほどあったが、どの曲もマンドリンクラブでも弾いたことがある曲だった。
「いやあ、この演奏なら、なんとかなりそうだ。よかった」
指揮者は楽員の補充が出来て喜んでいた。
 夜になり、お城の夕食会に行った。
 中はひろびろとして、床は真っ赤な絨毯が敷いてあり、天井には飴のシャンデリア。楽団の場所は、王さまのテーブルのすぐ横だった。
 夕食会がはじまると、楽団の演奏を聴きながら、みんな料理を食べはじめた。料理は、すべてケーキやお菓子で出来てるチキンやビーフ、山もりの果物とサラダ、それにワインやシャンパンだった。
 夕食会が終わると、次はダンスパ-ティーだった。部屋を移動してみんな楽団の演奏でダンスを踊った。
 楽団員はお腹も減っていたので、変わりばんこに食堂へ行って料理を食べたり、ワインやシャンパンを飲んだりした。
 ダンスパーティーが終わると、みんなお城から出て行った。
お城の馬小屋へ行くと、自転車が置いてあった。
「馬車はもう帰ってしまったんだ」
 しかたがないので、自転車で帰ることにした。ワインとシャンパンを飲み過ぎたせいか、ふらふらして帰った。
 川のそばを走っていたとき、ふらついて川の中へどぼんと落ちてしまった。
「冷たいー!」
 さけんだとき、周囲がぼんやりして、水面と大気の間に穴が開いていて、その中へすーっと吸い込まれた。気がつくと、いつもの町を自転車でのんびり走っていた。
「不思議な世界へ入り込んだものだ。どうしてだろう」
思っていると、目の前に最近オープンしたばかりの知らないコーヒー店があった。お菓子とケーキで出来た町のコーヒー店とそっくりなお店だった。でも、建物は食べることが出来ない普通のお店だった。





(オリジナルイラスト)

(未発表童話です)




2018年2月21日水曜日

木の上で暮らす人

 木の上に家を作ってのんびり暮らしている人がいました。ターザンのようにロープにぶら下がって、山のあちこちへ散歩に出かけました。
 ある日、 ロープが切れて地面に落ちたとき、頭を強く打ったのが原因で、自分がアフリカのジャングルに暮らしているという妄想を持つようになりました。
「さあ、今日はワニを捕えて、ステ-キにして食べよう」
 さっそく朝早くから出かけて行きました。
 川へ行くと、魚ばかり泳いでいてワニなんかいません。岩のところにトカゲが一匹はっていましたが、ワニにしては小さすぎます。
「困ったな。ステーキが食べられない」
 思っていると、林の中からイノシシが出てきました。 
「わあ、トラだ。逃げないと」
 イノシシに追いかけられて、やっとのおもいで木の上へ逃げました。別の川へ行ってみました。
川のそばでテントを張ってキャンプをしている人たちがいました。
 釣った魚を網で焼いていました。
「密猟者だな。近頃、ゾウの姿をまったく見かけなくなった」
ロープによじ登って、木の上からテントめがけて飛びかかりました。
「なんだ、あいつはー!」
キャンプにやってきた人たちは、みんなびっくりしてその場から逃げだしました。
 テントを押し倒して、荷物を全部川へ投げ捨てました。
 密猟者を退治すると家に帰って行きました。これから夕食の準備です。
食材は、春はワラビ、ゼンマイ、イタドリ、フキノトウ、秋は、ヤマブドウ、栗、アケビ、キノコ、山芋などでしたが、バナナもマンゴーもパイナップルもパパイヤもないことに気づきました。
「明日は果物を探しに行こう」
 翌朝、近くの農家へ行きました。でも、畑には白菜やダイコン、ホウレンソウ、ネギ、ニンジンばかりで、バナナもパイナップもマンゴーもパパイヤもありません。
「困ったな。どこかにないかなあ」
 ある日、遠出をして町へ行きました。大きなスーパーマーケットがありました。
食料品売り場へ行くと、いろんな果物が山のように売られていました。
「おいしそうだな。食べたいな」
思っていると、警備員がこちらへ向かって走ってきました。髭ぼうぼうで髪の毛がボサボサだったので、不審人物と間違えられて職務質問されると思いました。
でも違いました。食料品を万引きした男を追いかけていたのです。
「よーし、一緒に捕えよう」
いつも山の中を走り回っているので、万引き犯など捕まえるのは朝飯まえです。スーパーを出て500メートル先で男を捕まえました。
警備員と食料品店の店長から感謝されて、バスケットに山盛り入れた果物を貰いました。山へ帰ってからすぐに食べました。
 それからはたびたび町に行って、警備員のような仕事もするようになりました。
 ある日、動物園のそばを通りかかったとき、動物たちのなき声が聞こえてきました。
 動物園の中へ入ると、檻の中に動物たちが入れられていました。
「そうか。ジャングルの動物を見かけなくなったのは、こんなところに閉じ込められていたからなんだ」
 夜になってから動物園に忍び込んで檻の扉を開けることにしました。最初にゾウの檻へ行って扉を開けました。でも、ゾウはずいぶん年取っているので逃げようとしません。こんな年寄りではジャングルに帰ってからすぐに死んでしまいます。
 しかたがないので、ヒョウのいる檻へ行きました。扉を開けようとしたとき、飼育係に見つかってしまいました。
「こらあ、そこで何している」
 飼育係と取っ組み合いになって、しばらく檻の前で争っていましたが、ほかの飼育係もやってきたので、急いで塀によじ登って、事務所の屋根伝いを歩いていたとき、足が滑って地面に落ちてしまいました。頭を強く打って、気がついたら元通りの頭に戻っていました。飼育係に見逃してもらって山へ帰って行きました。それからは普通の暮らしをしているそうです。







(未発表童話です)




2018年2月9日金曜日

迷子になった雪女

 山で狩りをしていた雪女は、雪が激しくなってきたので家に帰ることにしました。
いつも山へ行くときは、ラジオで天気予報を聞いてから出かけましたが、電池が切れてその日は聞けなかったのです。
「今日の獲物は山鳥2羽だけど、仕方がないわ」
 帰り道で、ひどい吹雪になり、1メートル先も見えなくなりました。
「どうしよう、日が沈んでしまうわ」
 そのとき、雪道を走ってくる一台の車に気づきました。
「よかった、あの車に乗せてもらおう」
 車は、吹雪の中をゆっくり走ってきました。
 突然、視界に白い和服姿の中年のおばさんが見えたので急ブレーキを踏みました。タイヤが滑り、もう少しで横の田んぼに落ちるところした。
「危ねーじゃねえか。バカヤロー」
 それはタクシーで、お客をこの村まで送ってきた帰りでした。
運転手は、こんな真冬にコートも着ないで、夏の浴衣で歩いているおばさんにびっくりしました。
「お願いします。乗せてください」
雪女はずかずかと車の中に入ってきました。
「乗せてやってもいいけど、お金持ってるのかい」
「お金はないけど、山鳥を差し上げます」
雪女は、かちかちに凍った山鳥を見せました。
「それ、どうやって料理するんだい」
「羽を全部むしってから、内臓を取り出して蒸し焼きにすればいいんです」
「ニワトリみたいにやればいいんだな」
「だいたいそうです」
「鍋にもあうかな」
「もちろん、鍋に入れても美味しいですよ」
そんなわけでタクシーに乗せてもらいました。
「で、どこまで送るんだい」
「北の方角へ5キロほど行った山の洞窟です」
「そんな所に道路が走ってるのかい」
「細い道が通っています」
「雪で行けないよ」
「途中まででいいんです」
「じゃあ行ってみるか」
 タクシーは吹雪の中を走って行きました。
運転しながらうしろからひんやりと冷気が流れてくるので暖房を「強」にしました。
視界が悪く、雪も強まってきました。
「そろそろ山道だ。だいぶ積雪があるな」
「あと少しのところで結構です」
「じゃあ、500メートル行ったところで降ろすよ」
「ええ」
 ところが雪がさっきよりもひどくなり車はとうとう動けなくなりました。
「ダメだ。チェーン巻かないと」
「手伝いますよ」
「そうかい、じゃあ、後輪の2本巻いてくれないか」
 雪女は外に出ると作業を手伝いました。
「これで大丈夫だ。さあ、行こうか」
 吹雪の中をタクシーは登っていきました。
「ここで結構です。洞窟は近くですから」
「そうかい、じゃあ、気をつけて」
 雪女は雪の中に消えて行きました。タクシーは山を降りて行きました。
ところが途中で、さっきの雪女にばったり出会ったのです。
「どうしたんだね」
「場所を間違えました」
「え、ここじゃないのか」
 雪で視界が悪くて場所を間違えたそうです。
仕方なく、タクシーは雪女を乗せてまた山を登って行きました。でも吹雪のためなかなか見つからず、一晩中、山の中をさまよいました。
 そんなことで、洞窟を見つけたのは明け方近くでした。
すっかり疲れてしまったタクシーの運転手は、洞窟の中で雪女にお茶を入れてもらい、しばらく仮眠をとりました。
 






(未発表童話です)