2017年10月31日火曜日

たいくつな仏像

 山のお寺に、古い大きくてりっぱな仏像が置かれていました。あまり奥深い山だったので、いつしか忘れられて、誰も拝みに来る人はいませんでした。
「ああ、たいくつだ。だれかやってこないかなあ」
 あるとき猿がやってきました。
「仏像さま。高い所からの眺めはどうですか」
「山ばかりで何も見えやせん」
 仏像は、身体を前後左右に動かしました。
「ああ、身体が凝ってしかたがない。いつも同じ姿勢でいるからなあ」
「それじゃあ、身体をほぐしてあげましょう」
  猿に肩や腕や足や腰をほぐしてもらいながら、仏像は満足そうです。
「ああ、気持ちがいい。まるで極楽じゃ」
 それがやみつきになって、週に一度は猿に身体をほぐしてもらっていました。
 ある日のことです。山道を誰か登ってきました。お寺へやってきたのは、村のお百姓さんたちでした。
 仏像は、いつものように寝そべって、猿に身体をほぐしてもらっていましたが、足音が聞えてきたので急いで身体を起こしました。あまり慌てていたので背筋を思いっきり伸ばして正座をしました。 
「ああ、これが三百年も昔に作られた仏像さまか。なんて礼儀正しい仏像さまだ」
「町へ持って行ったらみんな驚くな」
「そんじゃあ、近いうちに町へ移すことにしよう」
 お百姓さんたちが帰ったあと仏像は、
「嬉しいことじゃ、町のお寺へ行けるとなれば参拝者も多いだろう。もうたいくつすることもない」
 その年のうちに仏像は、町の大きなお寺に移されることになりました。
お寺の広いお堂に置かれた仏像は、満足そうな様子でいつも正座をして座っていました。
 このお寺には、山と違って毎日たくさんの人がやって来るので仏像はいつもニコニコ顔です。
「よかった。仏像に生まれた甲斐がある」
 だけど、いつも正座をしてるので足がだんだん痛くなってきました。
「ああ、このまま何百年、何千年もこうやって正座をしてるのもたいへんだ」
 夜になると仏像は、だれもいない静まり返ったお堂の中で、思いっきり足を伸ばしました。
「ああ、あちこちピリピリしてる。きょうも疲れた。猿がいてくれたらほぐしてくれるのになあ」
 仏像は、山のお寺のことを懐かしそうに考えていました。









(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)





2017年10月19日木曜日

気の弱い殺し屋 

 江戸の町に殺しを業務とする店があった。表向きの商売は研ぎ屋であった。
 ある日、殺しの仕事が入り、だれが引き受けるか親方の家にみんな集まった。
「明日の晩、越後屋のバカ息子を斬る。太郎兵衛、おぬしに任せる」
「あっしがですかい。きのうこちらへ来たばかりです」
「初仕事だ。がんばってみい」
「刀が研いでありません」
「今夜のうちに研げる」
「まだ人を斬ったことがありません」
「だから、お前にまかすのだ」
「場所がよく分かりません」
「いまから確認してこい」
「向かってきたらどうしましょう」
「そのときは頭を使って対処しろ」
 問答が続いたあと、とうとう行くことになった。
 翌日の晩、親方が太郎兵衛の帰りをじっと待っていると、越後屋の主人が尋ねてきた。
「ごめん。尋ねるが。息子に斬れない刀を売りつけたのはお前とこの店員か」
「え、売りつけた?」
「そうだ。研ぎ方が下手くそで、ぜんぜん斬れんといっている」
 主人が帰ってから太郎兵衛が戻ってきた。
「親方、すいません。越後屋の息子が2メートルもある大男だなんて聞いてなかったもので、頭を使って逃げてきました」









(未発表童話です)




2017年10月9日月曜日

カニの床屋さんの失敗

 竜宮城の竜王さまが、ある日、家来のタコにいいました。
「明日の夜、竜宮にお客がみえるから、床屋を呼んできてくれんか。何年も切っとらん頭をさっぱりさせたい」
「はい、竜王さまかしこまりました」
 タコは、さっそく浜へ行きました。
浜につくと、(カニの床屋)と書かれたたくさんのお店がありました。
 タコは一軒、一軒お店をまわって、用件をいいました。
「はい、承知しました。ではさっそくまいります」
 タコに案内されて、カニの床屋さんたちは、みんな竜宮城へ行きました。
「いやあ、来てくれたか。ごくろう、ごくろう。ではさっそくチョッキン、チョッキンをたのむよ」
 竜王さまは鏡の前にふかぶかと腰かけました。
「では、さっそくはじめます」
 カニの床屋さんたちは、頭の上によじ登ると、チョッキン、チョッキンと軽快な音をたてて散髪をはじめました。
 だけど、竜王さまの頭はカニたちの何十倍もありますから、髪を切るのもずいぶん時間がかかります。
 夕方になって、その日は半分だけ仕事が終わりました。
「みんなごくろうだったな。残りの分は明日にまわすことにして、今夜は竜宮でゆっくりくつろいでくれ」
 日が沈んでから、カニの床屋さんたちは竜宮城の夕食会に招待されました。
深海のめずらしい魚料理を食べたり、きれいな女中さんにお酌をしてもらって、ずいぶんお酒も飲みました。その夜はみんなぐでんぐでんに酔っぱらって、口からプクプク泡を吐きながら、すぐに眠ってしまいました。
 朝になって、みんな仕事の続きをはじめました。
 ところが、昨夜のお酒がまだ残っているようで、チョッキン、チョッキンの音も軽快ではありません。中にはウトウトと居眠りしているカニもいて、なかなか仕事もはかどりません。
 そんなことなど知らない竜王さまは、昼寝をしながら楽しそうに待っていました。
 夕方になって、家来のタコがやってきました。
「竜王さま、お客さまがお見えになりました」
 目を覚ました竜王さまは、
「そうか、お通ししてくれ」
といって、鏡に写った自分の顔を観ました。
「なんじゃあ!この頭はー!」 
 竜王さまは本当に驚いてしまいました。
頭髪のところどころがまだら模様になっていて、長さも滅茶苦茶で、まるでトラの毛皮のようです。
 竜王さまは、タコを呼び寄せると、すぐにカツラを持ってくるように命じました。こんな頭ではとてもお客さんに会うわけにはいきません。
 翌朝、カニの床屋さんたちは、しょんぼりした顔で浜へ帰ってきました。みんな床屋の看板を取り外すと店を閉めました。竜王さまから床屋の営業許可を永久に取り消されてしまったからです。
 カニたちは別の仕事を探しましたが、床屋さんほどぴったりの仕事はなかったので、どんな仕事についても長続きせず、今でも浜をぶらぶらしているのです。










(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)