2017年7月19日水曜日

水晶の洞窟

 どこか知らないとても高い岩山に、水晶で出来た洞窟がありました。その洞窟の水晶は青や紫や緑、赤色をしていてほんとうにきれいでした。満月の夜になると月の光が洞窟の中へ差し込み、キラキラと美しく輝いていました。
 一番奥の暗い場所にいた紫色の水晶は、外の様子を観たことがなく、それどころか太陽の光も月の光も知らなかったのです。
「ああ、この場所はいつも暗くて寒いのだ。一度は外の清涼な空気を吸いたいものだ」
 ある夏のこと、すっかり日が沈んでから、一匹のアゲハチョウが迷子になってこの洞窟の中へ入ってきました。
 アゲハチョウは疲れた様子で、洞窟の中をひらひらと飛んでいましたが、やがて洞窟の奥の紫色の水晶のそばに止まりました。
「やあ、どこから飛んで来たんだ」
「迷ったんだ。この洞窟の近くに小さな花畑があるのだけどわからなくなってしまった」
 水晶は、どこへでも自由に飛んで行ける蝶をうらやましいと思いました。
「おれもいろんな場所へ飛んでいきたいな」
 思っていると、ふしぎなことが起きました。それは水晶の精の仕業でした。身体がふわふわするのです。気がつくと紫色のアゲハチョウに変わっていました。
「驚いた。こんなことがあるなんて」
「一緒に来ないか」
 二匹のアゲハチョウは洞窟から出て行きました。
季節は夏ですが、夜の山はひんやりと寒いのです。
 岩山のところどころに小さな花畑がありました。
「こんな高い所にも花が咲いているんだな」
「もっと下へ行こう」
 森が見えてくると、山の渓流が流れているところまでやってきました。すぐ近くに滝がありました。すごい水しぶきをあげています。
 見たこともない景色に紫色のアゲハチョウはうっとりと眺めていました。
「もっと下まで行ってみよう」
 二匹のアゲハチョウは川を下って行きました。暗い森を抜けるとやがて谷が見えてきました。
 その谷の下に村がありました。まわりは田んぼになっています。
 村にやってきました。田んぼのそばの小川までやってきたときです。田んぼの上をキラキラと何か光って飛んでいました。それはたくさんのホタルでした。
 アゲハチョウを見つけて、一匹のホタルが近づいてきました。
「君たちはどこからやってきた」
「山からさ」
 昼にしか見かけないアゲハチョウを見てホタルは驚きました。
「おれたちについてきなよ」
 ホタルたちのあとをついて行くと、近くの森に入って行きました。沼があり、みんなその上を楽しそうに飛んでいました。
「森のむこうには何があるだろう」
 ホタルたちと別れて森から出て行きました。森を抜けると原っぱがありました。原っぱの真ん中に分校が建っていました。教室の一つの窓から月の光を受けて何かキラキラと光っています。校庭の中へ入って行くと、その光の方へ飛んで行きました。
「わあ、水晶だ」
 その部屋は理科室で、フラスコやビーカーが置いてある棚の上に、いろんな色をした水晶の入った標本箱が置いてありました。
 標本箱の中で水晶たちが何か話しています。
「岩山の水晶たちはいまごろ何をしてるかな」
「おれたちのことはもう忘れてしまったかな」
「山は涼しいだろうなあ」
「また帰ってみたいなあ」 
 アゲハチョウには、そんなことを話をしているように思えました。
やがて、二匹のアゲハチョウは帰ることにしました。森を抜けて高い岩山の方へ飛んでいきました。









(未発表童話です)




2017年7月9日日曜日

かかしの水浴び

 夏のひざしがとてもまぶしい日のこと、田んぼの中に突っ立っていたかかしのところへ、山からさるがやってきました。
「かかしの旦那、きょうも暑くって仕方がありませんね。どうですか、川へ水浴びに行きませんか」
 かかしは自分の汚れた着物を見ながら、
「そりゃいい、あんたにおぶっていってもらおうかな。ついでに着物も洗うことにしよう」
「それじゃ、行きましょう」
 さるに背負ってもらって川へ行きました。
川へやって来ると、さっそく飛び込みました。水の中は冷たくてとっても気持ちがいいのです。
 かかしは長い間着物を洗ったことがなかったので、さるにゴシゴシ洗ってもらいました。
 田んぼへ戻ってくると、かかしはさっぱりしたようすで同じ場所に立ちました。さるも山へ帰っていきました。
 しばらくしてから、かかしは気がつきました。
「しまった、かさを忘れてきた」
 こんなひざしの強い日に、かさをかぶっていないと日射病になってしまいます。
 そのときです。農家から飼い猫がやってきました。
 飼い猫は、かかしを見てへんな顔をしました。
「かさをどうされました」
「川へ水浴びにいって忘れてきたんじゃ」
「それじゃあ、取りにいってあげましょう。これからフナを取りにいくところなんです」
「たのむよ」
 夕方になってから、飼い猫はかさを持ってきてくれました。






(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)





2017年6月30日金曜日

ヤドカリの大冒険

 ヤドカリたちが浜の岩の上で日光浴をしていました。
「ああ、いい天気だなあ。こんな日はエサ探しはやめてのんびり昼寝だ」
 みんな日傘をさして寝そべっていました。
 一匹のヤドカリはこんなことを考えていました。
「眠っているなんてもったいない。むこうの原っぱへ遊びに行こう」
そういって、みんながいる岩から離れて砂の上を歩いていきました。
 やがて、草が生えている所までやってきました。
「道が原っぱの方まで続いているぞ、行ってみよう」
 しばらく歩いていくと、草の中から声が聞えてきました。
「見かけない顔だな。どこからやってきたんだ」
声をかけたのは一匹のカタツムリでした。
「おれは、海からやってきたんだ」
「どおりで、はじめて見るやつだと思った。きっと先祖は同じさ。これからどこへいくんだ」
「いや、暇なもんで、散歩がてらにやってきたんだ」
そんな話をしていると、木の上からミーン、ミーン、ミーンとセミが鳴きはじめました。
「ああ、また喧しくなる。セミたちのおかげで耳が遠くなって困っているのに」
 そのときでした。木の上からカブトムシが飛んできて切り株の上に着地しました。でも着地が下手くそで、切り株に頭を強く打ってしばらく気絶していました。
「大丈夫かい」
その声を聞いて、カブトムシは意識を取り戻しました。
「いや、失礼。へまなところを見られてしまった」
カブトムシはにこにこ笑いながら、いろいろ話しかけてきました。
「そうなのかい、木の樹液はそんなに美味しいのかい」
「そうだよ、少し飲んでいくか」
「ああ、少しいただこう」
 カブトムシは木の幹を登っていくと樹液が出ているところへいき、バケツに樹液を入れて降りてきました。
「たっぷり飲んだらいいよ」
「うひぇ、苦くて飲めないよ」
「口に合わないかい、うまいのになあ」
「もっと甘いのがいいなあ」
「じゃあ、向こうの林の奥にハチの巣があるから、その蜜を飲んだらいいよ。でも、ミツバチ飛行隊に見つからないようにな」
「ああ、わかった」
 ヤドカリは、カブトムシとカタツムリと別れてから、さっそくハチの巣へ向かいました。
 歩いて行くと、林の奥から、ほんのり甘い匂いが漂ってきました。
「いやあ、いい匂いだ。たまんないな」
そう思っていると、空の上からブーン、ブーンと大きな羽音をさせて、ミツバチ飛行隊が飛んできました。
 ヤドカリを見つけると、すぐに急降下してきてマイクロフォンで怒鳴っています。
「こら!、お前、どこからやって来た。ここはおれたちの縄張りだ。これ以上中へ入ったら毒針の機銃掃射するでえ、早くあっちへ行け-!」
 すぐ向こうには美味しいハチ蜜があるのですが、大ケガをしてはなんにもならないので仕方なく退散することにしました。
 また歩いていたとき、そばの枯葉がこそこそ動いて一匹のヘルメットを被ったアリが出てきました。
「おおい、助けてくれや」
 そのアリは、誰かに追われているようで、息を切らせていました。
「それなら、殻の中へ隠れたらいいよ」
 アリは喜んで、すたすたと殻の中にもぐりこみました。
 そのあとから、すぐに5、6匹のこん棒とピストルを携えたアリがやってきました。
みんなきょろきょろあたりを見渡して何かをさがしているようでしたが、やがて、どこかへ行ってしまいました。
「おい、出て来てもいいよ。もう行ってしまったよ」
「いやあ、助かった、ありがとう」
 そのアリは、この土地に駐屯している歩兵部隊の兵隊アリで、軍隊が嫌で逃げて来たのです。そのアリは憲兵アリと警察アリに追われていたのです。
 そのアリから軍隊生活のことをいろいろ聞きました。
 規則が非常に厳しくて、外出も自由に出来ず、銃の手入れが悪いとか、ゲートルの巻き方が悪いとか、敬礼の仕方が悪いとかいって、ぽかぽか頭を殴られるのです。
 上官の命令は絶対で、戦争にでもなったら嫌でも敵のアリを殺さなければいけないのです。
 そのアリは、入隊前はアリ運送会社のトラック運転手でしたが、派遣社員のため低賃金で生活が苦しく、おまけに長時間労働を強いるブラック企業だったのです。残業代もくれない日があり、それだったら安定した給料と退職金がもらえる軍隊に入隊したのです。でも、ここでもずいぶん苦労しました。
 兵隊の仲間にはいろんなアリがいて、美術学校を出た芸術家肌のアリなんか、とても戦場へなんか行って戦えないのですが、戦況が悪くなって召集令状が来て、いやいや兵隊になったのです。召集なんて本当にめちゃくちゃです。ほかにも音楽学校やデザイン学校の学生アリも同じように召集されて酷い目にあいました。
 「こんな組織には二度と入りたくない」とみんないっていました。
 そのアリと仲良くなって、この林の向こうにある小川へ行くことにしました。
 小川のほとりの草むらにはきれいな花がたくさん咲いていて、ぷんぷんと心地良い匂いをさせていました。水の中を覗くと鯉やフナが泳いでいました。そんなのどかな光景をのんびり見ていたときです。突然、すごいことが起きました。
 地面が大きく揺れて、小川の水がジャブン、ジャブンと大きく揺れました。しばらくしてから今度は、
 グラグラグラグラ、ドドドドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
 ・・・・・・・ドドドドドドンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
と大きな音がして大地震が起きたのです。
 小川の水が溢れて、ヤドカリとアリのそばまで水が押し寄せてきました。
「わあ、流されるー!」
 木の枝が流れてきたので、それに必死にしがみつきました。川の流れは速く、どんどん後ろからも枯葉や木の枝が流れてきます。
 川の中央に岩があったので、それによじ登って流れが落ち着くのを待ちました。周りの景色はひどいもので、あちこちの大木が倒れて、道も地割れが出来ています。
「川の水が引くまで、ここでなんとか頑張ろう」
「そうしよう。でもあちこち酷い景色だ。復旧するのにはずいぶん時間がかかりそうだ」
 夜になっても、水はまだ引かないままです。二匹ともずぶぬれだったので、時間がたつにつれて寒くなってきました。
真水をたくさん飲んだヤドカリは気分がよくないのか青い顔をしてぐったりしています。
「風邪をひいたらたいへんだ。この枯葉にくるまりな」
「ありがとう」
ヤドカリは枯葉にくるまると、やがて眠りにつきました。
 二匹はそうやって朝を待ちました。でもヤドカリは気分が悪いうえにすっかり風邪をひいてしまって熱も出ました。
 朝になってから、どこからか大きな声が聞えてきました。
「おおーい、大丈夫かー!いまから助けにいくからなあー!」
 その声に驚いて飛び起きると、向こう岸にアリのレスキュー隊がいました。
「ありがとうー!、すぐに来てくれー」
 兵隊アリが叫ぶと、救命ボートに乗ったアリのレスキュー隊が近づいてきました。ようやく二匹のところへやって来て助けてくれました。
 ヤドカリは、3日ほどアリのレスキュー隊の病院で手当てを受けてから浜へ帰っていきました。勿論、友だちのヤドカリたちに自分の大冒険の話をしてあげました。
 兵隊アリの方は、レスキュー隊の仕事のかっこ良さに感動したのか、すぐにレスキュー隊に入隊して、いまでは楽しくこの隊で働いているそうです。








(未発表童話です)




2017年6月20日火曜日

仙女と村の男

 今は昔、山の淋しい谷間の滝に、ひとりの仙女が暮らしていた。
いつも透きとおった滝の水に打たれて、その美貌を保っていた。この滝の水をあびると、誰でも美しくなれる魔法の水だったのだ。
 ある日、この滝へひとりのやもめ暮らしの村の男がやってきた。ちょうどその時、仙女は水浴びに夢中だった。
「ありゃ、なんて美しい仙女じゃ、おらの嫁っこになってはくれないかな」
 村の男は、すっかり仙女に魅了されてしまったのだ。
 ある日村の男は、両手におみやげをたくさん持って、この谷間の滝へやってきた。仙女への貢ぎ物を持ってきたのだ。
 ところが、滝の所へやってくると、見知らぬひとりのばあさんが、岩の上で大きな口を開けてぐーぐーと昼寝をしていた。 村の男は、早くばあさんがどこかへ行ってくれないかと、林の中で辛抱強く待っていたが、いくら待ってもだめだった。
 翌日、気をいれなおしてまた村の男がやってきた。すると、この前の仙女が、いつものように滝の水に打たれて体を清めていた。村の男は、仙女のほうへ近づいていった。
「美しい仙女さま。どうかおらの嫁っこになってはくれねえか」
 村の男の姿を見て仙女は一瞬驚いたが、男が持ってきた貢ぎ物を見ると、にわかに顔つきが変わった。
「ええ、いいですよ。こんなわたしでもよかったら、どうぞ、あなたのお嫁さんにしてください」
 村の男が、それを聞いて喜んだのはいうまでもなかった。けれど、仙女は男にひとつ条件をつけた。それは、一日に一度、かならずこの滝の水を、桶(おけ)いっぱいくんでくることだった。
「それくらいのことだったら、ちゃんとまもりますわい」
村の男は、軽く返事をすると、仙女を連れて自分の村へ帰って行った。
 村へ着くと、みんな美しい仙女を見て驚きざわめいた。
「あんた、どえらい別嬪(べっぴん)さん見つけてきたの」
そういって、みんなうらやましそうに男にいった。
 ひと月がたち、ふた月がたった。美しいお嫁さんと一緒に暮している村の男は、毎日が幸せそのものだった。毎朝、仕事へ出かけていったついでに、約束どおり谷間の滝へ行って、桶に水をいっぱい入れて持って帰った。
 ところが、ある日のこと、風邪をこじらせた男は仕事へいくことが出来なくなった。しかたなく部屋で眠っていると、どこから上がりこんだのか、ひとりの皺(しわ)だらけのばあさんが部屋の真ん中に座っていた。
「あんた、だれだい。なんでおらの家にいるんだ」
 すると、ばあさんはあきれた様子で、
「何いってんだい。わたしゃ、あんたの嫁だねえか」
 それを聞いて男は、ふと、あの滝で出会ったばあさんのことを思い出した。
「そんじゃ、あんときのばあさんはあんただったのかい」
「うんだ。あんたが、貢ぎ物をたくさんくれて、わたしを嫁さんにしたいっていったくせに何いうとんの。さあ、早よう、風邪さなおして水さ持ってきてくだされや」
 男はそれを聞くと、風邪のことなんかすっかり忘れて、あわてて谷間の滝へ出かけていった。







(つるが児童文学会「がるつ第25号」所収)




2017年6月7日水曜日

空飛ぶじゅうたんに乗って

 ゆうべこんな楽しい夢を観た。
空飛ぶバイクや空飛ぶ自動車を作っている工場へ行って、
「空飛ぶじゅうたんを作ってくれないか」と頼んだら、
「いいよ、作ってあげよう」といってくれた。
値段が高いので、ローンを組んで買うことにした。
 3ヶ月ほどで出来た。じゅうたんの下にプロペラが6つ付いていて、コンピユーター制御で動く。さっそく乗ってみた。
行先を登録してボタンを押すと、プロペラが勢いよく回転し、ふんわりと空中に浮かんだ。それからグーンと上昇した。
「いやあ、すごい。すべて完全自動運転だ」
飛びながら周囲を見下ろすと、道路やビル、マンション、アパート、デパート、公園、橋などがよく見える。
低空飛行で国道の上を飛んでいると、ケンタッキーフライドチキンのお店があったので、着陸場所をこのお店に変更して着地した。6ピースポテトパックとコーラを買ってまたじゅうたんに乗り上昇した。
「山のてっぺんに行って食べようかな」
着陸場所を山に変更して山へ向かった。
 ときどき前方から、空飛ぶバイクや空飛ぶ自動車が飛んできた。みんな今からデパートやスーパーへ買い物に行くのだ。
空飛ぶじゅうたんは珍しいので、みんなじろじろとこっちを観てる。
 町を過ぎてから、田んぼ道の上を飛びながら山へ向かった。
 山には、木の実がたくさんなっていたので、もぎ取って山の上で食べることにした。
やがて頂上が見えて来た。着地して下を見降ろした。
「いやあ、爽快な眺めだ」
感動しながら、食事をはじめた。
 そのとき後ろの林の中の草がごそごそと動いた。
 草から出てきたのは、手のひらくらいの大きさの人間そっくりな小人だった。
「やあ、小人くんを見るのははじめてだ。どうだい、いっしょに食べないか」
「ありがとう。じゃあ、いただくよ」
 食事をしながら、小人くんからいろんな話を聞いた。小人くんの話によると、この山の洞窟の中に小人の国があるので来てみないかということだった。
 小人の国は、科学技術が非常に進んでいて、住民の半分は人口知能ロボットだそうだ。この小人くんの奥さんもロボットだといった。
 食事が終ってから、さっそく小人くんに案内されて洞窟の中へ入って行った。あまり広くない洞窟なので、頭をぶつけないように歩いて行った。洞窟は先へ行くほど狭くなっていたので、四つん這いで進んで行った。
 しばらく行くと、真っ暗だった洞窟の奥が少しずつ明るくなってきた。窮屈で身体が岩に挟まりそうになりながらさらに進むと、洞窟の外が見えてきた。
 カメが甲羅から頭を出すように外を覗き込んでみた。
「うわ、すごいー、未来都市だ!」
 子どもの頃に観たテレビアニメのような街が広がっているのだ。雲を突き抜けているものすごく高いビル、目には見えない透明な道路を走るたくさんの空飛ぶ自動車。大規模なコンサート・ホール、オペラ劇場、広大な敷地の公園の中には500メートル以上も吹き上がる巨大な噴水など壮観だ。
「あなたが住んでいる巨人国とはぜんぜん違う街でしょう」
「うん、いままで観たことがない街だ」
 小人くんに話を聞くと、この山の中にはこの街以外にもたくさんの街があるそうで、全部トンネルでつながっているそうだ。
 小人くんは、ほかにも信じられないようなことをいろいろ教えてくれた。
 先ず、この小人の国の住民の平均寿命は200歳で、中には300歳くらいの人もいる。結婚はたいへん自由で、何歳で結婚しても誰からも文句をいわれない。
 人口知能ロボットと結婚する人も多く、100歳の男性が20歳の女性と結婚する人もいるし、反対に100歳の女性が20歳の男性と結婚することもある。ほとんどの人は平気で手をつないで歩いているけど、人目を気にする人も中にはいるようで、そんな人たちは、イスラムの女性が外出するときに身につける目だけ出してるチャードルみたいな服を着ている。色は黒ではなく、みんな明るいカラフルな色だ。
 生活費は国から全額支給されるので経済的にも困らない。余暇の設備も実に充実している。医療は人口知能ロボットのお医者さんに診てもらうので、すぐに病気を見つけてすぐに治療してくれる。医療費も無料だそうだ。
 子どもたちの教育は自宅でネットで学ぶ。先生は人工知能ロボットで、教え方もたいへん上手い。ネットで友だち申請すると1ヶ月で100~200人くらい出来る。お互いにモニター画面を観ながら、趣味の話や遊びの話をする。一日のほとんどの時間は自宅にいるそうで、気の合った友だちが出来ると、打ち合わせをしてから空飛ぶ自転車に乗って遊びに行くそうだ。
 生活のほとんどのことは人口知能ロボットがやってくれるので便利だといっている。でも、感性や感覚を扱う能力は人間の方がはるかに優れているので、芸能、音楽、美術、映画など、創造性を発揮する仕事は人間が担当している。
 料理もロボットがするが、やっぱり人間が作った料理店の方が流行っているとのことだ。ロボットの作る料理もおいしいが、電気しか食べていないので、本当のおいしい料理の味は出せないといっている。
 政治と法律についても凄いと思った。この小人の国には人間の政治家と法律家、そして人口知能ロボットの政治家と法律家が半分づついて仕事をしている。コンピュータが常に政治と法律を監視しているので、汚職もなければ税金の無駄遣いをするものもいない。住民はすべて同じ階層で平等に暮らしているから富裕層(特権階級)なども存在しない。裁判所も間違った判決を下すこともない。
 いま世界中の巨人国で深刻な問題になっている格差社会も、この小人の国にはまったく存在しないのである。
 あと一つ素晴らしいと思ったのは、この国の住民たちの生き方で、ひとりひとりが自分のペ-スで生きてることだ。巨人国のように「みんな一緒で」のような全体主義的な生き方がなく、ひとりひとりが自分だけの人生を楽しみながら送ることができるのだ。
「私が住んでる巨人国も、将来はこんな街になっていたらいいなあ」
 そう思いながら洞窟から出ることにした。小人の国の街は外からしか観察出来なかったけど、それでもおおいに満足して洞窟から出た。洞窟から出るのにずいぶん苦労したけど、外に出てから小人くんが空飛ぶじゅうたんに乗ってみたいといったので、1時間ほど近くを飛んで別れた。
 家に帰ろうと思ったとき、山で雷が鳴りだした。急いでじゅうたんに乗って飛んで行ったが、途中で稲妻がじゅうたんに命中して、真っ逆さまに地面に向かって落ちて行った。もうだめだと思って目を閉じたとき、ごつんという音で目が覚めた。目を開けてみると自分の部屋のベットの下だった。みんな夢だったのだ。
「ああ、だけどいい夢だったなあ。でも早くあんな素晴らしい未来世界がやって来たらいいなあ。いまのような安月給の暮らしじゃ、この先心配でやっていけないから」
 外では、夢の中と同じように雷が鳴り激しく雨が降っていた。









(未発表童話です)




2017年5月26日金曜日

ガソリンくれよ

 ケンさんは、タンクローリーの運転手です。毎日、港の製油所から町のガソリンスタンドへ石油をとどけにいくのが仕事です。
けれど、山をひとつ越えた、いっけんのスタンドへ行くのは好きではありませんでした。
「あのスタンドへ行く峠の廃車場には、車たちのゆうれいが出るそうだ」
なかまの運転手たちから、そんなはなしを聞いていたからです。
「困ったな。今日はおれが、あのスタンドへ行かなくちゃいけないんだ」
ケンさんは気がおもくなりました。
 さて、今日の仕事もあと1ヶ所でおわりです。タンクの中へ石油をいっぱい入れると出かけていきました。
 町を通り過ぎて、やがて峠道にさしかかりました。あたりはすっかり暗くなり、ライトをつけて走りました。
「ああ、たのむから今日は出ないでくれよ」
そういいながら、坂道をのぼっていくと、前方に廃車場が見えてきました。
壊れたバスや、サビだらけのダンプカー、タイヤが取れた乗用車などが山のように積まれています。
 ケンさんはアクセルをふかしながらスピードをあげて走りました。峠道は舗装がされていないので、タイヤがくぼみにはまるたびにタンクの中の石油が、ドボーン、ドボーンと不気味な音をたてます。
 しばらくすると、どんより曇った空から、ぽたり、ぽたりと雨がふってきました。
そのときです。気味の悪い声があちこちから聞えてきました。
「ガソリンくれよ・・・」
「おれには軽油をくれよ・・・」
「何年も飲んでないんだから、はやくくれよ・・・」
(やっぱり出たー。車たちのゆうれいだ)
 ケンさんは、おもいっきりアクセルを踏み込むともうスピードで走り出しました。うしろからは、ひっきりなしに車たちの声が聞こえてきます。
 そのうち、雨が激しくなってゴロゴロと雷も鳴り出しました。
ケンさんはむがむちゅうで突っ走りました。
「たのむから、ガソリンくれよ・・・」
「おれには軽油をくれよ・・・」
「何年も飲んでないんだからさ・・・」
やがて、廃車場をぶじに通り過ぎたケンさんは、スピードを上げたまま峠の下り坂をおりていきました。
 向こうの方に、ガソリンスタンドの明かりが見えました。
「よかったー、たすかった」
 ぶじにガソリンスタンドにたどりつくと、さっきのことを従業員にはなしました。
「たいへんでしたね。噂はほんとうだったんですね」
そういって、タンクからガソリンを移し替えようとしたとき、従業員はがっかりした顔でいいました。
「やっぱり廃車場の車たちにガソリンを飲まれてますよ。ごらんなさい」
「なんだって、そんなはずないよ」
 ケンさんが、タンクをみるとおどろきました。タンクのキャップがはずれていたのです。
 ケンさんは、製油所を出るとき、ゆうれいのことばかりが気になって、しっかりとキャップを閉めてなかったのです。 

 
    




(つるが児童文学会「がるつ第29号」所収)





2017年5月14日日曜日

孤島のユーチューバー

 演奏会の動画を無許可でたくさんユーチューブに投稿していた男の人が、肖像権違反で逮捕され、海のはるか向こうの孤島に監禁されました。
「あ~あ、暇だなあ。カメラとパソコンの使用は許されたが、見えるのは海ばかりで何も撮るものがない」
 最初は、海をバックに自分の顔を撮ったり、海をテーマにしたオリジナル絵本を動画にしてアップしていましたが、だんだんと飽きてきました。
「やっぱり面白い動画を撮らないとだめだ」
 そんなある日のこと、水平線の向こうからクレーンを装着した外国船が島のすぐそばまでやってきました。この海域は日本の領海内ですから領海侵犯です。
 翌日からは、船の数も多くなり、さかんにロープを海の中に沈めて何か作業をしていました。
「もしかしてメタンハイドレートの採取をやってんのかなあ」
 次世代エネルギーとして注目されているメタンハイドレートを持っていかれたら日本の資源の大きな損失です。この事実を政府に知らせなければいけません。
「よーし、作業を全部カメラに撮って限定公開で政府に知らせよう」
 孤島で映像を撮られていることなど知らない外国船は、安心したように毎日作業を続けていました。
 数日して、海の向こうから海上保安庁の巡視船と自衛隊の艦船がやってきました。ユーチューブで流れた映像を観たからです。直ちに外国船は拿捕されて領海の外へ追い払われました。
 またあるときです。
 島の近くの海の中から何隻もの潜水艦が浮上してきました。司令塔のハッチが開き、乗員が出て来て双眼鏡で周囲を確認すると、空に向けてミサイルを発射しました。その映像も全部撮ってすぐにアップしました。
 この海域では、たびたびミサイルも飛んでくることがあり、その映像も撮影して次々にアップしていきました。
 ある夜のこと、小型の潜水艦が島のそばまでやってくると海面に姿を現しました。この島にスパイが潜んでいて我が国の訓練の様子を撮影していると疑われたからです。
 潜水艦から工作員が出て来て、ボートに乗って小屋で眠っている男の人を捕まえました。カメラも没収されて、
「やっぱりだ、ここで撮影していたんだな」
 男の人は、潜水艦のところまで連れていかれました。
向こうに着いたら、スパイ容疑で銃殺刑になるのは確実です。なんとか逃げないといけません。 
 タラップを渡っていたとき、思い切って海の中に飛び込みました。水中をもぐりながら潜水艦から離れました。でも、ものすごい勢いで機関銃の弾が水中まで飛んできました。
「ああ、もうだめだー」
 そのとき、海の向こうからビーム状の明るいライトを照らした船が猛スピードで走ってきました。この海域を警備していた海上保安庁の巡視船でした。銃声を聞きつけてやってきたのです。潜水艦はすぐに潜航して逃げて行きました。男の人は無事に助けられたのです。
 事情を説明すると、ある日、政府からメールが届きました。それは男の人の情報提供は非常に高く評価され、その功績によって刑が免除されるそうです。数日後に、男の人は釈放されて懐かしい日本へ帰ることができました。 







 
(未発表童話です)





2017年5月2日火曜日

アリのレスキュー隊

 シャツのボタンがとれたので、針糸で直そうとしたおじいさんでしたが、目が悪くって糸がなかなか通らないのです。
「だめだ、いくらやっても通らない」
そのうち、頭がくらくらしてきました。
「そうだ、虫メガネはどこだったかな」
机の引き出しを開くと入っていました。
 片手に虫メガネと針を持って、糸を通すことにしました。でも部屋の中は暗くていくらやっても通りません。
「明るいところでやらないとだめだ」
 おじいさんは庭に出てしゃがんでやりました。
 さっきよりも穴が大きく見えて、糸も通りそうです。でもなかなか通りません。
そのとき、巨大なアリが目の前に現れました。
「わあ、」
そのはずです、レンズで写ってるアリですから。
「どうしましたか」
 アリはレスキュー隊の隊員でした。
「針に糸が通らないので困っている」
「わかりました、すぐにやりましょう」
アリは、糸を掴むと、針穴にじょうずに通してくれました。
「よかった、ありがとう」
お礼に砂糖をアリにやりました。 
 ある日、トゲが刺さっておじいさんは困りました。
「トゲが小さくて抜けない、どうしよう、そうだ」
庭に出て、アリのレスキュー隊をさがしました。
 しばらくして、草の中からアリが出てきました。
「どうしましたか」
「トゲが刺さって抜けないので困っている」
「じゃあ、やってみましょう」
 アリはおじいさんの指先にちょこんと乗ると、ぐいぐいトゲをひっぱりました。
 グニュグニュ、グニュグニュ、
でも、皮膚にしっかり刺さっているので、容易に抜けません。
 アリは携帯で、たくさん仲間を集めました。
そしてみんなでやりました。
グニュグニュ、グニュグニュ、スッポーーンと大きな音がしてトゲは無事に抜けました。
「よかった」
 お礼に、おじいさんはハチミツをスプーンに入れてアリたちにやりました。







(未発表童話です)




2017年4月21日金曜日

生き返ったシューベルト

 ウィーンのお墓の中で眠っていた作曲家のシューベルトが、棺おけの中で目を覚ましました。
大きなあくびをしながら、
「二百年も眠っていたが、私には気になって仕方がないことがある。「未完成交響曲」のことだ。あの曲を全部完成させないとこれから先も安らかに眠り続けられない」
 ある夜のこと、シューベルトはお墓から抜け出すと、自分の楽譜が保管してある国立博物館へ行きました。
 守衛がいたので、みつからないように展示室へ入り、ガラス・ケースの中から楽譜を取り出しました。
近くの公園へ行って、明るい街燈の下で懐かしい楽譜を眺めました。
「ああ、これだ、書いたときのままだ。あの頃は、歌曲の注文が多くって、残りの楽章を書いてる暇がなかった。でもいまは、時間にしばられることもなく自由に書き加えることが出来るのだ」
 ピアノはないけれど、あの頃も作曲にはほとんどピアノは使ったことがなかったので、その夜一気に残りの楽章を書きあげました。
「頭で描いていたとおりの曲になった。特に4楽章のフィナーレがすばらしい」
 すっかり満足して、シューベルトはまた国立博物館へ行き、ガラス・ケースの中へ楽譜を戻しておきました。
 数日して、新聞に「フランツ・シューベルトの楽譜発見される。音楽界に衝撃のニュース。現在、本物かどうか筆跡鑑定を実施中」という記事が第1面に大きな活字で報道されました。
 クラシックの音楽学者や音楽関係者は、世界が混乱するのを警戒して、新たに見つかった3楽章と4楽章を非公開で演奏をすることにしました。
 視聴に来ていた人たちは本当に驚きました。
「これはたいした曲だ。文句のつけようがない出来栄えだ」
「いったい誰が持っていたのか。どこに隠されていたのだろう」
 演奏を聴いた人たちは、何日もの間、新しく見つかった楽譜について慎重に議論しました。そして世間にこの楽譜を公開するかどうか迷いました。科学検査なども行われましたが、結局、公開されなかったのです。重大な事実があったからです。
 音楽そのものはシューベルトが書いたものと間違いがないと断定されましたが、書かれた用紙の中に一週間前の新聞の朝刊のチラシの裏面が使われていたからです。これでは本物であるはずがありません。
 そのような理由で、「未完成交響曲」は、やっぱり「未完成交響曲の」ままにされることになりました。
 お墓の中で眠っていたシューベルトは、そんなことなどぜんぜん知らないまま、夢の中で、今度は晩年の名作「冬の旅」を直したいと考えていました。
「あの歌曲集は、最後がどうも尻切れトンボだ。主人公にもう少し旅をさせようかな」
そんなことを考えていました。







(未発表童話です)




 

2017年4月11日火曜日

木製ミサイルが飛んできた

 ミサイルの飛行実験ばかりやっている国がありました。もう何千回も実験していたので、とうとう鉄がなくなってしまい、木製のミサイルに変わりました。ところがこのミサイル、ロケットエンジンの熱で燃えてしまって、落ちてくるときは炭になっていました。
 その様子をいつも見ていた山小屋の炭焼きたちが、
「今日はおれの庭に落ちてこないかなあ」
と空を見上げていました。
 木を伐って燃やさなくてもいいので大助かりです。
 ところがある日、ミサイルが燃えてしまってはなんにもならないというので、今度はガラス製のミサイルに変わりました。
がっかりしたのは炭焼きたちです。
「ああ、木製の方がよかったのに」
落ちてくる飴のように溶けてしまったミサイルをつまらなそうに見ていました。








(未発表童話です)





2017年4月4日火曜日

どこへでも出かける郵便ポスト

 田舎の郵便ポストに、ポトンと手紙に投げ込まれました。
お腹の中へ入った手紙がポストに話しかけました。
「お友だちからの手紙ですよ」
読んでみました。
「お元気ですか。わたしはいま海の見える丘の上に立っています。一度遊びにきませんか」
さっそくポストは仕事のことなんかすっかり忘れて、テクテク歩いて行きました。
海が見えてきました。丘の上にポストが立っていました。
「やあ、ひさしぶりだね」
「きみも元気そうだね」
丸一日、友だちとおしゃべりをしたり、浜辺で釣りをしたりして帰ってきました。
 あるときは、山の湖のほとりに立っているポストからも手紙が届きました。
「御無沙汰しております。こちらへも遊びにきませんか」
 ポストはまた出かけて行きました。
山を登って行くと、見晴らしのよい高原が見えてきました。湖のほとりにポストが立っていました。
「きれいなところだね」
「空気もおいしくて新鮮さ」
小鳥のさえずりを聴きながら、ボートに乗ったり、温泉に浸かったり、のんびり過ごして帰ってきました。
 またあるときは、町の映画館のそばに立っているポストからも手紙が届きました。
「面白いSF映画を上映してるから観に来ないか」
さっそく出かけて行きました。
ポップコーンを食べながら映画を観て帰ってきました。
 そんなふうにいつも気ままにどこへでも出かける郵便ポストだったので、村の人たちや郵便配達人は困ってしまって、
「どうだろう、あちこち出かけないようにロープでからだを縛ってしまおうか」
とみんな真剣に考えていました。





(未発表童話です)




2017年3月29日水曜日

山男とこだま

 どこまでも高い山がつづく、それはそれは山奥のしずまりかえった山の中でした。
山男はいつも向こうの山にむかって叫びます。
「きっとあしたは晴れるだろうなー」
 すると山の向こうから、
「きっとあしたは晴れるだろうなー」
とこだまがかえってきます。
「あしたおれは、山をおりて町へいくぞー」
と叫んだら、
「あしたおれは、山をおりて町へいくぞー」
とこだまがかえってきました。
「町へいったら、酒を買ってくるぞー」
とまた叫んだら、
「町へいったら、酒を買ってくるぞー」
とこだまがかえってきました。
 よく朝、山男は山をおりて町へいきました。そして町の酒屋さんへ行って、たくさんお酒を買って、山へもどってきました。
そして夕闇にむかって、
「今夜は、おれひとりで、あびるほど酒を飲むぞー」
と叫んだら、
「おれたちにもすこし飲ませてくれよー」
と順々にへんな答えがかえってきました。
「あれ、誰の声だろう?」
 山男がふしぎそうな顔をしながら、
「今夜は、おれひとりで、あびるほど酒を飲むぞー」
ともう一度叫んだら、
「そんなこといわないで、おれたちにも飲ませてくれよー」
と、山の向こうからへんな答えが順々にかえってきました。
 山男がおどろいていると、山の向こうからこだまたちが、雲にのってやってきました。
みんなお酒が飲みたそうな顔をしているので、
「じゃあ、いっしょに飲もうじゃないか」
 山男は、こだまたちを小屋にまねいていっしょにお酒を飲みました。
こだまたちは、体は小さいけれど、みんなのんべーばかりで、真っ赤な顔をしながら、山男といっしょに一晩中飲んでいました。
 よく朝、山男は二日酔いでしたが、いつものように、向こうの山にむかって、
「ゆうべはずいぶん飲んだなー」
と叫ぶと、
「またいつかよせてもらうぞー」
と順々にこだまたちの声がかえってきました。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)





2017年3月24日金曜日

うらやましい蝶

 その蝶は、原っぱにいる虫たちからとてもうらやましがられていました。別に外見が美しいとか、飛び方がカッコいいとかではなくもっと違うほかの理由からでした。
 その蝶は、きわめて呑気で、普段は花の上に止まって、ぼんやり何かを考えていました。ほかの蝶のように花の蜜を集めるでもなく、まったく自由気ままに暮らしていたのです。
 ミツバチやアリたちが、朝から晩まで、花の蜜を集めたり、食べ物を運んでいる姿をいつも気の毒そうに見ていることもありました。
 あるとき、その蝶は、クモの巣に引っかかって危うく食べられそうになりましたが、こんなことをクモに教えて助かったのです。
「私を食べたって明日になればまたお腹が空きますよ。それだったら、あなたが作った糸で商売してはどうですか。丈夫なクモの糸はみんな買ってくれますよ。お金もたっぷり稼げます」
 初夏のある日、トンボに糸を売りました。トンボはしっぽに糸をたらして池で釣りをするので丈夫な糸がかかせません。たまに大物が釣れるので、切れない糸が必要なのです。
「保証しますよ。使ってごらんなさい」
 クモにすすめられてトンボは糸を買っていきました。
使ってみると、とても丈夫だったので、それからもたびたび買いにくるようになりました。
 アリたちにも売りました。
暑い夏の日、ひと仕事すんだらアリたちは、葉っぱでこしらえた休憩所の中で、冷たいお茶を飲んで休みます。丈夫な糸で結んだ葉っぱの休憩所は涼しくてあちこちに出来ました。これも蝶に教えてもらったことでした。
 秋の日には、音楽家のスズムシとコオロギたちが草の中でヴァイオリンとビオラを弾いていたので、弦のかわりに糸を売りました。クモの糸は響きも申し分ないので、スズムシもコオロギも喜んで買っていきました。
 商売はどれも順調で、クモは、コガネムシのおじいさんに負けないくらいお金持ちになりました。
 その蝶は、小鳥にも食べられそうになりましたが、こんなことを教えて助かったのです。
「あなたの歌声はとても見事ですが、もっと上手くなるところへ連れてってあげましょう」
そういって、町のオペラ劇場へ案内しました。ちょうど、その日は「フィガロの結婚」を上演していて客席は満席でした。劇場の屋根の換気窓が開いていたので、そこから中へ入って行きました。
 ステージの上では、歌手たちが美しい舞台衣装を身に着けて歌っていました。ケルビーノが伯爵夫人のために歌う有名なアリア「恋とはどんなものかしら」を歌っていたので、小鳥はじっと聴きながら、
「そうか、あんな風に歌えば、きれいに響くんだな」
と感心しながら聴いていました。
 それからも、いろんなオペラが上演されるたびに小鳥は聴きに行きました。仲間の小鳥たちにも教えてあげたので、みんなも聴きに行きました。そのせいか以前よりもこの野原では、小鳥たちの歌声がとても美しく響くようになりました。
 ほかにも蝶は、虫たちにいろいろためになることを教えたので、みんなからたいへん尊敬されました。
 もうすぐ夏がやってくるある日、殻をやぶったばかりの若いセミたちにも、さっそく美しい鳴き方を教えていました。








(未発表童話です)





2017年3月14日火曜日

タイヤの休日

 バス会社のガレージの中で、タイヤたちがこんな話をしていました。
「今日は雨がひどくってずいぶん苦労したけど、明日は雪が降るんだってな」
となりのタイヤが、
「じゃあ、そろそろ冬用タイヤと交代だ。やっと休暇がもらえるな。夏の間ずいぶん走ったので、あちこち痛くてしょうがない。冬の間に十分休息をとって春からまた元気に働こう」
 その夜、バスのタイヤは取り換えられました。天気予報で雪だということです。
 冬用のタイヤは、夏の間休んでいたのでやる気満々です。
「よおし、これからはおれ達の出番だ。みんな頑張って働こう」
バスも、冬用タイヤに取り換えてもらってニコニコ顔です。
 翌朝は、天気予報どおり雪でした。除雪車が駐車場の雪を取り除き、バスたちは出て行きました。ガレージの中では、夏用のタイヤたちが昼寝をはじめました。
 あるタイヤは、こんな夢を観ていました。ある小学校の前を通ったときです。
 もうとっくの昔に、引退したバスやタクシーのタイヤが、赤や黄色や緑色に塗装されて、校庭の土に埋められていました。校庭では子供たちが野球の練習をしています。
 タイヤの上に子どもたちがたくさん座って観ています。
「ああ、あれが引退したタイヤたちの第二の人生か。おれも引退したら、あんなところでのんびり野球を観ていたいなあ」
 となりで眠っているタイヤはこんな夢を観ていました。
波の音がジャブン、ジャブンと聞える港でした。
船着き場のあちこちに、ロープに吊るされたタイヤたちが並んでいました。みんな水平線の向こうからやってくる船を観ています。
「あの船は、ロシアの船だ。木材をたくさん積んできたんだ。一週間はこの港に停泊するな」
「うしろにいる大型の船は、フェリーだ。明日の夕方には出港してしまう」
 しばらくすると、2隻の船は、船着き場に無事に到着しました。
船着き場のタイヤたちは、船が揺れて船体が傷つかないようにしっかり支えています。
ちょっと苦しそうですが、やってきた船と話をするのがみんな楽しみでした。
「海は荒れなかったかい」とか、「天気は良かったかい」とか話を聞きました。
 船たちもニコニコ笑って
「おかげで航海中はシケなかったよ」
「いい天気だった。雨も降らなかった」
とか答えていました。 
 夕方になり、バスたちが仕事から帰ってきました。
「ふー、疲れた。明日は大雪だっていうから、今度はチェーンを巻くっていってたな」
「あれを巻かれると、きつくって嫌だけど、仕方がないな」
 外では、除雪車が積もった雪を一生懸命に取り除いていました。
今頃は、小学校の校庭に埋められた塗装されたタイヤたちも、船着き場のタイヤたちも、みんな雪で真っ白になっているでしょう。








(未発表童話です) 





2017年3月3日金曜日

山のアトリエ

 そのアトリエは、人里離れた山の湖のほとりにありました。周囲は深い森におおわれて、民家はなく、その小屋だけがただ一軒寂しく建っていたのです。
 夏は涼しくて居心地がよかったのですが、冬は寒さのために湖の水は凍って、周りの草地は雪で一面覆われていました。
 この土地の人たちは、そのアトリエにどんな人が住んでいるのか誰も見たことがありませんでした。でもただひとり、夏のある日、アトリエの近くを通った村の木こりが、窓ごしに小屋の中で絵を描いている若い男を見かけたことがありました。
 はっきり見えなかったのですが、アトリエの中にもうひとり誰かいるようでした。モデルだと思いますがよくわかりません。
 そんな奇妙なアトリエでしたが、どうしたわけか、ときどき町から人がやって来ることがありました。
 その人たちは町の画商で、絵を売って商売をしている人たちの間では、このアトリエのことがいつも話題になっていました。だれもが欲しがるような絵がここで描かれていたのです。ときどき出来上がった絵を売りたいという手紙が画商のもとに届きました。
 ある冬の日のこと、ひとりの画商がこのアトリエを訪れました。小屋はシンプルな木造二階建ての建物で、小屋の周りには柵はなく、庭は雪に覆われていました。
 画商は、小屋の玄関までやって来ると、手紙に書かれてあるとおり、玄関のドアを開けて中に入りました。画商が来るときは鍵が開いているのです。すぐ向こうに居間があり、中央のテーブルの上に、布でくるんだ何枚かの絵が置いてありました。そばに手紙が添えてあります。
(お約束の絵、2枚が出来ております。お持ち帰り下さい。代金をテーブル上に置いて下さい)
手紙にはそう書かれてありました。
 画商は持ち帰る前には必ず絵を確認しました。布をほどくと、中から美しい色彩の絵があらわれました。
「さすがに見事な絵だ。この絵もきっと高い値がつくだろう」
 画商は丁寧にその絵を鑑定してから、代金の入った封筒をテーブルの上に置きました。それからまたその絵を布でくるんで、この小屋から出て行きました。
 ある年の冬にも町から別の画商がやってきました。
その画商もこのアトリエで描かれる絵に強い関心を持っていました。手紙を受け取ったときは、飛びあがって喜びました。
 ある日、画商はこのアトリエを訪れました。
玄関のドアを開けて中に入ると、テーブルの上に絵が置いてありました。
布をほどいて、絵を確かめました。
「うわさには聞いていたが、なんという美しい絵だ」
その画商も、絵を長い時間眺めていましたが、約束の代金をテーブルの上に置くと小屋を出ることにしました。画商はふと、アトリエの中を見てみたい衝動に駆られました。
「どうせ、家主は留守だ。アトリエを覗いても見つかりはしないだろう」
小さな小屋です。たぶんアトリエは二階でしょう。玄間のすぐ横に階段があります。
画商は階段をのぼっていきました。ドアの前に立ちノブを握りました。
「幸運だ。鍵がかかっていない」
そっとドアを開いてみました。
 部屋の中はカーテンが下りていて暗かったのですが、部屋の様子はなんとか分かりました。8畳くらいの広さの部屋で、中央にイーゼルが置かれ、その上に、布をかぶせた一枚の大きなキャンバスが載せてありました。その周囲には、絵具箱、絵筆、ナイフ、パレット、ペインティングオイル、薄め液、デッサン用の木炭などが置かれた棚がありました。
「製作中の大作かな、どんな絵だろう」
 画商はそっと布をめくってみました。その絵は、深海の中を描いた絵でした。いいえ、深海ではありません。湖の中の様子を描いた絵なのです。
 職業柄、画商はいろんな絵を観てきましたが、こんなにリアルに湖の中の様子を描いた絵を見たことがありませんでした。
 画商は、ある推理をはじめました。
「自分の想像だが、この小屋の絵描きは人間ではなく、この湖に住んでいる人魚ではないだろうか。男の人魚がいるかどうか知らない。いや、それとも魚かもしれないな。ここを訪れるほかの画商たちに聞いても、手紙をくれるのはいつも冬だと決まっている。だとしたら、いまは湖の中で暮らしているのだ。いや、氷が張っているので外には出られないのかも知れない。そして夏になると、このアトリエで絵を製作するんだ」
 画商はそんなことを想像しながら、この絵がぶじに完成することを期待して小屋から出て行きました。
 長い冬が終わって、湖の氷も解けてしまうと、山の小鳥の囀りがあちこちから聞こえはじめ、山の草木もきれいな花を咲かせました。湖には白い雲が映ってそれは見事な眺めです。
冬の間、氷に閉じ込められていた魚たちは水面まで上がってくると明るい太陽の光を浴びました。
 その中に、春が来るのをじっと待っていた一匹の魚が水面に上がってくると、勢いよくそばの草の中へ飛び込みました。小鳥たちがそれを観ていましたが、草の中なので何をしているのか分かりませんでした。
 その夜からです。いつもは真っ暗だったこのアトリエに明かりが灯もるようになったのは。アトリエにはひとりの若者がいて、昼もほとんど外にも出ないで絵を描いていました。その絵は、去年の夏から描きはじめた湖の底にある神秘的な御殿の庭を描いた絵でした。
 御殿の壁や屋根は金色に塗られ、御殿の庭では人魚たちが戯れていました。東屋の椅子には、お姫さまと侍女が腰かけて、琵琶によく似た楽器を手にした楽人の演奏に静かに耳を傾けていました。この部分はまだ下描きのままで残っていました。
「明日は、お姫さまがここへいらっしゃる。そしたら、この下描きの部分を完成させよう」
 翌朝のこと、若者は、湖のほとりで立って、御殿から上がって来るお姫さまを待っていました。
 しばらくしてから水面に泡がつぎつぎと出来ると、やがて水の底から黒髪が見えました。水面にお姫さまの姿が現れ、そばの草の上に立ちました。 
「ようこそ、お出でくださいました。さあ、こちらへ」
 若者に案内されて、お姫さまは小屋まで歩いて行くと、二階のアトリエに入りました。
制作中の絵を観ながら、にっこりとほほ笑むと、窓辺に置かれた椅子に腰かけました。
 若者は、パレットと絵筆を持つと描き始めました。ときどき細目の筆に持ちかえたり、小型のナイフを使ったり、下描きの部分を塗り付けていきました。
 その日は夕方近くまで製作しましたが、お姫さまも疲れたようなので続きは後日にしました。
 絵の完成は秋になる予定です。その絵を世の中のたくさんの人たちに観てもらうのがこの絵描きにとってなによりの喜びでした。
「世の中にこんな夢のようなところがあるのか。何処にあるのだろう。一度は行ってみたいなあ」
そんな会話が人々の口から聞えてくるのが何よりの楽しみでした。
 お姫さまはときどきアトリエにやってきてはモデルになりました。 
 絵の制作は夏の間も続き、この大作は次第に完成されていきました。
 夏の間、若者は、月が美しく輝く夜には、ひとり湖畔を散歩するのが日課でした。
水面を観ながら、絵のことなど考えていましたが、その美しい情景とは似合わないような恐ろしい記憶がよみがえって来ることもありました。
 今から十年も昔のことです。
 都会の美術学校で絵を学んでいた若者は、ある日、同郷の幼馴染みの同級生に、山へ写生に行かないかと誘われたのです。同じ海の土地で育った二人だったので、以前から山の風景にはあこがれを持っていました。
 二人は、夏休みを利用して、絵を描く道具と画用紙を背負ってこの山へやってきました。
この小屋は当時から建っていましたが、誰の持ち物でもなく、その小屋に一週間ほど滞在して毎日絵を描きました。
 最初の日は、二人とも仲良く絵を描いていましたが、ときどき同級生の筆が止まることがありました。同級生は、自分の絵が妙につまらなく思いました、それに比べると、友だちの絵はなんと生き生きとした線と色使いで描かれているでしょう。才能の違いがはっきりと分かるのです。
 子供の頃も同じことを思っていましたが、美術学校で本格的に絵を勉強するようになってからは、その違いははっきりしてくるばかりでした。友だちの絵は教授たちの間でも大変評価が高く、権威のある美術展にたびたび推薦されました。郷里に帰っても、友だちの絵の評判ばかりで、幼馴染みの彼の絵などはまったく問題にもされず、友だちを妬む気持ちが強まるようになりました。
「この男が親友では、自分は永久に絵が描けなくなる」
 そんな強い嫉妬に駆られているうちに、恐ろしい考えが頭をよぎりました。
 ある日、二人で絵を描いている最中に、後ろから友だちを湖の中に突き落としたのです。海の土地で育った友だちでしたが泳ぎは得意ではなかったので、水面に沈んだまま姿を現しませんでした。
 友だちを殺してしまった同級生はすぐに山を降り、そして二度とこの山へは戻ってきませんでした。この事件は長く解明されないままになりましたが、死んだはずの友だちが誰かによって幸いにも助けられたことをその同級生は知りませんでした。それはまるで夢のようなことでした。
 湖の底へ沈んでいった若者は、湖の御殿に使える侍女に助けられました。意識を取り戻して、しばらく御殿で生活して、やがてお姫さまに使える魚になったのです。
 逃げて行った同級生は、学校を卒業したあと、プロの絵描きになりましたが、やはり二流の腕しかなかったので、絵も思うようには売れませんでした。
 あるとき、絵の仲間から、新進の凄い画家が現れた噂を聞きました。すぐにその画家の美術展を観に行きました。そしてその画風に見覚えがあるので大変驚きました。
「そんなはずはない」
 食い入るように絵を観ましたが、その画風はやっぱりあの友だちの絵に間違いないのです。死んだはずの人間の絵がどうしてー。
 その友人は苦悩しながら、何年か後には絵を描くことを完全にやめてしまったのです。
 秋が過ぎて、やがてこの山にも冬がやってきました。雪が山を覆い隠し、湖の水は厚く凍りました。翌年になるとすぐに、去年ここを訪れた画商がこの山へやってきました。大作の絵を売りたいという手紙を受け取ったからです。
「とうとう出来たのか」
 画商はその絵を非常に期待しました。最近ではこの絵描きの絵が高額の値段で売買されており、大作であれば相当の値が付き、大きな利益が出るからです。
 懐かしい小屋のドアを開けると、居間のテーブルの上に大きな絵が布にくるんで置いてありました。
 画商は、大急ぎで布をほどいてみました。そして食い入るように観ながら、
「見事だ。期待していた以上の絵だー」
しばらの間ただ嬉しそうに絵に見入っていました。

 






(未発表童話です)





2017年2月22日水曜日

風邪をひいたお月さま

 お月さまはすっかり風邪をひいてしまったのです。顔色も悪いのです。
「だれか風邪薬をくれないか」
 町を見下ろすと、薬局が見えました。
「お金がないから買えないな」
考えていると、冷たい風が足元でヒューヒューと吹きました。
アパートのベランダに洗濯物が干してあります。
「冬が近いから、なかなか乾かないんだなあ」
そのとき思いつきました。
「そうだ、あのマフラーをすこしのあいだ借りよう」
お月さまは、思い切り腕を町の方へのばしました。そしてベランダに干してあるマフラーをつかんで、スルーと腕を戻しました。
「やったあ、これで今夜は暖かく過ごせる」
 朝になって、アパートの人が、なくなったマフラーを一日中さがしていました。
あるときは、コートが欲しくなりました。
 町を見下ろすと、一軒の家の庭に毛皮のコートが干してあります。
「あれも借りよう」
腕を思いっきりのばしました。
「やったあ、今夜はこれを着て過ごそう」
お月さまはニコニコ顔です。
 それがくせになって、お月さまは、寒い日にはあちこちの洗濯物を借りていきました。
 町では、たびたび洗濯物がなくなるので大騒ぎです。
犯人が見つからないので、お日さまも疑われました。
「わしは、やっとらん」
お日さまは怒っていいました。
 真冬になりました。星がシャーベットのように冷たくキラキラと光っていました。
「ああ、今夜はとくべつに冷える晩だな。また風邪をひきそうだ」
お月さまは、町を見渡すと、マンションのベランダに今度は布団が干してあります。
「ああ、あれがいい」
また腕をうーんとのばすと布団をつかんで腕を戻しました。
「やったあ、これで今夜はポカポカだ」
すっかり満足して、その夜はぐっすり布団にくるまって眠りました。
あまりぐっすり寝込んだので、起きたのは昼でした。
町の方から、声が聞えて目が覚めました。
「犯人はお月さまだー」
急いでお月さまは雲の中へ隠れました。



(オリジナルイラスト)


(未発表童話です) 





2017年2月17日金曜日

コウモリになったこうもり傘

 古くなってすっかり破れてしまったこうもり傘がこの世の最後に空を飛んでみたいと思いました。
そこで、木の上でさえずっている小鳥たちのところへ弟子入りに行きました。
「飛び方を教えてください」
「むりだね。羽がないもの」
断られて、次にいったのは、ムササビのところでした。
 ここでも断られて、次に行ったのはニワトリのところでした。
「飛び方を教えてください」
ニワトリは反対に、
「おれもそれが知りたいんだ」
と反対にたずねられました。
 最後にいったのはコウモリのところでした。
洞窟の中でスヤスヤ眠っていたコウモリは起こされて嫌な顔をしました。
「弟子にしてください」
「むりなはなしだな」
 そのとき冷たい風が吹きました。洞窟の中はひんやりしました。
「ああ、寒い。コートがほしいな。そうだ」
コウモリは傘の布を半分ちぎってからだに巻きつけました。
「これで大丈夫」
「飛び方を教えてくれるんですね」
「そうだよ、いまから食事をしに行くから、しっかりつかまってろよ」
 そういって洞窟から暗い森の中へ飛んで行きました。







(未発表童話です)





2017年2月7日火曜日

灯油くんの話

 ホームセンターの地下タンクの中でスヤスヤ眠っていた灯油たちが、ある朝、大きな音で起こされました。
みんな眠気眼で、
「ああ、うるさいな。こんなに朝早くからどこへ出かけるんだ」
給油口のふたがはずされて、ホースが差し込まれ、グイーン、グイーンと吸い上げられていきます。
タンクの外に出た灯油たちは、何台かのミニローリーのタンクに入れられました。
「今日の分はこれで全部だ」
配達員は走り出しました。
 国道を走りながら、町のあちこちの家々を回って行きます。各家のお風呂のボイラータンクや、ポリ容器に次々と灯油を入れていきます。
 ミニローリーの一台は、町からずいぶん離れた、山の家を回っていました。
灯油を積んでいるので、グイーン、グイーンとエンジンを全開にして登って行きます。山の上には別荘がたくさんあるので、全部回るのに一日かかります。
 昼から、雪が降りだしてきました。
「ああ、天気予報じゃ、雨か雪だっていってたのに、山はやっぱり雪だな」
配達員は心配そうです。
 夕方になると、雪は本格的に降ってきました。雪のせいで1メートル先もよく見えません。
「困ったな、まだ10軒あるのに」
しまいに猛吹雪になって、まったく先へ進めなくなりました。タンクの中の灯油たちは、寒さのためにみんなガタガタふるえています。
「ああ、早く、ボイラーの中へ入りたいな。あの中は暖かくて気持ちがいいから」
 時間が経ってから、少し雪は弱まってきました。山道の向こうの方で、別荘の照明が付きました。すると、そのとなりの家の照明も付きました。
「よかった、あの家だな」
配達員は、残りの家に向かいました。積雪が増えているので、アクセルを思い切り踏み込んで先へ進みました。
そして、家のボイラータンクに灯油をいっぱい入れました。
「終わった。これで店に帰れる」
配達員は山を降りて行きました。
 もう一台のミニローリーは海辺の村を回っていました。海から雪まじりの物凄い強風が吹いていました。タンクの中の灯油たちは、車酔いと寒さのために死んだようになっています。
「ああ、早くファンヒーターの中に入りたいな。ぐんぐん燃やされて、冷たい液体から暖かい空気になって一晩中ゆっくり過ごせるから」
 ときどき冷たい海水が風に飛ばされて車体に当たったりしました。港に停泊している船なんか踊り狂ったように揺れています。
配達員は、海水がウインドーに当たるたびに、ワーパーを動かしました。
「残りあと5軒だ」
 日が暮れかかった頃、やがて目的の家が見えてきました。
家の窓から住人が見ています。
「よかった来てくれた、灯油が切れて困ってたんだ」
ポリ容器に、灯油を入れてもらって、家の人は喜んでいました。
ミニローリーが帰ったあと、灯油たちはファンヒーターのタンクに入れられて、ぐんぐん燃やされました。
 暖かい空気になった灯油たちは、やっと元気を取り戻しました。







(未発表童話です)





2017年1月27日金曜日

バッハの毎日

 ヨハン・セバスチャン・バッハが、ライプチッヒのコレギウム・ムジクムの指揮者を兼任しながら、教会音楽家として作曲活動に打ち込んでいたのは一七六二年のことである。生涯に二度結婚したバッハであるが、子供の数も二十人と多かった。しかし幼時死亡率が高かった昔のことだったので、実際に生き残ったのは十人である。特に、バッハの作曲活動の旺盛だった四十歳から五十歳にかけては、小さな子供たちの面倒をみながらの慌しい毎日だった。
 教会から依頼された数多くの教会カンタータを作曲中、子供たちが部屋に入ってきては仕事のじゃまをするのが常だった。仕事部屋には作曲用のクラヴィアが一台置かれ、バッハは、その前に座って朝から夕方まで仕事をしていたが、隣の部屋から聞こえてくる子供たちのはしゃぎ声と子供用のチェンバロの調子はずれの音にはいつも悩まされた。しかし、もともと社交的で、頑固ではあったが、明るい性格でもあったバッハは、子供たちの騒々しさにも我慢して熱心に作曲に励んでいた。
 バッハにはミサ用の教会カンタータのほかに、世俗カンタータとよばれる作品がある。こちらの方は、かえってにぎやかな環境の方がよいこともあった。当時、ライプチッヒの町ではコーヒーを飲むことが流行った。バッハはこれにヒントを得て、「コーヒーカンタータ」といわれる楽しい音楽を書いた。ほかにも、友人の娘たちの結婚を祝っていくつもの「結婚カンタータ」を書いている。どちらも、大変ヒットしたのであるが、やはりバッハにはバッハらしい厳格な宗教音楽を求める声が多かった。
 バッハも妻のマグダレーナに、「神は、崇高なものを求めておられる」といって、一方で気まじめな音楽を書き続けていた。けれども、厳格で崇高な宗教音楽を書くには、このような環境の中ではやはり無理があった。
 バッハが四十一歳の時に心血を注いで書き上げた最高最大の傑作といわれる「マタイ受難曲」の作曲のときは、とうとう家の中の騒音にたまりかねて、町の静かな教会に足を運んでコツコツと作曲を進めたのである。新約聖書の「マタイ福音書第26、27章」をテキストに、イエス・キリストが、十二使徒の中のひとりユダの裏切りによって十字架を背負い、ゴルゴタの丘で磔(はりつけ)にされ処刑される顛末を描いたこの崇高な宗教音楽は、演奏時間に3時間を要する大曲であり、バッハは御堂のオルガンを弾きながら、キリストと共にその苦しみを味わいながら、毎日精魂を傾けてペンを進めていた。
 ところが、ある日、出来上がった部分を家で手直ししていたとき、数枚楽譜が見当たらなかった。その部分は、十字架に磔にされたイエス・キリストが苦しみの中で息絶える、この曲の重要な部分だった。バッハは慌てふためきながら、部屋中を探しまわった。しかし、いくら探しても見つからなかった。もしやと思い、子供部屋へ入って探してみることにした。子供たちは遊びつかれてみんな昼寝をしていた。バッハは、散らかしほうだいの子供部屋を丹念に調べていった。すると、ゴミ箱の中に、楽譜らしき物が丸めて入っている。取り出してみると、まさしく探していた楽譜であった。
「よかった。よかった。見つかった」
 バッハは、ほっとため息をつくと、楽譜を取り出し、しわを伸ばしてみた。すると楽譜の裏面にはパステルで、ガチョウとアヒルの絵が描かれている。労作の「マタイ受難曲」の楽譜に子供たちの落書きが描かれていたことは後世には伝えられていない。
 そんなこともあってか、バッハは宗教音楽を書くときは、もっぱら教会の中で作曲することにしていた。バッハは美食家であり、同時に大食漢だった。腹八分目で済ますことはなく、いつもお腹いっぱい食べていた。そしてすぐに横になると、大きないびきをかいて朝まで眠る習慣だった。子供の頃からそんな癖だったので、子供のときから肥満児だった。だから仕事は明るいときだけに限られていて、バッハの多くの作品に明るさと健康さがあるのはそのためだった。
 五十歳を過ぎると、バッハの子供たちは成長し、大部分が自分と同じように音楽家になった。バッハ家ではそれが当たり前だったが、彼はそれを喜ぶと同時に、静かになった環境の中で、新しいジャンルである器楽曲とオルガン曲の作曲に打ち込んでいた。
 数年後のある日のことだった。未知の外国の貴族から一通の手紙がバッハ宛に届いた。手紙を開いてみると、ドレスデン駐在ロシア大使カイザーリンク伯と署名がされている。手紙を読み始めたバッハは、その文面があまりに深刻なので思わず息を詰まらせるほどだった。

―拝啓、ヨハン・セバスチャン・バッハ殿

 貴殿の作品は、昔から興味を持って拝聴しております。特に崇高な宗教音楽においては、従来のどんな音楽家の作品よりもすぐれたものと確信しています。あなた様のような才能豊かな方とお知り合いになることができればどんなに幸せなことだろうと思っています。さて、私事、数年前から駐在大使として、この国で公務に励んでおりますが、日に日に公務が多忙を極め、激務のためか最近不眠症がひどくなる一方で、医者通いを続けております。医者の話では、なにか心安らぐ音楽を聴くのが最良の方法であると教えられ、ならば才能ある音楽家にそのような作品を書いてもらい、召し使いの演奏によって疲労した心を癒し安眠することを勧められました。はなはだ不躾なお願いとは思いますが、どうかお引き受け下さるようお願い致します。―

 面識のない、そのロシア大使の手紙を読んだバッハは、気の毒に思うと同時に、自分も昔騒々しい家の中で、幾度か不眠症に悩んだときのことを思い出した。
「よおし、この依頼主のために、心安らぐ音楽を書いてあげよう」
 幸い子供たちはみな、成人になり、多くは自分と同じ音楽家になってよその町で暮らしている。家の中はいつも静かで落ち着いた気分で仕事ができるのだ。
 翌日からバッハは、クラヴィアの前に座って朝早くから作曲をはじめた。ところが意外なことがおこった。ちょうど、夏の頃で、子供たちがみな里帰りにやってきたのだ。半分は子供がいるので、またまた家の中は子供たちの騒々しさで思うように仕事ができなくなった。
 仕方なく町の行きつけの教会で仕事をすることにしたのだが、教会のオルガンは現在取り替え中で使えなかった。しかし、バッハは、騒音と戦いながらも作曲を続け、一ヶ月後にはみごとな作品を完成させたのである。曲名は、「アリアと三十の変奏曲」。チェンバロ又はクラヴィアのための作品で、現在では、「ゴルトベルク変奏曲」と呼ばれている名曲である。バッハは自信に満ちた気持ちで、翌朝、依頼主に浄書楽譜を送った。
 それから、一週間後のことである。依頼主のロシア大使からの手紙が送られてきた。バッハはさっそく手紙を開いて読んでみた。しかし、その文面はバッハが予期していた内容とはまったく違っていた。

―拝啓、ヨハン・セバスチャン・バッハ殿

 数日前、確かに作品を戴きました。どうもありがとうございました。さて、作品を聴かせて頂きまして、大変充実したすばらしい作品であると感じました。規模の大きさといい、品格といい、文句のつけようのないすぐれた音楽であると思います。しかし、私が願っている音楽とはどこか違っているようです。私は、もっと安らかな音楽を期待しておりましたが、全曲は明るく、にぎやかな部分が多く、(静かな部分は最初と最後のアリアの部分だけ)で、とても眠りにつくことが出来ません。この曲では不眠症は治らないような気がします。ほかの音楽家の方、ヘンデルさんか、ヴィヴァルディさんにお願いするつもりでいます。無理をお願いしまして申し訳ありませんでした。では失礼いたします。今後ともあなた様のご活躍とご健康をお祈り致しております。

ードレスデン駐在ロシア大使伯爵 W・Tカイザーリンク拝。

 手紙を読み終わったバッハは、がっくりと肩を落とすと部屋のソファーに寄りかかった。
「そうだった。わたしは勘違いをしていた。依頼主は静かな音楽を求めていたのである。私は子供たちの騒々しさに負けないような曲を書いていたのだ。力作であることは間違いないが、心休まる曲ではなかった」
 バッハは、カイザーリンク伯に申し訳ないことをしたと思うと同時に、早急に別の曲を贈り届けることにしたのである。
 幸い、行きつけの教会のオルガンの取替え工事もおわり、静かな環境の中で落ち着いて仕事ができる。その日の午後、さっそく騒々しい家から抜け出したバッハは、五線紙と筆記用具を携えて、教会へ走っていった。そして、異例ともいえるもうスピードで曲を完成させ、ロシア大使館で激務にさらされている依頼主に曲を贈ったのである。
 その曲の感想についてはバッハのどの伝記を読んでも書かれていないが、その後カイザーリンク伯とバッハは親友になったといわれるから、おそらく依頼主は送られてきた曲に満足したものと思われる。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)





2017年1月16日月曜日

まわる男の物語

 その男には不思議な能力がありました。回るものをみてると身体もいっしょに回るのです。朝、顔を洗いに洗面所へ行き、蛇口をひねっただけで身体も回るのです。
目覚めにコーヒーを入れて、スプーンでかき混ぜていると、身体も回るので、身体が壁にぶつかって仕方がありません。
 外に出ると、もっといろんな回るものがあるので大変です。走っている自動車のタイヤ、自転車のタイヤ、遊園地のメリーゴーランド、風力発電用の風車、気象台の風速計など。だからいつも下を見て歩かないといけません。
 でも便利なこともありました。空を飛ぶことが出来るのです。昨日も、雲の上まで散歩に行ってきました。
 男の家の洗濯機は外に置いてあり、シートがかぶせてあります。洗濯するときは蓋をして回さないといけないのですが、空を飛ぶときは、蓋を外してじっと中を覗き込みます。
 しばらくすると、ふんわり身体が浮き上がってきます。手首と足首を内側に曲げると浮力で上まで登って行けます。まるで竹とんぼです。
「そうだ、もっといい方法があるぞ!」
 ある日、玩具店でモーターで動く小型の扇風機を買ってきました。それを両手に持って、じっと観ながら回転して、空の散歩に出かけました。
 風に流されるまま、どこへでも飛んでいきました。鉄塔や電信柱に注意さえしていれば、どこへでも飛んで行けるのです
 あるとき、山のてっぺんに登って、岩の上で缶コーヒーを飲んでいると、後ろから日本の山にはいないと思っていた毛むくじゃらの雪男が立っていました。
「あんた、どこからやってきたんだ」
 一瞬男は身構えましたが、雪男は親切で、洞窟の住み家へ案内してくれました。洞窟の中は意外と暖かく、中で雪男手作りのイノシシの肉やシカ肉、熊肉、山菜などが入った鍋を一緒に食べながら、いろいろ話をしました。
 雪男はどこで見つけてきたのか、携帯ラジオを持っていて、いつも天気予報や世の中のニュースなどを聞いていました。
 昔は、ヒマラヤに住んでいる親戚の雪男たちが、テレビのリポーターや新聞記者たちに追いかけ回される話題があって、自分も用心しないといけないと思っていましたが、最近では、そんなニュースはまったくなく、雪男の存在も忘れられてしまい退屈しているといっていました。
 最近は、アメリカの大統領選挙のことや、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領のスキャンダルなんかを興味を持って聞いているそうです。ご馳走になったあと、帰りに記念写真を撮ってきました。
 あるときは、冬の季節に分厚いジャンバーを着て山へ出かけたこともありました。
山の湖でイササギ釣りをしている人を見に行ったのですが、帰りにジャンバーがかちかちに凍って、身体が重くなって、氷の壁で一夜泊まったこともありました。
 ほかに何度も空飛ぶ円盤と間違えられて、UFOマニアや新聞記者に追いかけられたこともありました。
 一番、印象に残っているのは、鳴門の渦潮を見に出かけたときのことです。
大鳴門橋(おおなるときょう)までやってきたとき、海がぐるぐると渦を巻いていました。
「これが、鳴門の渦潮か」
 ふと、昔、読んだ、エドガー・アラン・ポーの「メエルシュトレエムに呑まれて」を思い出しました。漁に出かけた漁師が嵐の日に、渦潮に飲み込まれる物語でした。
 渦潮にばかり気を取られて、身体が下の方へ降りて行きました。
「まずいー!」
思った瞬間、もう遅かったのです。海の中に引き込まれて、渦と一緒に身体が回りはじめました。
海の水は冷たいうえに、息もできません。
「ああ、もう、だめだー」
男は、観念しました。次第に意識が遠くなってきました。
 長い時間が経過しました。
ふと、男は意識を取り戻したのです。そこは、奈良時代か、平安時代の貴族の住居のようでした。襖の絵は見事で、屏風も置いてあり、丸窓から庭の様子がよく分かりました。庭の中ではヒラメやカレイがのんびり泳いでいました。男は、美しい刺繍を施した布団の中で眠っていたのです。
 しばらくしてから、巫女のような装いをした若い女性がやって来て、すっかり目覚めた男に、
「こちらへどうぞ」
といって、どこかへ案内してくれました。廊下を歩いて行くと、突き当たりにりっぱな扉があり、扉の向こうから、賑やかな声が聞えてきました。
 巫女に扉を開けてもらうと、中は広い大広間で、たくさんの来客が来ていて、みんな食事をしながらお酒を飲んだり、ルーレットのようなゲームをしたり、中央のステ-ジでは踊り子が芸をしていました。
「もしかして、ここは竜宮城?」
 ドラが鳴り響き、乙姫さまが、家来を従えて入ってきました。
 巫女に連れられて、男は乙姫さまのところへあいさつに行きました。
珍しいTシャツとジーパン姿に、乙姫さまは驚いていましたが、
「時間のゆるすかぎり、どうぞごゆっくりおくつろぎください」
といってくれました。
 男はお腹も減っていたので、テーブルに行って料理を食べることにしました。家では、カップラーメンやカップ焼きそばしか食べてなかったので、たいやヒラメ、まぐろのお刺身、エビ、さざえ、あわび、うにの味噌和え、ワカメのお味噌汁、海がめの卵で作った茶碗蒸しなど美味しい物ばかりでした。お酒は、沖縄の泡盛に似たおいしいお酒でした。
 お腹が脹れたので、こんどはルーレットを観に行きました。
 みんな大金を手にして、ゲームに夢中でした。クルクルと回るルーレット台を観ているうちに、男の身体が回りはじめました。まわりの来客は驚いてそばから離れました。
 男の身体は浮き上がり、竜宮城の天井を突き破って、海面に向かって勢いよく回って行きました。
 海の上に顔を出してみると、そばにボートが浮かんでいて、麦わら帽子を被ったおじいさんが釣りをしていました。
「あんたは、どこからやって来たんじゃ」
「竜宮城からです」
 いくら話してもおじいさんはぜんぜん信じてくれませんでしたが、なんとかに助けられて、ようやく無事に帰宅することができました。
 その後も、男はまったく懲りずに、あちこちへ出かけて行きました。
 空を見上げると、こんな男が飛んでいるかもしれません。







(未発表童話です)




2017年1月6日金曜日

幽霊ホテル

  山の麓に、古びたホテルがありました。
 ある日、ひとりの会社員が、そのホテルに泊まりました。
「都会と違って、なんて静かなところだろう」
 会社員はお風呂に入り、晩御飯を食べると早めに寝ました。
 夜半が過ぎた頃、ホテルの廊下をぞろぞろと人が歩く音で目が覚めました。
「おかしいな。このホテルにはおれひとりしか泊まってないのに」
 会社員は不思議に思いながらも、また眠ってしまいました。
 明け方近くになった頃です。エレベーターがさかんに動いている音で目が覚めました。
「こんな時間に誰なんだ」
 会社員は、ベッドから抜け出すと、部屋の鍵穴から、そっと廊下の様子を眺めてみました。
「ひえー!」
 会社員は思わず悲鳴をあげました。
 ホテルの廊下を歩いていたのは、タオルと石鹸を持った作業服姿の男たちでした。
 みんな顔が妙に青ざめて、なんだか寂しそうなのです。
 会社員は、このホテルに向かう途中、山の大きな吊り橋を渡ったことを思い出しました。
 受付の従業員から聞いた話によると、昔、その吊り橋を作る工事のとき、事故が起きてたくさんの作業員が亡くなったということでした。
 作業員たちは仕事が終わると、よくこのホテルのお風呂に入りに来たそうです。
 朝になり、会社員は朝食も食べずに、すぐにこのホテルから出て行きました。昨夜のことがよほど怖かったのでしょう。
 その後も、このホテルには、何人かのお客がやってきましたが、やっぱりみんな夜になると、お風呂へ入りに来る作業服姿の男たちを見ました。
 そんなことがたびたび繰り返されていくうちに、お客がすっかり来なくなり、いつのまにかこのホテルは取り壊されたということです。




(未発表童話です)