2016年10月26日水曜日

金儲けをする井戸

 砂漠の真ん中にオアシスがあって、ひとつの井戸がありました。
その井戸には、いつも冷たい水が溢れていて、ラクダに乗った商人が飲んでいきました。
 あるとき井戸はこんなことを考えました。
「みんないつもタダで水を飲んでいくけど、一度もお金をくれたことがない。それはまったくけしからんことだ」
井戸は、それからは、(お水いっぱい1000円)と書いた立札を立てておきました。
 立札を見た商人たちは困りました。
「いやあ、これからはお金を取られるのか」
つぶやきながら、みんな仕方なくお金を払っていきました。
 あるとき、一台のジープが砂煙をあげて猛スピ-ドでやってきました。ジープにはアルカイダのメンバーが乗っていました。みんな立札なんかぜんぜん無視して、ガブガブと水を飲んでいました。
「飲み終わったら、お金を入れてください」
井戸がいうと、みんな凄い目付きで睨みながら、
「何だと、金を払えだと」
といって機関銃をつきつけました。
井戸は震えあがりました。
「結構です。お金はいりません。好きなだけ飲んでいってください」
井戸は商売するのは楽ではないとそのとき実感しました。
 ある日、よろよろのラクダを連れた坊さんがやってきました。喉がからからだったので、さっそく井戸の水を飲もうとしました。
「お金を払って下さい」
井戸がいうと、坊さんは、
「金なんかないよ。かわりにこのラクダをやるよ」
よろよろのラクダをもらっても仕方がないので、
「いらないよ」
「じゃあ、このアラーのお守りをあげるよ。わしの寿命はもう長くないから、困ったときに願い事すればかなうから」
そういって、坊さんは水を飲んでしまうと、どこかへ歩いて行きました。
 ある日、井戸は、昼寝をしながら、「水だけじゃなくて、よく冷えたビールが地下から出て来たら、もっと金儲けができるなあ」と夢を見ていました。
 目が覚めると、井戸の底からぷんぷんといい匂いがしてきました。
「ありゃ、ビールの匂いだ。それによく冷えている、願い事がかなったのかな」
 それからも、夢の中で、野菜ジュース、青汁、オレンジジュース、リンゴジュース、コーラ、カルピス、アイスコーヒーなんかも空想していると、地下からそれらの飲み物が出てきました。
 その噂は、すぐに砂漠中に広がりました。
 毎日のように、商人たちや旅人がやってきて、いろんな飲料水が出てくる不思議な井戸を訪れました。ときどき盗賊やアルカイダのメンバーなどもやってくることもありましたが、その井戸は大変なお金持ちになりました。
 ある日、井戸は人間になって、町のお祭りに行きたいと願いました。
すると、とっくに商人になって、ラクダに乗って歩いていました。
 町へやってくると、たくさん酒場があり、10軒ほどハシゴをしました。
「次はどこへ行こうかな。そうだ、ベリーダンスを観に行こう」
 そういって、賑やかなベリーダンスのお店に入りました。
 おへそが見えるキラキラ輝いたおしゃれな衣装を身に着けたダンサーの踊りを観ながら、井戸は大変ご機嫌でした。
 帰ってきてからも、井戸はたびたび人間になって、町に出かけるようになりました。





(未発表童話です)



2016年10月15日土曜日

クモの巣館

 忘年会が終わってすっかり酔っ払って歩いていた会社員が、信号待ちをしていたタクシーを拾いました。
「南町3丁目までお願いします」
すぐにうしろのドアが開いて、会社員を乗せてタクシーは走り出しました。
会社員はすぐにウトウトと眠り込んでしまいました。
 ごとんごとんー。
その音で眼が覚めました。
「なんだ。道路工事でもやってんのか、ずいぶんでこぼこ道だなあ。家まではきれいな道ばかりのはずなのに」
思いながら、ふと窓ガラスに目を向けました。
「あれ、おかしいな。真っ暗闇だ」
よく見ると、どこかの山道を走っているみたいです。月が少し出ていたので、うっすらと外の様子がわかりました。酔いも覚めてしまい、ふと運転席を見たとき、驚いてしまいました。
人が乗っていないのです。不思議です。運転手がいないのに、ハンドルだけが勝手に動いているのです。
「い、いったいこのタクシーは何んだ。まてよ、まさか。俺は夢を見てんじゃないだろうか」
そう思ってほっぺたをつねってみましたが、痛かったので夢ではないとわかりました。
 やがて眼の前に、明かりが見えました。こんな山の中に家があるのです。近づいて行くとそれは一軒の古びた洋館でした。ホラー映画に出てくるような不気味な館なのです。
 門を通って中庭へ入り、玄関の前でタクシーは止まりました。運転手がいないので、料金をソファーの上に置いて降りました。
「幽霊屋敷かな。困ったなあ。どうしよう」
考えていると、玄関のドアがギーと音を立てて自然に開きました。
ぞっとしましたが、会社員は今夜はここに泊めてもらおうと思いました。中に入ってみると、部屋の中は真っ暗で何も見えません。
 ふと、綿毛のようなものが顔にひっつきました。驚いてライターを取り出して火を着けてみるとびっくりしました。
「部屋中、蜘蛛の巣だらけだー!」
叫んでしばらくしたとき、部屋の奥で、キラリと何かが光りました。会社員は驚いて玄関から逃げようとしましたが、ドアには鍵が掛けられていて開きません。そのうち片方の足が蜘蛛の糸に絡んで歩けなくなりました。凄い粘着質の糸でなかな取れないのです。
 慌てていると、その光がゆっくりとこちらへ近づいてきました。
会社員は、はじめその光が何なのか分かりませんでしたが、ライターの火をもう一度着けたとき、その正体がわかりました。それは体長2・5メートルほどもある大蜘蛛の目だったのです。
「助けてくれー!」
会社員は、ライターの火で絡まった片足の糸をなんとか取り除いてしまうと、そばの地下室へ降りる階段の方へ走って行きました。その後を追って大蜘蛛がゆっくりと近づいてきました。
 ライターの火をたよりに、階段を降りて行くと、暗闇の向こうでも、また何かが光りました。
「まさか」と思ったとき、そばの蜘蛛の糸が身体に巻き付いて、まったく身動きがとれなくなりました。
 階段の上からはさっきの大蜘蛛がゆっくりと降りてきます。口ばしを小刻みに動かしながら、蜘蛛の巣にかかった獲物のすぐそばへやってきました。
 そして、動けなくなった獲物の身体をしっかりと6本の足で掴むと大きな口を開けました。鋭い牙がきらりと光りました。
「ああー、もうダメだ。食われるー!」
暗闇の中で、会社員の悲鳴は次第に聞こえなくなりました。・・・ 

 翌日の晩のことです。一組の礼装をした西洋人の夫婦が、ハンドルだけが勝手に動いている運転手のいないタクシーに乗って、この館から出て行きました。タクシーは町のオペラ館に向かっていました。
 タクシーの後部座席では、夫婦のこんな会話が聞こえてきます。
「昨夜はいい獲物だったね。大蜘蛛に変身したのがよかった。これからも同じ手でいこう」
 夫人も、
「そうね、コウモリや狼なんかに化けて、あちこち出歩くのもめんどくさいからそれがいいわ。でも、この国の男性の血は、トランシルヴァニアの男性より美味しくて驚いちゃった」
 亭主も、にこにこ笑いながら、
「わしもたっぷり頂いたよ。さあ、早く行こう、今夜のオペラが楽しみだ」
 タクシーはスピードを上げて走って行きました。 




(未発表童話です)



2016年10月4日火曜日

観覧車とゴンドラ

 遊園地の中で、今日も観覧車がお客さんを乗せてゆっくりと動いていました。何十個もあるゴンドラたちも上に行ったり、下に行ったり楽しそうに動いていました。
 でも、ゴンドラの中には個性があって、高い所が好きなものと嫌いなものがいるのでした。新しく取り換えられた怖がりのゴンドラは頂上へ連れて行かれると、ガタガタと体を震わせたり、真っ青になって声をはりあげたりしていました。
「ああ、おれはゴンドラになる前は、マンホールの蓋だったんだ。古くなって溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、いつもは地面にいたから、高い所は大の苦手だ」
「おれは、船の錨だったんだ。廃船になってゴンドラになったのだが、海の中は平気だけど、高い所は大嫌いだな」
 となりのゴンドラも、
「おれは、野球場の金網だったんだ。サビが酷くなって取り外されて、やっぱり溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、野球を観るのは好きだけど、高い所はダメだな」
 新しく取り換えられたゴンドラたちは、そんなことを呟いていました。でも、遊園地が始まって観覧車が動き出すと、否応なしに上まで連れて行かれるのです。
「新入りさん、怖いのは最初だけだよ。すぐに慣れますよ」
 観覧車はいいますが、上へ上へとあがっていくうちに、あちこちのゴンドラから悲鳴が聞えてきます。ゴンドラの悲鳴だけならいいのですが、ガタガタと体が揺れるものですから、乗っているお客さんたちも怖がって悲鳴をあげたりします。
 遊園地が終わると、観覧車も停止して、夜はゴンドラたちはぐっすりと眠ります。運の悪い怖がりのゴンドラは高い所で夜を明かさなければいけません。一番頂上に停止しているゴンドラなんかは一睡も出来ずに、翌日は睡眠不足で眠そうに動いていました。
「こんなことだったら、もっとほかの職場で働きたかったなあ」
と怖がりのゴンドラたちは後悔していました。
 ある夜のこと、明るいライトに照らされた賑やかな遊園地の向こうの松林の方から、ドーン・ドーンという凄い音がして夜空がぱーっと明るくなりました。それは夏恒例の花火大会で、松林の向こうで花火を打ち上げているのです。低い所からはよく見えないので、ほかのゴンドラたちは、観覧車に「早く上に行ってくれ」と叫んでいました。
 最初、怖がって、いつもは目をつむってばかりいた新入りのゴンドラたちも、しまいには花火をよく見たいのか、背伸びをしながら光っている夜空を見上げていました。
 観覧車の頂上で観る花火は、本当にきれいによく見えました。花火が光っているすぐ下は静かな海でした。海面にも花火が写って、なんともいえない景色なのです。
 翌日は雨が降りました。雨が上がったあとに虹が出ました。虹の橋は海の向こうまで続いていました。水平線の向こうに船が見え、煙を吐きながら走っていました。
 船の錨だったゴンドラは懐かしそうに、
「もっと早く上に行ってくれよ、よく見たいから」
と観覧車を急き立てます。
 船の向こうには夏の雲が広がって、野球場の試合をいつも観戦していた金網だったゴンドラも、夏の雲を思い出しながら、
「もっと早く動いてくれよ、雲が見たいから」
とか叫んでいました。
 そんなことがあって以来、怖がりだったのゴンドラたちも、みんな頂上へ行くことが平気になりました。




(未発表童話です)