2016年9月13日火曜日

カメの絵描きさん

 春になって、カメの絵描きさんは写生をしに外へ出かけました。甲羅の上に、絵を描く道具を乗せて、のろのろと田舎の道を歩いて行きました。草むらにはスミレの花や菜の花がきれいに咲いていて、お日さまもにこにこ笑っています。
「さて、さて牧場は、まだ見えてこないかな」
 去年の春も、牧場へ行き、原っぱで草を食べている牛たちの絵を描いたのです。今年も、牧場の牛たちを描いてみようと思ったのです。
でも、牧場まではずいぶん距離があるので、甲羅の上にはちゃんとお弁当を積んできました。首にも水筒をぶらさげて、のどが乾いたら飲んでいきました。
 二日間歩いて、ようやく行く手に牧場が見えてきました。遠くの方からモーモーという牛たちの声が聞こえてきます。
「やあ、懐かしい声だ。今年もいい絵が描けそうだ」
石ころをよけながら、カメの絵描きさんは、楽しそうに歩いて行きました。
 やがて牧場の牛舎の見えるところまでやって来た時です。
「何だ、あれはー」
カメの絵描きさんは、びっくりして叫びました。
 牛舎のすぐうしろの原っぱに変な風車が建っているのです。周りに柵がしてあって、ずいぶん背の高い風車なのです。
「去年はこんなものはなかったのに」
 それは、灰色に塗装された風力発電用の風車でした。
 見ると、その向こう側にも別の風車が建っています。同じ灰色をしてずいぶん馬鹿でかいのでよく目立ちます。それでも風景と合っているのならいいのですが、ぜんぜん合っていないので困るのです。
「これじゃ、いい絵が描けないぞ」
 カメの絵描きさんは困り果てて、あちこち歩いて絵になる場所を探しました。でも、遠くの方にも風車が建っているので、なかなか構図が決まらないのです。これではいい絵が描けません。
「ああ、がっかりだ。オランダに建っているような風車だったら絵になるのになあ」
 肩を落としていたカメの絵描きさんでしたが、いいことを思いつきました。
「そうだ、牛さんたちに頼んで、場所を移動してもらおう」
 カメの絵描きさんは、牛たちのところへ歩いて行きました。
「こんにちは、みなさん」
 草を食べていた牛たちが振り返りました。
「なんだね」
「絵を描きたいんで、となりへ移動してくれませんか」
「はあ、どうしてだい」
「うしろに風車が建っていて、いい絵が描けないんですよ」
「ああ、あれか、最近はいくつも建ててるやつか」
「竹とんぼのお化けのようで、まったく絵になりません」
「そうかい、じゃあ、わかった」
「お礼に、絵を一枚差し上げますよ」
牛たちは、こころよくとなりへ移動してくれました。
 カメの絵描きさんは、ほっとしながら甲羅の上に積んできた絵の道具を降ろすと、さっそく準備をはじめました。草の上に腰を下ろして、スケッチブックを広げ、最初に鉛筆で下書きしてから、パレットの上に絵具を出して、絵筆を水筒の水に浸しながら描いていきました。
 夕暮れまで描き続けて、たくさん描けました。鉛筆スケッチも何枚も描いたので、牛たちに何枚かプレゼントしました。
 その夜は、牧場の草の中でゆっくり眠ってあくる朝、この牧場から出て行きました。
 帰りは、去年と同じように牧場のそばを流れている小川を泳いで下って行きました。歩かなくてもいいので帰りは楽でした。
 ところが、川を下りながら周囲に目をやると、驚きました。
どこの原っぱを見渡しても、竹とんぼのような風車が建っているのです。
「ああ、こんなにたくさん建ってたら、これから風景画が一枚も描けなくなるな」
 家に帰ってから、カメの絵描きさんは、電力会社に電話をかけました。
「この土地で暮らしている絵描きですが、風力発電用の竹とんぼのような風車のデザインが悪いので、いい風景画が描けません。もっと風景と合ったものを建てて下さい」
 電話を受けた職員の人は、はじめびっくりして聞いていましたが、
「そうでしたか、参考になるご指摘ありがとうございました。今後、社の方で検討させていただきます」
 職員の人はそう答えてくれました。






(未発表童話です)



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