2016年5月27日金曜日

アリの願い

 一匹のアリがすっかり疲れたようすで、落葉の下で休んでいました。そこへ、もんしろちょうが飛んできました。
「どうしましたか、アリさん、元気がありませんよ」
 アリは、ずいぶんくたびれたようすで、
「どうもこうもない。毎日、あさから晩までこきつかわれて休むこともできない。君みたいに、羽があったら、自由気ままにどこかへ飛んでいきたいよ」
「そうでしたか。そんなにしんどいですか」
「ああ、もうくたくただ。せめて、長い休みがとれたら、あちこちの原っぱへいって、のんびりとはめをはずしてみたいものだ。おれはもう若くはないから、いまのように働いていたんじゃからだがもたない。ああ、どうしておれたちの仲間は、みんな仕事一筋なのかなあ」
「そうでしたか、では、わたしがあなたの願いをかなえてあげましょう」
「ほんとうかい。じゃ、たのむよ」
 もんしろちょうは、アリのからだをりょう足でつかむと、空の上にまいあがりました。
「ひえ、驚いたな。でも、いい眺めだ」
 もんしろちょうは、アリを連れて、いろんな場所へあんないしてあげました。
 空のうえから見える景色は、アリにとってたいへんな感動でした。毎日、地べたで、汗びっしょりかいて、ひたすら上司の命令に従って機械みたいに働いてばかりいたからです。
「へえ、よく見える。うまれてはじめて見る風景だ。こんなすばらしい景色がこの世界にあったなんて驚きだ」
「そうでしょう。空のうえから眺める景色は、すばらしいでしょう」
 いいながら飛んでいると、むこうの葉っぱのところに、ナメクジが這いずっていました。
ナメクジはとてものろい動きですが、おいしいそうな葉っぱを探し回っていました。
「あいつは仕事もしないでいつも寝てばかりいると思っていたのに、ちゃんと食べ物を探しに行くんだな。知らなかった。やっぱりものを見るときは、いろんなところから見ないといけないな」
 そういっていると、むこうの方に一軒の空き家が見えました。ずいぶん古くて、その家の柱の下で、大勢の白アリたちが集まって、柱をぼりぼりとかじっていました。
「あいつらもよく働くな。だけど、みんなやっぱり疲れてみたいだな。最近は、白アリたちの世界でもリストラがあって、成績の悪いアリは、すぐに組織から追い出されてしまうからな。あいつら1グループで、毎日、柱を一本消化しないと成績評価でマイナス点が付いて、失業するっていってたよな。たいへんだ」
 白アリたちの仕事ぶりをみて、気の毒に思うと同時に、自分の組織のことも考えてみました。
「おれの職場の仲間たちもみんなよく働くけど、ほとんどが無趣味で、休みの日といったって、何もしないで家でごろ寝してるか、大酒を飲んでるくらいなもんだ。中にはひどいアル中もいるしなあ」
 そんなことを思っていると、小川の向こう側に、美しいお花畑が広がっていました。
お花畑のそばからは、スズムシたちやコオロギたちの美しいコーラスの歌声が聴こえてきました。
「ああ。音楽はいいな。おれも音楽家になった方がよかったかもしれないな」
 そういっていると、別の方から軍楽隊を退職した兵隊アリたちが結成したマンドリン楽団の音色が聴こえてきました。
「マンドリンもきれいな音色だ。おれも退職したら、あの楽団に入れてもらおうかな。失った自分の人生を取り返さなければいけない」
 アリがそんなことを言ってると、向こうの空に、夕焼けが見えてきました。
「アリさん、日も沈んでいきますし、そろそろ帰りましょうか」
「ああ、もんしろちょうさん、今日はありがとう、いろんな景色を見せてくれて。すっかり疲れもとれたようです。また、あしたから元気に働けますよ」
 アリともんしろちょうは、そういってさっきの野原へ帰って行きました。
元気になったアリは、定年退職がやってくる日を夢に見ながら、また翌日からせっせと働きました。





(未発表童話です)



2016年5月18日水曜日

タイムマシンにのって

 公園でかき氷屋をはじめた男の人が、お客がぜんぜんやって来ないので困っていました。
「ああ、毎日こんな調子だったら、この商売も失敗だ」
 ある日、どこかの工業大学の助教授がやってきました。
「いいもの発明したので、これを試しに使ってくれないか。かき氷買ってあげるから」
 助教授は、アルミで出来た小型の乗り物を見せてくれました。
「いいですよ。使ってあげましょう」
「一ヶ月使って、結果を話してください」
言い終わるとすぐに帰っていきました。
 それは湯船くらいの大きさの変な乗り物でした。
座席の手前に、レバーが付いていたので引いてみると、
 グウーーーーーン グウーーーーーン
すごい音がして、周りの景色がぼんやりして身体が宙に浮かんでいました。
そして屋台ごと、どこかへ飛んでいきました。
 気が付くと、五十年前の広い砂漠の真ん中にいました。
「ひえー、アフリカの砂漠だ」
向こうからラクダに乗った商人がやってきました。
「かき氷くれないか」
「はい、一個100円です」
商人は、10個買ってくれました。
 しばらくするとまた砂漠の向こうから別のキャラバンの一隊がやってきました。
「かき氷くれないか」
「はい、100円です」
そのキャラバンの一隊もたくさん買ってくれました。
「いや、よく売れるな。売り切れだ」
男の人は、家に戻ってくると、たくさん商品を仕入れて、またアフリカへ行きました。
そして、すぐにかき氷は売り切れました。
「これだったら、南極や北極へ行って、おでんも売れるな」
思いつくと、今度は、おでん屋も兼業することになりました。
これも大当たりで、むこうでもよく売れました。アラスカへも行って、エスキモーの部落でもたくさん売れました。
「よかった、よかった」と男の人は喜んでいましたが、ある日、百年前のアフリカのジャングルでアイスクリームを売っていた時、予想外のことが起きたのです。
あまり頻繁にレバーを回しすぎて、レバーが根元から折れてしまったのです。
「困ったな、早く修理しないと家に戻れない」
男の人は、汗を流しながら修理をしましたが、ぜんぜんうまくいきません。数日たっても直りません。それでも死に物狂いで作業を続けました。
「もし直らなかったら、このままジャングルで、ターザンのように暮らさなければいけない」
男の人はそんなことを呟きながら、修理を続けました。
 一ヶ月後、公園ではあの工業大学の助教授がやってきて、男の人が戻ってくるのをいらいらしながらじっと待っていました。




(未発表童話です)



2016年5月11日水曜日

いびきくんの旅

 夜ねむっていると、いびきくんはとつぜん目をさまします。ふだんは、ねむっていてぜんぜん気づかないのに。
「ああ、よくねむった」
そういって、大声をはりあげて歌いはじめます。
 ガーガー、ムニュムニュ、ガーガー、ムニュムニュー
その声に、ねむっている人もおどろいて目を覚ますことがあります。
でも、となりでねむっている人は、すごい迷惑です。
「ああ、またおこされた」
そういって、耳栓をつけます。
 いびきくんは、まったく人にすかれません。
「ここじゃ、気持ちよく歌えないな」
そういって、こっそり、家を出て行きました。
夜道をあるきながら、いびきくんがやってきたのは、一棟のマンションです。
階段をのぼっていくと、友だちのいびきくんの声が聞えてきます。
鍵穴からすーと中へ入ると、
「やあ、いい声だね。散歩にいかないかい」
「いいな。じゃあいこうか」
ふたりで出かけていきました。
 橋の下をあるいていると、みすぼらしいダンボールの小屋から、
 ガーガー、ムニュムニュ、ガーガー、ムニュムニュー
覗いて見ると、ホームレスの人が眠っています。
「きみも、散歩にいかないかい」
そのいびきくんもついてきました。
 次に行ったのは、キャンプ場でした。
テントの中から、いびきくんの声がきこえてきます。
覗いてみると、男の人が酔っぱらって眠っていました。まわりにはビール缶がたくさん転がっていました。
「散歩に行かないかい」
「いいよ。行こう」
別のテントにもいって、
「散歩に行こうよ」
みんなついてきました。
歩きながら、いきびくんたちは大声をはりあげて歌いました。
 駅の前を通ったときです。待合室からもいびきくんの声がしました。
「散歩にいかないかい」
「ああいいとも 行こう」
 みんなで大きな声で歌っていると、交番のお巡りさんが聞きつけてやってきました。
「すごい騒音だ。全員逮捕だ」
お巡りさんに追いかけられて、いびきくんたちがやってきたのは山の洞穴でした。
真っ暗な洞穴の中へ入って行くと、みんな走り疲れて眠くなってきました。みんな眠りはじめました。
ところが、洞穴の中では、びんびんといびきくんたちの声が跳ね返ってきます。
「うわあ、うるさくて眠れない」
いびきくんたちは、やっとわかったみたいです。みんな家に帰って行きました。
 それからは、夜はあまり大声で歌わなくなりました。




(未発表童話です)


2016年5月4日水曜日

晩年のナポレオン

 一八十五年、宿敵イギリスに敗れたナポレオンは、祖国フランスから遠く離れた南大西洋に浮かぶ絶海の孤島、セント・ヘレナ島に流されてはや一年が過ぎようとしていた。この灼熱の島で、部下の数人の将軍たちと共に、イギリス兵の監視のもと、木造の小屋で毎日野菜を栽培したり、運動をしたり、夜は回想録の執筆とそれに大好きな読書などをして過ごしていた。
 ある時、将軍のひとりがベランダの椅子に腰掛けて、熱心に本を読んでいる姿を目撃したナポレオンはそばによって尋ねてみると、
「はい、陛下。子供の本を読んでおりました」と将軍は答えた。
 話によると祖国にいる彼の夫人が、今度、子供の本を出版したということで記念に贈ってきたとのことだった。大の本好きであり、遠征中の馬車の中でも時間さえあれば本を読んでいたナポレオンだったので、すぐにその本を借りると、自室に入って読んでみた。多読で有名であったナポレオンだったが、子供向きの本は読んだことがなかった。しかし、読み進めるうちに、意外と面白く興味が湧いてきた。同時に自分でも書いてみたい衝動にかられはじめた。
 翌日ナポレオンは、その事を昨日の将軍に打ち明けると、匿名により自作の原稿を彼の夫人に送り、批評を受けると共に、出来れば自分の書いた物語を祖国で出版して欲しい旨を伝えた。
 若い頃から自信家で、演説のときにはいつも、『余の辞書に不可能という文字はない』と堂々と公言したり、決断する時には、『じっくり考えろ。しかし、行動する時が来たなら、考えるのをやめて進め』と部下に対しても自分に対しても口癖のようにいっていたナポレオンだったので、子供の書物など書けぬわけがないといわんばかりに、翌日から、自室にこもって回想録の執筆と並行して子供の物語を書きはじめた。
 文章は闊達とした折り目正しい美しいフランス語を綴るナポレオンだったが、その意気込みとは反対にどうした訳か思うように筆が進まない。さすがにはじめて書く子どもの話はずいぶんとナポレオンを悩ませた。しかし、数週間後どうにか三十枚ばかりの短篇童話を一編書きあげると、何度も原稿を推敲し、ぶじに完成させることができた。
「やれやれ、ずいぶん骨を折ったがなんとか出来上がった」
 ナポレオンはほっと胸を撫で下ろすと、翌朝、さっそく原稿を将軍に手渡した。
 それから約二ヶ月後、作者宛てに夫人から手紙が届いた。手紙には夫人の批評のほかに、近所の奥さんたちと子供たちの感想も付けてあった。だがその手紙によると、どれも作品に対する反応は芳しくなかった。
 奥さんたちの批評によれば、貴殿の物語は、はなはだ教訓的で、文章も演説口調、説教口調で書かれてあるので、子供たちにはまったく受けないという批評であった。夫人からも、もっと夢のあるお話を期待していると書き加えてあった。
 手紙を読んでひどく失望したナポレオンは、数日間ろくに食事も取れなかった。
「余の物語が子供に受けないとはどういうことだ」
 悩み落ち込んだナポレオンだったが、根っからの負けず嫌いな性格でもあり、いつも困難に立ち向かう時は、『逆境には必ずそれよりも大きな報酬の種が隠されている』ことを思い出し、なんとかこの苦境を乗り切ろうと頑張ることにした。
 翌日から再び指摘されたことを思い出しながら、新しい物語を書きはじめた。だがすぐには直せなかった。子供のお話を書くことがこんなに骨が折れるとはまったく予想外であった。
 ナポレオンは疲れ果ててペンを置くと、部屋を出てベランダの椅子に腰かけた。庭を眺めると、将軍たちが自分たちの部屋に飾るための花の栽培をしている。熱帯地方に育つ、強い香りのする色鮮やかな花々である。鉄条網が張り巡らされた向こう側では、イギリス兵たちがその様子をじっと眺めている。
 ナポレオンは椅子に座りながら、憂鬱そうな様子でぼんやりとそれを見ていたが、やがて、疲労のためかいつの間にかうつらうつらと昼寝をはじめた。しばらくすると、過去の出来事が次々と夢となって現れてきた。それらの夢の多くは、ナポレオンの栄光の時代の思い出だった。
 今から遡る一七九六年、当時の総裁政府の総裁から遠征軍司令官に任命された時、大軍を引き連れてイタリア、エジプトに進撃して勝利を治めた。続く一八〇四年、フランス皇帝に即位した後、祖国フランスを治め、怒涛のようにオランダ、オーストリア、プロイセン(ドイツ)、スペイン、デンマークへ進撃して戦い、一時期イギリス、スウェーデンを除く全ヨーロッパを制圧した。彼にとって夢とは、敵を打ち負かし、世界を制覇することだった。
 その夢を題材にした物語がどうして子供に受けないのか彼には不思議であった。しかし、夢の中に現れたもうひとつの夢が、ナポレオンのそんな疑問を解決することになった。その夢は彼の幼年時代の思い出だった。
 コルシカ島の落ちぶれた貧乏貴族の屋敷に生まれたナポレオンは、幼少の頃から利発な子供だった。ある日、妹のブーリエンヌと一緒に砂浜で遊んでいたとき、突然の夕立にあった。
二人は近くの船小屋へ行って雨を避けた。やがて雨もあがり、二人がまた遊びはじめようとしたとき、砂浜の向こうに七色の美しい虹がかかっているのを見つけたのである。
 そのとき、虹をはじめて見た幼いナポレオンは、その虹をこの手で捕らえたいと思った。そして、その虹を家に持ち帰って、その鮮やかな糸で母親に新しい服をこしらえてもらおうと思った。
それよりも、あの大きな虹を捕まえたら、貧乏貴族の自分たちの暮らしだけでなく、この貧しい島の人々の暮らしをも助けられると思った。
 幼いナポレオンは、丘にかけあがり、虹をつかもうとしたが虹は向こうの丘に姿を移した。それでも幼いナポレオンは虹を追いかけた。しかし虹は、海の向こうに逃げてしまった。幼いナポレオンは、それを見ながらくやしがったが、夕日が沈みはじめたので妹をつれて屋敷へ帰っていった。
 そんな印象深い夢を見て目を覚ましたナポレオンは、これを物語にしようと思った。あのときの虹は捕まえることは出来なかったが、物語の中で虹を捕まえる子供を描こうと思った。
 ナポレオンは部屋に戻ると、すぐに原稿を書きはじめた。すると不思議なことに、筆は進み、あのくだくだしい演説口調、説教口調は影をひそめ、自然にやさしい言葉に変わっていった。
 数週間後、快作の百枚の原稿が完成すると、すぐにナポレオンは将軍の所へ行き、夫人のもとへ送ってもらった。
 それから二カ月後、夫人からの返事が送られてきた。その手紙の批評は、ナポレオンが思っていたよりもうれしいほどに良いものだった。親や子供たちの感想もよく、この作品であれば本国で出版しても国民に十分受けいれられると書いてあった。
 ナポレオンはぜひ出版を希望しますとの返事を書いた。ただし、作者名は必ずペンネームでお願いしたい旨を伝えた。現在囚われの身であり、この作者が本国のもと皇帝だと知られたくなかったからである。
 そのとき以来、ナポレオンは、これまでの権力への野心は少しずつ消えて行った。そして心の安らぎをも感じるようになっていった。
 それからもたびたびナポレオンは、子供の物語を書き、祖国へ送っていたが、六年後の一八二一年の五月、将軍たちに見守られながらこのセント・ヘレナ島でその五十二年の波乱に富んだ生涯を終えたのである。
 ナポレオンの出版した児童書は、「虹を追いかける子供」と題されてその後、フランス国内のたくさんの子供たちに読まれたが、その本はパリ近郊でひっそりと暮らす、最初の妻で、もと皇后だったジョゼフィーヌ・ボアルネの子供たちにも読まれた。
 しかし、その物語を書いた作者が、フランスのもと皇帝で、母親のもと夫だとは子供たちのだれも知らなかった。 

(この作品は架空の物語です)




(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)