2016年12月27日火曜日

海の魚の話

 南の遠い海のなかで、魚たちがみんな仲良く泳いでいました。
ある日、網を引いた船がやってきて、魚たちを釣り上げていきました。
「 ぼくたちは、どこへ連れていかれるのだろう」
魚たちは、船の冷凍室に入れられて、みんなしくしくと泣いていました。
 やがてある港についたとき、魚たちは市場でより分けられました。
大きな魚はお寿司屋さんが買っていきました。小さな魚は缶詰工場へいきました。
缶詰工場へついた魚たちはバラバラにされ、味付けされて缶のなかにいれられました。
「ああ、なんて狭苦しい場所なんだ、息もできやしない」
バラバラにされた魚たちは、音もしない缶詰のなかでじっとしていました。
 何日かして、缶詰になった魚たちは、町のスーパーへ連れていかれました。
みんな棚の上に並べられて、退屈そうにしながら、南の海のことを考えたりしました。
「もう一度帰りたいな。こんなところはまっぴらだよ」
 でも、缶詰の棚には、いろんな海からやってきた魚の缶詰たちのほかにも、山や畑、川、湖からやってきた果物や、野菜、豆、川魚などの友だちがたくさん出来ました。
 スーパーが閉まり、夜になると、みんな自分たちのことを互いにいいあいました。
南国で育ったパパイア、パイナップル、マンゴーの話、山の渓流で育ったイワナやヤマメの話、凍てついた北の寒い海で育ったカニの話など面白くて珍しいものばかりでした。
 またペルーやブラジルで育ったコーヒー豆や、ロシアやノルウエーで育ったサーモンたちの話も聞きました。
 ある日のこと、ひとりのお客さんが魚の缶詰をたくさん買っていきました。
缶詰は袋に入れられて、スーパーから出て行きました。
 何日かして、夕食の時間になり。缶詰が開けられました。
「わあ、ここはいったい、どこなんだ」
 缶詰のなかの魚は驚きました。でも、耳をすますと、波の音が聴こえてきます。それに懐かしい海の匂いもしました。
「わあ、ぼくが暮らしてた海だ」
 缶詰を買った人は船員さんでした。
船員さんは、食事が終わると、台所でお皿を洗いました。お皿の表面には魚の油が残っていました。油は水と一緒に、船の外へ出ていきました。
 油は、やがて海の上に浮かび上がりました。
しばらくすると、なかまの魚たちがたくさん集まってきました。
「やあ、ひさしぶりだね。どこへ行ってたんだ」
 みんな油を取り囲んで尋ねました。
「遠いところさ」
「これからどうやって暮らすの」
「波にゆられてのんびりとね」
 油になった魚はそう答えると、自分の旅の思い出をみんなに話してあげました。








 (自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)




2016年12月16日金曜日

冬の子守唄

 もう~いくつ寝ると、お正月~
クリスマスの夜でした。乞食のおじさんが、公園のベンチに座って歌を口ずさんでいました。ずいぶん寒い晩で、いまにも雪が降ってきそうです。
「お正月はもうすぐだけど、その前に今夜は楽しいクリスマスだ。どのお店にもクリスマスツリーが飾られて、人もたくさん歩いてるな」
 乞食のおじさんは、おんぼろなマンドリンを抱えると、仕事を探しに出かけました。町をあちこち歩き回ってお客を探しましたが、ぜんぜん聴いてくれません。しかたなく、また公園へもどってきました。
「ああ、誰もおれの演奏を聴いてくれる人はいない。みんな買い物に忙しいんだ。でも今夜稼いでおかないとお正月の餅も買えない。困ったな」
考えていると、どこからか声が聞えてきました。
「おいらのために一曲たのむよ」
声をかけたのは、松の木のそばに立ってる雪だるまでした。
「弾いてやってもいいけど、お金はあるのかい」
「もちろん」
「じゃ、何曲か弾いてあげよう」
マンドリンをかまえると、弾きはじめました。
ぜんぜん聴いたことがないイタリアの曲ですが、雪だるまは大満足です。
「いま弾いたのは、イタリアのオペラの曲なんだ」
「ふうーん、イタリアは雪が降るのかい」
「暖かい国だけど、雪は降るさ」
「つぎは、何を弾いてくれるんだい」
「冬の夜って曲を弾くよ」
 いいながら、今度は歌を歌いながら弾きました。
「ずいぶん古い歌だな。みんながよく知ってる曲がいいよ」
「じゃあ、ジングルベルはどうだい」
「たのむよ」
マンドリンの軽快な演奏を聴きながら、雪だるまはご機嫌です。
そのあとも、「赤鼻のトナカイ」、「サンタが街にやってくる」、「ウィ・ウィッシュ・ユー・ア・メリークリスマス(たのしいクリスマス)」なども弾いてくれました。
そんなことをしているうちに、やがてどこの家の照明も消えはじめました。
「ミニコンサートは、これでおしまいだ。ところで、お金はちゃんとくれるのかい」
「うん、足元の雪の中に入ってるよ」
雪を掘ってみると、500円玉が2枚落ちていました。
「驚いた。だれかが落としていったんだな」
「サビちゃう前に使った方がいいよ」
「じゃあ、このお金でスーパーでお餅を買うよ」
 いいながら、アンコールとして、もう一曲、「きよしこの夜」を弾きました。
雪だるまは、聴きながらだんだんと眠くなってきました。
「いい音色だ。眠りにつくまで弾いててくれよ」
「いいとも」
子守唄のように、公園の中にマンドリンの音色がいつまでも流れていました。








(未発表童話です)




2016年12月5日月曜日

バイオリンが弾けたら

 50歳を過ぎたおじさんが、バイオリンを習ってみたいと思いました。
「でも、この齢になってからバイオリンなんて弾けるだろうか」
不安な気持ちで電話をかけてみました。
「だいじょうぶです。やる気があるのでしたら」
バイオリン教室の先生がいいました。
 翌日、仕事がおわってから教室へ行ってみました。
「楽譜も十分に読めないんですが、弾けるようになるでしょうか」
バイオリンの先生は、
「毎日練習していれば、楽譜も読めるようなります」
気を良くしたおじさんは、さっそく最初のレッスンを受けてみました。
 最初は、バイオリンの構え方と弓の持ち方の練習でした。
「バイオリンを弾くためには、まず正しい姿勢を身につけなければいけません」
先生に教えてもらって何度もバイオリンの構える練習と弓の持ち方を練習しました。
「背筋をちゃんとのばして、体をやや後ろに反らすように」
なんとかバイオリンの構え方はできましたが、弓がうまく持てません。
 バイオリンの弓は、親指と中指、薬指で持って、人差し指と小指は軽く添えるだけです。
「いや、むずかしいな。家に帰ったらたくさん練習しないといけないな」
 それから3か月間というもの、おじさんにとって最大の試練がはじまりました。いくらがんばっても弓がうまく持てないのです。だから、音を出す練習をさせてもらえません。毎週教室へ行くのが苦痛になってきました。
「今日は行くのやめようかな。今日は焼き鳥屋へよって酒でも飲もうかなあ」
ストレスが溜まってきたおじさんに、なまけ心が出てきました。
 ある日家でビールを飲んでいたとき、こんなことを思い出しました。
「そういえば、バイオリンの先生は、3歳からバイオリンをはじめたっていってたな」
そんなことを口にしながら、自分が3歳の頃のことを思い出してみました。
「おれが3歳のときは、毎日家の中で積み木をしたり、飼い犬のポチといっしょに、いつも泥だらけになって庭で遊んだりしてたな。それとくらべたら、バイオリンの先生はなんて高尚でレベルの高い幼年期を過ごしていたんだろう」
 おじさんはつぶやきながら、もっと早いうちからバイオリンを習っておけばよかったなあと後悔しました。
 でも、今からそんなこといったってどうしようもありません。なんとか今年いっぱいはまじめに通おうと思いました。だけど、現実は甘いものではありません。教室へ行っても、いつも弓の持ち方とバイオリンの構え方の練習ばかりです。
疲れてしまったおじさんは、思い切って先生にいってみました。
「お願いです。少しだけでいいですから、弾かせてもらえませんか」
すると先生は、
「だめです。基本的なことが出来てないうちは」
と怖い顔でいいました。おじさんは、がっかりです。
「やっぱり、齢とってからのバイオリンなんて無理なのかなあ。芸術の世界もきびしいものだなあ」と思いました。
 ある日、おじさんがゆううつそうな顔をしていたとき、友達から、クラシック音楽のコンサートのチケットをもらいました。それは、バイオリンリサイタルのチケットでした。
「本物の演奏を聴いたら、少しはやる気が出てくるかなあ」
 当日、おじさんが町のコンサートホールへ行くと、たくさん人が来ていました。おじさんは一番うしろの席に座って開演をまちました。
 やがて、美しいステージ衣装を身につけた、女性バイオリニストとピアニストがステージに現れました。拍手がおわると、演奏がはじまりました。
 その日演奏された曲はどれもおじさんがよく知っている曲ばかりでした。中でも、アンコールに演奏された、「ゴセックのガボット」を聞いた瞬間、やっぱりバイオリンを続けようと思いました。
「ゴセックのガボット」はおじさんが小学生のときに、レコード鑑賞の授業のとき、はじめて聴いたバイオリンの曲だったのです。
 おじさんは、コンサートから帰ってくると、押入れの中から、クラシック音楽のレコードを取り出してみました。
 その中にむかしの有名なバイオリニストたちの演奏を集めた復刻盤のレコードがありました。

クライスラー「愛の喜び」「愛の悲しみ」
ハイフェッツ「チゴイネルワイゼン」
ティボー「フォーレ子守歌、ドリー」
エルマン「タイスの瞑想曲、ユモレスク」
エネスク「サン=サーンス白鳥」
 
 録音は古いですが、どれも味わいのあるすぐれた演奏ばかりです。
解説書には、五人のバイオリニストたちの演奏会のときの写真が載っていました。みんな、背筋をちゃんとのばして、先生が教えてくれたように、きちんと同じ弓の持ち方をしています。おじさんは、それを見て気がついたのです。
「そうなんだ。バイオリンを上手に弾くためには、やっぱり正しい姿勢と弓の持ち方が大切なんだ」
おじさんはそう理解すると、また練習にやる気が出てきました。
そして、自分にいいきかせました。
「いまは苦しいけれど、これからもがんばって続けて行こう」
 翌日から、おじさんはまじめにバイオリン教室へ通いはじめました。
それから2か月後、努力のかいがあって、ようやく音を出すことを許されました。
今は、まだ初歩的な曲しか弾けませんが、数年後には、教則本に載っている「ゴセックのガボット」も弾けるようになるでしょう。
 おじさんは、毎日仕事から帰ってくると、夜遅くまで、バイオリンの練習に励みました。そして、懐かしい復刻盤のレコードを何度も聴きながら、
「早く、クラシックのいろんな名曲が弾けるようになりたいなあ」
と、今はそんなことを思っています。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)





2016年11月25日金曜日

ホタルになった歯車

 毎日工場の中で、機械たちが忙しく働いていました。ここはある町の自動車部品工場です。
ガチャン、ガチャンとプレスたちが元気よく動いています。ベルトコンベアーも慌ただしく製品を運んでいました。
「ああ、忙しい、忙しい。少しは休みたいなあ」
機械たちはみんな口々に言い合いました。
 思えば、ずいぶん昔、新品の機械としてこの工場へ連れてこられて以来、みんな毎日働きぱなしでした。油の匂いがぷんぷんする賑やかな工場の中で機械たちは働いてきました。
 工場の隅に置かれた大型の背の高い機械の中の歯車たちなどは、一度も外の景色も、太陽の光も見たことがなかったのです。もうかれこれ二十年以上も、薄暗いこの場所で、油にまみれて働いていたのです。
 工場長はよくみんなに向かって話します。
「君たちの仕事ぶりはじつに感心だ。君たちの労働によって作られた製品が世の中に出て、みんなが豊かに暮らしている。仕事こそ第一だ。じゃあ、今日も頑張って作業をしてくれ」
 いつもこのせりふを聞かされてみんな働いてきました。若い機械たちは、その言葉に励まされて毎日元気よく仕事をしますが、中年を過ぎた老朽化した機械たちは、その話を聞くたびにうんざりするのでした。
 この工場の壁の真ん中には、仕事の達成を示すグラフが張り付けてあります。隣にも別の工場のグラフも一緒に張られていて、互いに競争心を煽るために使われていました。成績の悪い工場には上からおしかりがありました。
 あるとき、工場長がこんなことをいいました。
「ここ数年来、鉄鉱石の値が上がっている。新しい機械が調達できないから、機械を大切に使うように。歯車の取り換え時期も遅らせる」
 こんなことをいいました。普通だったら、老朽化した歯車なんか新しいのと取り替えて、役目を終えるのですが、そうではないのです。
 定年退職を楽しみに待っていた歯車たちは、みんながっかりしました。中には働きたいという頑強な歯車もいましたが、だいたいがみんな疲労でフラフラでした。
 あるとき、いつも不満を口にしていた歯車が、「おれはもう働かない」といって動かなくなりました。すぐに工員が飛んできて、ハンマーでコンコンと何度も叩きました。その歯車はあまり腹がたったのか、あるとき逆回りをして、機械を壊してしまいました。
 その歯車は取り外されて、工場の中庭にあるゴミ捨て場に捨てられました。この職場でゴミ箱行きになるということはたいへん不名誉なことでした。みんなゴミ箱行きだけにはなりたくないと思っていました。
 長年働いてきた歯車だったのに、いまは外の風雨にさらされてすっかり錆びついていました。本当だったら定年まで無事に働いて、円満退職で仕事を終えたかったのに残念です。職場というところはそんなところです。不平不満をいう者には厳しい処分を下すところです。
 ほかにもいろんな歯車がいました。すっかり仕事に洗脳されたある班長の歯車は実にまじめで、この工場の中でも一番の働き者ですが、堅物で仕事の話しかしないのです。いいえ、仕事の話しかしないというよりも、仕事の話しか出来ないのです。見方によっては職場の規則と仕事にしばられたあわれな単純な存在です。
 自分の知らない話題が出ることを酷く恐れます。だから仕事以外のことを口にすると嫌な顔をします。だから、この歯車とは世間話も冗談も通じません。仕事の時間が終わってさえも、相変わらず仕事の話ばかりで、聞いているみんなは疲れてしまいます。
 この班長の歯車は、一年後に昇級してとなりの工場へご栄転になりました。みんな堅物のうるさい班長がいなくなって、グチでもこぼすのかと思いましたが、まるで正反対で、班長とそっくりな話し方をしたり、動き方をする歯車が出て来て、これには本当に驚きました。
 また別の歯車は、細身の身体には似合わないひどい酒飲みでした。まるで酒の力で長年働いてきたようなものでした。あと2年で目出度く定年退職になる予定ですが、飲酒のせいで、いまでは骨と皮のようになってずいぶん痩せこけていました。だから、とても退職後は長生き出来そうもありません。いつも酒の匂いをぷんぷんさせていましたが、よく働いていました。
 その歯車とは対照的な歯車もいました。その歯車は、よく仕事中にぼんやりと空想に耽ける癖があり、よく班長から叱られました。本当だったらこんな薄暗い機械の中よりも、広々とした野外での仕事を夢見ていました。退職したら、田舎で静かに余生を送りたいと思っていたのです。
 ある日、工場長がやって来て、「工場にたくさん仕事が入ったから夜間も機械を作動させる」といいました。昼間も働いたうえに、夜も働かされるのです。機械たちは、眠い目をこすりながら働き続けました。
 文句をいう歯車なんかハンマーで叩かれました。それでも文句をいうと、「上からの命令だ。不平をいう奴は解雇だ」といういつもの決まり文句です。
 ある夜、この歯車は、休み時間にぼんやりとこんな夢を見ていました。それは何十年も昔、となりの町の歯車工場の溶鉱炉で、新品の歯車としてこの世に生まれたときの思い出でした。
 たくさんの新品の歯車たちと一緒に、あるお天気のよい日に、工場の中庭に積まれて、身体の熱を冷ましていました。
 この歯車を作る工場のすぐそばには、透き通ったきれいな小川が流れていて、その小川の向こうには、今では珍しい水車が回っていました。
 水車の周囲にはたくさんの花畑があって、春の日には、もんしろちょうやミツバチやテントウムシなどが飛んでいました。水車の歯車たちは、いつも花の香りをかぎながら、みんな楽しそうに回っていました。歯車たちはみんな年を取っていましたが、ずいぶん長生きでした。
 工場の中庭に積まれた歯車たちは、自分たちも、これからはあの水車のような所で働くのだと思っていました。そして仕事というのは楽しみながらするもので、せかされたり強制されてするものではないと思っていたのです。仕事が終わって夜になると、あの水車のように、キラキラと美しく輝く星を見ながら眠るんだと思っていました。
 しかし、ここではそんな生活はとうてい無理でした。ここでは厳しい規則と過酷な労働があるだけでした。
 太陽の光も当たらず、虫の声も聞こえず、あるのはただ決まりきったいつもの号令の声だけでした。
 半年ほど、工場の機械たちは昼も夜も働かされました。そんな状態ですから、あちこちで調子が悪くなる機械が出てきました。
 ぼんやりした空想癖のある歯車も、あるとき不注意で、からだにひびが入ってしまったのです。これでは歯車として役にたちません。工員がそれを見つけて、「これはいかん取り換えだ」といいました。
 歯車は、すぐに取り換えられました。仲間の歯車ともお別れをして工場の中庭のゴミ捨て場に放り込まれました。
 それは不名誉なことだったかもしれませんが、その歯車にとっては自由の身にもなったので、気持ちがなんだか晴れ晴れとしました。もう工場の中の喧しい騒音を聞くこともありません。
 このゴミ捨て場も薄暗い場所でしたが、空も外の景色もよく見え、そばの田んぼからは、カエルの鳴き声なども聴こえてきました。
 長い間光を見なかったせいか、太陽の光がまぶしくて、はじめはとても目を開けていられませんでした。でも、せっかく過酷な仕事から解放されて、どこかへ行ってみたくなりました。
 そんなある夜のこと、その夜は月明かりの晩で、のんびりと歯車が月を眺めていると、どこからか明るい光を点滅させた何匹かのホタルが、工場の中庭へ迷い込んできました。この工場のそばに小川があることを思い出しました。
 ホタルの一匹がゴミ捨て場のすぐ近くへやってきました。
「君はどこからやってきたんだ」
 歯車が聞くと、
「あの林の向こうからさ」
「そう、おれも君みたいに羽があったら、どこかへ飛んでいきたいなあ」
歯車は呟きながら、ホタルたちの明かりをいつまでも見ていました。
 朝になると、工場からはまた慌ただしい騒音が聞こえてきます。生まれてきてからこれまであの中で自由のない暮らしをしてきたのです。仲間の歯車たちは恐らくもう外の世界を見ることもなく狭苦しい工場の中で一生を終えるのです。
 ある晩、眠っていた歯車は、こんな夢を見ました。風が吹いていたので、目を覚ますと、田んぼの向こうの海岸から、風車の回る音が聞こえてきます。同時に自分の身体が宙に浮いて、明るい灯をともして、田んぼの上をゆっくりと飛んでいるのを知りました。
「あれ、ふしぎなことだ」
 ホタルになった歯車は、田んぼの上をゆらゆらと飛びながら、やがて海岸に建っている風車の方へ行きました。真っ暗な海岸の向こうに見えてきたのは、風力発電用に建てられた巨大な風車でした。
 みんな風を受けて、ゆっくりと回っていました。風車のある場所から広い海が見えて、爽快な眺めです。
 ときどき海の向こうからカモメが飛んできて、風車に遠い国々の面白い話をしたりしました。風車はいつも楽しそうに笑って聞いていました。
 この職場にはノルマも仕事の達成を示すグラフも、怒鳴り散らす班長もいないので、みんな快適に健康的に働いていました。
 ホタルになった歯車も、風車のそばで、カモメの話を一緒に聞きながら、自分もこんなところで働いてみたかったなあと思いました。 







(未発表童話です)



      

2016年11月15日火曜日

飛んで行ったアドバルーン

 デパートの屋上に、色とりどりの広告をぶら下げたアドバルーンが浮かんでいました。
みんな町を見下ろして、お客さんがデパートへやってくるのを待っていました。
「やれやれ。こんなにお天気のいい日なのに、こんなところでじっとしてるのはもったいないな」
「じゃあ、みんなで空のハイキングへ行こうか」
 ある日、西の空からクジラの形をした飛行船がとんできました。みんなその飛行船について行こうと思いました。
 友だちのカラスにたのんで、くちばしで紐を切り取ってもらいました。
紐がきれて、体がふわーんと浮き上がり、するすると上空へ登って行きました。
「おおい、待ってくれよ、一緒に連れてって」
 飛行船は振り向きながら、
「ああ、いいよ」
 アドバルーンの紐をしっかりつかむと、ゆっくり飛んでいきました。
「わあ、いい眺めだ。山の向こうは海だ」
 水平線の向こうに、タコやイカやクラゲの形をした雲が浮かんでいました。
飛行船が近づいて行くと、たくさんの天使の彫刻家が集まって、雲の作品を作っていました。
「すごいな、いつもこうやっていろんな雲を作っているんだな」
 飛行船にひっぱられたアドバルーンたちは、みんな雲の彫刻を楽しそうに観ていました。
 海の上に、客船が走っていて、乗客たちがデッキで昼寝をしていました。
客船の上をのんびり飛んでいると、昼寝していた乗客たちがとび起きて見ています。
「売りつくし大バーゲンセール、三洋デパート」とか、「お安い電化製品も盛りだくさん」、「子供のおもちゃはこのデパートで」、「婦人靴、ハンドバック、雑貨大バーゲン」、「どの商品も30~50パーセントオフ」、いろんな広告が空の上を飛んでいきます。
 客船の乗客たちは品物が欲しくなってきたのか、船を降りたら、このデパートへ買い物に行ってみようかなと思ました。
 向こうに島が見えました。
 サンダーバード島のような、プール付きのりっぱな別荘がいくつも建っていました。プールにはビキニ姿の女性たちが肌を焼いていて、空を飛んでいくアドバルーンの広告を見ていました。
「美しいお肌に最適ボディローション」とか、「痩せる女性になるためのハチミツ入りドリンク」、「小じわが気になる女性のための本当の美容液」、「目に見えないシミまで徹底ケア・薬用クリーム」などの広告を見ながら、みんな商品が欲しくなってきたのか、アドレスをメモしていました。
 そのとき島の岩がグラグラと動いて、岩の中からヘリコプターが出てきました。これから海の上の遊覧飛行をするのです。
「やっぱりお金持ちの暮らしはすごいなあ」
 アドバルーンたちは眺めながら、いまの格差社会を実感しました。
 別の島もいろいろと回って、飛行船は帰ることにしました。
「楽しかった。また連れてってよ」
「いいよ、また行こう」
  日本の近海まできたときでした。ものすごいスピードの飛行物体が飛んできました。
「なんだあれは!」
 みんな驚いて、向かってくる飛行物体を見ました。
「ミサイルだ」
「テポドンだ」
「ああ、またあの国で大陸間弾道ミサイルの飛行実験やってんのかよ」
「いい加減に、やめたらいいのにな」
「いまの政権が変わって、自由国家になったら、あの国にも行ってみたいと思ってるのになあ」
 みんなそんなことを呟きながら、自分たちのデパートに向かって帰って行きました。

 




(未発表童話です)



2016年11月5日土曜日

紅茶とレモンとケーキ

 ある朝、紅茶とレモンがこんな話をしていました。
「今日は、友だちがやってくる日だ。甘い匂いをぷんぷんさせて、お皿の上にどっかりとのるのさ」
「イチゴなんかを頭にのせて、すました顔してやってくる」
「大人も子供も、そいつにゃ、目がないんだ。すぐにぱくつくんだから」
「飼い犬だって、よだれをたらしてそいつを観てる」
 となりの部屋では、この家の主人がお話を作っています。今書いてるお話は、「お菓子の国の大工さん」。
 お話を書き終えたら、ケーキ屋さんへ行くのです。週に一度、お話が出来たら必ずケーキを食べるのです。
「いまどこまで書けてるのかなあ」
 紅茶とレモンはお話が読みたくて仕方がありません。
 午後になってから、主人はお話を書き終えてケーキ屋さんへ行きました。そしてイチゴのケーキを買ってくると、紅茶を沸かし、レモンを入れてパソコンの画面を観ながらケーキを食べるのです。
 紅茶とレモンとケーキは、食べられる前に、お話を読まなければいけません。
 お腹の中は退屈なので、面白い話が必要なのです。それに、朝、お腹に入ったトーストやハムエッグたちにもお話の続きを話してやらないといけないからです。
 主人は、気になるところを何度も直しながら読んでいきました。みんなもパソコンの画面をじっと観ています。
「先週書いてたお話よりも面白い」とか「登場人物がユニーク」だとか小声が聞えてきます。
 やがて夕方になり、お話は無事に出来上がりました。
 紅茶もレモンもケーキもすっかり読んでしまい、満足しながらお腹の中へ入って行きました。




(未発表童話です)



2016年10月26日水曜日

金儲けをする井戸

 砂漠の真ん中にオアシスがあって、ひとつの井戸がありました。
その井戸には、いつも冷たい水が溢れていて、ラクダに乗った商人が飲んでいきました。
 あるとき井戸はこんなことを考えました。
「みんないつもタダで水を飲んでいくけど、一度もお金をくれたことがない。それはまったくけしからんことだ」
井戸は、それからは、(お水いっぱい1000円)と書いた立札を立てておきました。
 立札を見た商人たちは困りました。
「いやあ、これからはお金を取られるのか」
つぶやきながら、みんな仕方なくお金を払っていきました。
 あるとき、一台のジープが砂煙をあげて猛スピ-ドでやってきました。ジープにはアルカイダのメンバーが乗っていました。みんな立札なんかぜんぜん無視して、ガブガブと水を飲んでいました。
「飲み終わったら、お金を入れてください」
井戸がいうと、みんな凄い目付きで睨みながら、
「何だと、金を払えだと」
といって機関銃をつきつけました。
井戸は震えあがりました。
「結構です。お金はいりません。好きなだけ飲んでいってください」
井戸は商売するのは楽ではないとそのとき実感しました。
 ある日、よろよろのラクダを連れた坊さんがやってきました。喉がからからだったので、さっそく井戸の水を飲もうとしました。
「お金を払って下さい」
井戸がいうと、坊さんは、
「金なんかないよ。かわりにこのラクダをやるよ」
よろよろのラクダをもらっても仕方がないので、
「いらないよ」
「じゃあ、このアラーのお守りをあげるよ。わしの寿命はもう長くないから、困ったときに願い事すればかなうから」
そういって、坊さんは水を飲んでしまうと、どこかへ歩いて行きました。
 ある日、井戸は、昼寝をしながら、「水だけじゃなくて、よく冷えたビールが地下から出て来たら、もっと金儲けができるなあ」と夢を見ていました。
 目が覚めると、井戸の底からぷんぷんといい匂いがしてきました。
「ありゃ、ビールの匂いだ。それによく冷えている、願い事がかなったのかな」
 それからも、夢の中で、野菜ジュース、青汁、オレンジジュース、リンゴジュース、コーラ、カルピス、アイスコーヒーなんかも空想していると、地下からそれらの飲み物が出てきました。
 その噂は、すぐに砂漠中に広がりました。
 毎日のように、商人たちや旅人がやってきて、いろんな飲料水が出てくる不思議な井戸を訪れました。ときどき盗賊やアルカイダのメンバーなどもやってくることもありましたが、その井戸は大変なお金持ちになりました。
 ある日、井戸は人間になって、町のお祭りに行きたいと願いました。
すると、とっくに商人になって、ラクダに乗って歩いていました。
 町へやってくると、たくさん酒場があり、10軒ほどハシゴをしました。
「次はどこへ行こうかな。そうだ、ベリーダンスを観に行こう」
 そういって、賑やかなベリーダンスのお店に入りました。
 おへそが見えるキラキラ輝いたおしゃれな衣装を身に着けたダンサーの踊りを観ながら、井戸は大変ご機嫌でした。
 帰ってきてからも、井戸はたびたび人間になって、町に出かけるようになりました。





(未発表童話です)



2016年10月15日土曜日

クモの巣館

 忘年会が終わってすっかり酔っ払って歩いていた会社員が、信号待ちをしていたタクシーを拾いました。
「南町3丁目までお願いします」
すぐにうしろのドアが開いて、会社員を乗せてタクシーは走り出しました。
会社員はすぐにウトウトと眠り込んでしまいました。
 ごとんごとんー。
その音で眼が覚めました。
「なんだ。道路工事でもやってんのか、ずいぶんでこぼこ道だなあ。家まではきれいな道ばかりのはずなのに」
思いながら、ふと窓ガラスに目を向けました。
「あれ、おかしいな。真っ暗闇だ」
よく見ると、どこかの山道を走っているみたいです。月が少し出ていたので、うっすらと外の様子がわかりました。酔いも覚めてしまい、ふと運転席を見たとき、驚いてしまいました。
人が乗っていないのです。不思議です。運転手がいないのに、ハンドルだけが勝手に動いているのです。
「い、いったいこのタクシーは何んだ。まてよ、まさか。俺は夢を見てんじゃないだろうか」
そう思ってほっぺたをつねってみましたが、痛かったので夢ではないとわかりました。
 やがて眼の前に、明かりが見えました。こんな山の中に家があるのです。近づいて行くとそれは一軒の古びた洋館でした。ホラー映画に出てくるような不気味な館なのです。
 門を通って中庭へ入り、玄関の前でタクシーは止まりました。運転手がいないので、料金をソファーの上に置いて降りました。
「幽霊屋敷かな。困ったなあ。どうしよう」
考えていると、玄関のドアがギーと音を立てて自然に開きました。
ぞっとしましたが、会社員は今夜はここに泊めてもらおうと思いました。中に入ってみると、部屋の中は真っ暗で何も見えません。
 ふと、綿毛のようなものが顔にひっつきました。驚いてライターを取り出して火を着けてみるとびっくりしました。
「部屋中、蜘蛛の巣だらけだー!」
叫んでしばらくしたとき、部屋の奥で、キラリと何かが光りました。会社員は驚いて玄関から逃げようとしましたが、ドアには鍵が掛けられていて開きません。そのうち片方の足が蜘蛛の糸に絡んで歩けなくなりました。凄い粘着質の糸でなかな取れないのです。
 慌てていると、その光がゆっくりとこちらへ近づいてきました。
会社員は、はじめその光が何なのか分かりませんでしたが、ライターの火をもう一度着けたとき、その正体がわかりました。それは体長2・5メートルほどもある大蜘蛛の目だったのです。
「助けてくれー!」
会社員は、ライターの火で絡まった片足の糸をなんとか取り除いてしまうと、そばの地下室へ降りる階段の方へ走って行きました。その後を追って大蜘蛛がゆっくりと近づいてきました。
 ライターの火をたよりに、階段を降りて行くと、暗闇の向こうでも、また何かが光りました。
「まさか」と思ったとき、そばの蜘蛛の糸が身体に巻き付いて、まったく身動きがとれなくなりました。
 階段の上からはさっきの大蜘蛛がゆっくりと降りてきます。口ばしを小刻みに動かしながら、蜘蛛の巣にかかった獲物のすぐそばへやってきました。
 そして、動けなくなった獲物の身体をしっかりと6本の足で掴むと大きな口を開けました。鋭い牙がきらりと光りました。
「ああー、もうダメだ。食われるー!」
暗闇の中で、会社員の悲鳴は次第に聞こえなくなりました。・・・ 

 翌日の晩のことです。一組の礼装をした西洋人の夫婦が、ハンドルだけが勝手に動いている運転手のいないタクシーに乗って、この館から出て行きました。タクシーは町のオペラ館に向かっていました。
 タクシーの後部座席では、夫婦のこんな会話が聞こえてきます。
「昨夜はいい獲物だったね。大蜘蛛に変身したのがよかった。これからも同じ手でいこう」
 夫人も、
「そうね、コウモリや狼なんかに化けて、あちこち出歩くのもめんどくさいからそれがいいわ。でも、この国の男性の血は、トランシルヴァニアの男性より美味しくて驚いちゃった」
 亭主も、にこにこ笑いながら、
「わしもたっぷり頂いたよ。さあ、早く行こう、今夜のオペラが楽しみだ」
 タクシーはスピードを上げて走って行きました。 




(未発表童話です)



2016年10月4日火曜日

観覧車とゴンドラ

 遊園地の中で、今日も観覧車がお客さんを乗せてゆっくりと動いていました。何十個もあるゴンドラたちも上に行ったり、下に行ったり楽しそうに動いていました。
 でも、ゴンドラの中には個性があって、高い所が好きなものと嫌いなものがいるのでした。新しく取り換えられた怖がりのゴンドラは頂上へ連れて行かれると、ガタガタと体を震わせたり、真っ青になって声をはりあげたりしていました。
「ああ、おれはゴンドラになる前は、マンホールの蓋だったんだ。古くなって溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、いつもは地面にいたから、高い所は大の苦手だ」
「おれは、船の錨だったんだ。廃船になってゴンドラになったのだが、海の中は平気だけど、高い所は大嫌いだな」
 となりのゴンドラも、
「おれは、野球場の金網だったんだ。サビが酷くなって取り外されて、やっぱり溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、野球を観るのは好きだけど、高い所はダメだな」
 新しく取り換えられたゴンドラたちは、そんなことを呟いていました。でも、遊園地が始まって観覧車が動き出すと、否応なしに上まで連れて行かれるのです。
「新入りさん、怖いのは最初だけだよ。すぐに慣れますよ」
 観覧車はいいますが、上へ上へとあがっていくうちに、あちこちのゴンドラから悲鳴が聞えてきます。ゴンドラの悲鳴だけならいいのですが、ガタガタと体が揺れるものですから、乗っているお客さんたちも怖がって悲鳴をあげたりします。
 遊園地が終わると、観覧車も停止して、夜はゴンドラたちはぐっすりと眠ります。運の悪い怖がりのゴンドラは高い所で夜を明かさなければいけません。一番頂上に停止しているゴンドラなんかは一睡も出来ずに、翌日は睡眠不足で眠そうに動いていました。
「こんなことだったら、もっとほかの職場で働きたかったなあ」
と怖がりのゴンドラたちは後悔していました。
 ある夜のこと、明るいライトに照らされた賑やかな遊園地の向こうの松林の方から、ドーン・ドーンという凄い音がして夜空がぱーっと明るくなりました。それは夏恒例の花火大会で、松林の向こうで花火を打ち上げているのです。低い所からはよく見えないので、ほかのゴンドラたちは、観覧車に「早く上に行ってくれ」と叫んでいました。
 最初、怖がって、いつもは目をつむってばかりいた新入りのゴンドラたちも、しまいには花火をよく見たいのか、背伸びをしながら光っている夜空を見上げていました。
 観覧車の頂上で観る花火は、本当にきれいによく見えました。花火が光っているすぐ下は静かな海でした。海面にも花火が写って、なんともいえない景色なのです。
 翌日は雨が降りました。雨が上がったあとに虹が出ました。虹の橋は海の向こうまで続いていました。水平線の向こうに船が見え、煙を吐きながら走っていました。
 船の錨だったゴンドラは懐かしそうに、
「もっと早く上に行ってくれよ、よく見たいから」
と観覧車を急き立てます。
 船の向こうには夏の雲が広がって、野球場の試合をいつも観戦していた金網だったゴンドラも、夏の雲を思い出しながら、
「もっと早く動いてくれよ、雲が見たいから」
とか叫んでいました。
 そんなことがあって以来、怖がりだったのゴンドラたちも、みんな頂上へ行くことが平気になりました。




(未発表童話です)



2016年9月24日土曜日

温泉へ行くビーナス

 公園の噴水のところに若いビーナスの像が建っていました。建てられた頃は、肌はすべすべで、着ているドレスも真っ白でしたが、長い間、風雨にさらされてずいぶん汚れていたのです。
 月に一度、公園の管理人さんが水道の水で洗ってくれますが、石鹸もシャンプーも使わずに、ブラシでゴシゴシ洗うものですから、あちこち傷もできていたのです。
「ひどいおじさんだわ。わたしを自動車か何かと間違えてやしないかしら。ああ、美しかったあの頃に戻りたいわ」
ビーナスの像は、いつもそんな不平をもらしていました。
 ある年、公園の近くに温泉が出来ました。町の人たちは、よくその温泉へ出かけました。昼間でも駐車場は車が一杯で、施設の中には、自動販売機コーナーや喫茶店もありました。
 ある日、小鳥たちにその話を聞いたビーナスの像は、自分も温泉に行きたくなりました。
「昼間は人が多くて無理だけど、閉店間際だったら十分に行けるわ」
 決めてしまうと、すぐに実行してしまうビーナスだったので、その夜さっそく出かけて行きました。
 温泉へやってくると、塀を登り、中庭を通って、女性専用の露天風呂へ行きました。途中で人に出会ったら、ポーズをとってその場に立っていました。
 白い湯けむりが向こうに見え、そばまでやってきました。人がいなくなるのを待ってから、こっそりと露天風呂に入りました。
 人が入ってくると、すぐに湯船から飛び出て、壁のところでポーズをとって立っていました。
 女性客は、まったく気づかずに、みんなゆっくり湯船に浸かっていました。
 だけど、出かける回数が増えてくるうちに、だんだんとビーナスの行動も大胆になってきたのです。女性客が入りにきても、そのまま平気で湯船に浸かっているのです。
「あら、いつも来てる西洋の女性だわ、でも肌が白くて本当にうらやましいわ」
女性客たちは、みんなビーナスの美しさに見惚れながらそんなことを呟いたりしていました。
 いつも身に着けているいっちょらいの絹のドレスも洗って、乾くまで自動販売機コーナーのソファーに座ってのんびりしていました。ときどき女性客が話しかけてきます。
「お生まれはどちら」とか「この国にはもう長く」とか尋ねてきます。
 ビーナスも調子に乗って、
「フィレンツェから参りました。日本へ来てもう20年になります」
とか答えていました。
 たまに、ジュースなんかをおごってもらって、閉店までいることもありました。
そんな風に、三日置きくらいに、この温泉へやってきてはさっぱりして公園へ帰って行きました。
  この公園には、もうひとつ像が建っていました。ビーナスの像と50メートルほど離れたポプラの木のそばにダビデの像がありました。
 ある日、ダビデの像は、小鳥たちからどうしてビーナスの像がいつもあんなに美しくピカピカニに光っているのか教えてもらいました。
「なるほど、そうだったのか。じゃ、わたしも温泉へ行ってみよう」
 ところが困ったことがありました。ダビデの像は、素っ裸だったからです。この姿で歩いて行って誰かに見られたら大変です。それで、ポプラの葉っぱでこしらえた手作りのパンツをはいて行くことにしました。
 その夜、ダビデの像はやっぱり閉店間際に温泉へ出かけて行きました。
温泉の塀を登って、男性用の露天風呂へ行きました。ビーナスと同じようにお客に出会ったら、壁のそばで、ポーズをとって立っていました。
 お客がいなくなると、急いで湯船に入りました。
「いやあ、最高にいい気持ちだ」
 そうやって、ダビデの像も頻繁に温泉へ入りに来るようになりました。
そして、やっぱり慣れてくると、お客がやってきても平気な顔で湯船に浸かっていました。
 ときどき、お客がそばにきて、パイプをぷかぷか吹かしながら、
「見事な体格ですな。どんなスポーツやってんですか」とか、「今度の市民マラソンに出てみませんか」とか話しかけてきます。
 そのうち、そのお客とたびたび出会うようになり、何度も市民マラソンに誘われているうちに、とうとう参加することになったのです。
「勝てるかどうかわかりませんが、じゃあ、やってみましょう」
 ダビデの像はあまり乗り気ではなかたのですが、マラソン大会の結果は、2位との差を10分も引き離して見事優勝したのです。優勝のトリフィーも貰って、にこにこと公園へ帰ってきました。
 そんなことなど知らないビーナスの像は、いつものように温泉に入りに来ていましたが、ある夜、女性客から、市民マラソンのことを聞いたのです。
「今年の優勝者は外国人の若い男性で、ダビデという人なんだって」
ビーナスの像はそれを聞いて、
「もしかして」
と思って、50メートル離れたポプラの木の方を見ました。ダビデ像の傍には優勝トロフィーが置てあり、ダビデの像がにこにこ微笑んでいました。
「わたしもあんなトロフィーがほしいなあ」
 思っていると、小鳥がやってきて、いい事を教えてくれました。それは、秋にこの町で、ミス・コンテストの大会があるから出てみてはという話でした。
 もちろんビーナスの像は出てみようと思いました。
「それじゃ、いまから美容トレーニングしなくちゃね」
 ビーナスの像は、それからはより美しくなるために、温泉へ入りに行く以外にも、深夜、ランニングに行ったり、ヨガをやったり、ストレッチ体操をするようになりました。 






(未発表童話です)



2016年9月13日火曜日

カメの絵描きさん

 春になって、カメの絵描きさんは写生をしに外へ出かけました。甲羅の上に、絵を描く道具を乗せて、のろのろと田舎の道を歩いて行きました。草むらにはスミレの花や菜の花がきれいに咲いていて、お日さまもにこにこ笑っています。
「さて、さて牧場は、まだ見えてこないかな」
 去年の春も、牧場へ行き、原っぱで草を食べている牛たちの絵を描いたのです。今年も、牧場の牛たちを描いてみようと思ったのです。
でも、牧場まではずいぶん距離があるので、甲羅の上にはちゃんとお弁当を積んできました。首にも水筒をぶらさげて、のどが乾いたら飲んでいきました。
 二日間歩いて、ようやく行く手に牧場が見えてきました。遠くの方からモーモーという牛たちの声が聞こえてきます。
「やあ、懐かしい声だ。今年もいい絵が描けそうだ」
石ころをよけながら、カメの絵描きさんは、楽しそうに歩いて行きました。
 やがて牧場の牛舎の見えるところまでやって来た時です。
「何だ、あれはー」
カメの絵描きさんは、びっくりして叫びました。
 牛舎のすぐうしろの原っぱに変な風車が建っているのです。周りに柵がしてあって、ずいぶん背の高い風車なのです。
「去年はこんなものはなかったのに」
 それは、灰色に塗装された風力発電用の風車でした。
 見ると、その向こう側にも別の風車が建っています。同じ灰色をしてずいぶん馬鹿でかいのでよく目立ちます。それでも風景と合っているのならいいのですが、ぜんぜん合っていないので困るのです。
「これじゃ、いい絵が描けないぞ」
 カメの絵描きさんは困り果てて、あちこち歩いて絵になる場所を探しました。でも、遠くの方にも風車が建っているので、なかなか構図が決まらないのです。これではいい絵が描けません。
「ああ、がっかりだ。オランダに建っているような風車だったら絵になるのになあ」
 肩を落としていたカメの絵描きさんでしたが、いいことを思いつきました。
「そうだ、牛さんたちに頼んで、場所を移動してもらおう」
 カメの絵描きさんは、牛たちのところへ歩いて行きました。
「こんにちは、みなさん」
 草を食べていた牛たちが振り返りました。
「なんだね」
「絵を描きたいんで、となりへ移動してくれませんか」
「はあ、どうしてだい」
「うしろに風車が建っていて、いい絵が描けないんですよ」
「ああ、あれか、最近はいくつも建ててるやつか」
「竹とんぼのお化けのようで、まったく絵になりません」
「そうかい、じゃあ、わかった」
「お礼に、絵を一枚差し上げますよ」
牛たちは、こころよくとなりへ移動してくれました。
 カメの絵描きさんは、ほっとしながら甲羅の上に積んできた絵の道具を降ろすと、さっそく準備をはじめました。草の上に腰を下ろして、スケッチブックを広げ、最初に鉛筆で下書きしてから、パレットの上に絵具を出して、絵筆を水筒の水に浸しながら描いていきました。
 夕暮れまで描き続けて、たくさん描けました。鉛筆スケッチも何枚も描いたので、牛たちに何枚かプレゼントしました。
 その夜は、牧場の草の中でゆっくり眠ってあくる朝、この牧場から出て行きました。
 帰りは、去年と同じように牧場のそばを流れている小川を泳いで下って行きました。歩かなくてもいいので帰りは楽でした。
 ところが、川を下りながら周囲に目をやると、驚きました。
どこの原っぱを見渡しても、竹とんぼのような風車が建っているのです。
「ああ、こんなにたくさん建ってたら、これから風景画が一枚も描けなくなるな」
 家に帰ってから、カメの絵描きさんは、電力会社に電話をかけました。
「この土地で暮らしている絵描きですが、風力発電用の竹とんぼのような風車のデザインが悪いので、いい風景画が描けません。もっと風景と合ったものを建てて下さい」
 電話を受けた職員の人は、はじめびっくりして聞いていましたが、
「そうでしたか、参考になるご指摘ありがとうございました。今後、社の方で検討させていただきます」
 職員の人はそう答えてくれました。






(未発表童話です)



2016年9月3日土曜日

白馬の騎士とフリーデリケ

 そのお屋敷には三人の姉妹が、お母さんと一緒に楽しく暮していました。今日は、この国の王様が毎年開く、お城での大舞踏会がある日です。
 みんな朝から何度もドレスを着替えたり、お化粧した顔にまたお化粧したり、それはそれは忙しい日でした。
 ところが、一番下の妹は、今年も舞踏会に出かけないのです。
「フリーデリケ、今年もまたお留守番?」
お姉さんたちが、心配そうに聞きました。
「ええ、わたしのことは心配しないで、みんなで楽しい舞踏会へ行ってらっしゃいね」
フリーデリケは、馬車で出かけていくお姉さんたちを、うらやましそうに見送りました。
 そのとき、夜空の向こうから、翼の生えた白馬に乗ったひとりの騎士が、この家のベランダへ舞い降りてきました。
「お嬢さん、なんて悲しそうな顔をしているのですか」
白馬の騎士は、娘のそばへやって来ていいました。
「だってわたし、今年もお城の舞踏会に出られないんですもの」
「そうでしたか。からだに合うドレスが見つからないんですね」
「そうなのよ。わたし、去年よりも、こんなに太っちゃって、とても恥ずかしくて舞踏会へいけないのよ」
食いしん坊の娘は、顔を赤らめながらいいました。
「それじゃ、わたしの国の舞踏会へいらっしゃい。今夜、わたしのお城で仮装舞踏会が開かれるんですよ」
「仮装舞踏会?」
 フリーデリケは、それを聞くとにっこり笑いました。だって、仮装をすれば、この太った体をうまくごまかすことが出来るからです。
「それじゃ、出かけましょう、お嬢さん。しっかりつかまってて下さいよ」
白馬の騎士は、娘を馬に乗せると、空の上にあるそのお城へ行くことにしました。
白馬は、少し重そうな様子で、羽ばたきをしながら、お城へと向かいはじめました。
 やがて、雲の隙間から、うっすらとお城が見えてきました。そのお城は、切り立った雲の岩の上にありました。
 お城の門をくぐり抜けると、大広間の方から、華麗なウインナ・ワルツが聴こえてきました。
「お嬢さん、もうすぐ舞踏会がはじまりますよ。わたしたちも、控え室へ行って仮装服を身につけましょう」
 そういって、白馬の騎士は、馬を地上へ降ろしました。それから二人はいそいで控え室へ行くと、仮装服を身につけることにしました。
 フリーデリケが選んだ服は、かわいい白くまのぬいぐるみでした。白馬の騎士が選んだ服は、ライオンのぬいぐるみでした。
 すっかり、用意の整ったふたりは、手をつないで、舞踏室へ入っていきました。真っ赤なじゅうたんの上では、たくさんのお客さんたちが、様々な仮装服を身につけて、楽しそうにおしゃべりをしていました。
 やがて、室内オーケストラが、「美しき青きドナウ」の曲の演奏をはじめると、会場のお客さんたちは、みんな曲にあわせてワルツを踊りはじめました。フリーデリケも白馬の騎士を相手にしながら、一緒に踊りました。明るいシャンデリアの光のもとで、舞踏室は大にぎわいです。
 踊りながらフリーデリケは、こんなことを考えていました。
「いまごろ、おねえさんたちも、地上の王様のお城で、楽しそうに踊っているでしょうね。でも、わたしのほうが、もっと楽しいわよ。こんなすてきな男性と踊れるんですもの」
 しばらくして、このお城の王様が、家来をしたがえて、舞踏室へ入って来ました。
「みなさん、今夜は、よくいらして下さいました。どうか、時間のゆるすかぎり、ゆっくりくつろいでいって下さい」
 王様のあいさつが終わると、また、ワルツが流れはじめました。
「さあ、もう一曲踊りましょう」
白馬の騎士がいうと、フリーデリケは、ちょっと顔を赤らめながら、
「ええ、お願いします。でも、わたしとても緊張したせいか、お腹がぺこぺこなのよ」
「そうでしたか、それは気づきませんでした。では、食堂へ行きましょう」
 二人は舞踏室から出ていくと、食堂へ向かいました。
 食堂へ行くと、大きなテーブルの上に、豪華な料理が並んでいました。
「さあ、どうぞ、たくさん召し上がってください」
 フリーデリケは、はじめ控えめに食べていましたが、やがて、がつがつといせいよく食べはじめました。
 それを見ながら、白馬の騎士は、
「ずいぶんお腹が空いていたんですね。さあ、ご遠慮なさらずに、たくさん食べてくださいよ。食事がおわったら、わたしの両親を紹介しますからー」
 そういうと、白馬の騎士は食堂から出ていきました。
しばらくして、すっかりお腹がふくれたフリーデリケが舞踏室へもどってくると、王様のそばで、白馬の騎士が待っていました。
「さあ、こちらへいらして下さい。父上、この方が、わたしのフィアンセです」
 それを聞いて、フリーデリケはびっくりしました。
「え、このわたしが、フィアンセですって。そうだったの。この方は本当の王子さまで、わたしのことが好きだったんだわ」
 フリーデリケが、とまどっていると、王様がにこにこしながらいいました。
「どうですかな、お嬢さん。あなたさえよければ、わたしの息子の嫁になってやってはくださらんか。そしたら将来あなたはこの国の王妃さまですよ」
「王妃さま!」
フリーデリケは、それを聞いて、こころの中でにっこり笑いました。
(王妃さまになれるなんて、こんなチャンスは、めったにないわ。毎日、きれいなドレスが着られるし、おいしい料理もたくさん食べられるし、どうしようかなー」
 すると王子さまも、念をおすように、
「どうかお願いします。ぜひとも、わたしの妃になってください」
 フリーデリケは、二人に頼まれているうちに、すっかりその気になってしまい、その場で妃になることを決めてしまいました。
「みなさん、今夜はめでたい夜になりました。さあ、もっと踊りましょう。音楽開始!」
王様のかけ声で、室内オーケストラが奏ではじめたのは、喜歌劇「メリー・ウイドウ」からの愛らしいワルツです。フリーデリケは、夢うつつの気分で、王子さまと踊りはじめました。
 翌日、ずいぶんと早い盛大な結婚式が、お城の中で開かれました。
フリーデリケが、純白のウエディング・ドレスを身につけて、王子さまと式場に現れたとき、お客さんたちは、みんな盛大な拍手を送りました。ふたりは、みんなの祝福を受けながら指輪の交換をしました。
 そして、披露宴会場では、たくさんのお客さんたちと一緒に、楽しい食事をすることになりました。
ところが、朝から緊張の連続で、すっかりお腹がぺこぺこだったフリーデリケは、はじめは、お客さんたちと話をしながら、ゆっくりと食べていましたが、やがて、食べることばかりに夢中になってしまいました。そして、いつものように、つぎつぎとお料理を平らげていきました。
お客さんたちは、その見事な食べっぷりにみんな驚きましたが、
「いいではないか。健康そのものじゃ」
王様がいうと、みんな、またにこにこと笑って、食事をはじめました。
 やがて、結婚式もぶじに終わり、フリーデリケは、お城の中でいつものように楽しい毎日を送ることになりました。
 ところが、何日かすると、お母さんのことや、お姉さんたちのことが頭に浮かんできました。
「いま頃、家の人たちは、何をしているのかしら。だまって出て行ったわたしを、みんなで探しているのかしら」
そんなことを考えていると、またお腹がすいてくるのでした。
 フリーデリケは、お城の食堂へ行っては、お菓子を食べたり、果物を食べたり、ワインを飲んだりして、そんな気持ちをまぎらわせていました。
 けれども、心配ごとは、そればかりではありません。お城には、毎日のように、お客さまがおいでになるので、フリーデリケは、緊張の連続です。お客さまが帰ったあとは、いつも食堂へむかいます。そして、食べる量も日に日に多くなっていきました。
 そんな生活が一年もつづくうちに、お城の食べ物がだんだんと無くなってきました。
「これは、困ったことじゃ、わしらの食べ物も無くなりはしないか」
王様も、お妃さまも、王子さまも、気が気ではありません。
「なんとか、姫の心配ごとを、なおしてやらなくてはいかんな」
みんなが、そんなことを考えているうちにも、フリーデリケは、さかんにお城の食べ物を食べあさります。
食堂が閉まっているときは、お城の庭に植えてある、イチゴやナシやオレンジなんかを、むしゃむしゃと食べるのです。
 そのうちに、庭の果物を食べ尽くしたフリーデリケは、こんどは、お城を抜け出して、近くの農家へ行くと、ぶどうやさくらんぼ、スイカにメロンに、きゅうり、レタスまで食べてしまうのです。
ですから、農家の人たちが、毎日のように、お城へやってきては、王様に苦情を訴えにきました。見かねた王様は、王子さまと相談して、お姫さまを、下界の家へ帰らせることにしたのです。
 翌日、フリーデリケは、王子さまと一緒に、白馬に乗って、お城から出ていきました。そして、なつかしい自分の故郷の家へと向かいはじめました。
 白馬は、来たときよりも二倍も、三倍も体重の増えたフリーデリケを乗せながら、汗をかきかき、ずいぶん苦しそうに飛んで行きました。
 やがて、雲の下に、フリーデリケが住んでいたお屋敷が見えてきました。
「フリーデリケ、なごり惜しいけれど、これでお別れだね。いつまでも、しあわせに」
そういって、寂しそうにしているフリーデリケに、王子さまがお別れの口づけをしようとした時、緊張のあまり、からだのバランスを失ったフリーデリケは、白馬の背中からずり落ちると、そのまま真っ逆さまに、地面に向かって落ちていきました。
 王子さまは、落ちていくフリーデリケを助けることも出来ずに、ただ口を開けて心配そうに見ているだけでした。
(どしーんー!)
 耳をつんざくような大きな音がしたかと思うと、フリーデリケは、いつも見慣れている自分の部屋のベッドの下で、目をさましました。
舞踏会から帰って来たばかりの、お姉さんたちが、その音を聞きつけて、どかどかと部屋へ入ってきました。
「フリーデリケ大丈夫、また寝ぼけてベッドから落ちたのね。でも、今夜はどんなすてきな夢を見ていたのかしら」
 お姉さんたちの問いかけに、フリーデリケは、眠気まなこで、空の上のお城へ行ったことをはなしました。でも、いつものようにお姉さんたちは、ぜんぜん信じてくれませんでした。
 けれども、フリーデリケの指には、王子さまから貰った結婚指輪が、しっかりとはめられていたのを、彼女自身もそのときにはぜんぜん気づいていませんでした。 

              




(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)



2016年8月25日木曜日

音痴な小鳥

 すごい音痴な小鳥がいました。
いつも林の中で、朝から晩まで大きな声で鳴いていました。
なかまの小鳥たちは、その鳴き方が変なので、いつも困ったものだと言い合いました。
「あんなひどい音痴では、ぼくたち鳥仲間の品格にかかわる。どうにかならないものかなあ」
 だけど、その小鳥はそんなことにはおかまいなしに、いつも同じように鳴いていました。
 ある日、村の子供たちが、この林に遊びにやってきました。なかに小さい子供たちもいました。
 幼稚園の先生からいつも、
「小鳥さんは歌がじょうずだから、小鳥さんのように歌ってごらんなさい」
と教えてもらっていました。
 小さい子供たちは木の上から聴こえてくるその小鳥の歌声をきいて、いつも練習をしました。
ところが、ある日、幼稚園の歌の時間のとき、子供たちの歌を聴いて先生はびっくりしました。
「みんなの音程がずれてるわ。誰のまねをしたのでしょう」
子供たちに尋ねてみると、小鳥さんのまねをしたことを話しました。
 またある日のことでした。
この村で一番、詩吟のうまいお百姓のおじいさんが、いつものように、家の近くの林の中で練習をしていると、どこからか変な鳴き声が聴こえてきました。
「ずいぶんひどい鳴き方だ。困った小鳥だな」
 はじめは気にもせずに練習をしていましたが、だんだんと自分の音程もおかしくなってきたのです。
 秋の詩吟コンクールのとき、とんだめにあいました。いつもの年なら上位入賞のはずなのに、音程がずれているので予選で落ちてしまいました。
 頭にきたおじいさんは、今度あの小鳥を見つけたら、撃ち落として焼き鳥にしてやろうと文句をいいました。
 音痴な小鳥は、ひさしぶりに町へ行きました。
町の公園へ行ってみると、たくさんの親子連れが来ていて、子供たちがブランコやシーソーにのって遊んでいました。
 噴水のそばのベンチでは、アベックや年寄りが腰かけて、池の中を泳いでいる鯉や金魚にエサをやっていました。
 公園の片隅で、ひとりのアコーディオン弾きが、子供たちに演奏を聴かせていました。小鳥も、そばの木の枝にとまって一緒に聴いていました。
 子供たちは、アコーディオンの伴奏を聴きながら、一緒に歌いはじめました。
それをきいて小鳥も歌いました。
 ところが、いくら歌ってもみんなと音程が合いません。それにアコーディオンの伴奏とも合わないのです。
「おかしいな。どうしてだろう」
なんども歌っているうちに、その理由がわかってきました。
「そうかぼくの歌い方がおかしいんだ」
小鳥はそのときはじめて、自分の音程がずれていることに気づいたのです。
小鳥は、なんだかはずかしくなってきました。いまのうちに治そうと思いました。
 そして夕方までみんなに合わせて歌っていると、みんなと同じように歌えるようになりました。
「よかった、よかった。これで村へ帰ってもは安心だ」
 小鳥はそういって町から出て行きました。





(未発表童話です)



2016年8月15日月曜日

丘の上の作曲家

 村からはずいぶん離れた静かな緑の丘の上に、一軒の小屋が建っていました。その小屋には三年も前からひとり暮らしをしている作曲家がいました。
 以前は町で暮らしていましたが、騒音が嫌いで、この静かな田舎へやってきたのです。
 町ではアパートに住んでいましたが、赤ん坊の泣き声や自動車の音、工事現場から聞こえる騒音で仕事がはかどらず、ここへやってきたのです。
 急いでやってきたので、ずいぶんいろんな物を忘れてきました。でも重たいピアノと五線紙ノートと筆記用具だけは忘れませんでした。この作曲家にとってほかの物はさして重要でもありませんでしたから。
お腹がすけば、山へ行って木の実やキノコを採ってきて食べたり、川へ行って魚を釣ってきたりしました。
 作曲家の毎日の生活は、おおよそ次のようなものでした。
 まず、朝ごはんを食べてから散歩に出かけます。近くの森へ入り、梢から聞えてくる小鳥の声に耳を傾けます。落ち葉のところで這いずっているカマキリ、クツワムシ、テントウムシの足音、花の蜜を探しているミツバチや熊んバチの羽音、そんな音にも静かに耳を傾け、五線紙ノートに書き込みます。家に帰ってから自分の作品にそれらの音を取り入れるためです。
 だけど、この作曲家はこれまでほとんど作曲の注文を受けたことがありません。いつも自分でもこういってます。
「おれは一生、無名の作曲家で終わりそうだ」
そうはいっても、過去にいくつかの仕事を引き受けたことがありました。ひとつは映画音楽の仕事でした。低予算のメルヘン映画で、この作品に音楽を付けたのです。
 ロシアの昔話をもとにした映画で、付けた音楽は自分では気にいっていましたが、映像担当者がぜんぜん才能がなく、音楽と映像がまったく合いません。監督とも肌が合わなかったので、出来上がった映画は完全な失敗作に終わりました。
 学校から校歌を依頼されたこともありました。でも斬新過ぎるという理由で採用されませんでした。そんなことで一時期仕事を休んでいたのですが、ある日、丘の原っぱの道を散歩していたとき、一人の詩人さんと出会ったのです。
 いろんな土地を旅している人で、見るからに風変わりな人でした。でも詩才はあり、この詩人の詩と自分の音楽はどこか共通するところがあったのです。
 お互いに付き合いながら、ある日、二人で歌曲を作ってみようかということになりました。詩人さんがこれまで書いていた詩を全部見せてもらって、曲が付けられそうな詩を選びました。
 選んだ詩は、次のようなものでした。
第1篇「世間から追い出されて」、第2篇「旅から旅へ」、第3篇「私はどこを彷徨うか」、第4篇「沼のほとりで」、第5篇「夕暮れの道」などです。
 ボヘミアン的なところはありますが、静かで落ち着いた詩が多く、これらの詩に曲を付けていきました。
 数週間後、出来上がった歌曲をピアノ伴奏で一緒に歌ってみました。二人とも大変満足でした。
知り合いの楽譜出版社に送ってみると、採用されてかなりの数が売れたようでした。
 それからも二人で歌曲を作っていきましたが、性格の違いから、共同作業は長くは続きませんでした。
「きみと一緒に仕事をするのは無理だ」
といって別れてしまったのです。
仕方なく作曲家は、別の仕事を探すことにしました。
 久しぶりに丘を降りて、町へ行ったとき、ひとりの船乗りに出合いました。居酒屋でお酒を飲んでいた時でした。いろいろと海の暮らしのことを聞きながら、自分も船に乗ってみたくなりました。
「世界の海を旅したら、海をテーマにした音楽が書けそうだ」
決断するとすぐに船に乗ることに決めました。
 ある日、その船乗りの紹介で、外国行きの貨物船に乗りました。ずいぶんくたびれた赤サビだらけの老朽船でした。仕事は甲板掃除やペンキ塗りばかりでしたが、非番のときは、デッキで海を見ながら、音楽のイメージを膨らませました。
 出港してからすぐに船酔いに悩まされましたが、十日もするとそれにも慣れました。
 航海中は、嵐にも出会わずシケた日は一週間程度で済みました。
広い海を毎日見てると、いろんなものに出合います。水平線の向こうにイルカの一群に会ったこともあります。すごいスコールにあって、その雨で、髪の毛を洗ったこともありました。
 一番神秘的だったのは真夜中に、くらげの一群にあって、水面が星のようにキラキラと輝いている情景でした。それらの体験を、すべて音楽として表現することに夢中でした。
 狭い船室のベットの中で、五線紙を広げて、鉛筆で音符を書き込んでいく作業が航海中続きました。
 ときどき船員たちのいびきの音や、調子はずれの歌声に悩まされたりしましたが、それでも航海中に、ほとんどの曲が出来上がっていきました。
 目的の国へ着くと、荷物の積み下ろし作業で忙しく、作曲ははかどりませんでしたが、町へ行くと久しぶりに、むこうの珍しい料理を食べたり、映画を観に行ったりしました。
 数日間その国でのんびりしてから、帰路につきました。
帰りの航海でも、印象に残った風景などを音楽にまとめて、半年後に船を降りて、丘の家に帰ってきました。
 久しぶりに見る丘の景色は、いつものようにのどかで、美しい花々に覆われていました。上着のポケットには、船会社から貰った給料袋も入っており、そのお金で、おいしい食べ物を食べに町へ行ったりしました。
 そして、船の中でほとんど出来上がったスコアを、部屋の机の上に広げて、毎日見直していきました。
 100ページもあるスコアの最初のページには、交響詩「海の風景」とちゃんと標題が書き込まれています。スコアを修正しながら、
「この作品が見事出来上がったら、町のオーケストラ指揮者に観てもらおう。上手くいけば町の音楽ホールで演奏してもらえるかもしれない」
 そんなことを呟きながら作曲家は、今日も部屋の机に向かってペンを動かしています。





(未発表童話です)



2016年8月6日土曜日

骨になった男

 おれは、太陽ががんがん照りつけている熱い砂漠の上を、意識もうろうとしながら歩いていた。
「どうしておれは、こんな所にいるのだろう」
 そう考えたが、日射病のせいなのか、まったく頭が回らず、過去の出来事も、自分が何者であるのかもまったく思い出せないのだった。
 暑い。おれは、腰にぶらさげた水筒を掴むと、栓を開けて口の中へ流し込んだ。
ごくん。生暖かく、美味くもない水なのだが、今のおれの命をつないでくれる貴重な水なのだ。
(これで、あと二キロは歩けるだろう)
 そう思いながら、なにげなく、水筒をゆすってみた。ところが、わずかに底の方で小さな音が聞こえるくらいで、あと一口飲んだら水筒は空になってしまうのだ。
おれは、自分の命が長くないことを悟った。
(これで、おれもおしまいか)
 そんなことを考えると、もう歩く気力が無くなってきた。おれは、立ち止まると、しばらくうつろな目で、砂ばかりの丘を眺めていたが、やがて意識がなくなり、その場に倒れこんでしまった。
 ところが、焼けた砂の上は熱く、すぐにおれは意識を取り戻した。
(こんな所で、死ねるか)
 おれは、また歩き始めた。やがて、砂山をひとつ越えたときだった。目前の砂の上に、動物の死骸が転がっていた。それはもう真っ白い骨だけになっていて、見るに耐えない状態だった。
それを見ながら、おれは身震いしたが、同時にこのおれもあとわずかな時間で、この動物と同じ運命が待ちかまえていることを感じたのだ。
 おれは、ふと、空の上を見上げた。そのとき、新たな恐怖がおれに襲いかかってきた。空の上には、一羽の真っ黒い大きな禿鷹が、鋭い目をして、ゆうゆうと空を旋回しながら、弱りきっているおれを狙っていたのだ。
「死神だー」
 おれは、まだ禿鷹の餌にはなりたくなかったから、元気さをよそおいながら歩きはじめた。弱ったようすを見せれば、すぐにでも禿鷹はおれ目掛けて、襲いかかってくるのだから。
 けれども、おれは、すでに限界を通り越していた。最後の水を飲み干す気力もなく、再び焼けた砂の上に倒れこんでしまった。
うつろな目で空の上を眺めると、一羽だったはずの禿鷹が五羽に増えていた。そして、おれが生き絶える時を、静かにやつらは待っているのだった。
 あの耐えがたい激痛さえなければ、おれは、安らかに死んでいたのかもしれない。あまりの激痛に、おれは、意識を取り戻したのだ。禿鷹たちは、おれの身体に覆い被さるようにしながら、おれの服を剥ぎ取り、肉をついばんでいたのだ。
 おれは、もがき苦しみながら、どうすることも出来ずに我慢していたが、やがて、まったく意識が無くなってしまった。そのとき、おれはすでに息を引き取っていたのだ。
 
 長い時間が過ぎた。おれは、真っ白い骨になっている自分に気がついた。おかしなことだが、骨になってしまったら、意外と気が楽になった。もう苦しみながら歩くこともなければ、禿鷹に襲われる心配もないのだ。おれは、その後何日も砂の中で眠っていた。
 ある日のことだった。砂漠の向こうから、らくだに乗ったキャラバンの一隊がこちらへ向かって歩いてきた。キャラバンの一隊は、骨になったおれのそばにやって来ると、何故だか足を止めた。そして、ひとりの商人がらくだから降りてきて、おれのすぐそばへやって来た。
 商人は、真っ白い骨になったおれを、しばらく悲痛な顔つきで見ていたが、ふと、破れた服と一緒に落ちていたおれの手帳を見つけると、興味深そうにページをめくり始めた。そして、あるページに目がいくと、口を小さく動かしながら、おれが書いた幼稚なアラビア語を読んでいたが、読み終わると、おれの骨を何本か拾い、熱くなった骨に水をかけて、らくだの背中に掛けてある皮の袋の中におれの骨を入れたのだ。
 おれは、キャラバンの一隊と共に、らくだに揺られ、おまけに水筒の水で冷やされて、いつの間にか心地良い眠気をもよおして長い眠りについた。
 どれくらいの日数が過ぎたのだろう。おれは、やわらかく、水分をよく含んだ冷たい土の中で眠っていた。土の上からは、ぷんぷんと花の匂いが土の中までただよってくる。ここは、いったいどこなのか。安らかな気分のなかで、思考も働きだしたのか、忘れていた過去の記憶が少しずつよみがえってきた。
同時に、骨になった自分が、今は生まれた国の故郷のお墓に眠っていることにも気がついた。そして、おれが、あの暑いエジプトの砂漠を、ひとりで歩いていたそもそもの理由も思い出したのだ。
 おれは、大学で考古学を専攻する学生だった。ある年のこと、おれは、他の仲の良かった学生たちと、金を出しあって、エジプトへ遺跡の発掘調査にやってきた。子供の頃、他の学生と同じように、おれもギリシャのミケネの遺跡や、トルコのトロヤの遺跡を発掘したドイツの考古学者、ハインリッヒ・シュリーマンのように、まだ発掘されていないエジプトの遺跡を発掘することを夢見ていた。
 ある日のこと、おれたち学生は、エル・カタラという町から南へ二十キロほど離れたある村の遺跡を発掘中に、幸運にも古代の純銀の腕輪を探し当てた。見つけたのは、おれだった。
 けれども、他の学生は何ひとつ見つけることが出来なかった。おれは、いち早くみんなにそのことを知らせようと思った。ところが、どうしたことか、おれはそのことを言い出すことが出来なかった。おれは、無意識に腕輪を、ポケットの中にしまい込んでいた。
そのうち、時間が過ぎて夜になっていた。おれたちは、疲れた気分でみんな宿へ戻っていった。
 おれは、宿へ帰ってからも、腕輪のことをなんども話そうと思ったが、やはり言い出すことが出来なかった。おれは、腕輪を見つけた時、その腕輪の表面に、王家の紋章が刻まれているに気づいていた。
そうであるならば、おれたちが今掘っている、あまり深くない土の中に、古代の王が建てた宮殿あるいは墳墓が埋まっている可能性がある。もし墳墓であれば、われわれ考古学を研究する者にとって、最もよい収穫品が期待できる。なぜならば、古代の王家の喪葬は、非常に丁重であったから、財宝を含む、副葬品も豊富にあるだろう。
(そうだとしたら、とりあえずこの腕輪をお金に換えて、発掘の費用にし、おれひとりで土の中に眠る、宮殿あるいは墳墓を見つけて、その発見をひとりじめにしたい)
そんな邪悪な心が、その時のおれを支配していたのだった。
 その夜、みんなが寝静まった後、おれは、静かに宿を抜け出して、昼間の遺跡へひとりで歩いていった。
もしかして、おれが、採掘していた個所の土の中に、まだ発掘品があるのではないだろうか。おれは、かすかな期待を感じながら、土を掘りつづけた。するとどうだろう、おれの予感どおり、しばらくしてから土の中から、純金のつぼが出てきた。その時のおれの心の喜びは、言葉には言い表せないほどだった。そして、今おれが掘っている個所は、まぎれもなく、王家の墳墓がある場所だったのだ。
 その夜、おれは、一晩中採掘をつづけ、十数点ほどの貴重な、財宝を含む、発掘品を見つけ出すことが出来たのだ。
 ところが、明け方近くなった頃、村の警官がこの遺跡へやって来て、見回りをはじめたことにおれはまったく気づかなかった。
警官は、おれを見つけると、おれを捕らえようと走ってきた。おれは、発掘品を入れた袋を担いで急いで逃げるより仕方がなかった。
 おれは、無我夢中で逃げた。どちらの方角へ逃げて行ったのか、おれにも見当がつかなかった。気がつくと、おれは、ずいぶん砂ばかりの丘に立っていた。けれども、どうにか警官をうまく巻くことが出来て、おれは、ほっと安堵のため息をついた。
 夜が明けた。おれは村へ帰ろうと思ったが、それは無理だと気がついた。おれは、もうこの土地では、遺跡荒しの犯罪者になっていたのだから。
おれは、この土地から逃げ出す方法を考えたが、この土地の地理に不慣れだったので、とにかくこの村を迂回して、空港のある町へ向かって歩きはじめた。
 ところが、午後になってから、風が出てくると、見る間にそれは強風になって、砂が巻き上がり、おれは砂あらしに巻き込まれた、方角も分からなく、おれは狂ったように歩いたが、いつしか疲れ果てて砂の上に倒れ込んでしまった。
 数時間後、おれは、あらしの去った砂の上で意識を取り戻した。
けれども、自分がいったい何処にいるのか、かいもく分からなかった。発掘品を入れた袋は、砂に埋もれて、いくら探しても見つからなかった。
 おれは、自分の死を予感した。おれは、ポケットから手帳を取り出すと、覚えたてのアラビア語で、おれの犯した罪を告白すると共に、おれの死骸を見つけた人に、なんとか骨だけでも自分が生まれた国へ送って欲しいことを書いておいたのだ。
 よみがえった記憶の中で、おれは、あの親切な商人に感謝すると共に、今でも行方不明になっているおれを探している仲間の学生たちに対して、もう詫びる事も出来ないでいる。
おれは、自分の誤った行為によって、自分自身も命を失った事に、しばらくはただ押し黙ったまま、いつまでも後悔の念にかられていたが、やがて、いつしか太陽の日差しで、暖かくなってきたやわらかい土の中で、また、すやすやと眠りはじめた。
 
 どれくらい眠っていただろう、おれは、小鳥たちの楽しげなさえずりを聞いて、ふと目が覚めた。その鳴き声は、春になると、故郷の山や海の見えるこの丘の上にある墓地にもやって来るツバメの鳴き声だった。
 おれは、土の中で、そのさえずりを聞きながら、子供の頃、おれもよくこの丘へのぼって来て、このお墓のとなりにある小さな公園へ遊びに来たことを思い出した。
 おれは、長い間、故郷へは帰らなかったから、もう一度、生きていたらこの丘へやって来て、丘の上から見える美しい青い海を見たいと思っていた。けれども、その願いも、叶わないまま終わってしまった。
 そのとき、丘の下の方から、小走りにかけて来る元気のよい足音が聞こえてきた。それは、この丘の下にある、おれも、子供の頃に通っていた、小学校の子供たちの足音だった。
子供たちは、公園へやって来ると、にぎやかに遊びはじめた。ギーギーと、ぶらんこや、シーソーを漕ぐ音、それから、子供たちの笑い声が土の中まで聞こえてくる。
 おれは、その音を聞きながら、ふと、小学生の頃の自分のことを懐かしく思い出した。
おれは、子供の頃から、古代の歴史について興味があり、家にあった百科事典や、古代の偉人たちの伝記を読んで、将来は、歴史学者か、考古学者になりたいといつも思っていた。おれは、図書館から借りてきた古代史の本を読みながら、遠い昔の人々の暮らしの事や、今だに発掘されていない、世界の遺跡を、自分でも発掘してみたいと子供心に思っていた。特に、エジプトの遺跡を発掘することが、最大の夢だった。
 けれども、子供の頃から、人間性に欠けるところがあったおれは、自分の野心のためだけに目を奪われ、本来の研究者としての目的を果たす事もなく、こうして自分の命さえも失ってしまったのだ。
おれが、もし今だに、この世に生きていたなら、考古学の発展のために、もっとまじめに研究を続け、人間としても、もっと成長したかったと今は思っている。
 おれが、そんな反省めいたことを考えている間にも、公園の方からは、あいかわらず、子供たちの明るい声が絶え間なく聞こえてくる。
おれは、この美しい春の丘の情景を、いろいろと思い浮かべた。ここには、灼熱のエジプトの風景と違って、色とりどりの春の花がいたるところに咲いているのだから。
(きっと、この公園の桜の木の枝には、満開の桜の花が咲いているだろうな。そうだとしたら、この丘から見える春の青い海は、昔のように、本当にすばらしい眺めに違いない)
 おれは、子供たちの楽しげな笑い声を耳にしながら、故郷へ帰れたことをいま本当によかったと思っている。そして、おれは、この子供たちが大人になってから、おれのような愚かな行為によって短か過ぎる人生を終わらないことを、心の底から願ったのだ。






(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)



2016年7月26日火曜日

雪だるま食堂は大忙し

 冬がやってくると、町中の人たちが雪だるま食堂に電話をかけてきます。それも大雪の日なんか特に忙しくなります。
1メートルも雪が積もるとみんなスーパーにも行けないので、すぐに料理を届けてくれる雪だるま食堂が便利なのです。さっそく電話がかかってきました。
「すみませんが、トンコツラーメン2つとギョーザ2つお願いします」
「わかりました。すぐにお届けします」
 ホカホカの料理をケースにいれて、配達係りの雪だるまが、スキーをはいて出発します。
 雪で埋まった道路もすいすいとすべって、目的の家へ向かいます。
 「こんばんは」
 玄関のベルが鳴ってドアを開けると、雪だるまが料理を持ってきました。
「いつもありがとう」
 お金をもらって、雪だるまはまたスキーで帰って行きます。
 それからすぐに、次の仕事です。
「すみません。鍋焼きうどん3つとワンタン鍋2つお願いします」
「はい、すぐに持っていきます」
 次の家は、マンションでした。
 雪だるまは、さっそく出かけて行きます。
 マンションにやってくると、スキーを取りはずして、エレベーターに乗って5階の部屋へ行きます。玄関のベルを押して、
「雪だるま食堂です。ご注文の料理を持ってきました」
 「ごくろうさん、ありがとう」
 お金をもらって、またエレベーターで降りて行きます。
 しばらくすると、お店から携帯がかかってきました。
「大急ぎで、帰ってきてくれ」
 雪だるまがお店に戻ってくると、店長が、
「次は、山の別荘からだ。お寿司とお刺身十六人前と、オードブル5つだ」
 コックさんが足りなくなってくるとみんな庭に出て、雪だるまのコックさんを作って補充します。
 山の別荘へはスキーでは無理なので、スノーモービルを使って出かけます。
 雪でいっぱい積もった山道を、エンジンを全開にして登って行きます。
 グウーン、グウーン、グウーーン、グウーン、グウーン、グウーーン・・・
 行く手に別荘が見えてきました。
 玄関のベルを押して、
「こんばんは。お料理持ってきました」
「いやあ、遠い所からどうもありがとう。うまそうだ」
 お金をもらって、また山を下りて行きます。
 そのうちに雪もまた降りだしてきました。
 お店に戻ってくると、今度は、海辺の家からです。
「かつ丼3つに親子丼2つだ。たのむよ」
 今度もまた、スノーモービルに乗って配達します。
 途中で、道を間違えたりすることもありますが、平気、平気。
 そうやって冬の間中、忙しいのです。
 雪だるま食堂が、一番大活躍するのは、大雪で道路が渋滞する時です。
 何キロも車が立ち往生して、みんな家に帰れないので、お腹がぺこぺこです。そんなときは、雪だるま食堂にすごい注文が舞い込みます。
 こんなときのために、雪だるま食堂では、いつも食材をたくさん準備しているので慌てなくても大丈夫なのです。
 たくさんの注文を受けると、配達員の数も増やして、みんなスキーで運びます。渋滞して動けなくなった車の脇をすいすい通って行きます。
「お待たせしました。持ってきました」
 すっかりお腹をすかせていたドライバーたちは、みんなにこにこと食べます。
 大雪の時は、こんなに注文がさっとうするのです。
 店長も、
「これだったら、全国にチェーン店を作りたいな」
といつも言っています。
 雪だるま食堂は、こんな風にたいへん便利でたくさんの人に役立っているのです。でも、営業は冬だけなので、春になるとお店は閉まってしまいます。






(文芸同人誌「青い花第25集」所収)



2016年7月13日水曜日

炭焼き小屋の男

 森の中に、炭焼き小屋がありました。
その小屋には、なまけ者の男が暮していて、毎日仕事もしないで昼寝ばかりしていました。
 ある日その小屋へ、森の狩人がやってきました。
「ちょいとすまんが、水を飲ませてくれないか」
眠っていた男は、めんどくさそうに出てくると、
「水ならかめの中にいくらでも入っているから、さっさと飲んで出ていってくれ」
男はそういって、また、昼寝をはじめてしまいました。
「やれやれ、とんだなまけ者の男だな」
狩人は、水を飲みおわると、さっさと小屋から出ていきました。
 ある日のこと、羊をつれた羊飼いが、小屋のそばを通りかかりました。
「よかった、いいところに炭焼き小屋がある。炭をいくらか売ってもらおう」
羊飼いは、小屋の前にやってくると、男に聞こえるようにいいました。
「炭をすこし売ってくれないか」
男は、眠そうな顔をしながら出てくると、
「炭なら戸口のところに積んであるから、すきなだけ持っていってくれ」
そういうと、男はまた眠ってしまいました。
「やれやれ、愛想の悪い男だな」
羊飼いは、炭をいくらか手に持つと、お金を戸口のところに置いて、さっさと出ていきました。
 その日の夕方のこと、町の市場からお金を盗んできた、ひとりの強盗が、この森の中へ逃げてきました。そして、この炭焼き小屋のところへやってきました。
見ると、小屋の戸口のところにお金が置いてあります。強盗は、戸口のところへやってくると、お金を拾いました。
「いやあ、今日はついてるなあ。この金もいただいていこう」
そういって、にこにこ笑っていると、小屋の中から声が聞こえてきました。
「だれだい、おれの小屋の前で笑っているやつは、昼寝のじゃまじゃないか」
強盗は、その声を聞くと、頭にきてしまいました。
「なんていいぐさだ。ろくに仕事もしないで、昼寝とはいいきなもんだ。おれは、今朝から働きづめだったんだぞ」
いいながら強盗は、小屋の戸をあけて中へ押し入りました。
「やい、起きろ、おれが誰だかわからないのかー!」
強盗は、片手にナイフをちらつかせながらいいました。ところが、眠っていた男は、すこしも怖がる様子がありません。
「うるさいなー。そんな大声出さなくっても、あんたが刃物の押し売りだってことは、ちゃんとわかってるんだ。でも、刃物はいま間に合っているからいらないんだよ。だから、さっさと帰ってくれ。おれは、まだ眠り足りないんだからー」
それを聞いた強盗は、頭に血がのぼってしまいました。
「こ、このおれが、押し売りに見えるのかー!」
すると男は、あいかわらず、うるさそうな顔をしながら、
「とても腕のいい押し売りには見えないねえ。腕のいい押し売りだったら、お客を怒らせたりしないからねえ。あんた、客商売向いてないよ」
強盗は、男の話を聞いているうちに、すっかり呆れてしまって物が言えなくなりました。
「お前みてえな、とんちんかんな男とはなしをしてたら、こっちの頭までおかしくなってしまう」
強盗は、すっかり強盗としてのプライドを傷つけられたあげく、なにも手出しも出来ずに小屋から出ていきました。
 男は静かになると、また、ベッドにもどって昼寝のつづきをはじめました。
やがて、夜になると、お腹が減った男は目をさましました。
「いやあ、今日は、ずいぶんと、昼寝のじゃまをされたから、からだの疲れがすこしも取れなかったなあ。でも、あしたは、せいいっぱい昼寝をして、すっかりからだの疲れを取ることにしよう」
男はいいながら、夕食の準備をはじめました。






(未発表童話です)




2016年7月3日日曜日

無人島の一ヶ月間

 その島は、遠い南の海に浮かんでいました。砂ばかりの小島で、生き物は何も住んでいない島でした。
 ある日、嵐がやってきた翌朝、この島に小さなヨットが流れつきました。ヨットには、ひとりの男の人がのっていました。
「命はなんとかたすかったが、これからどうやって生きていこう」
男の人は、砂のうえにすわりこむと、先行きのことをかんがえました。
「ロビンソン・クルーソーみたいに、自給自足の生活をしようかな。だけど、ここは砂ばかりの島だ。食べるものなんて手にはいらない。どうすればいいんだ」
男の人はがっかりして大の字になって寝転んでしまいました。しばらくしたとき、ヨットが無事であることに気づきました。
「そうだ、ヨットの中には釣り道具も、釣り餌もそろっている。それを使って食べ物を海から供給しよう」
男の人は、釣り道具を持ってくると、さっそく魚を釣ることにしました。しばらくすると魚がたくさん釣れました。
「やった、これで今夜のおかずはたすかった」
男の人は、その魚を塩焼きにして食べました。
 翌日も、釣りをしました。
そして、一週間ほど毎日魚ばかり食べました。でも、だんだんあきてきました。
「何か、違うものが食べたいなあ」
けれども、釣れるのは魚ばかりでした。とうとう男の人は神様にお願いしました。
「どうか、もっと違う食べものをお恵みください」
そんなある日、海がまたシケてくるとすごい嵐になりました。
「わあー、たすけて」
男の人は、波にさらわれないように、砂の中にかくれていました。
でも、波は砂の中までしみこんできて、男の人はひっしに砂の中にへばりついていました。
 嵐が去った翌朝、男の人は島の様子を見て驚きました。
ヨットが島の真ん中まで押し流されて、その近くに一頭の鯨が寝そべっていました。もう死んでいるようで息はしていませんでした。
「うわおー、ひさしぶりに、肉が食べられるー」
男の人は、にこにこしながら、鯨のところへ走って行きました。
すると、砂のうえには波が運んできたのか、大量の海の魚があたり一面に散らばっていました。
 かつお、まぐろ、ひらめ、たい、海がめ、トビウオ、わかめ、えび、いか、さざえ、はまぐり、ウニなどの海の幸です。
「ひえー、今夜は、豪華メニューだ」
男の人は、手当たりしだい集めてくると、さっそく火を起こして料理をはじめました。
「うまい、うまいー」
男の人は、その日、お腹いっぱい食べました。そして何日も食べ物には不自由なく暮らせました。
 一ヶ月が過ぎたある日、また雲行きがあやしくなってきました。海の向こうから、また嵐がやってきたのです。
「まただ、この島にはよく嵐がやってくるんだなあ」
しばらくすると、猛烈な風と波が打ち寄せてきました。
男の人は、ヨットの中でぶるぶると震えていました。
しばらくすると、山ほどもある高い波の勢いでヨットがゆれはじめました。
「もう、こんどは、だめかもしれないぞー」
男の人はその夜、じっと神様に祈りつづけました。
 翌朝になると嵐は去っていました。男の人は、外で誰かがさけんでいる声に気づいて目を覚ましました。外に出てみると、ヨットのすぐそばに、大きな貨物船が座礁していました。
「おおい、だいじょうぶか。いつからあんたはこの島にいるんだ」
船員の人が、男の人を見つけていいました。
「はあい、ひと月まえからです」
「へえ、そりゃ、たいしたもんだ。でもよく生きてたな」
船員の人たちは、みんな驚いていました。
そして、男の人は、ひさしぶりに船のお風呂に入らせてもらい、お米のご飯をお腹いっぱい食べさせてもらいました。
船員さんたちは、その間も船を沖へもどす作業をしていました。
「四、五日でなんとか作業は終わるから、おれたちといっしょに早く国へ帰ろうなー」
船員さんたちの話をきいて、男の人は、にっこりとうなずきました。
 そして、四、五日たったある朝、ぶじに作業が終わり、貨物船はこの島から出て行きました。
無事に国へ帰ってきた男の人は、あの島での思い出を一冊の本にまとめて出版しました。
その本はとてもよく売れたので、男の人のもとにはたくさんの収入が入り、その後、男の人はとても裕福に暮らしたということです。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2016年6月24日金曜日

ホルン吹きのカタツムリ

「きょうは、あそびにいけないからつまんないなあ」
 葉っぱのうえで、そんなことをつぶやいたのはいっぴきのカタツムリです。
空は低い雲におおわれて、しとしとと雨がふっています。
きのうともだちのクワガタくんと、小川の向こうの原っぱへあそびにいく予定をしていたのでとても残念です。
「なにか面白いことないかな」
そういったとき、草の中からコオロギくんの弾くマンドリンの音色が聴こえてきました。
「おう、コオロギくん上手くなったな。みちがえるほどきれいなトレモロだ」
いつもじっくり聴いたことがなかったので、そうおもいました。
「もうすぐ秋だから、コオロギくんは演奏会の練習でいそがしいんだな」
コオロギくんの弾くマンドリンを聴きながら、秋になるのが待ち遠しくなってきました。
「そうだ、ぼくも楽器を習いにいこうかな。でもなにを習おう」
いろいろかんがえているうちに、おもいつきました。
「そうだ、ホルンを習おう」
かんがえてみれば、カタツムリくんはりっぱなホルンをもっているのです。
ちょっとせなかの殻をはずしてみました。ほら貝のようなりっぱなホルンです。でも吹き方がわかりません。
 そこで、ホルンの音楽教室へいってみました。
先生はすこしもうろくしていましたが、ていねいに吹き方を教えてくれました。
 翌日も雨だったので、一日中ホルンを吹く練習をやりました。
夜までにはすらすらと吹けるようになりました。
「そうだ、コオロギくんといっしょに合奏してみようかな。そしてクワガタくんに聴いてもらおう」
そういって、明かりの灯ったコオロギくんの家へいってみました。
コオロギくんはランプのそばで、楽譜を見ながらマンドリンを弾いていました。
「うん、いいよ。どんな曲をやろうか」
コオロギくんはこころよくひきうけてくれました。
そこで二匹は、いろいろと曲集をめくりながら、「これにしよう」といって、ドボルザークの「遠き山に日は落ちて(家路)」という曲をいっしょに弾くことにしました。
コオロギくんがメロディを弾いて、カタツムリくんがホルンで伴奏をするのです。二回目はホルンもメロディを吹きました。
夕暮れの広々とした風景が浮かんできて、ほんとうに山の向こうへ夕日が沈んでいくみたいです。
「この合奏ならみんなに聴かせられるよ。どうだい、きみも秋の演奏会に出てみないかい」
コオロギくんのすすめで、カタツムリくんも出てみようと思いました。
 翌朝は、晴れのおてんきになりました。
コオロギくんとカタツムリくんは、クワガタくんをさそって、小川の向こうの原っぱへハイキングへ出かけました。
そして、原っぱにやってくると、クワガタくんにじぶんたちの演奏を聴いてもらいました。
「すばらしい、とてもいい演奏だ」
クワガタくんは、ぱちぱちと拍手をしてくれました。
コオロギくんもカタツムリくんもすっかり自信がつきました。
「じゃ、きみも秋の演奏会にぜひきてくれよ」
「うんいくよ。たのしみだな。いろんな曲を聴かせてくれよ」
そういって三匹は仲良くおべんとうを食べました。
 コオロギくんとカタツムリくんは、ハイキングから帰ってきてからも夜遅くまで練習にはげみました。
そのかいがあって、秋の演奏会はすばらしい成功をおさめたということです。
 演奏会が終わった後も、この原っぱからは二匹の演奏が毎日のように聴こえてきます。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2016年6月14日火曜日

ロバにのった床屋さん

 ならず者に店をつぶされて、仕事ができなくなった床屋さんがロバにのって広い荒野を旅していました。
お金も取られたので、町のホテルにも泊まれません。持っているものといえば、寝袋と水筒と、商売道具のハサミ、髭剃り用のナイフ、それにタオルと石鹸だけでした。
「ああ、とんだ目にあったな。命はなんとか助かったが、もういちどお店を出したいなあ」
 ある日、木陰で休んでいると、一本のサボテンが声をかけてきました。
「お願いがあるんですが」
「なんだね、お願いって」
「ヒゲがずいぶん伸びたんで、剃ってくれませんか」
「ヒゲじゃなくて、トゲだろ」
「そうです。トゲです。お願いします」
「どうして私が床屋ってわかるんだい」
「ロバの背中に、床屋の道具が見えますから」
「ああ、そうだった。わかった、剃ってあげよう」
 床屋さんは、商売道具を取り出すと、石鹸をつけてサボテンのトゲを剃ってあげました。
きれいに剃り終わったあとは、シェーブローションを付けてあげて、なんどもサボテンの肩をほぐしてあげました。
 いままで硬くてかちかちだった肩もほぐれて、サボテンはとても喜びました。
 となりで見ていたサボテンたちも、
「わたしのも剃ってくださいよ」
といったので、床屋さんは順番にみんなのトゲを剃ってあげました。
 翌朝、床屋さんが旅立ったあと、この土地のインディアンの一団が、サボテンのそばを通りかかりました。
「みんなすっきりした顔をしてるな。すべすべの皮だ」
「ええ、きのう腕のいい床屋さんに剃ってもらったんです」
「その床屋はどっちへ行った」
「今朝、北の方角へ向けて歩いて行きました」
 インディアンの一団は、すぐにあとを追いかけて行きました。
そんなことなど知らない床屋さんは、ロバに乗ってのんびりと歩いていました。
 やがてインディアンたちが追いついて、床屋さんを捕まえて、自分たちの部落へ連れて行きました。
床屋さんは、縄でぐるぐる巻きに縛られて、テントの中に入れられました。
「やれやれだ。ならず者の次はインディアンか。おれもついてねぇな」
 しばらくして、この部落の酋長がやってきました。
 「おい、おまえが腕のいい床屋か」
「腕がいいかどうか知りませんが、床屋です」
「じゃあ、わしの髪とヒゲを剃ってくれ」
 断って、頭の皮を剥がされて殺されでもしたら大変なので、
「わかりました。じゃあ、さっそくいたしましょう」
 さっそく、仕事をはじめました。
チョキチョキと軽快な音させて、きれいに髪を切ってあげました。
仕上げに満足した酋長は、みんなの髪も頼むと床屋さんに命令しました。
 みんなも仕上がりに満足して、部落の中に床屋さんのお店を作ってくれました。
 ある日、いつかのならず者の一味が、この部落のそばを通りかかりました。ちょうどその日は、インディアンの男たちはみんな山へ狩りに出かけていました。
川では、インディアンの娘たちが、おしゃべりしながら洗濯をしていました。
 娘たちを見つけたならず者たちは、にこにこ笑いながら、
「親分、若くて可愛い娘ばかりですね。ぶんどっていきましょう」
「よーし、みんな飛びかかれ」
 ならず者は、娘たちのいる方へ近づいて行くと、悲鳴をあげて逃げ回る娘たちを捕えて馬に乗せました。
その悲鳴を聞きつけたのは、店で昼寝をしていた床屋さんでした。
 川へ行ってみると、むかしじぶんの店をつぶしてお金を奪って行ったならず者たちでした。
「ちくしょう。こんどは娘たちに手を出すつもりだな」
 床屋さんは、店に戻ると、ライフル銃をもってきました。
バーン、バーン、銃声がこだまして、ならず者たちは、ばたばたと馬から落ちました。
「どうか、みのがしてくれ」
 親分と子分の何人かはかすり傷をおっただけですみました。
床屋さんはならず者に、二度とここへはやって来るなという条件で助けてやりました。
 夕方になって、インディアンの男たちが狩りからもどってきました。
娘たちから、今日の出来事を聞いて、インディアンの男たちはみんなとても喜びました。
 酋長も満足して、自分の娘を嫁にやろうといってくれました。ひとり者だった床屋さんは大喜びでした。そしてこのインディアン部落でいつまでも楽しく暮らしましたとさ。




(つるが児童文学会「がるつ第37号」所収)



2016年6月4日土曜日

金鉱を見つけて

 投資に失敗して全財産をなくした男の人が、ある日、死に場所を探しに山へ行きました。
「ああ、どこかいい場所ないかなあ」
岩陰で休んでいると、岩の後ろから声が聞こえてきました。
「ずいぶんお悩みのようですね。どうしましたか」
男の人は、これまでの投資生活のこと、そして全財産をなくしたことを話しました。
「そうでしたか、それじゃ、わたしが何とかしてあげましょう。この岩山の道を200メートルほど登って行くと洞窟があります。その洞窟の中に金鉱があって金がたくさん取れます。それを持っていきなさい。でもその金で投資なんかしてはいけませんよ」
 男の人はさっそく登って行きました。
その場所へやってくると、教えてもらったとおり洞窟がありました。
中に入ると暗闇の向こうで、キラキラと輝いている岩が見えました。
「あれだな」
そばまで行くと、金がたくさんこびりついている岩がありました。中にはすべて金だけの石も転がっていました。男の人はそれを拾ってポケットに入れました。
「これだけあれば当分は安心して暮らしていけるな」
すこし重かったのですが、男の人はにこにこ笑いながら山を降りて行きました。
 はじめの一年間、男の人は家を買い質素に生活していましたが、ある日、昔の投資仲間に誘われてまた金の相場に手を出しました。
最初は、金が値上がりして、気分もうきうきしていましたが、次の年は暴落して、財産も半分になりました。損した分を株で取り返そうとしましたが、これもうまくいかず、また財産をなくしてしまいました。
 男の人は、がっかりしながらまた山へ行きました。
同じところで、休んでいると、いつかの声が聞こえてきました。
「ずいぶんお悩みのようですね。どうしましたか」
男の人は、忠告を無視して、また投資で財産をなくしたことをはなしました。
「そうでしたか、じゃあ、仕方ありません。なんとかしてあげましょう。この岩山の道を200メートルほど降りたところに、銀が取れる洞窟があります。そこへ行って銀を少し持っていきなさい、でもその銀で投資なんかしてはいけませんよ」
 さっそく男の人は、山を降りて行きました。その場所へやってくると洞窟がありました。中へ入ると、銀がたくさんこびりついている石が転がっていました。
「すごい、すごい!」
男の人は、大喜びで、ポケットの中に銀を入れて、山を降りて行きました。でも数年後には、またこの山へもどってきました。
「どうしましたか、お悩みのようですね」
岩陰から聞えて来た声に、男の人は、
「はい、また忠告を無視して、投資に手を出して財産をなくしてしまいました」
声は、あきれ返っていましたが、しばらくしてからいいました。
「では、仕方がありません。じゃあ、この山を降りて西へ5キロ行ったところにー」
と声がいいかけたときに、男の人はさえぎるようにいいました。
「いいえ、もうお金はいりません。それよりものんびり気楽に暮らせるところはありませんか」
声は、それを聞いて、
「じゃあ、いいところを教えてあげましょう。この山を降りて、東へ10キロほど歩いて行くと広い草原に出ます。その草原のまん中に空き家が一軒あります。昔、絵描きさんが使っていた家ですが、まだ十分に使えます。それに小さな庭もあっていいところです。
 男の人はさっそく歩いて行きました。
 しばらく行くと、野原の向こうに、小さな家が見えてきました。
家について中へ入ると、誰がリフォームしたのかとてもきれいなのです。家にはアトリエもあってとても静かでした。男の人は、さっそく住むことにしました。
 毎朝早く起きると、野原へ散歩にでかけました。近くに森があり、キノコやマツタケなんかをとってきて、夕食に食べたりしました。
また近くには小川もあって、魚もたくさんいました。男の人は久しぶりに釣りをして、イワナ、ヤマメ、アユなんかを釣りました。
 数か月間、男の人は何の不自由もなく過ごしていましたが、やっぱり何かしたくなりました。
アトリエの本棚には小説や子供の本が入っており、読んでいるうちに自分でも本が書きたくなってきました。
「そうだ、子供の本を書いてみよう」
アトリエには、絵を描く道具とスケッチブックがちゃんと揃っていました。
男の人は、イラスト入りの本を作ることにしました。何度も書き直し書き直ししながら、第一作がよくやく出来ました。自分でも満足したので、町の出版社へ送ってみることにしました。
「どうせだめだろう」と思いましたが、「ひょっとしたら」という気持ちで返事を待ちました。
すると、ある日一枚のハガキが届きました。
 ー原稿を拝見しました。投資で失敗した男の気持ちがよく書けています。子供の向きのテーマではありませんが、面白い作品なので採用します。すぐに出版の手続きをしますので早めに第二作目の方もお願いします。ー
 男の人の生活はそれからとても忙しくなりました。毎日毎日、原稿を書かなければいけなくなったからです。書いては送り、書いては送りと毎日せっせと働きました。
そのかいがあって、毎月銀行の自分の口座には、本の報酬がいつも振り込まれていました。ずいぶん売れているのか、毎月振り込まれる金額が増えていました。
 そのお金で、男の人は昔のように投資をはじめたのだろうと誰もが想像するでしょうが、男の人は、一円も引き出すこともなく、いつものように家で本を書いていました。それくらい毎日仕事に追われていたからです。




(未発表童話です)



2016年5月27日金曜日

アリの願い

 一匹のアリがすっかり疲れたようすで、落葉の下で休んでいました。そこへ、もんしろちょうが飛んできました。
「どうしましたか、アリさん、元気がありませんよ」
 アリは、ずいぶんくたびれたようすで、
「どうもこうもない。毎日、あさから晩までこきつかわれて休むこともできない。君みたいに、羽があったら、自由気ままにどこかへ飛んでいきたいよ」
「そうでしたか。そんなにしんどいですか」
「ああ、もうくたくただ。せめて、長い休みがとれたら、あちこちの原っぱへいって、のんびりとはめをはずしてみたいものだ。おれはもう若くはないから、いまのように働いていたんじゃからだがもたない。ああ、どうしておれたちの仲間は、みんな仕事一筋なのかなあ」
「そうでしたか、では、わたしがあなたの願いをかなえてあげましょう」
「ほんとうかい。じゃ、たのむよ」
 もんしろちょうは、アリのからだをりょう足でつかむと、空の上にまいあがりました。
「ひえ、驚いたな。でも、いい眺めだ」
 もんしろちょうは、アリを連れて、いろんな場所へあんないしてあげました。
 空のうえから見える景色は、アリにとってたいへんな感動でした。毎日、地べたで、汗びっしょりかいて、ひたすら上司の命令に従って機械みたいに働いてばかりいたからです。
「へえ、よく見える。うまれてはじめて見る風景だ。こんなすばらしい景色がこの世界にあったなんて驚きだ」
「そうでしょう。空のうえから眺める景色は、すばらしいでしょう」
 いいながら飛んでいると、むこうの葉っぱのところに、ナメクジが這いずっていました。
ナメクジはとてものろい動きですが、おいしいそうな葉っぱを探し回っていました。
「あいつは仕事もしないでいつも寝てばかりいると思っていたのに、ちゃんと食べ物を探しに行くんだな。知らなかった。やっぱりものを見るときは、いろんなところから見ないといけないな」
 そういっていると、むこうの方に一軒の空き家が見えました。ずいぶん古くて、その家の柱の下で、大勢の白アリたちが集まって、柱をぼりぼりとかじっていました。
「あいつらもよく働くな。だけど、みんなやっぱり疲れてみたいだな。最近は、白アリたちの世界でもリストラがあって、成績の悪いアリは、すぐに組織から追い出されてしまうからな。あいつら1グループで、毎日、柱を一本消化しないと成績評価でマイナス点が付いて、失業するっていってたよな。たいへんだ」
 白アリたちの仕事ぶりをみて、気の毒に思うと同時に、自分の組織のことも考えてみました。
「おれの職場の仲間たちもみんなよく働くけど、ほとんどが無趣味で、休みの日といったって、何もしないで家でごろ寝してるか、大酒を飲んでるくらいなもんだ。中にはひどいアル中もいるしなあ」
 そんなことを思っていると、小川の向こう側に、美しいお花畑が広がっていました。
お花畑のそばからは、スズムシたちやコオロギたちの美しいコーラスの歌声が聴こえてきました。
「ああ。音楽はいいな。おれも音楽家になった方がよかったかもしれないな」
 そういっていると、別の方から軍楽隊を退職した兵隊アリたちが結成したマンドリン楽団の音色が聴こえてきました。
「マンドリンもきれいな音色だ。おれも退職したら、あの楽団に入れてもらおうかな。失った自分の人生を取り返さなければいけない」
 アリがそんなことを言ってると、向こうの空に、夕焼けが見えてきました。
「アリさん、日も沈んでいきますし、そろそろ帰りましょうか」
「ああ、もんしろちょうさん、今日はありがとう、いろんな景色を見せてくれて。すっかり疲れもとれたようです。また、あしたから元気に働けますよ」
 アリともんしろちょうは、そういってさっきの野原へ帰って行きました。
元気になったアリは、定年退職がやってくる日を夢に見ながら、また翌日からせっせと働きました。





(未発表童話です)



2016年5月18日水曜日

タイムマシンにのって

 公園でかき氷屋をはじめた男の人が、お客がぜんぜんやって来ないので困っていました。
「ああ、毎日こんな調子だったら、この商売も失敗だ」
 ある日、どこかの工業大学の助教授がやってきました。
「いいもの発明したので、これを試しに使ってくれないか。かき氷買ってあげるから」
 助教授は、アルミで出来た小型の乗り物を見せてくれました。
「いいですよ。使ってあげましょう」
「一ヶ月使って、結果を話してください」
言い終わるとすぐに帰っていきました。
 それは湯船くらいの大きさの変な乗り物でした。
座席の手前に、レバーが付いていたので引いてみると、
 グウーーーーーン グウーーーーーン
すごい音がして、周りの景色がぼんやりして身体が宙に浮かんでいました。
そして屋台ごと、どこかへ飛んでいきました。
 気が付くと、五十年前の広い砂漠の真ん中にいました。
「ひえー、アフリカの砂漠だ」
向こうからラクダに乗った商人がやってきました。
「かき氷くれないか」
「はい、一個100円です」
商人は、10個買ってくれました。
 しばらくするとまた砂漠の向こうから別のキャラバンの一隊がやってきました。
「かき氷くれないか」
「はい、100円です」
そのキャラバンの一隊もたくさん買ってくれました。
「いや、よく売れるな。売り切れだ」
男の人は、家に戻ってくると、たくさん商品を仕入れて、またアフリカへ行きました。
そして、すぐにかき氷は売り切れました。
「これだったら、南極や北極へ行って、おでんも売れるな」
思いつくと、今度は、おでん屋も兼業することになりました。
これも大当たりで、むこうでもよく売れました。アラスカへも行って、エスキモーの部落でもたくさん売れました。
「よかった、よかった」と男の人は喜んでいましたが、ある日、百年前のアフリカのジャングルでアイスクリームを売っていた時、予想外のことが起きたのです。
あまり頻繁にレバーを回しすぎて、レバーが根元から折れてしまったのです。
「困ったな、早く修理しないと家に戻れない」
男の人は、汗を流しながら修理をしましたが、ぜんぜんうまくいきません。数日たっても直りません。それでも死に物狂いで作業を続けました。
「もし直らなかったら、このままジャングルで、ターザンのように暮らさなければいけない」
男の人はそんなことを呟きながら、修理を続けました。
 一ヶ月後、公園ではあの工業大学の助教授がやってきて、男の人が戻ってくるのをいらいらしながらじっと待っていました。




(未発表童話です)



2016年5月11日水曜日

いびきくんの旅

 夜ねむっていると、いびきくんはとつぜん目をさまします。ふだんは、ねむっていてぜんぜん気づかないのに。
「ああ、よくねむった」
そういって、大声をはりあげて歌いはじめます。
 ガーガー、ムニュムニュ、ガーガー、ムニュムニュー
その声に、ねむっている人もおどろいて目を覚ますことがあります。
でも、となりでねむっている人は、すごい迷惑です。
「ああ、またおこされた」
そういって、耳栓をつけます。
 いびきくんは、まったく人にすかれません。
「ここじゃ、気持ちよく歌えないな」
そういって、こっそり、家を出て行きました。
夜道をあるきながら、いびきくんがやってきたのは、一棟のマンションです。
階段をのぼっていくと、友だちのいびきくんの声が聞えてきます。
鍵穴からすーと中へ入ると、
「やあ、いい声だね。散歩にいかないかい」
「いいな。じゃあいこうか」
ふたりで出かけていきました。
 橋の下をあるいていると、みすぼらしいダンボールの小屋から、
 ガーガー、ムニュムニュ、ガーガー、ムニュムニュー
覗いて見ると、ホームレスの人が眠っています。
「きみも、散歩にいかないかい」
そのいびきくんもついてきました。
 次に行ったのは、キャンプ場でした。
テントの中から、いびきくんの声がきこえてきます。
覗いてみると、男の人が酔っぱらって眠っていました。まわりにはビール缶がたくさん転がっていました。
「散歩に行かないかい」
「いいよ。行こう」
別のテントにもいって、
「散歩に行こうよ」
みんなついてきました。
歩きながら、いきびくんたちは大声をはりあげて歌いました。
 駅の前を通ったときです。待合室からもいびきくんの声がしました。
「散歩にいかないかい」
「ああいいとも 行こう」
 みんなで大きな声で歌っていると、交番のお巡りさんが聞きつけてやってきました。
「すごい騒音だ。全員逮捕だ」
お巡りさんに追いかけられて、いびきくんたちがやってきたのは山の洞穴でした。
真っ暗な洞穴の中へ入って行くと、みんな走り疲れて眠くなってきました。みんな眠りはじめました。
ところが、洞穴の中では、びんびんといびきくんたちの声が跳ね返ってきます。
「うわあ、うるさくて眠れない」
いびきくんたちは、やっとわかったみたいです。みんな家に帰って行きました。
 それからは、夜はあまり大声で歌わなくなりました。




(未発表童話です)


2016年5月4日水曜日

晩年のナポレオン

 一八十五年、宿敵イギリスに敗れたナポレオンは、祖国フランスから遠く離れた南大西洋に浮かぶ絶海の孤島、セント・ヘレナ島に流されてはや一年が過ぎようとしていた。この灼熱の島で、部下の数人の将軍たちと共に、イギリス兵の監視のもと、木造の小屋で毎日野菜を栽培したり、運動をしたり、夜は回想録の執筆とそれに大好きな読書などをして過ごしていた。
 ある時、将軍のひとりがベランダの椅子に腰掛けて、熱心に本を読んでいる姿を目撃したナポレオンはそばによって尋ねてみると、
「はい、陛下。子供の本を読んでおりました」と将軍は答えた。
 話によると祖国にいる彼の夫人が、今度、子供の本を出版したということで記念に贈ってきたとのことだった。大の本好きであり、遠征中の馬車の中でも時間さえあれば本を読んでいたナポレオンだったので、すぐにその本を借りると、自室に入って読んでみた。多読で有名であったナポレオンだったが、子供向きの本は読んだことがなかった。しかし、読み進めるうちに、意外と面白く興味が湧いてきた。同時に自分でも書いてみたい衝動にかられはじめた。
 翌日ナポレオンは、その事を昨日の将軍に打ち明けると、匿名により自作の原稿を彼の夫人に送り、批評を受けると共に、出来れば自分の書いた物語を祖国で出版して欲しい旨を伝えた。
 若い頃から自信家で、演説のときにはいつも、『余の辞書に不可能という文字はない』と堂々と公言したり、決断する時には、『じっくり考えろ。しかし、行動する時が来たなら、考えるのをやめて進め』と部下に対しても自分に対しても口癖のようにいっていたナポレオンだったので、子供の書物など書けぬわけがないといわんばかりに、翌日から、自室にこもって回想録の執筆と並行して子供の物語を書きはじめた。
 文章は闊達とした折り目正しい美しいフランス語を綴るナポレオンだったが、その意気込みとは反対にどうした訳か思うように筆が進まない。さすがにはじめて書く子どもの話はずいぶんとナポレオンを悩ませた。しかし、数週間後どうにか三十枚ばかりの短篇童話を一編書きあげると、何度も原稿を推敲し、ぶじに完成させることができた。
「やれやれ、ずいぶん骨を折ったがなんとか出来上がった」
 ナポレオンはほっと胸を撫で下ろすと、翌朝、さっそく原稿を将軍に手渡した。
 それから約二ヶ月後、作者宛てに夫人から手紙が届いた。手紙には夫人の批評のほかに、近所の奥さんたちと子供たちの感想も付けてあった。だがその手紙によると、どれも作品に対する反応は芳しくなかった。
 奥さんたちの批評によれば、貴殿の物語は、はなはだ教訓的で、文章も演説口調、説教口調で書かれてあるので、子供たちにはまったく受けないという批評であった。夫人からも、もっと夢のあるお話を期待していると書き加えてあった。
 手紙を読んでひどく失望したナポレオンは、数日間ろくに食事も取れなかった。
「余の物語が子供に受けないとはどういうことだ」
 悩み落ち込んだナポレオンだったが、根っからの負けず嫌いな性格でもあり、いつも困難に立ち向かう時は、『逆境には必ずそれよりも大きな報酬の種が隠されている』ことを思い出し、なんとかこの苦境を乗り切ろうと頑張ることにした。
 翌日から再び指摘されたことを思い出しながら、新しい物語を書きはじめた。だがすぐには直せなかった。子供のお話を書くことがこんなに骨が折れるとはまったく予想外であった。
 ナポレオンは疲れ果ててペンを置くと、部屋を出てベランダの椅子に腰かけた。庭を眺めると、将軍たちが自分たちの部屋に飾るための花の栽培をしている。熱帯地方に育つ、強い香りのする色鮮やかな花々である。鉄条網が張り巡らされた向こう側では、イギリス兵たちがその様子をじっと眺めている。
 ナポレオンは椅子に座りながら、憂鬱そうな様子でぼんやりとそれを見ていたが、やがて、疲労のためかいつの間にかうつらうつらと昼寝をはじめた。しばらくすると、過去の出来事が次々と夢となって現れてきた。それらの夢の多くは、ナポレオンの栄光の時代の思い出だった。
 今から遡る一七九六年、当時の総裁政府の総裁から遠征軍司令官に任命された時、大軍を引き連れてイタリア、エジプトに進撃して勝利を治めた。続く一八〇四年、フランス皇帝に即位した後、祖国フランスを治め、怒涛のようにオランダ、オーストリア、プロイセン(ドイツ)、スペイン、デンマークへ進撃して戦い、一時期イギリス、スウェーデンを除く全ヨーロッパを制圧した。彼にとって夢とは、敵を打ち負かし、世界を制覇することだった。
 その夢を題材にした物語がどうして子供に受けないのか彼には不思議であった。しかし、夢の中に現れたもうひとつの夢が、ナポレオンのそんな疑問を解決することになった。その夢は彼の幼年時代の思い出だった。
 コルシカ島の落ちぶれた貧乏貴族の屋敷に生まれたナポレオンは、幼少の頃から利発な子供だった。ある日、妹のブーリエンヌと一緒に砂浜で遊んでいたとき、突然の夕立にあった。
二人は近くの船小屋へ行って雨を避けた。やがて雨もあがり、二人がまた遊びはじめようとしたとき、砂浜の向こうに七色の美しい虹がかかっているのを見つけたのである。
 そのとき、虹をはじめて見た幼いナポレオンは、その虹をこの手で捕らえたいと思った。そして、その虹を家に持ち帰って、その鮮やかな糸で母親に新しい服をこしらえてもらおうと思った。
それよりも、あの大きな虹を捕まえたら、貧乏貴族の自分たちの暮らしだけでなく、この貧しい島の人々の暮らしをも助けられると思った。
 幼いナポレオンは、丘にかけあがり、虹をつかもうとしたが虹は向こうの丘に姿を移した。それでも幼いナポレオンは虹を追いかけた。しかし虹は、海の向こうに逃げてしまった。幼いナポレオンは、それを見ながらくやしがったが、夕日が沈みはじめたので妹をつれて屋敷へ帰っていった。
 そんな印象深い夢を見て目を覚ましたナポレオンは、これを物語にしようと思った。あのときの虹は捕まえることは出来なかったが、物語の中で虹を捕まえる子供を描こうと思った。
 ナポレオンは部屋に戻ると、すぐに原稿を書きはじめた。すると不思議なことに、筆は進み、あのくだくだしい演説口調、説教口調は影をひそめ、自然にやさしい言葉に変わっていった。
 数週間後、快作の百枚の原稿が完成すると、すぐにナポレオンは将軍の所へ行き、夫人のもとへ送ってもらった。
 それから二カ月後、夫人からの返事が送られてきた。その手紙の批評は、ナポレオンが思っていたよりもうれしいほどに良いものだった。親や子供たちの感想もよく、この作品であれば本国で出版しても国民に十分受けいれられると書いてあった。
 ナポレオンはぜひ出版を希望しますとの返事を書いた。ただし、作者名は必ずペンネームでお願いしたい旨を伝えた。現在囚われの身であり、この作者が本国のもと皇帝だと知られたくなかったからである。
 そのとき以来、ナポレオンは、これまでの権力への野心は少しずつ消えて行った。そして心の安らぎをも感じるようになっていった。
 それからもたびたびナポレオンは、子供の物語を書き、祖国へ送っていたが、六年後の一八二一年の五月、将軍たちに見守られながらこのセント・ヘレナ島でその五十二年の波乱に富んだ生涯を終えたのである。
 ナポレオンの出版した児童書は、「虹を追いかける子供」と題されてその後、フランス国内のたくさんの子供たちに読まれたが、その本はパリ近郊でひっそりと暮らす、最初の妻で、もと皇后だったジョゼフィーヌ・ボアルネの子供たちにも読まれた。
 しかし、その物語を書いた作者が、フランスのもと皇帝で、母親のもと夫だとは子供たちのだれも知らなかった。 

(この作品は架空の物語です)




(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2016年4月27日水曜日

さなぎとくも

 小川のほとりに、みかんの木がたっていました。
みかんの木の葉っぱのうえで、さなぎがすやすやとねむっていました。
  ある日、ねがえりをうったひょうしに、さなぎは枝からしたへ落ちてしまいました。
けれど、けがもなくて目をさましました。
「ぼくは、いったい、どこへ落ちたんだ」
  まわりを見ると、りゆうがわかりました。
さなぎが落ちたところは、クッションがよくきいたくもの巣のうえでした。
けがはしませんでしたが、糸がからだにまきついて、みうごきができません。
 「わあ、たいへんだ、早く逃げないとー」
そういったとき、巣のほうから、おなかをすかせたくもがやってきました。
 「こりゃあ、おおきなえものだぞ。一しゅうかんぶんの食料になるな」
  くもは、にこにこしながら、さなぎに飛びかかろうとしました。
すると、さなぎが、悲しい声でいいました
「くもさん、どうかぼくを食べないでください。まだ、おとなにもならないで、このまま死んでしまうのはとてもたえられません。どうか、おとなになるまでまってください」
  さなぎが、あまり悲しそうにいうので、くもはそのねがいを聞いてやることにしたのです。
 「わかったよ。でも、おとなになったら、かならずここへ来るんだぞ。やくそくだぞ」
そういって、さなぎを殺さずに逃がしてやりました。
  ひと月が過ぎました。
 小川のほとりにも梅雨のきせつがやって来ました。
みかんの木のしたの草のなかで、くもがからだをふるわせて雨がやむのをじっとまっていました。
  ある朝、くもが目をさますとおどろきました。
 小川の水があふれて、くものいる葉っぱのすぐしたまで、水がきていました。
 「わあ、たいへんだ。早く逃げないとー」
くもは、いそいで、葉っぱのうえへよじのぼりました。
けれど、水はどんどんふえていき、くもはとうとう水にのみこまれてしまいました。
 流れのはやい、小川の水にもまれながら、くもはだんだんと気力を失いかけていきました。
  そのとき、小川のまんなかに、岩のつきでたところがありました。
くもは、むがむちゅうで、その岩にしがみつきました。
そしてしばらく、岩のうえで、からだをふるわせていました。
けれど、雨はいっこうにやまず、水かさも、あいかわらずふえつづけていました。
くもは、疲れとさむさのために、いつのまにか、うとうとと眠りこんでしまいました。
  長いじかんが、すぎました。
だれかのはなし声で、くもは、ふと目をさましました。
でも、まわりを見わたしても、だれのすがたもありません。
 雨はやんでいますが、あいかわらず、川の流れは速く、水がはげしいいきおいで岩にぶつかっていました。
 そのとき、また声が聞こえてきました。
 「くもさん、ぼくのからだに、つかまってください」
その声は、空のうえから聞こえてきました。
くもがおどろいて、見上げると、おひさまの光で明るくなりはじめた空のうえで、一羽のアゲハチョウが、げんきよくはばたいていました。
すがたは、だれなのか、わかりませんでしたが、その声はどこかで聞いたことがありました。
 「もしかして、おまえは、おれがむかし逃がしてやった、あのさなぎくんかい」
アゲハチョウは、それをきて、げんきよくうなずきました。
 「はい、そうですよ。あのときは、どうもありがとうございました。こんどは、ぼくが、あなたをたすけるばんです。でも、ぼくは、これからも長生きしたいと思っていますから、どうか、ぼくを食べないでくださいね」
  くもは、それをきくと、にっこりとうなずきました。
そして、アゲハチョウに、岩のうえから向こうの川岸へつれていってもらいました。





(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)




2016年4月21日木曜日

人魚の子守唄

 その島は、本島からはずいぶん離れた島でした。砂浜は美しく、人々はしあわせに暮らしていました。
島の入り江に一軒の家がありました。その家には、漁師のおじいさんと小さな男の子が暮らしていました。
 ある日、おじいさんが漁から帰ってくると男の子にいいました。
「ぼうや、来てごらん。変わった魚を捕らえてきたよ」
 見ると、網の中に、けがをした幼い人魚の子どもがうずくまってふるえていました。
サメにでもおそわれたのか、からだのあちこちにはたくさんすり傷がありました。
「おじいちゃん、かわいそうだから家で介抱してあげようよ」
 何日かすると、人魚はすっかり元気になり、いつも男の子といっしょに遊びました。
 ある日、おじいさんが漁から帰ってくると、テーブルのうえに、たくさんの貝や魚が置いてありました。男の子にたずねてみると、人魚が海へ取りにいったことをはなしました。
 おじいさんは、それはありがたいことだと喜びました。けれども、おじいさんは、近いうちに人魚を沖へ返しに行こうと思いました。
「人魚はもうすっかり元気になったことだし、自分の家が恋しいだろう。きっと人魚のお母さんも、わが子が帰ってくるのをじっとまっているのにちがいない」
 ある晩、おじいさんは、男の子にそのことをはなしました。男の子はさみしい気持ちになりましたが仕方がないと諦めました。
 翌朝、おじいさんは人魚を船に乗せて沖へと向かいました。人魚はこれからこのおじいさんと男の子と永久に別れることになるとは知るよしもありません。
 やがて、おじいさんは、この人魚を捕らえた場所までやってくると人魚にいいました。
「お前のふるさとはこの海の底だから、気をつけてお帰り。そして、さみしく待っているお母さんの所へもどっていきなさい。もうお前とは会えないが、しあわせに暮らしなさい」
 人魚はそれをきいてとても悲しがりましたが、おじいさんのいうことをきいて、深い海の底へ消えていきました。
 何日かが過ぎました。男の子は、毎日さみしい思いでじっと海を見つめていました。もしかしたら、あの人魚がまたこの浜へもどってくるのではないだろうか。そしてまたいっしょに遊べるのではないか。
 けれども、生まれた海の底へ帰っていった人魚が、ここへもどってくることはなかったのです。
 月日が流れて、男の子はこの島の学校へ通うようになりました。
そして、いつも学校から帰ってくると、浜にきて、きょう習ってきた歌をうたっていました。
 そんなある日のことでした。男の子が浜でうたっていると、海の底から、あの幼い人魚が海面にそっと姿をあらわしたのです。
「あの子が歌っているんだわ。なんてすてきな歌だろう」
 人魚は、耳をすましてじっと聴いていましたが、そのうちに男の子にもう一度会いたいと思いました。けれども、ふと、お母さんのことばを思い出しました。
「お前を助けてくれた人たちは、ほんとうにまれな人なんだよ。大方の人間は大人になると冷酷になるから近づいてはいけない」
 そのことばを思い出すと、男の子のほうへ行くことができないのでした。しかし、人魚は男の子のやさしさを知っていましたから、お母さんのことばを振り切って浜へむかって泳いでいきました。
 海の中から、人魚のすがたを見つけた男の子が喜んだのはいうまでもありません。その日人魚は夕方になるまで、男の子とはなしをしたり、歌を教えてもらったり、たのしい時間を過ごしました。そして、潮が満ちる日には、いつもこの浜で遊ぶ約束をしました。けれども、幼い人魚との楽しい日々はそう長くは続きませんでした。
 ある日のことでした。本島からこの島へ、一隻の大きな貨物船がやってきました。
船が港についたとき、たくさんの船乗りたちが降りてきました。みんな夜になると、島の酒場で毎晩お酒を飲んでいました。そしてよっぱらっては宿へ帰っていきました。
 ある朝、数人の船乗りたちが散歩をしにこの浜へやってきたとき、浜の岩場でひとりで遊んでいる幼い子どもの人魚を見つけたのです。
船乗りたちは、あの人魚を捕らえて本島へ持って帰れば、いい金儲けができると思いました。そして慎重に近づいていくと、人魚を捕らえてしまいました。人魚は泣きながら、船乗りたちに連れて行かれてしまいました。
 しばらくして、男の子が浜へやってくると、悲しげな声が船の方から聞こえてくるので驚いて走っていくと、船に載せられる幼い人魚の姿をみつけました。
 夜になりました。男の子は、船乗りたちが船でお酒を飲んでいる隙をねらって船から人魚を救い出しました。
 そして、すっかり弱りきっている人魚を家へ連れて行きました。
おじいさんは、そんな人魚のすがたを見ると、こころを痛めながら介抱してやりました。そして男の子にいいました。
「お前にもこれでわかっただろう。人魚にとっては海の中が一番安全な場所なのだ。また船乗りたちがやってこないうちに、はやく沖へ返しに行こう」
 おじいさんは、翌朝早く、人魚をつれて海へ返しにいきました。そして男の子にはもう人魚のことは忘れるようにいいました。
 長い年月が過ぎました。
男の子は、りっぱな若者になると、仕事をさがしに島を出ていきました。おじいさんは、若者を見送りながら、本島で仕事をみつけてしあわせに暮らしてほしいと願っていました。
 それから何年かたち、仕事もみつけて、本島でまじめに暮らしていた若者が休暇をもらって島へ帰ってきました。
おじいさんは、久しぶりに若者の元気なすがたを見てたいへん喜びました。
 数日間、ふたりは、いろんなことを語り合いましたが、あしたは島を出て行く日でした。若者は夕焼けを見に、浜へ出てみました。この島で見る夕焼けの美しさは、むかしと少しも変わりません。若者は、ふと、子どもの頃に遊んだ幼い人魚のことを思い出しました。
「あしたはもう本島へ帰らなければいけない。だったら、もういちど子どものときに遊んだあの人魚が暮らす海の沖へ船で出てみよう。もしかしたら、人魚に会えるかもしれない。夜になるまでには時間があるから」
 そういうと、 船をこいで沖へ出てみました。風はなく、静かな波の上をゆっくりとこいでいくと、やがて沖へ出ました。若者は、船の床板に寝転びながら、こころの中でこの深い海のどこかで、あの人魚が元気に暮らしている様子を思い浮かべていました。
 そのうち、気持ちがいいので、うつらうつらと居眠りをはじめました。
やがて、夜空に白い月があらわれて、きらきらと星が美しく輝きはじめた頃、眠りの中で若者はすてきな夢を見ていました。それは、どこからか美しい歌声が聴こえてきて、目を覚ましてみると、むこうのしずかな海の上に、かわいい赤ん坊の人魚を抱いたあのときの幼かった人魚が、りっぱなお母さんの人魚になって、やさしい声で子守唄をうたっている情景でした。
その歌は、若者が子どものときに人魚に教えた歌でした。
 驚いたことはそればかりではありません。あちらの海の方からも、こちらの海の方からも聴き覚えのある歌声がきこえてくるのです。どの歌も、若者があの人魚に教えた歌ばかりでした。
若者は、しばらくそんなふしぎな夢を見ていましたが、やがて目が覚めると、夜も深くなっているのに気づき、浜へ帰ることにしました。
 船をこぎながら、若者はあの幼い人魚がりっぱな母親になっていることを思い浮かべながら、月明かりのしずかな波の上をゆっくりと帰っていきました。
 けれども、さっき若者が見ていたのは夢ではなかったのです。船が浜に近づきはじめた頃、海の底から、子どもの人魚を抱いた母親の人魚が、海の上に姿をあらわしました。そして、悲しげな様子でいつまでも若者がこいでいく船の方を見ていました。
 人魚は、あの若者が船の中で眠っていたとき、じっと船のそばにいて、なんども声をかけようとしたのですが、とうとういうことが出来ませんでした。人魚は船が沖へやって来たときから、すぐにあの若者が幼かった頃いっしょに浜で遊んだ男の子であることを覚えていたのです。
 母親になった人魚は、もう子どものときのように浜へ行ってあの若者と会うことも話すことは出来なくなりました。けれども、自分の子どもが大きくなって、人間のことを尋ねたときは、子どものときの楽しかった思い出を話してあげようと思いました。
  やがて、船は見えなくなりました。人魚の母親もまた海の底へ消えていきました。しずかな夜の海の上には、白い月とたくさんの明るい星がいつまでも美しく波の上に輝いていました。
 翌朝、若者は、おじいさんに見送られてこの島から出て行きました。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2016年4月13日水曜日

あの花はどこへ行った

 野原に咲いている花が、みんなお日さまが大好きだとだれもが思っていますが、そんなことはないのです。
小川のほとりに咲いているタンポポの花なんか、一日中、お日さまの日差しが強いので、いつも文句をいっていました。
「やれやれ、きょうもこの日差しだ。もう喉がからからで仕方がない。はやくひと雨ほしいところだ」
近くの木陰では、なかまのスミレの花たちが涼しそうに咲いていました。
「あそこはいいな。おれもあんな場所で咲きたかったな」
強い日差しは、そのあともつづき、タンポポの花たちはみんなぐったりしていました。ときどき友達のモンシロチョウやミツバチがやってきて声をかけてくれます。
「みんな元気がないな。こんなに気持ちのいい日なのに」
「そんなこといったって雨が降らないからどうしようもないよ。もう一週間水を飲んでいないんだから」
暑さでぐったりしているタンポポの花たちは、そんな不平をいっていました。
 ある日、小川の向こうから人がやってきて、タンポポの花を何本か摘み取っていきました。
あるとき、目をさましたタンポポの花は、まわりの景色を見渡しておどろきました。
「ここはどこだろう」
そこはエアコンのよくきいた涼しい部屋の中でした。たんぽぽの花は、花瓶の中に入れられて眠っていたのです。茎の下から冷たい水があがってきて、ものすごく気持ちがいいのです。
「まるで天国だ」
タンポポの花はうれしそうに、きょろきょろと部屋の中を眺めてみました。
部屋の壁には、絵がたくさん飾ってあって、絵描きさんの家のようでした。部屋のすみには、イーゼル、絵の具箱、筆、ペインティングオイル、キャンバスなどが置いてありました。
しばらくすると、となりの部屋からピアノの音が聴こえてきました。
この家の人は絵描きでしたが、趣味でピアノも弾くのでした。タンポポの花は、毎日絵を眺めたり、ピアノの音を聴いたりしながらこの家で暮らすことになったのです。
 ある日、仲間のモンシロチョウとミツバチが、ピアノの音を聴きつけて、この家の開いた窓から部屋の中へ入ってきました。
花瓶に入れられたタンポポの花を見つけるとすぐに声をかけました。
「やあ、こんな所にいたのかい。みんな君のことを心配していたよ」
「そう、でもここはまるで天国だよ」
「じゃあ、みんなにそのことを話しておくからね」
モンシロチョウとミツバチはしばらくこの部屋に居ましたが、やがて帰って行きました。そして、その後もときどきこの家にやってくるようになりました。
タンポポの花がいうように、ここは日差しの強い原っぱとくらべて、ほんとうに居心地がいいのでした。
 夕方になると、いつも花瓶に冷たい水を入れてもらえるので、ぐったりすることもありません。
毎日午前中に、この家の人はこの部屋へ入ってきて絵を描きました。花の絵を好んで描きました。いま製作中の絵は、友達の娘さんにプレゼントする絵でした。
 絵を描き終わって午後になると、決まってピアノを弾きました。そのピアノの曲は、いつも楽しい空想をかきたててくれました。
「月の光」という曲を聴いたとき、ほんとうに原っぱで毎晩見ているような、美しい月の情景が心の中に見えてきました。キラキラと明るい月の光が野原や小川の水面にふりそそぎ、本当に幻想的な世界が感じられるのです。
「水の戯れ」という曲を聴いたときも、小川の淵をゆったりと流れている水の様子や、流れの早い場所で岩にぶつかりながら、勢いよく流れている水の様子などもよく描かれていました。
 ある日、そんな情景をこの絵描きさんは、大きなキャンバスで描き始めたのです。はじめに木炭でデッサンをすると、色を塗りつけていきました。それは美しい月夜を描いた絵でした。
 静かな野原には、透きとおった小川が流れ、そのほとりには、タンポポの花やスミレの花などが丹念に描かれました。絵描きさんは、花瓶に入れてあるタンポポの花を見ながら描いていきました。
 製作はひと月くらいかかりました。ようやく絵が完成しました。でも、タンポポの花はしだいにしおれていきました。
「ああ、おれの寿命もこれでおしまいか」
タンポポの花は、やせ細っていきましたが、絵の中には美しい花として描かれているのです。
 ある日、いつものモンシロチョウとミツバチが遊びにやってきました。でも、花瓶にはタンポポの花はいませんでした。
 けれども、部屋のすみに立ててあるイーゼルの上のキャンバスには、月の光を浴びて気持ち良く眠っているタンポポの花が美しく描かれていました。




(未発表童話です)



2016年4月6日水曜日

ある日のモーツァルト

 幼い頃から神童と呼ばれたモーツァルトにも、ぜんぜん曲が書けない日があった。そんな時の父親のあわてようといったらなかった。
「ウオルフガングや、いったいどうしたというのだ。今日も一曲も書いていないじゃないか。来週のオーストリア皇帝陛下のお誕生日に披露する、バイオリン・ソナタの作曲は間に合うんだろうな」
 父親レオポルトの心配そうな顔を見ながら、ピアノの前で頭をかかえている十二歳のモーツァルトは、寂しげな様子でじっと鍵盤を眺めている。
父親のそばで、さっきから本を読んでいる姉のナンネルも、じっと黙りこんでいる。
 やがて、モーツァルトは、父親の方を見ると、静かな口調で呟いた。
「お父さん、午後から馬車に乗って、ドナウ川のほとりを散歩してきます。美しいウィーンの町並みを、一時間も見れば、自然と楽想が湧いてくると思います。僕は陰気な部屋の中ではどうも作曲がうまく出来ないのです」
 昼食を済ませると、さっそくモーツァルトは馬車に乗って午後の散歩を楽しんだ。軽快な馬の蹄の音を聴きながら、馬車の窓から身を乗り出して、変わりゆくウィーンの町並みを眺めていると、やがて明るい調子のメロディが浮かんできた。
規則正しい、蹄のリズムに合わせて、やがて音楽の神が、この純真無垢で感性豊かな少年に、天国からの素敵な贈り物を届けはじめたのだ。
 少年モーツァルトは、すぐさまそれを五線紙に書き写していった。まるで澄んだ泉の水が絶え間なく湧くように、すらすらと音符が埋まっていった。
 流れるドナウ川のせせらぎの音、町の公園から聞こえてくる子供たちの笑い声、小鳥たちのさえずり、そして風の音。それらの音が、この少年の音楽に色どりを添える。
 やがて、三楽章形式のバイオリン・ソナタは、午後の散歩の時間にすっかりと出来上がってしまった。
幼い頃から馬車にゆられ、いろんな国に演奏旅行へ出かけていったモーツァルトの音楽は、馬の蹄のリズムのように快活で、移り行く馬車の窓から見える美しい風景のように色彩豊かだ。
 家にもどったモーツァルトは、心配そうに待っていた父親に、出来上がったばかりのバイオリン・ソナタの楽譜を渡し、すっかりとみんなを安心させたのだ。






(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)

2016年3月31日木曜日

吹雪の夜の往診

 どこもかしこも白一色で、おまけにその夜は猛吹雪だった。そんなすさまじい夜に、車を走らす一人の医者がいた。
 吹付ける粉雪をワイパーで跳ね除けながら、ただっぴろい雪の原っぱの道をもくもくと走っていた。
走りながら医者は、何度も自分に呟いた。
(待ってろよ。あと少しで着くのだから)
医者は、眠い目を擦りながら、自分を待っている村はずれの家へ急いでいた。
医者は疲れていた。今日も診療所にはたくさんの患者がやって来た。朝から晩まで患者たちの診察に追われていた。医者は休みたかった。
 ところが、夜遅くなってから、村はずれの家から、往診依頼の電話がかかってきた。
「先生。早く着て下さい。うちの子供が死にそうです。昨夜から熱が下がりません」
そんな深刻な知らせを受けたこの医者は、冬の嵐の夜にもかかわらず、自分を待っている病気の子供の家に向かっているのだった。
 医者は疲れていたが、仕事を投げ出してしまうような人間ではなかった。
(早く病人の所へ行きたい。そして、その子供の命を救いたい)
そんな思いが、彼を奮い立たせているのだった。けれども、診療所からその家までは20キロも離れてる。それに、今夜は猛吹雪。車は何度となく雪にタイヤを取られ、スリップしそうになった。
 突き刺すような雪混じりの風を受けながら、やっと半分ほどの所までやってきたとき、とうとう車は雪に埋まり、先へ進めなくなった。
(ちくしょう。これ以上は車では無理か)
医者は、診察カバンを持つと車から降りた。そして、あとの半分の距離を自分の足で歩くことにしたのだった。
腰まで積もった雪の道を、医者は雪をかきわけながら歩いていったが、吹雪のために前もよく見えないくらいだった。
しばらくすると、手足がちくちくしてきた。それに身体も冷えてきて、時間がたつうちに次第に意識がもうろうとしてきた。
(がんばるんだ。あと数キロの道のりだ)
医者は、自分にいいきかせながら歩いていったが、吹雪はいっこうにおさまらず、いつしか医者は、疲れのために雪の上にばたりと倒れこんでしまった。
しばらくしたときだった。吹雪の音に混じって、不気味な魔物の声が聞こえてきた。
「お前は、いったいこんな所で、何をしてるんだ」
魔物の声に、医者はふと、意識を取りもどすとその声に答えた。
「おれは、病気で苦しんでいる子供の所へ行こうとしてるんだ」
「はっはっはっ、自分の命を犠牲にしてまでもか。お前は、気の毒なやつだな」
魔物はそういうと、すーっとどこかへ消えてしまった。
 ところが、医者が寒さのために、目を閉じかけた時、また現れて声をかけてきた。
「ずいぶん疲れているみたいじゃないか。そんな身体では、とても人の命なんて救えないぜ。さっさと、自分の家に戻ることだな。それがりこうな人間のやることだ」
 医者はそれを聞くと、一瞬魔物のいうことに耳を傾けようとしたが、
「いいや、おれは人の命を救うことが仕事なんだ。それが、医者としてのおれの使命なのだから」
医者はいいながら、立ち上がろうとしたが、また、ばたりと倒れこんでしまった。
「馬鹿なやつだな。そんな弱った身体で、病人を診ることが出来るのか。それよりも、俺と一緒に来ないか。俺と来れば、お前はもうこの寒さと疲労感から、永久に解放されるんだぞ。もう、人のことなんか考えないことだ。それが普通の人間なんだから」
 魔物の声に、医者は薄れゆく意識の中で、ぼんやり聞き入っていたが、ふと、その時、頭の中で、母親に抱かれて病気で苦しんでいる子供の姿が現れた。
「お母さん、ぼく、どうなってしまうの」
子供は、弱々しい、かぼそい声で母親にいった。
「元気を出すのよ、坊や。もうじき、お医者さんが来てくれるからね」
母親の声を聞くと、子供は落ち着いたようすで眠りはじめた。その情景を見た医者の意識は、突然目覚めたのだった。
医者は、疲労しきった自分の身体をゆっくりと起こすと、診察カバンをしっかと握り、前のように歩きはじめた。だが、吹雪はいっこうにおさまる気配はない。ときどき、さっきの魔物の声が医者に話しかけてくる。けれども医者は、気力を振り絞って、雪の道を歩いて行った。
 やがて、目前に、うっすらと、明るい光が見えてきた。それは、医者を待っている村はずれの家の灯りだった。
医者は、死ぬくらい疲れていたが、家の前へ無事に辿り着いたときには、服に付いた雪をふり落とし、力強く家の戸をたたいた。
 すぐに、戸が開いて、母親が嬉しそうな顔で出てきた。医者は母親の顔を見ると、やさしく、そして、しっかりとした口調でいった。
「もう、心配はいらない。私が来たからねー」  

   



(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)


2016年3月24日木曜日

野良犬と銅像

 前橋市の前橋文学館の正門前に、詩人の萩原朔太郎の銅像が建っています。 和服姿で腕を組み、いつもぼんやり考え込んだような様子で広瀬川の桜の木を眺めています。いつこの像が建ったのか私は知らないのですが、よく散歩がてらにこの像の前を通ることがあります。
 ある晩秋の夕暮れ時、住所不定の野良犬がこの銅像の前を通ったとき、どこからか変な声が聞こえてきました。
「ああ、今夜もよく冷えるなあ、寒くってしょうがない」
 野良犬はきょろきょろとあたりを見渡しましたが人の気配はありません。不思議だなと思ってまた歩きだしたとき、
「こんな夜は、熱燗が飲みたいなあ」
 見上げると、しゃべっていたのは、そばに建っている銅像でした。夏服の和服で、靴下もはいてない下駄ばきで、ずいぶん寒そうです。
野良犬は、お金でも落ちていたら、拾ってきてあげようかなと思いました。
 ある日、繁華街を歩いていたとき、財布が落ちていたので夜になってから銅像のところへ持っていきました。
「どうもありがとう。だけど財布の中には、ちゃり銭しか入ってないな。これじゃ飲み屋に行けないしなあ」
 銅像がかっかりしていると、野良犬が和服の裾をひっぱりました。どこかへ連れて行ってくれるみたいです。あとをついて行くと、広瀬川の向こう岸に、お酒の自動販売機がありました。そこにワンカップ酒が売っていました。
「そうだった。これがあった」
 銅像は、お金を入れてボタンを押しました。
そして栓をぬいて、おいしそうに飲みはじめました。
「ああ、うまい、久しぶりの酒だ」
 こんなことがそれからも何回かあり、銅像は野良犬と一緒に夜の散歩に出かけるようになりました。
昔と比べると、町のどの通りもすっかり変わっていました。すずらん通りのお店も知らない店ばかりで、子供の頃によく行った駄菓子も今はありません。
 あるとき、銅像はふと呟きました。
「久しぶりに、自分の家を見たいなあ」
 銅像が住んでいたのは、千代田町の2丁目です。この文学館から歩いて15分ほどの距離です。歩いていくと、千代田町2丁目のところに交差点があり、信号を渡るとすぐそばに高いビルが建っていました。銅像は首をかしげました。
「変だな。自宅はこのあたりだと思ったが、道を間違えたかな」
 ふと、目の前を見ると小さな石碑が建っていました。
―詩人・萩原朔太郎生家跡―
「ありゃ、家が無くなっている。困ったな」
 銅像ががっかりしていると、野良犬がとなりの看板を見ろと吠えました。そこにはこんな文章が書かれていました。
―詩人・萩原朔太郎の生家の一部(蔵、離れ座敷、書斎)は現在、敷島公園ばら園の中に移設されているー
「そうか。ありがたい。じゃ、敷島公園まで行ってみよう」
銅像と野良犬は歩き出しました。
 この石碑のある通りは、昔も裁判所があって、「裁判所通り」と呼ばれていましたが、現在では「朔太郎通り」と標識が立っています。銅像は標識を見ながら、自分も死んでからずいぶん有名になったものだなあと思いました。
 やがて向こうの方に前橋公園が見えてきました。最近、公園の中は新しく改装されて、ベンチも木製のものからプラスチック製になっていました。
 公園の中へ入っていくと、静かなベンチに腰掛けました、昔、銅像はここに座って、文学雑誌に発表する詩を作ったり、マンドリン倶楽部のための楽譜のアイデアを考えたりしました。
「あの頃はいろんな詩も書いたし、たくさんの楽譜も出来た。この公園のベンチに座って、いろいろとイメージを膨らませたものだ」
 銅像がそんな思い出に耽っていたとき、向こうのベンチのところで若い男が寝込んでいました。乞食かなと思いましたが、身なりは普通なのでそうでもなさそうです。
「世の中はいま不景気だと聞いている。リストラや、非正規労働者の数が増えて、特に若者の就職難が続いているという。わたしも生きていた頃は定職がなく、おまけに詩人という人に理解されない仕事をやっていたので、ずいぶんと肩身の狭い人生を送っていたからなあ」
 銅像は呟きながら、やがてベンチから立ち上がりました。
前橋公園のそばを利根川が流れています。
 銅像は、利根川沿いを歩きたくなってきました。国道6号線の歩道を、野良犬を連れて歩きました。ひんやりとした月明かりの夜で、川は昔と変わらず勢いよく流れていました。
 行く手に橋が見えてきました。昔、よく渡った「大渡橋」とは別の橋でした。
「昔は、こんな橋は無かったのに、新しく架けられたものかな」
 橋を通り抜けると、向こうの方に「大渡橋」が見えました。昔は鉄橋のごつごつとした巨大な橋でしたが、今は、すらりとした近代的な橋になっていました。
 やがて「大渡橋」の下を通り抜けると、利根川の遠方にうっすらと雪をかぶった越後の山々が見えました。右手にはすそのの長い赤城山、左手には榛名山と妙義山が見え、その遠方には浅間山も見えます。
冬の季節は、あの越後の山を越えて、日本海側で雪を降らせた冷たい乾燥した風がこの群馬県の平野に流れ込んできます。この風のことを「からっ風」と呼びますが、今も昔も変わらないこの地方の冬の名物です。
 利根川の向こう岸は、たくさんの家々が並んでいて、昔とずいぶん景色が違うなと銅像は思いました。昭和のはじめの頃は、川向こうは畑と田んぼばかりが広がった寂しい土地でした。それが今では、見違えるくらい変わっているのです。
 やがて向こうの方に敷島公園の松林が見えてきました。この公園は前橋でいちばん大きな公園です。松の木と桜の木がどこまでも続いていました。
「久しぶりだな。さあ、中へ入ってみよう」
 銅像と野良犬は、静かな公園の中へ入って行きました。この公園の北の方角へ歩いて行くと、ばら園があるのです。街灯のほとんどない公園の中は真っ暗です。まるで幽霊でもでそうな気分でした。
 やがて敷島公園の池までやってきました。この場所には街灯がついているので、夜でもずいぶん明るいのです。池にはカモ池があって、カモたちは岸辺でみんな眠っていました。池の船着き場には手漕ぎボートのほかに、ハクチョウの形をした白く塗られたボートなどもありました。
 カモ池を過ぎてさらに歩いて行くと、やがてばら園の門の所へやって来ました。ばらが美しく咲く季節になるとこの場所はまるで別世界になります。鮮やかなばらの花がこの場所一面を覆い、ばらの香りがあちこちに広がります。
 ばら園の中へ入ってしばらく行くと、行く手に、見覚えのある蔵が見えてきました。
「ああ、あれだ。私の家の蔵だ」
 銅像は、野良犬に指差していいました。
その場所までやってくると、小道のところに「萩原朔太郎記念館」と書かれた小さな看板が建っていました。
敷地の中に入ると、右手に、現在は資料室になっている「蔵」があり、中央に「離れ座敷」、そして左手に白壁の4畳半くらいの広さの「書斎」が建っていました。「書斎」の内部は、当時としては珍しい西洋風の作りでした。
「ずいぶん、久しぶりだ。若い頃はこの書斎の中でたくさんの詩を書いたものだ。それにマンドリンもよく弾いたものだ」
 銅像は、懐かしそうに独り言をいいながら、書斎の中を覗いて見ることにしました。ドアを開けると、薄暗い部屋の中には、当時のままの机と椅子が置かれていました。机の上に、原稿用紙と鉛筆が置いてあったので、何か書きたくなってきました。しばらく考えてから、やがて書き始めました。それは詩のようでしたが、野良犬にはぜんぜん分かりませんでした。
 銅像が書き終わって満足げに微笑したとき、窓の外が明るく光りました。びっくりしてカーテンを開けてみると、それは車のライトでした。この記念館の横は国道で交差点があるのです。
「驚いた。雷かと思った」
 銅像は、書斎から出て行きしました。外の冷気でくしゃみが出ました。記念館の敷地の中央に詩碑が建っていました。詩碑には自分の詩が彫ってあります。「帰郷」という詩でした。
 銅像はその詩を読みながら、
「あの頃はずいぶん憂鬱な詩を書いていたなあ」
思いながらやがて銅像は記念館から出て行きました。
 敷島公園を出てから、国道を南の方角に向かって歩いて行きました。
 やがて昭和町の国道の歩道を歩いていたとき、時計塔のある前橋地方気象台が見えてきました。建設されたのは今から100年以上も昔の明治29年で、当時は前橋測候所と呼ばれていました。
 職員の中に自分の詩の愛読者だという人がいて、散歩の途中、ときどきここを尋ねて天気予報を聞いたことがありました。その職員は子供のお話を書くのが趣味で、毎月、児童雑誌に童話を投稿していましたが、一度も採用されずに落ち込んでいたので、専門外でしたが何度か原稿を見てあげたことがありました。
 気象台を通り過ぎてから、昭和町の小道をさらに南の方角へ歩いて行きました。この界隈は迷路のようなのでよく道に迷いました。「猫町」という短篇小説は東京に定住したとき書いた小説ですが、アイデアはこの界隈を歩いていたときに思いつきました。
 ある角を曲がった時です。電信柱のうしろから誰かに声をかけられました。びっくりして振り向くと、警官が立っていました。
「こんな時間に何しているんだい」
 警官は、いまどき和服姿で、それも夏服で歩いている人物に不信を感じて職務質問したのです。
「いえ、ちょっと」
「家はどこなんだい」
「千代田町です」
「何丁目だね」
「2丁目です」
「仕事は何してる」
「いまは無職です」
「こんな時間にどこへ行くのだね」
「いえ、ただ散歩してるだけです」
 警官は、いろいろ尋ねてきましたが、不審者でもなさそうなので許してくれました。
銅像は、また警官にでもあったら大変なので、早く散歩を切り上げようと思いました。
 やがて千代田町の広瀬川の流れている所までやってきました。もうすぐ前橋文学館があります。一軒の画材店の壁に、「朔太郎音楽祭案内」と印刷されたポスターが張られていました。
「いや、驚いた。わたしを記念して作られたマンドリンの音楽祭か。一度、聴きに行きたいな。でも昼間は出かけられないしな」
 銅像はがっかりしましたが、毎年、前橋文学館の前では、秋になるとギターやマンドリンの路上コンサートが開かれるので、いつも楽しく聴いているのです。
 店を通り過ぎて向こうの空を見上げると、うっすらと空は明るくなり始めていました。
銅像は、財布を取り出して、近くの自動販売機でもう一本、お酒を買いました。
「さあ、夜が明けそうだ。今夜は楽しかったな」
 前橋文学館の所へ戻ってきた銅像は、いつもの場所に立ちました。
そしてお酒をちびりちびりと飲みながら、
「明日の晩は、どこへ出かけようかな。南町の前橋刑務所の方へ行ってみようかな。それとも若宮町に建っている「才川町」の詩碑を見に行こうかな、前橋の町にはわたしの詩碑のほかにも、友人の萩原恭次郎君や高橋元吉君の詩碑もあるからそれらも見てみたいな」
 銅像は独り言を呟きながら朝になるのを待っていました。しばらくすると野良犬もどこかへ行ってしまいました。
 




(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)


2016年3月16日水曜日

お嫁さんさがし

 音楽が好きな若いお百姓さんが、毎日、鳥たちの歌を聴いてくらしていました。
「ああ、なんて、きれいな鳴き声だ。鳥たちみたいに、じょうずに歌をうたってくれる奥さんはいないかな」
 ある日、町へいくと、広場の井戸で洗濯しながら歌をうたっている女の人がいました。
「お願いします。わたしの奥さんになってくれませんか」
女の人は、びっくりして歌をやめました。
「もうしわけありません。わたし既婚者ですから」
「そうですか。それは残念です。あきらめます」
 お百姓さんが次に向かったのは、教会でした。
教会の中では、ミサをやっていて、みんな賛美歌をうたっていました。なかにとりわけ美しい声の女の人がいました。
「すみませんが、わたしの奥さんになってくれませんか」
歌をうたっていた女の人は、もう少しで間違えるところでした。
「しずかにしてください。いま歌ってる最中ですから」
「そうですか。すみません、あきらめます」
 次にお百姓さんが向かったのは、小学校でした。
教室の中では、女の先生が生徒たちに歌を教えていました。
「すみませんが、わたしの奥さんになってくれませんか」
 女の先生は、びっくりして、
「いま、授業中ですから、出て行ってください」
「そうですか。しつれいしました」
 次に、お百姓さんが向かったのは、町の劇場でした。
劇場の中では、オペラをやっていて、舞台のうえで、プリマドンナが、コロラトゥーラを歌っていました。
お百姓さんがすっかり魅了されて、舞台の最前列のところで、
「お願いしまーす。わたしの奥さんになってくれませんかー!」
と大声でいうと、客席から物が飛んできました。
「失礼しました。出ていきますから」
 劇場から出てきたお百姓さんがしょんぼりしていると、向こうの小鳥屋さんから、きれいな歌声が聴こえてきました。
 店の店頭で歌っていたのは、ひとりの農家の娘さんでした。
よくみると、その娘さんは、お百姓さんの家のすぐ近くに住んでいる娘さんでした。
「お願いします。わたしの奥さんになってくれませんか」
すると、娘さんは、
「鳥のように、わたしを大切にしてくださる方ならいいですよ」
 三日後、お百姓さんは、娘さんとめでたく結婚式をあげました。
そして、毎日、奥さんの歌と小鳥たちの歌を聴いて、いつまでもしあわせにくらしました。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2016年3月9日水曜日

帰ってきたこいのぼり

 子どものこいのぼりが、家の屋根のうえでのんびりと泳いでいました。
「風さん、もっと吹いてくれよ。しなびてしまうから」
「まかせとけー」
すると、ピユーンと突風が吹きました。
「わあい、気持ちいい」
ところが、そのうちかみなりが鳴りだし、もっと強い風が吹きました。
「風さんー、強すぎるよ」
 空はみるまにまっ黒になって、雲の中からたつまきがあらわれました。
「うわあ、たすけてー」
こいのぼりは、竿(さお)からはずれて、空のうえにまいあがりました。ものすごく寒いうえに、まわりではピカピカとかみなりが鳴っています。
 そのとき、かみなり大王の声がしました。
「おまえ、へんな魚だな。食べられるのか」
「ぼくは、布でできてるから食べられないよ」
「なんだ。つまらないやつだな」
そういって大王は、こいのぼりを向こうの雲のうえへ、ぽいっと放り投げてしまいました。
「まったく、きょうのえものはつまらんものばかりだ。きょうは帰るとするか」
しばらくすると、空はきゅうに明るくなって太陽が顔をだしました。
雲のうえに浮かんでいたこいのぼりが、
「どうしよう。地上へ帰れないよう」といってかなしんでいると、向こうの雲のうえに高い塔がそびえたお城を見つけました。
「あっ、お城のてっぺんに竿があるぞ。あれにつかまろう」
雲の中の上昇気流にのって、こいのぼりはふわふわとお城の屋根にむかって泳いでいきました。そして、しっかりと竿につかまりました。
「よかった、これでいつものぼくのすがただ」
 翌朝、お城の王さまがへやの窓を開けるとびっくりしました。
「なんだ、ありゃ、へんな魚だな。どこからやってきたんだろう」
王さまは、こいのぼりを見ながら、
「最近は、おかしなものばかりやってくるな。以前は、風船に乗ったへんなおじさんがやってきて、地上で暮らすのが嫌になったからってもう十年以上もここでいそうろうしている。最近の地上は住みにくくなったのかな。雲のうえのほうが気楽でいいのかな」
やがて、王さまはこいのぼりにはなしかけました。
「おい、あんた。いつまでここにいるつもりなんだ」
「わかりません。ぼくの家がどこにあるのかけんとうがつきませんから」
しかたがないので、しばらくのあいだ、お城の屋根のうえで飼うことにしたのです。
ときどき王さまはこいのぼりのところへやってきて、パンくずをくれることもありました。
 ある日、どこかで見たことのあるおじさんが、窓からこいのぼりを見つけていいました。
「いやあ、ひさしぶりに見るこいのぼりだ。あんた、どこからやってきたんだ」
その人は、むかし世間をさわがしたあの有名な風船おじさんでした。行方不明だといわれていましたが、こんなところで暮らしていたのです。
「そうだったのかい、じゃ、ゆっくり休んでいきなよ。ここの王さまはいい人だから」
そんなわけで、しばらくのあいだこのお城でおじさんといっしょに暮らすことにしたのです。
 ときどきおじさんは、お城の倉庫からヘリウム風船をだしてきて、こいのぼりを連れてのんびりと空の散歩へ連れて行ってくれることがありました。
空を散歩しているといろんなものにであいます。
 あるとき、地上からへんな風船がのぼってきました。それは、上空の風や、気温、気圧、湿度などを測っている気象台のゾンデでした。毎日、高層気象台では、何回かこうしてゾンデを上げているのです。
 ところが、ある日、ゾンデが風船おじさんの風船にひっかかって、おかしなデータが入ってきたので気象台では大さわぎになりました。
さいわい、おじさんがすぐに気づいてゾンデを取り外したので、そのあとは正常なデータが入って来たので気象台の人たちもほっとしました。
 また、ある日のこと、軽井沢の高原の上を飛んでいたとき、浅間山が突然小規模の噴火をはじめました。火口から噴石が飛んできて、風船が何個か破れたことがありました。
 はじめて日本を離れて南の島へ行ったときには、海を泳いでいる二頭のくじらを見つけて、すぐ近くまで降下して眺めていたとき、くじらたちに塩水をぶっかけられたこともありました。
 さらに中国の万里の長城を越えて、広大なチベット高原を見降ろしながら、やがて、中国とネパールの国境沿いにそびえるヒマラヤ山脈の中で一番高いエベレスト山のすぐ近くまで行ったときには、雪山の洞穴から出てきた毛むくじゃらの雪男が、雪で顔を洗ったり、歯磨きをしている姿も見ました。
こいのぼりはそうやって、何日も空のうえで楽しく暮らしていました。
 ある夏の夜のことでした。お城で恒例の花火大会が開かれました。キラキラと星がかがやく夜空に、色とりどりの花火が打ち上げられました。
「わあー、きれいだな」
こいのぼりがうっとりと眺めていたとき、ふと、地上の家のことがぼんやりと浮かんできました。そして人のいる地上の家がこいしくなってきました。
花火を見ながらこいのぼりは、風船おじさんにいいました。
「ぼくは、やっぱり地上へ帰ることにします。お家の人たちが、みんなしんぱいしてますから」
風船おじさんはそれをきいて、
「残念だな。でも、あんたがそういうなら、しかたがないな。あしたおれが送って行ってやるよ」
「ありがとうおじさん。だけど、おじさんは地上へ帰らないの?」
風船おじさんは、それをきくと少しさびしそうな様子で、
「おらあ、死ぬまでここでやっかいになるつもりなんだ。地上での暮らしはすっかり嫌になってしまったからな。それに人にはあまりいいたくないけど、ずいぶん借金も残してきたからなあ。それから信用もさ。だけど、ときどきふるさとがこいしくなって、実家のすぐ近くまで飛んで行ったり、最後に飛び立った琵琶湖湖畔へも何回も行くことがあるんだ。それを空のうえから眺めているだけで十分しあわせなんだ」
風船おじさんは、そう話してくれました。そして、ここへ来てからはじめた趣味のことも教えてくれました。
 風船おじさんは、王さまからもらった天体望遠鏡で毎晩星の観測をするのが日課だということです。
夜になると、部屋の窓から星を眺めながら、将来は自分でロケットを作って、太陽系で一番大きな星の木星へ行きたいと思っているそうです。木星は地球の約318倍もの質量があり、将来はそこに住んで宇宙人相手にインベーダーゲームのお店を開きたいと思っているそうです。
 風船おじさんは、お城の倉庫で、自分で書いた設計図をもとにロケットを作り始めているとのことです。実現すればこんなにすばらしいことはありません。そのときはこいのぼりもいっしょに連れて行ってくれるそうです。
 翌朝になり、こいのぼりは風船おじさんに連れられて、お城からでていきました。
しばらく飛んでいると、向こうの空がきゅうに暗くなってきました。
「どうやら、あらしになりそうだ。しっかりつかまってろよ」
こいのぼりは、風船のへりにしっかりとへばりついていました。
 そのうち、雲の中に入ると、ものすごい突風が吹いてきてまわりの空気が寒くなり、ピカピカとかみなりが鳴りだしました。
そのとき、いつかのかみなり大王の声がきこえてきました。
「なんだ、またえものにもならないやつらが飛び込んできた。こんなところにやってきておもしろいのかな。よおーし、すぐにここからおいだしてやろう」
かみなり大王は、いきおいよく風船にむかって息を吹きかけました。
「うわあー!」
風船がぐらぐらゆれて、地上へむかって急降下をはじめました。
「ダウンバーストだ。しっかりつかまってろよ」
しかし、風船はそうじゅうがきかずに、またたくまに地上へ落ちていきました。こいのぼりは、じっとへばりついていましたが、しばらくすると意識をうしなってしまいました。
 こいのぼりが目をさましたのは、ずいぶん時間がたってからでした。お日さまがかんかんてっている草むらの中でした。
向こうから声がきこえてきました。
「あっー、ぼくんちのこいのぼりだ。こんなところにいたのかー」
その子はこいのぼりの持ち主でした。
こいのぼりは、男の子に連れられて家に帰っていきました。とっくに一年が過ぎていましたが、今日は5月5日の子どもの日でした。
すぐに、家の竿につけられると、以前のように空に浮かびあがりました。
「やっぱり、ここがいちばん居心地がいいな」
こいのぼりがそういっていたとき、向こうの空のうえを、のんびりと飛んでいくヘリウム風船を見つけました。
「あっー、風船おじさんだ。あらしをうまくきりぬけたんだな」
しばらくすると、風船おじさんはこいのぼりに気づいて、手をふってくれました。
こいのぼりも、大きくしっぽをふってこたえました。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2016年2月27日土曜日

夢見る電車

 その電車は、最近工場の中で生まれたばかりでした。ペンキのにおいがぷんぷんして、今日から大きな町から海の見えるさびしい岬まで走っていくのです。何もかもが初めて見る風景なので、電車はとても喜んでいました。
 この電車には、今日からいつものたくさんの乗客が乗りました。みんな途中にある工場や学校、病院、郵便局、漁協などで働く人たちでした。
 朝が早いので、みんな電車に乗るとこっくりこっくりとすぐに居眠りをしてしまいます。だから、誰も外の景色を見る人はいません。だけど電車だけは、いままで見たことがない風景にとても感激しながら、レールの上を元気よく走っていきました。
 いままで、狭苦しい工場の中で、身動きもできなかったので、はじめて見る海の風景にも満足しながら走りました。
 ある朝、新任の小学校の先生がこの電車に乗りました。今日がはじめての仕事なのです。最初は変わっていく外の風景をめずらしそうに眺めていましたが、みんなが居眠りをしているので、だんだんと自分も眠くなってきました。知らないうちに目を閉じてしまいました。
 電車は、山の中を走っていきました。いつものトンネルを抜けました。
トンネルを抜けると、やがてある村が見えてきました。電車はその村が美しい村なのでいつも汽笛を鳴らして喜びました。眠っている乗客はいつものことなので目も覚ましません。だけど新任の先生だけは、その音で目を覚ましました。
 ねむけ眼で窓の外の景色を見て驚きました。見果たす限りの菜の花畑が丘の向こうまで続いているのです。
「わあ、こんなすてきな村があるんだなあ。いつかこの村に降りてみよう」
先生は、遠くの方までつづく菜の花畑をいつまでも見ていました。
 やがて、電車はまたトンネルを抜けました。
トンネルを抜けると、そこは桜の花が満開になっていました。右を見ても左を見ても、まわり中、どこまでも桜の世界がつづいています。こんなすばらしい景色は都会では見ることができません。先生はいつまでもうっとりと眺めていました。
「この村にも降りてみよう」
 そういっていると、向こうの小高い山の間から、青々とした海が見えてきました。
その海の見える小さな村に先生の働く小学校があるのです。
小さな小学校には二十人ほどの生徒が新しい先生がやって来るのを待っているのでした。
先生は、棚からかばんを下ろすと降りる準備をしました。すると、ほかの乗客たちもみんな目を覚ましました。
 電車は、やがてその村の終着駅に到着しました。乗客たちはみんな降りて行きました。みんな夕方には、またこの駅へ戻ってきて都会へ帰っていきます。
 電車は、駅のホームでひと休みしながら、再び都会へ向かって走り出します。
「この駅からのお客さんは、三人だけか」
すこしがっかりしましたが、また美しい風景を見ながら走ることができるのです。電車は元気よく、いま来たレールの上を走っていきました。
 季節が変わると、まわりの景色も変わっていきました。
暑い夏になると、青々とした山々に緑の木々がまるで燃えているように見えます。海の向こうには大きな入道雲が浮かんで、浜辺には、たくさんの海水浴客の姿がありました。そして、その人たちは、みんなこの電車に乗ってやってくるのでした。夏の季節が一番、この電車が働く時期だったのです。
 やがて夏も終わり、秋も過ぎると、冷たい北風が吹く冬の季節になりました。この土地では、雪は降りませんが、からからに乾いたからっ風が毎日のように吹きました。電車はそれにもがまんして走りました。
 もうすぐ春になるある日のことでした。
都会の駅へ戻ってくると、白い雪をたくさんかぶった一台の電車に出会いました。
「おれは、雪国からやって来たんだ。ここじゃ、もう春なのに、向こうじゃ、まだ雪が降っているんだから寒くってしょうがない」
 電車はそれを聞いて、自分も一度は雪の降る土地を走ってみたいなと思いました。電車はまだ雪を見たことがなかったからです。
「雪が降ってる景色はどんなだろう」
毎日、雪国からやってくる電車たちに話を聞いてみました。
「ぼくも、雪の中を走ってみたいなあ」
電車はいつも仕事が終わったあと、ホームの中で雪国の夢を見ていました。
何年かしてから、その夢がかなう時がやってきました。電車の入れ替えがあり、雪国で走ることになったのです。
 ある日、電車は新しく塗装されて、雪の降る北の国へと運ばれていきました。もうすぐ冬になる時期でした。仲間の電車たちがみんな見送ってくれました。
いまその電車は、雪の降る土地を、毎日元気よく走っているのでした。
 厳しい寒さの土地ですが、生まれてはじめて見る雪はとても幻想的で、好奇心をかきたてられるのでした。
ある真冬の広大な湖のそばを通ったとき、北方からやってきた白鳥たちが、氷の張った湖に舞い降りてきて、みんな羽を休めていました。
 あるときは、一羽の変わり者の白鳥が、電車の停まっている駅のすぐ近くまでやってきたことがありました。そんなときは、いっしょに話しをしたこともありました。
 ある朝、あたたかそうな帽子をかぶり、分厚いオーバーを着込んだひとりの老人が、大きなキャンバスと絵具箱、イーゼルを担いで、この小さな田舎の駅に降りました。
「どこからやって来た人かな」
その老人は、絵描きで一週間ほどこの村の旅館に滞在して、白鳥たちがいる湖の絵を描きにきたのです。毎朝早くこの湖のほとりにやって来ると、雪の積もった原っぱにイーゼルを立て、キャンバスを載せて絵を描いていました。
電車は、毎日、この湖のそばを通るとき、いつもその絵描きが描いている絵を見ました。
その絵には、たくさんの白鳥たちが、氷の張った湖のまわりに集まってみんな楽しそうに羽をやすめている様子が、色鮮やかな絵の具を使って、美しく丹念に描かれていました。
「明日はどこまで描けてるかなあ」
電車は、毎日絵を眺めるのが楽しみでした。
 ある日、絵描きは、出来上がった絵を携えて、町へ行く電車に乗りました。
どこかの町の美術展に描き上げたこの絵を出品するためでした。
白鳥と湖をモチーフにしたこの美しい色彩の絵は、きっとたくさんの人たちに賞賛されるでしょう。
そんなことを思いながら電車は、またいつものようにこの湖のそばを走っていきました。
 やがて、雪もとけて、あたたかな春がやって来ました。湖の氷もとけて白鳥たちの姿も見えなくなりました。電車は、また冬がやってくるのを楽しみに待つことにしました。
 ある四月のさわやかな日でした。
電車がこの田舎の駅に停まると、折りたたみ式自転車を携えた二人の若者が電車に乗り込みました。
この若者たちは、自転車で日本一周をしているのでした。座席にすわるとポットをとりだして、「ふー」とため息をつきながら、お茶を飲み、ガイドブックをひろげて行き先を確認していました。
「さすがに日本一周はたいへんだね」
「なあに、のんびり走っていけばだいじょうぶさ。あの山の向こうは海だ。こんどは海沿いを走ってひたすら南へ行こう」
「いい季節だから、こんな風景の土地もきっと見られるね」
二人が見ていたガイドブックの写真には、海の見える菜の花畑がどこまでも広がる土地が写っていました。
 電車は、その風景に見覚えがありました。それは、生まれて初めて走ったあの海の見える美しい土地でした。ここではまだ花は咲き始めたばかりですが、いま頃、あの土地の村々では、一面に桜の花が満開になり、菜の花畑が丘の向こうまで広がっているのでしょう。
 朝の早い始発電車の中では、いまも乗客たちがあいかわらず、みんなこっくりこっくりと居眠りをしているのでしょうか。電車はそれを思い出すと、くすっと笑いました。それからまたあの新任の先生のことも思い出しました。いまごろは学校の仕事にもすっかり慣れて、毎日楽しく子供たちに勉強を教えているのでしょうか。
 電車はそんなことを思い出しながら、いつかはまたあの村へ帰ってみたいなあと思いました。そしてしばらくすると電車は元気よく汽笛を鳴らして、次の駅へ向かって走っていきました。



(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)