2015年11月30日月曜日

クマと名人

 いままで一度も負けたことがない将棋の名人が、山の温泉へ静養に出かけました。
見晴らしの良い露天風呂に入って、これまでの対戦のことをいろいろと思い出していました。
「今日まで順調に勝ち進んできたが、秋にはとても強い相手と対戦せねばならん」
 そんなことを考えているとなんだか心配になり、のんびりと温泉につかっていることが出来なくなりました。
 温泉からあがり、庭でひとり将棋を指していると、突然林の中から大きなクマが出てきました。ところが、将棋のことで頭がいっぱいの名人は、まったく気にかけません。
驚かすつもりで出てきたクマだったので、すっかり気が抜けてしまいました。仕方なく林の中へ戻ろうとしたとき、
「おいっ、どこへ行く、ちよっとわしの相手をせんか」
 突然そんなことをいわれたクマは、このまま引き返すのもなんだか馬鹿らしい気がしたので、名人のそばへやってくると、ひと勝負しようと思いました。
 最初は、名人の手にまったくクマは負けてばかりいましたが、すこしづつ腕を上げていきました。ときどき名人をひやりとさせる手を打つこともありました。
「うむ。おまえはなかなか素質があるな。どうじゃ、五日ほどわしの相手をせんか」
 クマは、食べ物をくれるんだったら、相手になってもいいと承知しました。
 翌日から、クマと名人は一日中将棋を指していましたが、クマもだんだんと互角に戦えるようになってきました。しまいには6対4ぐらいで勝つこともありました。お礼のおむすびを食べながら、クマは長い時間将棋を指していました。
「相手も、なかなか手ごわくなってきたな。本腰を入れてかからないと負けてしまうかもしれない。でもいい練習になる。これで秋の対戦は勝てるかもしれない」
 名人は、心の中で嬉しそうににこにこ笑いながら将棋を指していました。
 五日が過ぎて、名人はこの温泉から出て行くことにしました。そして帰るときクマに、
「また、来年の夏にここへやってくるから、また相手になってくれんか」
 クマはそれをきいて、
「おむすびくれるんだったら、いいよ」
といって、山の中へ帰っていきました。
 秋の対戦では、思ったとおり名人はみごとに勝ったということです。 


 



(文芸同人誌「青い花第23集」所収)



2015年11月22日日曜日

のんだくれの夢

  ある家に毎日酒ばかり飲んでいる男がいました。奥さんもとうにあいそをつかして実家へ帰っていました。
「ああ、とうとうひとりになれた。ありがたい。これからはだれからももんくをいわれずに酒が飲めるぞ」
 ある晩、酒がなくなったので、酒屋へ買いに行くとき、路地裏でひとりのアラビア人に呼びとめられました。
「どうですか。このランプ買いませんか。たったの千円です。三回こするとどんな夢でもかないますよ」
「ほんとうかい。じゃ、買うよ」
 男は、家へもってかえると、さっそくランプを三回こすってみました。すると、ランプの中から白いけむりがでてくると、大男が現れました。どうじに、見たこともない景色が目の前に現れました。
「ご主人さま。ここはアラビアの国でございます」
「へえ、おどろいた。おまえさんは召し使いなのかい。じゃ、酒が飲めるところへ連れていってくれよ」
すると、白いけむりがでてくると、また景色が変わりました。そこはこの国一番の大きな宮殿の中でした。
 男がおどろいていると、両側の部屋から、顔に白いベールをつけた三人のすごい美人の女たちが食事をもってきました。もちろん、お酒もついていました。
「いやあ、ありがたい。まるで王さまになった気分だ」
 料理をたいらげながら、お酒もがぶがぶ飲みました。
「これがサフラン酒ってやつか。まえから飲んでみたかったんだ」
 すっかり満足した男は、お風呂に入りたくなってきました。
すると、目の前に、ライオンの口からお湯が出ている大きなお風呂の中につかっていました。 
「いやあ、気持ちいい。疲れがとれるよ」
 そういって笑っていると、さっきの美人の女たちがパインジュースを持ってきてくれました。
「いやあ。気が利くな。家のかみさんとは大違いだ」
男は、ついでにヒゲも剃ってもらい、肩ももんでもらいました。 
 お風呂からあがると、夜空の星がキラキラと輝く大きな窓のある寝室で寝ることにしました。
しばらくしたとき、町のほうから、
ドーン、パチ、ドーン、パチと、花火が打ち上げられました。
「なんだ今日はお祭りか。寝ていたらもったいないな」
 男はお祭りへでかけていきました。
 ところが、町へ行ってみるとそれはお祭りではありませんでした。花火だと思っていたのは大砲の音だったのです。
なんでもこの国で革命が起きたというので、王さまや貴族やお金持ちはみんな捕らえられるというのです。
 広場へ行くと、たくさんの市民たちが、こちらのほうへむかって走ってきました。王さまの服を着ていた男は、すぐに捕まってしまいました。
「やめろ、おれは王さまじゃないんだ。今日、日本からやってきた一般庶民だ。誤解しないでくれ」
 けれども、男はすぐに牢屋に放り込まれてしまいました。
市民たちの話によると、この国の極刑は斬首の刑だということです。男は震え上がりました。
 翌日、簡単な裁判が行われました。
裁判は最初から検察側の有利なほうへ進んでいきましたが、判決の決め手になったのは、検察側の三人の証人の供述でした。
その三人は、宮殿でご馳走をしてくれたあの美人の女たちでした。その証言によって、まぎれもなく男は王さまだと判定されてしまいました。
「被告人を死刑にします」
 翌朝、男は処刑場に向かいました。まわりにはたくさんの市民たちが見物にきていました。
しばらくすると、とてつもなくでっかい男がサーベルを持って近づいてきました。
「たすけてくれ。おれは日本からやってきたただの庶民だ。殺される覚えなんかない」
 しかし、男は布切れをかぶせられてひざまずかされました。
「きっとこれは夢だ。おれは悪い夢をみているんだ」
その瞬間、サーベルが高く持ち上げられました。そして振り下ろされる寸前、空から魔法のじゅうたんがいきおいよく飛んできました。
「ご主人さま、これにお乗りください」
 じゅうたんには大男が乗っていました。
間一髪、男はじゅうたんに飛び移ると空のうえに舞い上がりました。
「遅かったじゃないか。もうすこしで首をはねられるとこだったよ」
「もうしわけありません。朝ごはん食べてたところでしたから」
「で、こんどはどこへ連れて行ってくれるんだ」
「へい、いいところがありますよ。ドイツのビアホールです。黒ビールをがぶがぶ飲みながら本場ドイツのおいしいソーセージを食べに行きましょう」
「ああ、それはありがたい。緊張の連続ですっかりのどが渇いてたところだよ。はやく行こう」
 ご主人さまをつれて魔法のじゅうたんは、今度はドイツの国めざして飛んでいきました。




(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年11月14日土曜日

ゆうれいパトカー

 その田舎の国道を走るときは、道路交通法を十分に守って走らなければいけないのです。少しでも違反していると、すぐにゆうれいパトカーに追われるのでした。
 ある夜、この国道を、長距離トラックが時速70キロのスピードで走っていると、後ろから一台のパトカーがサイレンを鳴らして追いかけてきました。パトカーは、すぐにトラックの前方に入り込むと、スピードをゆるめて止まりました。
「しまった。速度オーバーだ」
 この国道の制限速度は50キロでしたから、20キロの速度違反でした。
トラックの運転手さんは、すっかりあきらめて、警官が出てくるのを待っていました。
ところがどうしたことでしょう。いくら待っても警官が出てこないのです。
 運転手さんは、なんだか気味が悪くなってきました。
でも、こんな所でいつまでも停車しているわけには行きません。時間どおりに荷物を届けないと行けないのです。
 仕方がないので、自分からパトカーのいる場所へ歩いて行きました。ところが、車の中を覗いて驚きました。運転席には誰も乗っていないのです。
「ひえー、ゆうれいパトカーだ」
運転手さんは、すっかり怖くなってその場所から走り去って行きました。
 そんな出来事の後も、何台もの法定速度を超過して走っていた車が、同じような体験をしました。そんなことがたびたびだったので、それからはみんなこの国道を走る時は、スピードを落として走りました。法定速度で走ってさえいれば、ゆうれいパトカーに追われることはなかったからです。
 また、この国道の一時停止の場所でも同じような体験をした車がありました。
 ある夜、残業を終えた会社員が、この国道の一時停止の場所で、徐行だけで通り過ぎようとしたとき、そばの空き地から突然ライトが点燈して、一台のパトカーが姿を現しました。
会社員は、すぐに車を止めて、もとの停止位置まで戻り、やり直しをしていると、ライトは消滅して、さっきのパトカーの姿はどこにもありませんでした。
こんなふしぎな出来事も、すぐに人の耳にも伝わりました。
それは車ばかりではありません。
 ある日、この国道の横断歩道を赤信号で渡ろうとしていたお爺さんのうしろから、
「赤信号ですよ。渡らないで下さい」
と拡声器で呼び止められました。
 びっくりしたお爺さんは、すぐにうしろを振り返ってみましたが、そこには誰もいませんでした。
「おかしいなー」
と思っていると、一台のパトカーが国道のはるか向こうへ走り去って行きました。
そんな不思議な場所だったので、もう十年以上もこの国道では、無事故、無違反の記録が続きました。
 この国道を走ってみると、ところどころに「ゆうれいパトカーに注意」の標識が立っています。





(未発表童話です)


2015年11月7日土曜日

伸びろ髪の毛

 たけくんのお父さんは、最近抜け毛で悩んでいました。頭髪の真ん中あたりが薄くなってきたのです。
「こりゃいかん。早いうちに処置しなくちゃ」
 翌日、お父さんは薬局へ行って育毛剤を買ってきました。
「よし、これで解決しよう」
 洗面所へ行くと、箱を開けて薬をつけはじめました。
ひんやりと気持ちよく、ぽんぽん頭皮に塗りつけていきます。
見ているたけくんに、
「今日だけじゃ、だめなんだ。毎日続けることが大切なんだ」
といって、その日からはかかさずに薬をつけるようになりました。
 三ヶ月もすると、お父さんの髪の毛は少しずつ黒くなってきました。
「どうだい。ほんとうにこの薬はよくきくだろ」
「うん、もう少しだね。まえのようにふさふさした髪になるといいね」
それからたけくんに弟ができました。なまえは、りょうくんといいます。とても元気な子でよく泣きます。
 ある日、たけくんは、りょうくんの髪の毛が薄いのに気づきました。
「これじゃ、大きくなったとき、お父さんみたいに苦労してかわいそうだな」
 たけくんは、お父さんの引き出しの中から育毛剤をもってきました。
「これをつけてあげたら、すぐ髪の毛が濃くなるぞ」
そういって眠っているりょうくんの頭に育毛剤をつけてあげました。つけながらお父さんがいったことを思い出しました。
「毎日続けることが大切なんだ」
そのことを思い出しながら、毎日りょうくんの頭に育毛剤をつけてあげました。
 ある日、お母さんが心配そうにいいました。
「ねえ、あなた。りょうくんの髪の毛、最近やけに濃くなったみたいね」
「ああ、そうだな。でも、うらやましいな。おれとどっちが早く濃くなるか競争だな」
 そばで聞いていたたけくんは、
「よおーし、りょうくん負けちゃいけないぞ」
といって、それからも毎日育毛剤をつけてあげました。
 半年がたちました。お父さんの髪の毛は、前のようにすっかりもとどおりになりました。
ところが、赤ちゃんのりょうくんの頭は、アビーロードの横断歩道を歩いているビートルズのメンバーのようなぼさぼさの長髪になりました。もちろんりょうくんの勝ちでした。
しかし、その後も、りょうくんの髪の毛は伸び続け、月に一度はかならず散髪屋へ行かなくてはならなくなりました。
「こりゃ、たいへんだ。一度、医者へ連れていこうか」
「そうね。そうしましょう」
 お父さんとお母さんの心配そうにしている様子を見ながら、たけくんは、
「これはちょっとやりすぎだったかな。でも、お父さん、お母さん心配しなくていいよ。もうりょうくんの頭に薬はつけないから」
そういって、育毛剤をつけるのをやめました。ひと月後には、りょうくんの髪の毛はそれ以上は伸びなくなったということです。
 




(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)