2015年10月30日金曜日

怪奇ミイラ男

 ピラミッドの中で二千年間眠り続けていたミイラが発掘されて、エジプトの博物館に収蔵されました。
「王家の息子に違いない。貴重なミイラだ」
毎日のように、町の人たちが、ミイラを見学にやってきました。ある年、このミイラは、日本の博物館へ移されて展示されることになりました。
 ある夜のこと、静まり返った館内の棺の中で、ミイラは長い眠りから目覚めました。そしてひとりごとをいいました。
「あ~あ、ずいぶん眠ったなあ。お腹がぺこぺこだ。何か食べたいなあ」
 ミイラは、棺から抜け出すと、警備員に見つからないように、館内の窓のカギをはずして外へ出て行きました。
博物館の裏道を歩きながら、どこか食事ができるところはないか探してみました。しばらく行くと、交差点のそばに一軒のステーキ屋をみつけました。もう店じまいまじかだったので、お客さんはほとんどいませんでした。ミイラは、店に入ると、入口のそばの席に着きました。
 ウエイターが注文を取りにやって来ました。ところが客の姿を見てびっくりしました。
「お客さん、どこで怪我されたんですか」
 ミイラはその問いには答えずに、
「塩漬けステーキ2枚と、麦パン2枚それと白ワイン1本下さい」
とウエイターにいいました。
 ウエーターは、困った様子で
「お客さん、そんなメニュウはうちにはありません。お店のメニュウ表の中から選んでください」
 ミイラはメニュウを開きましたが、文字が読めません。仕方がないので適当に注文しました。
「かしこまりました。焼き具合はどういたしましょう」
「レアーでたのみます」
 しばらくすると、料理が運ばれてきました。ステーキソースはいままで味わったことがない美味な味でした。ミイラはひさしぶりの食事に大喜び。むしゃむしゃとあっと言う間にたいらげました。
お腹一杯になったミイラは、店を出ることにしました。
現金がないので、エジプト金貨を一枚ウエイターにわたしました。
 ウエーターは困った顔をしましたが、
「お客さん、今日はこのお金で結構ですが、次からは現金でお願いしますよ。うちは骨董屋じゃないもんで」
 支払いを済ませたミイラは、お店から出て行きました。
 それから4、5日たったある夜のことでした。ミイラはまたお腹がすいて目を覚ましました。
「あ~あ、お腹がすいたなあ。今夜は何を食べに行こう」
棺から出ると、博物館の外へ出て行きました。
歩道を歩いて行くと、国道沿いに「びっくりドンキー」の看板を見つけました。
「ハンバーグか?。どおれ、どんな食べ物か食べてみよう」
 店に入ると、やっぱり閉店まじかで、数人しかお客さんはいませんでした。突然へんなお客が席についていたので、ウエイトレスはこわがって、店長にオーダーを取りにいってもらいました。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
ミイラはメニュウの写真を指差しながら、
「300グラムのハンバーグ2枚と、スープ、それに麦パン下さい」
とウエーターに注文しました。
 しばらくして料理が運ばれてくると、ミイラはむしゃむしゃと食べはじめました。二千年前のエジプトには、こんな珍しい肉料理がなかったので、ミイラは大満足でした。食事が済むと、支払いはやっぱりエジプト金貨でしたから、お店の人を困らせましたが、なんとか支払いを済ませて店から出て行きました。
 このようにミイラは、この町のレストランが気にいったとみえて、夜になると、たびたび博物館から抜け出して食事に出かけて行きました。
 ある晩、いつもの時間より遅く目を覚ましたミイラが町を歩いていると、どこも店は閉まっていた。
ミイラががっかりしていると、公園の真向かいにコンビニが見えました。
「あそこで食べ物を買おう」
 コンビニの中へ入ると、店員がびっくりしてミイラをじろりと見ました。ところが落ち着いていて、悪気もなさそうなので、しばらくじっと監視していました。
ミイラは、食べ物コーナーで、サンドイッチ3個と野菜ジュース2本を持ってレジへ行きました。
いつものようにエジプト金貨1枚を渡しましたが、店員が拒否したので困りました。
 そのときミイラのお腹がぐーっとなりました。こんなことはしたくはなかったのですが、商品を掴むとコンビニから逃げたのです。
その出来事が起きて以来、ミイラは指名手配される身となってしまったのです。コンビニの店員が警察に知らせたからです。
ミイラの似顔絵が、どの店にも張られました。ミイラもこれには大変困りました。もうレストランにもコンビニにも行けなくなったからです。
 がっかりしながらミイラが、ある晩近くの噴水のある公園のそばを歩いていたとき、いい匂いがしてきました。匂いのする方へ行ってみると、明かりの点った屋台のラーメンがありました。
「あそこで食べてみよう」
 チャーシューを切っていた主人は、暗闇の中からミイラが当然現れたので、思わず包丁を落としそうになりましたが、お客さんだと分かって、にこにこ顔で、
「いらっしゃい、どんなラーメンにいたしましょう」
 ミイラはしばらく考えてから、「この店で一番おいしいのを下さい」
と注文しました。
そしてラーメンが出来上がると、ミイラはさっそく食べてみました。スープが暑くて、おもわず舌を火傷しそうになりましたが、これまで食したことのない珍しい食べ物だったので、ミイラはそれからもたびたびこの屋台のラーメンに立ち寄りました。屋台の主人も、ラーメン一杯で、いつも金貨を一枚くれるので、いつも喜んでいました。
 ある晩、ミイラはこの町の飲み屋街の方へ出かけて行きました。そして道路脇で営業している、屋台のおでん屋を見つけました。
ミイラは、おでん屋がとても気にいったとみえて、よくここへもやってくるようになりました。珍しい熱燗とおでんを食べながら、いつもご機嫌でした。ミイラの好物は、卵とだいこんとちくわでした。日本酒もエジプトのワインとは違う奇妙な味で満足していました。
 ときどき酔っ払いがとなりに座って、ミイラの変な格好を見ながら、「あんた、怪奇映画の俳優かい、そんならサインしてくれ」と冗談交じりにからんでくる客もいました。
 ある晩、いつものようにミイラがこの屋台で、おでんを食べていると、二人の背広姿の男がとなりに座りました。にこにこしながら親しげに話しかけてきました。相手をしていると、突然、ミイラの両手をぐいっと掴んで、手首に手錠をかけました。二人は張り込みをしていた刑事でした。
ミイラは逮捕されて、すぐに町の警察署へ連行されて行きました。
蛍光灯の明かりが眩し過ぎる取り調べ室で、名前、住所、職業、年齢などを尋ねられましたが、訳のわからない返答ばかりするので取り調べの刑事さんも困りました。
取り調べの結果、博物館から抜け出したミイラということが判明して博物館に移されることになりました。一晩だけ、留置場に入れられましたが、夜食に、たくわん付きのカツ丼がでました。それを食べたのが最後になりました。
 博物館に移されたミイラは、棺の中へいれられて、しっかりと鍵をかけられました。ミイラはこれにはどうすることも出来ずに、仕方なくまた長い眠りにつきました。




(文芸同人誌「青い花第24集」所収)


2015年10月25日日曜日

街灯とクモの業者さん

 公園の桜の木のそばに街灯が立っていました。夜になると明るい灯を照らしていました。
 ある夜のこと、この街灯のまわりに、たくさんの蚊がやってきました。
居眠りしていた街灯は、あまりやかましいので目をさましました。
「ああ、うるさいな、またやってきた」
 蚊たちは、灯にまとわりついて、突いたり、さわいだり、わいわいがやがやと騒音をたてています。
 夜になると、この場所は、虫たちのたまり場になっていたのです。
「毎晩、これだからな」
 蚊たちは、一晩中、街灯のまわりに集まって、お酒を飲んだり、歌をうたったり、宴会をするのでした。
 あるとき、隣の街灯が話しかけてきました。
「もうすぐ夏ですな。そしたら、こんどは、蚊たちのほかに、カブトムシやカナブンも飛んできますよ。またにぎやかになりますな」
「ああ、困ったもんだよ。虫たちはこの場所が大好きだからね。誰でもいいから、殺虫剤をシュシューとふりかけてくれないかなあ」
「ところで、いい話があるんだが」
「なんだね、それは」
「蚊の駆除のために、業者さんを呼ぶんだよ」
「ほう、そりゃいい、なんて業者だね」
「クモの業者さんだ。街灯のまわりに、クモの糸を張ってもらって蚊たちを生け捕りにするんだよ」
「そりゃ、いい。じゃ、さっそく電話をしよう」
 翌日、注文をうけて、クモの業者さんがやってきました。
「承知いたしました。さっそく糸を張らせてもらいます。糸の寿命は三か月です。期間が過ぎたら新しいのと取り換えます。捕えた蚊の回収は週に一度伺います。代金はその時で結構です」
 クモの業者さんは一時間ほどかけて、街灯のまわりに糸を張って帰っていきました。
 夜になって、街灯のまわりに蚊たちがやってくると、思った通りみんな糸にからまってもがいていました。
「よかった。やっぱり業者さんにたのんで正解だった」
 しばらくの間街灯は、蚊がやってこなくなったので喜んでいたのですが、ある日、業者さんの店に電話がかかってきました。
「昨日のひどい強風で、糸の半分がすっかり飛ばされてしまった。すぐに新しいのを張ってくれ」
 さっそくクモの業者さんがかけつけました。
「承知いたしました。さっそく張り替えましょう」
 急いで、破れた糸を取り外して、新しい糸と取り換えました。
「出来ましたよ。ところでたいへん申し訳ありませんが、代金の方がこの前よりも高くなります。仕入れ先のクモ製糸工場のクモたちの食費代が値上がりしたのと、今月から消費税が引き上げられましたから」
 街灯は困った顔をしましたが、これも仕方がないとあきらめて、業者さんに値上がりしたクモ糸の代金を支払いました。





(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)



2015年10月18日日曜日

りんごの木と小鳥たち

 ある家の庭に、りんごの木が立っていました。
いつも秋になると、たくさんの実をならしました。
ところがりんごの木は、自分が育てた実を誰かに食べられてしまうのがきらいでした。
「せっかく大きくした実だ。だれにもやんねえぞ」
 ある日、たくさんのひなを持つ小鳥のお母さんがやってきました。
「りんごさん、今年は山に食べられる実が少ないので、少しわけてください」
小鳥のお母さんは、あちこちさがしまわっていたので、すっかり疲れていました。
「いやなこった。だれにもやんねえぞ」
「そういわないで、わけてください。おさない子どもたちが巣でまっているのです」
「だめ、だめ、かえってくれ」
小鳥のお母さんは、かなしそうな顔をして飛んでいきました。
 ある日、山鳩のお母さんが、やっと飛べるようになった子どもの鳩たちをつれてやってきました。
「りんごさん、お願いします。この子たちに実を分けてやってください。たくさん栄養をとらせて一人前の鳩にさせたいのです」
けれども、りんごの木は、
「いやなこった。だれにもやんねえぞ。かえってくれ」
山鳩のお母さんは、それをきいてがっかりしましたが、
「それでは、この子のぶんだけお願いします」
といって、成長のおそい、元気のない病気がちな小鳩を見せていいました。
りんごの木は、それでも、
「いやなこった。だれにもやんねえぞ」といって断ってしまいました。
 ある晩、りんごの木がすやすやと眠っていたとき、夢の中で遠い遠い昔の日のことを思い出しました。
もう亡くなってしまったこの家のおばあさんが、はじめてりんごの木をこの庭に植えてくれた日のことでした。
おばあさんは、自分の子どもたちが大人になって町に住むようになってからは、ただひとりきりでこの家でくらしていました。
おばあさんは、りんごの木を育てて、実がなるようになったら、この家に遊びにきた孫たちに食べさせたいと思っていました。
それからおばあさんは、山に住む小鳥や鳩も好きでしたので、このりんごの木が実をつけたら、いつも山から小鳥や鳩たちがやってきて、寂しいこの家の庭が毎日にぎやかになるのを楽しみにしていました。
けれども、おばあさんは、りんごの木が赤い実をつける前に亡くなってしまいました。
 夢の中で、そんな日のことを思い出したりんごの木は、自分がいままでとんでもないことをしていたことに気がつきました。
そして、おばあさんがいたときよりも、すっかりこの庭は静まり返り、寂しい庭だったとはじめて気がついたのです。
 りんごの木は、心の中で、
「そうだった。これからは、山のみんなにもりんごの実をわけてあげよう」
と思いました。
 ある日、いつかの小鳥のお母さんがまたやってきたので、たくさん実を食べさせてあげました。
そして、そのあとからも、山鳩のおかあさんが、すっかり痩せた子どもたちをつれてやってきたので、たくさん食べさせてあげました。
みんなりんごの木にお礼をいって山へかえっていきました。
 何年もそんなことが繰り返されてから、子どもだった小鳥たちは、みんな大きくなって、いつもりんごの木のところへ遊びにやってきました。
いつも寂しかった庭は、毎日小鳥たちの楽しいさえずりでいつもにぎやかになりました。
 ある秋の日のこと、カラスが飛んできて、りんごの実をたべていたとき、りんごの木がいいました。
「カラスさん、どうかお願いします。私を育ててくれたおばあさんが眠っているお墓に、りんごの実をお供えにいってくれませんか」
カラスは、
「ああ、いいよ」
といって、りんごの実をいくつかもっておばあさんのお墓へ飛んでいきました。
カラスは約束をまもってくれるかなあと、りんごの木はすこし心配でしたが、しばらくするとカラスがもどってきて、
「ちゃんとお供えしてきたよ。いまごろおばあさん喜んでるね」
と、りんごの木にいいました。



(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年10月9日金曜日

底なし沼の話

 誰も知らない深い山奥の薮に囲まれた小さな原っぱにその沼はあった。回りを高い樹木が生い茂り、昼間でも薄暗く、死んだように静かな場所だった。この沼は、底なし沼と呼ばれてこの山に住む動物たちから恐れられた。
 これまでこの沼の水を飲みにやって来た動物が足を取られてこの沼に引きずり込まれた。そんな恐ろしい沼だったので、動物たちはまったく近づかなかった。
 この沼はずいぶん年を取っていた。だから偏屈で、頑固で融通がきかなかった。しかし、あるときこんなことを考えるようになった。
「俺はこんな淋しい山奥でみんなから恐れられて、ずうーっとひとりで生きてきたが、それは俺の本心ではない。たくさんの生き物の命を奪ったことも、それは本能のせいなのだ。俺には自分の本能にただ従って生きることしか出来ない存在だ。だけどいつまでもそんなことで自分を騙し続けて生きていてもいいものだろうか。このまま動物たちから嫌われ続けて生きていくのも辛いものだ。それに俺は外の世界のことは何も知らない。一度でいいから外の世界を見てみたいものだ」
 ある月が美しい夜のことだった。沼のむこうの水面にわずかに月が写っていた。沼はそっと月に尋ねてみた。
「お月さま。教えてくれよ。山の向こうにはどんな世界があるんだ」
 沼に突然はなしかけられて月はおどろいたが、
「あの山のはるか向こうには、美しいお花畑が広がっています。今そのお花畑は真っ盛りです。太陽が輝く時間には、緑の牧場にたくさんの牛たちと牛飼いが散歩をしています。また緑の芝生には色とりどりの花が咲いています」
 沼は話を聞きながら、その美しい情景を心の中で思いめぐらせてみた。
「ああ、なんとかそんな風景を一度は見たいものだ。それに太陽の光も受けたいものだ。俺はこれまで花さえも見たことがない」
 沼はそれからは毎晩のように月が出ると、外の世界のことを訪ねてみるのが毎日の日課になった。
 ある日、沼のほとりの木の枝に、一羽の小鳥が飛んできて巣を作った。やがて、その巣から、ひなたちの声が聴こえてくるようになった。
「なんて楽しそうな鳴き声だ。ひさしぶりに聴く生き物の声だ」
 沼は、その陽気な鳴き声を毎日聴いていた。ところがある日のこと、巣からひなの一羽が足を滑らせて沼の水面に落ちてきた。沼はさっそくそのひなを沈めようと思った。しかし沼はそのとき思いとどまった。
「同じことを繰り返していては、おれの境遇はいつまでも変わらない」
 そういって、ひなを沈めることをやめたのだ。そこへ親鳥が帰ってきて、ひなを見つけて沼から救い出した。親鳥は沼に感謝した。沼になにかお礼をしたいといった。沼は少し考えてから、
「それじゃ、山の向こうの草原に咲いている花を持ってきてくれないか。おれは花をまだ見たことがない」
と頼んでみた。
 親鳥は、すぐに山の向こうへ飛んでいくと、花を何本が沼のところへ持ってきた。そして沼の水面にその花を投げてやった。沼はその花をじっと見つめてはその美しい色彩と匂いをいつまでもかいでいた。
その後も、親鳥は、エサを取りに行ったついでに花を持って帰った。そして沼の水面にそれを落としてやった。
 あるとき、沼の水面を漂っていた花の種が沼のまわりの草むらに辿り着き、土の中から小さな芽が出てきた。だけど沼はそのことをまだ知らなかった。
 ある年、ひどい嵐がこの土地を襲ったとき、沼の周りの樹木が何本もなぎ倒された。回りの景色はひどいありさまだったが、その後、太陽の日差しがこの沼にも降り注ぐようになった。どす黒い沼の水もいつしか透明度を増してきれいな水に変わっていった。
 沼の回りの花の芽も次第に大きくなり、やがて春の季節になると、色とりどりの色彩の花が沼のまわりに咲き始めた。太陽の日差しと水気をよく含んだこの場所は、やがて美しい花畑になり、遠くからでもこの場所がわかるようになった。
 やがて、この沼のほとりの花畑にはいろんな昆虫や小鳥や動物たちが遊びにやってきた。みんなこの美しい花畑で毎日遊んで帰って行った。そして何年かすると山の向こうからは、人もやってくるようになった。
 みんなこの沼が、かつておそろしい底なし沼であったことなどもう誰も知る者はなかった。





(つるが児童文学会「がるつ第34号」所収)