2015年9月30日水曜日

影と取り引きした侍

 ある侍が町の居酒屋で、別の侍と些細なことで口論になり、とうとう決闘をすることになった。
ところが、相手の侍は、この土地では指折りの剣の名手。とても、まともに勝てる相手ではなかった。
「なんとか、決闘に勝てる方法はないものか」
 侍は、その夜、眠ることも出来ずに考えつづけた。
やがて、決闘の日の前の晩になり、あいかわらず侍が思案していると、どこからか不気味な声が聞こえてきた。
「そう、考え込みなさるな。心配はいりません。あなたの代わりに、わたしが決闘に行ってあげましょう」
 その声は、部屋の障子に映った自分の影であった。
「それは、本当かー」
 侍が、影に向かって念をおすと、
「まかせておきなさい。かならず、決闘に勝ってみせます。ただしー」
 影はそういってから、侍にひとつの条件をつけた。
「決闘には、かならず勝ってみせますが、そのお礼として、あなたの残りの寿命の半分を、わたしにいただきたいと思います」 
「おれの残りの寿命の半分をー」
侍は、それを聞いて、一瞬、肝をつぶしたが、しばらく考えてから、
「よしわかった、そなたの条件を聞き入れよう」
その夜、侍は、自分の影と取り引きをしたのだった。
 翌朝、侍が目を覚ましたのは、決闘の時刻をすでに過ぎている頃だった。
「しまった。寝過ごしたー」
 侍は、急いで着物を身に付けようとしたとき、ふと、昨夜の取り引きのことを思いだした。
「そうだった。いまごろ、決闘の勝負はついている頃だ」
 そういってから、侍は、ふと、自分のことを考えてみた。
「おれが、いま生きているってことは、決闘に勝ったって証拠だ。影のやつ、おれの命を救ってくれたんだ」
 侍の心は、急に晴れ晴れしい気持ちになった。
 これまでの、緊張しきった心をいやすために、侍は町へ行き、居酒屋の中へ入っていった。
店の中では、たくさんのお客たちが、今朝の決闘の話でざわめいていた。
「信じられねえことだ。あんな凄腕の侍が、殺されたんだからな」
「おいらも、その話はけさ仲間から聞いて驚いている」
「でもよ、あいての侍は、どこへ姿をくらましたんだろうな。なんでも、いま役人たちが血眼になって、その侍を探してるってことだぜ」
「え、どうしてだい」
「あたりめえだろ、開始の合図も無視して、うしろから斬りつけて殺ろしてしまったんだからー」
 そのはなしを聞いた侍は、すぐに店を飛び出した。そして、呆然とした様子で、自分の家へと帰りはじめた。
侍は、人に顔を見られないように、顔を隠すようにしながら、下を向いて歩かなければならなかった。
 やがて、自分の家に帰り着いた侍であったが、侍の帰りをすでに待ち伏せていた、奉行所の役人たちによって、すぐにその場で取り押さえられてしまった。
「殺人」の罪状で、侍が、牢屋に放り込まれてから、十数年がたったある晩のことだった。
 月の光に照らされた、牢屋の壁に、侍の影が寂しげに現れたとき、いつかの不気味な声が聞こえてきた。
「あのときの約束は、ちゃんと守りましたので、こんどは、わたしが、お礼を頂きにまいりました」
 影はそういうと、すっかり老いて生きる気力を失った侍から、残り半分の寿命を奪い取った。それからすぐに、侍は、牢屋の中でしずかに息を引き取ってしまった。



(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)
 
 
 

2015年9月23日水曜日

花の咲かない桜の木

 その桜の木は、あまり人の通らない公園裏の通りにただ一本だけで立っていました。困ったことに、春になっても花が咲かないので、だれもこの木のそばにやってきませんでした。
 あるとき、一羽のつばめが遠い土地から飛んできて、この桜の木の枝にとまりました。
「季節はもう春ですよ。ほかの桜の木たちは、みんな美しい花を咲かせているのに、どうしてあなただけ花を咲かせないんですか」
 桜の木は、眠そうな様子で、
「おれは、ずいぶんと気まぐれな木なんでね。春が来ようが来まいが、そんなことはどうだっていいんだ。花を咲かせたいときだけ咲せますから。それにこんな場所で花を咲かせてもだれも見にきてはくれませんよ」
 つばめをそれをきくと、
「あなたはずいぶん変わり者ですね。あなたのような桜の木をわたしは見たことがありません」
「そうかね、別にそんなことおれには関係がないことだよ。どうれ、また昼寝でもするか」
 桜の木は、いつもそんなことをいって一輪の花も咲かせずにいました。
 ある日のこと、桜の木は、いつものように広い空を見上げていました。
「空っていうのはうらやましいものだ。自分たちの感情を自由に表現できるからな。機嫌がいいときは抜けるような青空だし、機嫌が悪くなると真っ暗になって、ビュービューと風を吹かせ、ゴロゴロと雷を鳴らして大雨を降らせる。そしてまた機嫌が良くなると明るくなって、七色の美しい虹が現れたりする。じつにうらやましいものだ。
 ところが、おれたち桜の木はどうだ、気分が悪くても春になったら花を咲かせなくちゃいけない。それに咲く花はいつもお決まりのピンクと決まっている。形も大きさも同じで、うれしくもないのにみんなと一緒に笑っていなくちゃいけない。桜の木にもちゃんと個性があるのに。
 それはおれたちばかりじゃない。ほかの花たちだってそうだ。どの花にもちゃんと個性があるのに、それをひとつにしか表現することができないなんて悲しいことだ。車の排気ガスでお腹が痛くなったときは花びらが青色になったり、楽しいときは黄色くなったり、恥ずかしいときは赤くなったりしてもいいじゃないか。松林の向こうに見える海だっていつも表情が違うじゃないか」
 桜の木はいつもそんなことをつぶやいていました。
 ある年の春の夜、公園に明るい灯がともりました。今日はお花見でした。町の人たちがたくさんやってきました。
たくさんの入場客が、満開の桜の木の下で宴会をしています。みんなお酒を飲んだり、バーベキューをしたり、歌をうたったりとても賑やかです。
明るい提灯の下で、夜遅くまで、賑やかな声がたえません。
 でも、公園裏の一本の桜の木だけは、そんな光景を、ただひとりあきれたような顔をして眺めていました。
「毎年、あれだ。桜たちは、みんなバーベキューの匂いや、お酒のぷんぷんする匂いを一晩中かかなくちゃいけないんだ。おれだったら、すぐにでも公園から出て行くのにさ。みんなよくじっと我慢していられるな」
 でも、そんなことをいっている桜の木でしたが、自分が立っている木の周りには、人の話し声もしなければ、春になっても根雪が残ったままで、いつもひんやりとしていました。 春になると決まってやってくるつばめも、近頃はぜんぜん来なくなりました。
 そんなある日のことです。桜の木はふとこんなことを考えるようになりました。
「だけど、花も咲かさないで、こんなさびしいところでいつまでも生きていてもしかたがないな。やっぱり誰かのために花を咲かせたいものだ」
 この桜の木が立っている通りの向かい側に一軒の古いアパートがありました。いままで、誰も住んでいなかったのですが、ある日、ひとりの若い女性が部屋を借りて住み込みました。
昔は恋人もいて、楽しい暮らしをしていましたが、いまはひとりで寂しく暮らしていました。
 その女性はいつもパソコンに向かって小説を書いていました。それを自分のブログに載せていました。でも、精彩のない自分の書いたものに少しも満足していませんでした。
 桜の木は、そんな様子を眺めているうちに、いつしかこんなことを考えるようになりました。
「この寂しそうな女性のために、めいっぱい美しい花を咲かせてあげたらどうだろう。きっと色彩のある明るい小説が書けないだろうか」
 桜の木はそれを試してみることにしました。
 ある朝、その女性が部屋の窓を開けたとき、いつもの桜の木にいくつもの美しい花が咲いていました。周りが暗かったせいか、その花だけがひときわ綺麗に見えました。
 女性は、それからというものその桜の木を見るのが楽しくなってきました。でも、女性の心を動かしたのは、毎日見ているその桜の木が、季節に関係なく花を咲かせ、日によって色が変わることでした。まるで人間の感情を持っているような木に思えたのです。
 それ以来です。その女性の書く小説が明るくなり、内容も面白くなってきたのはー。
 ある日、女性は、その桜の花をデジタルカメラで撮影すると、自分のブログのデザインにしました。
 そして花の色が変わるたびに画像を変えていきました。その桜の花をデザインしたブログは、次第に読者の間で評判になりました。
 ある日、読者の中に、この女性と別れた昔の恋人が遠くの町でこのブログを観ていました。そして小説も読んでいました。作者の名前は仮名で、誰の作だかわかりませんでしたが、その小説の筋は、恋人を失った女性が新たな希望を持って力強く生きて行く様子が明るい気分で書かれていました。追憶の場面で、昔、自分と別れたある女性の思い出とそっくりな出来事が綴られていたのです。
「まさか」と、恋人は思いましたが、「そんなことはない、きっと偶然に違いない」と思い返したりしました。
 色彩の変わる桜の花をデザインしたそのブログと、その女性が書く小説は、またたくまにネットの世界で知られるようになりました。
  そしていままで誰にも知られなかった公園裏の一本の桜の木も、ネットを通じて全国で一番知られる木になりました。


 
 
 
(つるが児童文学会「がるつ第37号」所収)



2015年9月15日火曜日

指輪ものがたり

  むかし、ライン川のほとりに、美しいお城が建っていました。そのお城には、両親を早く亡くした王女がひとり、召使たちといっしょに、しずかに暮していました。
 王女は、花のように美しく、心はそれにもまして美しかったのですが、からだが弱いうえに、たいへん孤独でした。いつも自分だけの世界の中で、暮らしていたのです。
 ある夏の夜のことでした。
王女が、いつものように、部屋の窓辺に腰かけて、月の光に照らされた、川の沖のほうを眺めていたときです。
遠い夜空の向こうから、流れ星がひとつ、この土地のうえを、しずかに通り過ぎていきました。流れ星は、美しい光を放ちながら、やがて消えていきましたが、その星のかけらが、ゆらゆらと、この土地の方へ落ちてきました。
 王女は、いっしんに、その星のかけらを見つめていましたが、星のかけらが、川の沖の方へ落ちてしまうと、さみしそうな様子でつぶやきました。
「あの流れ星のかけらは、いまごろ、川の中で、何をしているのでしょう。魚たちは、みんな、その美しい輝きを見て、ためいきをついているのでしょう」
 王女も、自分も魚になって、その美しい輝きを、いつまでも見ていたいと、心の中で思いました。やがて、王女は、ベッドに入りました。
けれども、さっきの流れ星のかけらのことが、頭から離れずに、なかなか眠りにつけませんでした。
 そんな王女も、やがて、眠りについた頃、お城から遠く離れた、ある漁師の村のある家に、王女と同じ夢を見ていた、ひとりの若い漁師がいました。
若い漁師は、さっきの流れ星のかけらを、あした朝早く、船にのって、探しにいくことに決めていました。
「あの星のかけらを見つけて、お金に換えることが出来たら、自分の暮らしは、もっとよくなるだろう」
若い漁師は、朝がやってくると、さっそく船を出して、川の沖へ出かけていきました。そして、その日一日中、川の中を捜しまわって、ようやく星のかけらを見つけました。でも、その星のかけらは、とても小さくて、わずかに、金貨ほどの大きさでした。
けれども、その輝きは、世の中の、どんな宝石よりも美しいものでした。
若い漁師は、星のかけらを、たいせつに袋にしまうと、家にもって帰ることにしました。船を漕ぎながら、やがて、川のほとりに建つ、美しいお城のところまでやってきたときです。
 若い漁師は、お城の窓辺に腰かけている、王女の姿を見つけました。
「なんて、美しい人だろう。あんな人と一度でもいいから、話ができたら、どんなに幸せなことだろう」
若い漁師は、じぶんの身分のことも考えないで、そんなことを思いました。
家に帰ってきてからも、漁師は、今日見た王女のことが、頭から離れませんでした。
その夜、若い漁師は、苦労して見つけてきた、星のかけらの美しさに見入っていたとき、ふと、こんなことを考えました。
「この星のかけらで、指輪を作ってみよう。そして、その指輪を王女さまに差し上げよう。きっと王女さまは、大喜びになり、私を友達にして下さるだろう」
 その夜、若い漁師は、一晩中かけて、指輪を作りました。
つぎの日の夜、若い漁師は、指輪を持って、王女のいるお城へ船で出かけていきました。
月の光で、明るく輝いている、川の上を船で漕いでいくと、やがて王女のいるお城が見えてきました。そのお城の塔のひとつの窓に、明かりが灯っていて、王女の姿が見えました。
 若い漁師は、塔のすぐ下までやってくると、開いてる窓にむかって、しずかにつぶやきました。
「王女さま、どうかおどろかないでください。あなたに、差し上げたいものがあって、ここへまいりました」
 王女は、その声に気付くと、すぐに塔の下を見ました。そこには、船が一艘浮かんでいて、その船のうえに、見知らぬ若い漁師が立っていたのです。
 王女は、漁師の話し方が、まじめで謙虚であったので、耳をかたむけようと思いました。
若い漁師は、王女に、三日前の夜に見た、流れ星の話と、その星のかけらを使って指輪を作り、ここへ持って来たことをはなしました。
王女は、漁師のはなしをきいているうちに、すっかり、顔つきも明るくなってきました。
そして王女もまた、あの夜に、同じように流れ星を見て、あの星のかけらが、どうなったのか知りたかったことを、漁師にはなしました。
二人はその夜、打ちとけて、長い時間はなしをしましたが、夜も遅くなり、漁師は、自分の家へ、帰ることにしました。
「では、王女さま、どうぞ、この指輪をお受け取り下さい」
 帰るとき、若い漁師は、指輪を入れた小さな袋を、王女の両手にむかって投げました。王女は、しっかりと袋を受け取ると、すぐに指輪を取り出してみました。
「まあ、なんて、美しい輝きでしょう」
そういって王女は、その指輪を、すぐに自分の指にはめてみました。そして、しばらくの間、その美しい輝きに、じっと見入っていましたが、やがて、漁師にむかっていいました。
「どうか、あしたの夜も、ここへいらして下さい。そして、今夜のような楽しいおはなしを、またいたしましょう」
 その夜から、王女と若い漁師は、すっかり仲の良い友だちになりました。
 次の日の夜、漁師は船を漕いで、王女のいるお城へいきました。そしてその夜も、王女と長い時間、楽しいお話をしました。
 身体が弱く、孤独だった王女も、漁師のはなしを聞いているうちに、日に日に元気になっていきました。
 若い漁師は、自分の仕事のことや、村のこと、友達のことなどを、お城にやってきては、王女にはなしてあげました。
いままで、ひとりの友だちもなく、寂しい暮らしをしていた王女にとって、それらの話は、どれもこれも新鮮なものばかりでした。
 そんな楽しい日がつづいたある日のこと、この土地に、大きな嵐がやってきました。
 はげしい雨が、数日間降りつづいた後、今度は、ものすごい強風が吹き荒れました。川の水は増水し、波しぶきをあげながら、若い漁師の住んでいる村にも、押し寄せてきました。
 若い漁師は、仕事にも行けずに、家の中で、じっと嵐がおさまるのを待っていました。ところが、嵐はおさまるどころか、もっとひどくなってきたのです。
 やがて、大きな波が、漁師の家の中まで流れこんできました。そして、いっしゅんの内に家を呑み込んでしまいました。若い漁師も、波にさらわれて、行方がわからなくなってしまいました。
数日後、嵐はおさまりました。
 お城の中では、王女が、漁師がここへやって来てくれるのを、じっと待っていました。ところが、いくら待っても、漁師はやって来ませんでした。
 王女は、もしかして、先日の嵐で、漁師が亡くなってしまったのではないかと、心配になりました。王女は、若い漁師がくれた指輪を、毎日のように眺めながら、漁師のことばかりを考えつづけました。
やがて、月日は流れていきました。ある秋の夜のことでした。
眠っていた王女は、どこからともなく、聞こえてくる、ささやき声で、はっと目をさましました。その声は、聞き覚えのある声で、塔の下の、川の方から聞こえてくるのでした。
王女がそっと、窓を開けてみると、川の上に、一艘の美しい船が、浮かんでいて、その船には、あの若い漁師が、ふたりの人魚をつれて立っていました。
「おどろかないで下さい、王女さま。わたしは、あなたに会いたくてここへやって来たのです」
 王女は、夢ではないかと、思いました。
「わたしは、あの嵐の日に、この人魚たちに、救われたのです。でも、わたしは、もうこの世の人間ではありません」
 王女は、そのはなしを聞くと、とても悲しそうな顔をしましたが、漁師の元気な姿を見ると、少し安心しました。
「それでは、これからも、わたしに会いにきてくれますか」
 王女の問いかけに、若い漁師は、にっこりと笑いながらいいました。
「夜空の星が美しく輝く晩には、かならず、ここへまいります。あなたに差し上げた、その指輪のような美しい星の出る夜にです」
 若い漁師は、そういうと、ふたりの人魚たちをつれて、しずかに川の中へ消えていきました。





(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)


2015年9月7日月曜日

線路とみつばち

 もう機関車も通ることのない山の中に、赤さびだらけの線路が、草の中でひっそりと横たわっていました。
長い間、こんな山奥に置き去りにされて、しだいに忘れさられて、そのままほっておかれたのです。
 ある日、みつばちが線路の上に飛んできました。
「こんにちは、線路さん。きょうもいい天気ですね」
 元気のよいみつばちを見ながら線路は、
「きみはいいな。あちこちへ飛んで行けるし、それに蜜を集める仕事もあって」
「そうかなあ」
「そうだよ。おれなんか、どこへもいけないんだよ。こんな山奥で、なんの仕事もできないんだから」
 線路は、このまま自分の命がおわるのかと、さみしい気持ちがしました。
 ある日線路は、まぶしい太陽を見ながら、こんなことを思いました。
「もしも生まれ変わることができるのなら、太陽のように赤く燃えた工場の溶鉱炉の中で、もう一度ほかの鉄たちと一緒に溶かされて、新しい機械の歯車や自動車の部品になることができたらどんなにしあわせだろう」
 線路が、この山に運ばれてきたのはずいぶん昔でした。
そのときは、ぴかぴかに磨かれたきれいな線路でした。
毎日のように、山の奥から、鉱石を積んだ貨物列車がこの線路の上を走っていきました。重い荷を積んだ機関車をしっかりと支えて、無事に町の工場へ機関車を送り届けるのが線路の役目でした。
 けれど、今はその機関車も通らないさみしい山の中なのです。
「むかしのように働きたいものだなあ」
 線路は、毎日そんなことを思っていました。
 ある日、いつものみつばちが飛んできました。
そのとき、線路は、うつらうつらと居眠りをしていました。
「線路さん、起きてくださいよ。聞こえませんか」
「え、何か聞こえるのかい」
「向こうから、人のはなし声がしませんか」
「いや、聞こえないよ」
  線路は、じっと耳を傾けました。でもやっぱりなにも聞こえません。
「おかしいな。向こうの方から確かに聞こえてきたのになあ」
 みつばちは、変だなあという顔をしましたが、またいつものように花の蜜を集める仕事をはじめました。
 ある日、線路が眠っていると、山の下の方から、カーン、カーンという聞き覚えのある音が聞こえてきました。それは、線路工夫がハンマーを打ちつける音でした。線路は、自分は夢を見ているのだと思っていました。
けれどもその音が、だんだんと近づいてきたので、すっかり目が覚めました。
やがて、ハンマーの音がしだいに大きくなると同時に、たくさんの人のはなし声が聞こえてきました。しばらくすると、この草の中の線路のさびた釘がはずされて、線路はたくさんの工夫たちによって持ち上げられ、大型のトラックに載せられました。
 そのとき、いつものみつばちが飛んできました。
「線路さん、きっと町へ行けるのですよ」
「そうかなあ、それだったらうれしいなあ」
 みつばちは線路にお別れをいいました。
「いつまでもお元気で、さようなら」
「きみも元気でね」
 線路を載せたトラックは、次々と走り出しました。トラックが山を下りて向かったのは町の工場でした。
 翌日、みつばちが花の蜜を集めていると、町の工場から鉄を溶かす煙が出ていました。


 
 
 
(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)
 
 
 

2015年9月1日火曜日

がんばれブルドーザー

 重機工場の空き地に、老いぼれてリタイアしたブルドーザーたちがのんびりと余生を送っていました。みんな数年後には解体されてばらばらになるのです。
「お前たちはほんとうによく働いてくれた。この町がりっぱになったのもお前たちの仕事のおかげだ」
 工場の親方が、退職の日にみんなに感謝状を渡しながらいいました。
 そういえばこの町は、むかし高いビルも、りっぱなマンションも、きれいな公園もなかったのです。それがいまでは、見違えるようなすばらしい町に変わりました。
ブルドーザーたちは、仲間のショベルカーやクレーン車、ダンプカーたちと毎日汗を流して働いた日のことを思い出しました。
 だけどもう自分たちは、昔のように働くことはないと思っていました。車体の塗装は剥げ落ちてネジは緩んで錆びついています。エンジンもいまでは、まったくかかりません。たとえ動くことが出来ても、旧式のブルではとても今の新型の若い重機たちと一緒に働くことは出来ないと思っていました。
 ところがある日のことでした。工場の親方が息を切らせて走ってきました。
「みんな非常事態だ。お前たちの力をもう一度貸してもらう」
 それは東北地方で大きな地震があって、津波でたくさんの町が破壊されて、復興に重機がたくさん必要だということでした。
リタイアしたブルたちは、その話をきいてみんな飛び起きました。
「よしきた、みんなで現場へ駆けつけよう」
 すぐにブルたちは整備されることになりました。錆びついて使えなくなった部品はすべて取り換えられ、エンジンも整備されて、何年ぶりかに勢いよく動き出しました。
 数日後、何年も乗ったことがないトレーラーに載せられて、みんな東北へ向けて運ばれて行きました。やがて現場に到着しました。
 そこはいままで見たこともない酷い状態でした。瓦礫の中のある場所に降ろされて、エンジンがかけられました。さっそく作業の開始です。遠くの方では自衛隊の新型の重機たちもたくさん派遣されて忙しく働いていました。リタイヤしたブルたちも頑張らなければいけません。
 こんなに広範囲に破壊された町の瓦礫を片付けるには、ずいぶん時間がかかります。山のすぐそばまで、自動車や壊れた家屋、漁船やレジャーボートなどが無造作に横たわっていました。重機たちはみんなエンジンをフル回転させて、さっそく瓦礫の除去作業を開始しました。周囲には、むかし一緒に働いた仲間の重機たちもたくさん来ていました。
「おやっ、あのクレーン車は、むかしおれたちと一緒に働いたやつだ」
 一台のブルが、そばへ近よって行きました。
「やあ、あんたも来てたのか、ひさしぶりだな」
「おう、なつかしいな、何年ぶりになるかな」
 そのクレーン車は、長年、木工所で材木の積み下ろし作業をしていて、退職後はいつも腰痛に悩んでいましたが、非常事態だというのでこの仕事に参加したそうです。
向こうの方にも、顔見知りの重機たちがたくさん働いていました。
見覚えのある一台のショベルカーがいました。この重機は、貧血症のために朝はエンジンのかかりが悪く、運転手さんをいつも困らせていましたが、今回の非常事態を聞いてやっぱり参加したそうです。みんなずいぶん年取っていますが、瓦礫の除去作業に懸命です。
「この作業は、当分続くだろう。もと通りになるまで数年はかかるな」
 作業員たちは一日の仕事が終わると、みんな疲れたといって宿舎に帰って行きます。重機たちも、すっからかんになったタンクに燃料を入れてもらってぐっすり眠ります。
 翌朝から、また作業の開始です。最初の一年間は、なかなか思うように瓦礫の処理は進みませんでしたが、二年後くらいからは、大きなものはすべて取り除けることができました。でもまだ土地の整備はできていません。ブルたちは、一面デコボコになっている地面を以前のようなきれいな状態にする作業に励んでいました。
 リタイアしたブルたちは、三年間ここで作業に従事していましたが、親方がもう限界だなということで、送り返されることになりました。
出発する前の日に、若い重機たちに向かって、
「おれたちはこれで引き上げるけど、これからは君たちで頑張ってくれ、よろしくたのむよ」
とお別れをいいました。そして翌日、リタイアしたブルたちは東北を去りました。
 帰ってきた年取ったブルドーザーたちは、以前のように空き地で、解体される日を静かに待っていました。
 次の年は寒さの厳しい冬でした。毎日寒い日が続きました。リタイヤしたブルたちは、みんなからだをくっつけて眠り込んでいました。ある朝のことでした。工場の親方が、前のようにあわてた様子で走ってきました。
「みんな、お前たちにまたやってもらいたい仕事がある。きのう関東で記録的大雪が降ってみんな困っている。すぐに出かける準備をしてくれ」
 寒い季節なので、ほとんどのブルがなかなかエンジンがかかりませんでしたが、新しいバッテリーに取り換えてもらったりして、どうにか動くことができました。
そして再びトレーラーに載せられて走っていきました。国道は除雪が追いつかず、なかなか目的地に着きませんでした。
関東のある県では、雪のために国道がすべて通れなくなっていました。ようやく目的地に着いて、みんなさっそく作業を開始しました。
国道には雪に埋もれて動けなっている自動車がたくさんいたので、雪を全部取り除けていきました。
渋滞しているトラックや、トレーラーたちがブルたちに声をかけてきます。
「たのむよ。早く雪を取り除いてくれ。スーパーに商品を届けないと、みんな生活に困ってしまうんだ」
 郵便配達の自動車も、
「速達がたくさんあるから、急いで除雪してくれ」
 大型のタンクローリーも、
「今日中に灯油をもっていかないと町中の人が寒さでみんな凍えてしまうよ」
 みんな除雪が終わるのをじっとまっています。年取ったブルたちは、汗をかきかき作業を続け、だんだんと雪も取り除かれて行きました。 でも、国道にはまだたくさん雪が残っていました。作業しているうちに、疲労のためにエンジンが止まってしまうブルもいて、みんな心配しながら見守っていました。
 そのとき、現場監督のうれしそうな声が聞こえました。
「向こうから自衛隊の除雪車がやって来るぞ」
 見ると、勢いよく進んでくる自衛隊の若い元気な新型の除雪車たちが見えました。
「よかった、向こうの国道はすっかり通れるようになってるぞ」
 年取ったブルたちも、また元気を出して作業を続けました。
 その日、重機たちの大活躍で、国道はぶじに通れるようになりました。
作業を終えたブルたちは、みんなほっとしたようすで、空き地へ帰ってきました。だけど退職した後も、次々に出番がやってくるので、のんびり余生を送っている暇がないなとみんな思いました。
ブルたちはみんな相当くたびれていますが、根がまじめで働き者なので、これからも出番があればいつでも出かけていく心の用意はいつも出来ています。





(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)