2015年12月31日木曜日

どろぼうとピアノ

 留守をしていたピアノの先生の家に、どろぼうが忍び込みました。
「なにか金めのものはないかな」
あちこち探しましたが、部屋の中には音楽の本やレコードや楽譜ばかりで、金めのものなどありません。
「がっかりだ。なにもない家だな」
しかたがないので、ピアノのふたをあけて、鍵盤をたたいてみました。
「いい音がするな」
 どろぼうは、ポロン、ポロンとたたきながら、なんだか楽しい気分になってきました。
「小学生の頃をおもいだすなあ」
 どろぼうは、こどものころハーモニカを吹くのが得意でした。でも大人になってからは一度も吹いたことがありません。いつもお巡りさんにつかまらないように逃げてばかりいたので、家でも音をたてずに静かにくらしていたからです。
 だから、小学生のときに教えてもらったハーモニカも一度も吹いたことがありません。
でも、静かに音もださないでくらす生活がどんなにつまらないものか、どろぼうは身にしみて知っていました。
「いつまでもこんな仕事をしていたら、一生楽しい生活なんておくれないなあ」
どろぼうは、まともな仕事につこうと考えはじめました。
 そのとき部屋のはしら時計が夜の十二時を打ちました。
「まずい、こんなに長くいてしまった」
どろぼうは、なにも捕ることもなく、いそいでこの家から出て行きました。
 あくる日、どろぼうは仕事を探しに出かけました。
「まじめに働いて、貰った給料でハーモニカを買おう」
いろいろ歩き回ってようやく仕事をみつけると、翌日から働くことになりました。
ふだんは寝てくらしていたので、さいしょは仕事中にねむくなったり、怠けたくなったりしましたが、がまんして働きました。
 そして念願の給料日がやってきました。親方から給料をもらうと、さっそくハーモニカを買いに、町の楽器屋さんへ行きました。
「これください。」
そういってずいぶん高そうなハーモニカをえらびました。
そして家に帰ってきてからは、毎日のようにそのハーモニカを吹きました。
「そうだ。ピアノも習いに行こう」
 男は、仕事が終わると、近くのピアノ教室へ通いはじめました。中古のピアノも買って、毎日練習をしました。
昔だったらこんな大きな音で楽器を弾くことなんて考えられなかったのですが、もう今ではそんなことも平気なのです。
「やっぱり、泥棒かぎょうをやめてよかったなあ」
そういって、のびのびした気持ちでピアノを練習しました。
そのかいがあって、数年後には、ピアノの発表会にも出られるようになりました。





(つるが児童文学会「がるつ第32号」所収)


2015年12月24日木曜日

びんぼうなサンタクロース

 クリスマスがやってくるというのに、元気のないサンタクロースがいました。
そのサンタクロースはとてもびんぼうだったので、家の中には、がらくたのおもちゃしかありませんでした。
「こんなわたしがサンタクロースだなんて、子どもたちが知ったらなんて思うだろう。いっそのこと、この仕事をやめてしまおうかな」
 そんなさびしいことを考えたりもしましたが、サンタクロースに生まれたからには、なんとか子どもたちがよろこんでくれるようなクリスマスプレゼントを贈りたいと思っていました。
そこで思いついたのが、じぶんで絵本をつくって、だいすきな子どもたちにプレゼントすることでした。
お金もなく、食べることにも困っているサンタクロースでしたが、子どものころから、じぶんで楽しいおはなしを作ったり、絵を描いたりすることがだいすきだったからです。
 翌日から、さっそく絵本づくりをはじめることにしました。
頭の中には、いろいろなおはなしのアイデアがたくさんつまっていました。
「さて、どのおはなしがいいかな。そうだ」
 サンタクロースが、画用紙に描きはじめたのは、むかし、北欧のある国の高原の村へいったときに思いついたおはなしでした。そのころ、サンタクロースのくらしも豊かだったので、トナカイの引くそりの中には、子どもたちにプレゼントするおもちゃやお菓子がたくさん積まれていました。
 雪道を走っていたとき、向こうのモミの木の林のほうから、きれいな鐘の音が聴こえてきました。それは、この村の教会から聴こえてくるハンドベルの音色でした。
静まり返った雪の世界に、その音色はとてもやさしく美しく響いてきます。教会の中では、ロウソクの明かりがゆらゆらとすてきに燃えています。
 すると、ふしぎなことに、そのハンドベルの音は、雪の妖精たちの住んでいる空のうえまで届きました。雪の妖精たちは、みんなその音に耳をかたむけていました。
「なんてすてきな音色だ。地上にもこんなすてきなものがあるんだな。ぼくたちが住んでいる天国と同じだ。今夜は、みんながぶじに家に帰れるように、雪を降らせないでおこう」
 それまで、ちらちらと雪が降っていましたが、いつのまにか雪はやんで、夜空にはきれいな星が輝いていました。
そんな理由でしょうか。この土地では、毎年、クリスマスの夜だけは、雪がすこしも降りませんでした。だから、遠くからやってきた人たちも、みんな安心して家に帰ることができたのです。
 それはサンタクロースにとっても大変都合のいいことでした。雪の降る土地では、ときどき大雪になって、これまでなんどもそりが雪道で立ち往生して、クリスマスプレゼントを届けられない家があったからです。
 サンタクロースは、ほかにもいくつかのおはなしを考えつきましたが、このおはなしがいちばんクリスマスの日にぴったりなので、このおはなしを絵本にすることにしたのです。絵本の構成は、画用紙の下の方に黒マジックで文章を書いて、上の方に水彩絵の具で絵を描くことにしました。
さいわい、子どものころに、サンタの学校で絵のじょうずな先生から絵の描き方を教わったので、それを思い出しながら描きました。
クリスマスまで、あと一週間でしたが、毎日サンタクロースは、部屋にこもって絵本を作っていました。
昼も夜もぶっ通しで作業をして、できた数はわずかに十五冊だけでしたが、これを子どもたちにプレゼントすることにしたのです。
 クリスマスイヴの晩になりました。家の小屋にかわれているトナカイのそりに乗り込むと、
「さあ、しゅっぱつだー!」
元気よくサンタクロースは、雪の原っぱを走り出しました。
トナカイの首につけた銀色のすずの音が、雪の野山に響き渡ります。
 やがて、最初の町へやってきました。
すっかり夜もふけて、どの家も、電灯を消してみんなぐっすりと眠っていました。
いっけん、玄関のそばにクリスマスツリーが立っている家がありました。
「子どもたちのいる家かな」
サンタクロースが、家の庭へ入って窓から中をのぞいてみると、小さな子どもたちが三人なかよく眠っていました。
 へやの中には、絵本がたくさんあって、本好きな子どもたちだなと思いました。
「おじさんの絵本もよんでくれるかな」
そういってそっと窓を開けると、すきまから絵本を差し入れました。
サンタクロースは、トナカイのそりに乗ると、また走り出しました。
 町のかたすみに、壊れかけた家がありました。びんぼうな家だとわかりました。
家の中には、ふたりの子どもたちが、からだをくっつけて眠っていました。この子どもたちの両親は、生活のために夜も働きに行っているのでした。
「世の中不景気だけど、みんながんばって生きているんだな」
サンタクロースは、まずしいのは自分だけではなくて、世の中の人たちもまたびんぼうなんだと思いました。
そう思いながら、絵本を窓辺においておきました。
 やがて、次の町へやってきました。その家は、幼稚園の保母さんの家でした。家の中に、男の子が眠っていました。
「保母さんの家なら、わたしが作った絵本を幼稚園の子どもたちにも読んでくれるだろう」
サンタクロースも子どものとき、サンタの国の幼稚園で、保母さんに絵本を読んでもらったことを思い出しました。サンタクロースは、幼稚園の子どもたちにも読んでもらえるように、何冊か絵本を余分に窓辺においておきました。
そうやって、いろいろ町をまわっているうちに、むこうの空がすこしずつ明るくなってきました。
「もう朝なのか。さて、あと二冊どこへもっていこうかな」
 走りながら、サンタクロースがやってきたのは、広い田畑の広がる土地でした。いまは、雪ですっかり一面真っ白ですが、夏には大きな甘いももが収穫され、、秋にはりんごが畑の木にたくさん実をつけます。これらのおいしいくだものはこの土地の名産品でした。けれどもお百姓さんたちの顔は暗いのでした。
 ある農家にやってきました。
家の窓から中をのぞいてみると、ふたりの子どもが眠っていました。窓辺には、りんごをたくさん入れたバスケットが置いてあり、そばに手紙がいっしょに入っていました。サンタクロースは窓をそっとあけると、その手紙を読んでみました。

サンタクロースのおじさんへー
 ぼくの農家でとれたおいしいりんごです。食べてください。
今年、千年に一度しか起きないような大きなじしんとつなみにあいました。ぼくたちの農家は大丈夫でしたが、おじいちゃんが暮らしている海の家はつなみで流された所がたくさんあります。
ほうしゃのうの影響もぼくの土地ではありません。だけどみんな農産物がなかなか売れないと困っています。なんともないので、あんしんして食べて下さい。りんごたくさんありますから、サンタの国の人たちにも食べてもらってください。
まさひこ
よしのりよりー

 サンタクロースが、その手紙を読んで、とても驚いたのも無理はありません。それはサンタクロースの人生の中でも一番の驚きでした。
「そうだったのか。そんなことだったら、もっと早いうちから作業をはじめて絵本をたくさんもってくればよかったなあ。海辺に住んでいる子どもたちにもプレゼントすることができたのに。でも来年はかならずたくさん作ってもっていこう」
 そういうと、サンタクロースは、お礼の手紙と絵本を二冊置いておくと、かわりにりんごの入ったバスケットを受け取りました。そして、静かにその農家から出て行きました。
 トナカイの引くそりに乗りながら、サンタクロースは仕事を終えてほっとしました。
「どうにか、ぜんぶまわることができた。子どもたちが喜んでくれたらうれしいなあ」
サンタクロースは、まんぞくそうにいうと、向こうの山を越えて自分の家に帰っていきました。
 朝になりました、絵本をプレゼントされた子どもたちは、みんなとても喜びました。だって、サンタクロース手作りのうつくしい絵本をプレゼントされたからです。幼稚園の保母さんの家でも、さっそく子どもたちに読んできかせてあげました。子どもたちはみんな、すっかりおはなしに魅了されて聞いていました。
 絵本の中には、サンタクロースからの手紙が入っていました。
(わたしはびんぼうなサンタクロースです。だいすきな子どもたちに、高価なおもちゃやお菓子をプレゼントすることができませんが、手作りのうつくしい絵本を作ってみました。どうか読んでみてください)
 それから、りんごをくれた農家の子どもたちには、
(たくさんのりんごをありがとう。友達のサンタさんにもわけてあげます。来年も絵本を作ってもっていきます。また海辺で暮らす子どもたちにも届けますので待っていてください。では来年のクリスマスまでさようなら)
 サンタクロースの手紙にはそんなことが書かれていました。









(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2015年12月17日木曜日

絵師とゆうれい

 田舎から江戸へ出てきたひとりの腕のよい絵師がいた。仕事をするのに都合のよいどこか静かで安い借家がないものかと、毎日あちこち探し歩いていた。
 ある日、うってつけの借家を見つけると、その家に住むようになった。絵師は、毎日のように畳の上に和紙を広げ、墨をたっぷり含ませた筆を使って注文の絵を描いていた。
 ある日、用があって家から出て行くとき、近所のおかみさんたちがこんな話をしているのを耳にした。
「この家の人は知っているんだろうかねぇ、この家がゆうれい屋敷だってことを」
「声が大きいよ。知ってるわけないさ、だから借りたんだからさ」
 ある晩、絵師が仕事を終えて眠っていると、どこからかしくしくと淋しげにすすり泣く女の声が聞こえてくるので目が覚めた。
なにげなく障子に目をやると、月の光に照らされた障子に若い女の影が映っている。
その影は、じっとその場に立ちすくんだまま、部屋の様子をうかがっているようだった。
「そこにいるのは、誰じゃ。わしに何か用でもあるのか」
 絵師の声に驚いたのか、その女の影はすうーっとどこかへ消えてしまった。
 次の晩、やはり絵師が仕事疲れで眠っていると、妙に生暖かい風が自分の顔をすうすうと吹き抜けていく。
ふと、目が覚めると、部屋の障子が半分開いたままになっている。泥棒が入ったのかと思い、薄暗い部屋のまわりを見渡したとき絵師は驚いた。部屋の隅に、見知らぬ若い女が淋しそうに座っているのである。
ふしぎなことに、女の腰から上ははっきりと鮮明に見えるのだが、腰から下の方は薄ぼんやりとしか見えなかった。
「あんたはいったい誰じゃ。わしに何か頼みたいことがあってここへきたのじゃろ」
 絵師の言葉をきいて、若い女は小さくうなずいた。
「どんなことが頼みたいか話してみなさい。わしに出来ることがあったら手助けしてあげよう。あんたの話は誰にもいわんから」
 絵師のやさしい心づかいに、女は安心したのか自分の身の上と頼みごとを話しはじめた。
 女の話はこうだった。女はむかし、この家で暮らしていたひとり娘だったが、身体が弱いうえにとても内気でいつも外へは出なかったという。
 毎年の浅草のお祭りにも行けず、ひとり淋しく家の中で寝ていたのだった。ある年この娘は、十九のとき病気で亡くなったが、あの世へ行く前にどうしても浅草のお祭りが見てみたい。にぎやかな表通りを歩いて金魚すくいや、花火を見てみたい。けれども女には、どうしてもお祭りへ行けない事情があった。
 女は、話しながら絵師の方へそっと顔を向けた。女の顔には目も鼻も口もなかった。
絵師はその顔を見て驚いたが、すぐに気を取り戻すと、その気の毒な娘を救ってやろうと思った。
「わしにまかせておきなさい」
 そういって、すずり箱を取り出すと、細い筆で心を込めて美しい顔を描いてやった。
「これでもうだいじょうぶだから、明日のお祭りに行ってきなさい。そして、祭りがすんだら安心してあの世へ行きなさい」
 美しい顔立ちになった女は、絵師の言葉をきいて丁寧にお礼をいうと、すうーっと部屋から出て行った。そしてその後、女のゆうれいはこの家にやってくることはなかった。





(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年12月8日火曜日

海がめの里帰り

 年とった海がめが、ある日じぶんが生まれた砂浜へ帰りたいと思いました。
「わしも、ずいぶん年とっていつお迎えがくるかわからないから、死ぬまえに生まれたところへ帰ってみよう」
 だけど、ずいぶん長い年月がたっているので、じぶんの故郷がどこにあるのか見当がつきません。友達の魚たちにたずねたり、海鳥にきいたりしながら、海を泳いでいきました。
 何日も何日も、砂浜をさがしながら泳いでいると、顔つきのよく似た、一匹の年とった海がめにであいました。
「しつれいですが、わたしのきょうだいじゃないですか」
「ああ、そうかもしれない。よく似てるからなあ」
はなしをしながら、いっしょに生まれた砂浜へいくことにしました。
 何日も泳いでいくと、むこうに砂浜がみえてきました。
「この景色は、むかし見たことがある」
「そうだね、おぼえているよ」
いいながら、二匹の海がめは、砂浜にむかって泳いでいきました。
 浜へつくと、むこうの丘のうえに、やどかりのじいさんがやっている浜茶屋がありました。
「あの店で、お茶でも飲んでいこうか」
「ああ、長旅でのどがかわいたところだよ」
 二匹の海がめがお茶を飲んでいると、やどかりのじいさんがそばへきていいました。
「今日はどうしたわけか、よく似た海がめさんたちがたくさんやってくるな。さっきも、六匹の海がめさんがやってきたよ。けさは、四匹の海がめさんがやってきたというのに」
 やどかりのじいさんのはなしによると、その海がめたちは、いずれもおじいさんとおばあさんばかりで、みんなじぶんたちとよく似た顔をしていたそうです。
「その方たちは、どこへいきました」
「ああ、なんでもお袋さんの墓参りに来たっていってたな。むこうの丘をふたつ超えたところだよ」
やどかりのじいさんに教えてもらって、さっそく、あるいていきました。
 丘をふたつ超えたところに、たくさんの海がめたちがあつまって、お墓にお花をおそなえして、手をあわせていました。
「きっと、わたしたちの兄弟たちだ。いっしょに、なかまにはいることにしよう」
そのお墓には、『海がめのお母さんの墓』と刻まれていました。
 みんな、お線香をすませると、カニのじいさんが営業している旅館で、宴会をすることにしました。 二匹の海がめたちも宴会にくわわりました。
 みんなよく似たかめたちでしたので、すぐに打ちとけることができました。 兄弟の多くは、みんなまじめで陽気でしたが、中には甲羅に唐獅子牡丹の入れ墨を入れた目つきの悪い兄弟もいました。 でもみんな気にしないで、わいわいがやがやとお酒を飲んでいました。
「あんたはどこからやって来たんだ」
「おれは、10キロ先の小島の入り江からだ」
「あんたは」
「おれは20キロはなれた沖からだ。天気がいいので散歩がてらにやって来た」
 そんなはなしをしながら、みんななつかしそうに思い出ばなしに花を咲かせていました。
しばらくすると、幹事のかめが、
「なあ、みんな。酒もまわってきたので、ここらで歌でもうたおうか」
といったので、なかにアコーディオンをもってきた海がめがいたので、みんなその伴奏にあわせて歌うことにしました。
 歌のじょうずなかめも、ひどい音痴なかめもいましたが、みんなたのしそうに、その日いちにち、わいわいがやがやと宴会をたのしんでいました。
 そして翌朝、また来年もここに集まろうとやくそくして、みんな別れていきました。





(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2015年11月30日月曜日

クマと名人

 いままで一度も負けたことがない将棋の名人が、山の温泉へ静養に出かけました。
見晴らしの良い露天風呂に入って、これまでの対戦のことをいろいろと思い出していました。
「今日まで順調に勝ち進んできたが、秋にはとても強い相手と対戦せねばならん」
 そんなことを考えているとなんだか心配になり、のんびりと温泉につかっていることが出来なくなりました。
 温泉からあがり、庭でひとり将棋を指していると、突然林の中から大きなクマが出てきました。ところが、将棋のことで頭がいっぱいの名人は、まったく気にかけません。
驚かすつもりで出てきたクマだったので、すっかり気が抜けてしまいました。仕方なく林の中へ戻ろうとしたとき、
「おいっ、どこへ行く、ちよっとわしの相手をせんか」
 突然そんなことをいわれたクマは、このまま引き返すのもなんだか馬鹿らしい気がしたので、名人のそばへやってくると、ひと勝負しようと思いました。
 最初は、名人の手にまったくクマは負けてばかりいましたが、すこしづつ腕を上げていきました。ときどき名人をひやりとさせる手を打つこともありました。
「うむ。おまえはなかなか素質があるな。どうじゃ、五日ほどわしの相手をせんか」
 クマは、食べ物をくれるんだったら、相手になってもいいと承知しました。
 翌日から、クマと名人は一日中将棋を指していましたが、クマもだんだんと互角に戦えるようになってきました。しまいには6対4ぐらいで勝つこともありました。お礼のおむすびを食べながら、クマは長い時間将棋を指していました。
「相手も、なかなか手ごわくなってきたな。本腰を入れてかからないと負けてしまうかもしれない。でもいい練習になる。これで秋の対戦は勝てるかもしれない」
 名人は、心の中で嬉しそうににこにこ笑いながら将棋を指していました。
 五日が過ぎて、名人はこの温泉から出て行くことにしました。そして帰るときクマに、
「また、来年の夏にここへやってくるから、また相手になってくれんか」
 クマはそれをきいて、
「おむすびくれるんだったら、いいよ」
といって、山の中へ帰っていきました。
 秋の対戦では、思ったとおり名人はみごとに勝ったということです。 


 



(文芸同人誌「青い花第23集」所収)



2015年11月22日日曜日

のんだくれの夢

  ある家に毎日酒ばかり飲んでいる男がいました。奥さんもとうにあいそをつかして実家へ帰っていました。
「ああ、とうとうひとりになれた。ありがたい。これからはだれからももんくをいわれずに酒が飲めるぞ」
 ある晩、酒がなくなったので、酒屋へ買いに行くとき、路地裏でひとりのアラビア人に呼びとめられました。
「どうですか。このランプ買いませんか。たったの千円です。三回こするとどんな夢でもかないますよ」
「ほんとうかい。じゃ、買うよ」
 男は、家へもってかえると、さっそくランプを三回こすってみました。すると、ランプの中から白いけむりがでてくると、大男が現れました。どうじに、見たこともない景色が目の前に現れました。
「ご主人さま。ここはアラビアの国でございます」
「へえ、おどろいた。おまえさんは召し使いなのかい。じゃ、酒が飲めるところへ連れていってくれよ」
すると、白いけむりがでてくると、また景色が変わりました。そこはこの国一番の大きな宮殿の中でした。
 男がおどろいていると、両側の部屋から、顔に白いベールをつけた三人のすごい美人の女たちが食事をもってきました。もちろん、お酒もついていました。
「いやあ、ありがたい。まるで王さまになった気分だ」
 料理をたいらげながら、お酒もがぶがぶ飲みました。
「これがサフラン酒ってやつか。まえから飲んでみたかったんだ」
 すっかり満足した男は、お風呂に入りたくなってきました。
すると、目の前に、ライオンの口からお湯が出ている大きなお風呂の中につかっていました。 
「いやあ、気持ちいい。疲れがとれるよ」
 そういって笑っていると、さっきの美人の女たちがパインジュースを持ってきてくれました。
「いやあ。気が利くな。家のかみさんとは大違いだ」
男は、ついでにヒゲも剃ってもらい、肩ももんでもらいました。 
 お風呂からあがると、夜空の星がキラキラと輝く大きな窓のある寝室で寝ることにしました。
しばらくしたとき、町のほうから、
ドーン、パチ、ドーン、パチと、花火が打ち上げられました。
「なんだ今日はお祭りか。寝ていたらもったいないな」
 男はお祭りへでかけていきました。
 ところが、町へ行ってみるとそれはお祭りではありませんでした。花火だと思っていたのは大砲の音だったのです。
なんでもこの国で革命が起きたというので、王さまや貴族やお金持ちはみんな捕らえられるというのです。
 広場へ行くと、たくさんの市民たちが、こちらのほうへむかって走ってきました。王さまの服を着ていた男は、すぐに捕まってしまいました。
「やめろ、おれは王さまじゃないんだ。今日、日本からやってきた一般庶民だ。誤解しないでくれ」
 けれども、男はすぐに牢屋に放り込まれてしまいました。
市民たちの話によると、この国の極刑は斬首の刑だということです。男は震え上がりました。
 翌日、簡単な裁判が行われました。
裁判は最初から検察側の有利なほうへ進んでいきましたが、判決の決め手になったのは、検察側の三人の証人の供述でした。
その三人は、宮殿でご馳走をしてくれたあの美人の女たちでした。その証言によって、まぎれもなく男は王さまだと判定されてしまいました。
「被告人を死刑にします」
 翌朝、男は処刑場に向かいました。まわりにはたくさんの市民たちが見物にきていました。
しばらくすると、とてつもなくでっかい男がサーベルを持って近づいてきました。
「たすけてくれ。おれは日本からやってきたただの庶民だ。殺される覚えなんかない」
 しかし、男は布切れをかぶせられてひざまずかされました。
「きっとこれは夢だ。おれは悪い夢をみているんだ」
その瞬間、サーベルが高く持ち上げられました。そして振り下ろされる寸前、空から魔法のじゅうたんがいきおいよく飛んできました。
「ご主人さま、これにお乗りください」
 じゅうたんには大男が乗っていました。
間一髪、男はじゅうたんに飛び移ると空のうえに舞い上がりました。
「遅かったじゃないか。もうすこしで首をはねられるとこだったよ」
「もうしわけありません。朝ごはん食べてたところでしたから」
「で、こんどはどこへ連れて行ってくれるんだ」
「へい、いいところがありますよ。ドイツのビアホールです。黒ビールをがぶがぶ飲みながら本場ドイツのおいしいソーセージを食べに行きましょう」
「ああ、それはありがたい。緊張の連続ですっかりのどが渇いてたところだよ。はやく行こう」
 ご主人さまをつれて魔法のじゅうたんは、今度はドイツの国めざして飛んでいきました。




(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年11月14日土曜日

ゆうれいパトカー

 その田舎の国道を走るときは、道路交通法を十分に守って走らなければいけないのです。少しでも違反していると、すぐにゆうれいパトカーに追われるのでした。
 ある夜、この国道を、長距離トラックが時速70キロのスピードで走っていると、後ろから一台のパトカーがサイレンを鳴らして追いかけてきました。パトカーは、すぐにトラックの前方に入り込むと、スピードをゆるめて止まりました。
「しまった。速度オーバーだ」
 この国道の制限速度は50キロでしたから、20キロの速度違反でした。
トラックの運転手さんは、すっかりあきらめて、警官が出てくるのを待っていました。
ところがどうしたことでしょう。いくら待っても警官が出てこないのです。
 運転手さんは、なんだか気味が悪くなってきました。
でも、こんな所でいつまでも停車しているわけには行きません。時間どおりに荷物を届けないと行けないのです。
 仕方がないので、自分からパトカーのいる場所へ歩いて行きました。ところが、車の中を覗いて驚きました。運転席には誰も乗っていないのです。
「ひえー、ゆうれいパトカーだ」
運転手さんは、すっかり怖くなってその場所から走り去って行きました。
 そんな出来事の後も、何台もの法定速度を超過して走っていた車が、同じような体験をしました。そんなことがたびたびだったので、それからはみんなこの国道を走る時は、スピードを落として走りました。法定速度で走ってさえいれば、ゆうれいパトカーに追われることはなかったからです。
 また、この国道の一時停止の場所でも同じような体験をした車がありました。
 ある夜、残業を終えた会社員が、この国道の一時停止の場所で、徐行だけで通り過ぎようとしたとき、そばの空き地から突然ライトが点燈して、一台のパトカーが姿を現しました。
会社員は、すぐに車を止めて、もとの停止位置まで戻り、やり直しをしていると、ライトは消滅して、さっきのパトカーの姿はどこにもありませんでした。
こんなふしぎな出来事も、すぐに人の耳にも伝わりました。
それは車ばかりではありません。
 ある日、この国道の横断歩道を赤信号で渡ろうとしていたお爺さんのうしろから、
「赤信号ですよ。渡らないで下さい」
と拡声器で呼び止められました。
 びっくりしたお爺さんは、すぐにうしろを振り返ってみましたが、そこには誰もいませんでした。
「おかしいなー」
と思っていると、一台のパトカーが国道のはるか向こうへ走り去って行きました。
そんな不思議な場所だったので、もう十年以上もこの国道では、無事故、無違反の記録が続きました。
 この国道を走ってみると、ところどころに「ゆうれいパトカーに注意」の標識が立っています。





(未発表童話です)


2015年11月7日土曜日

伸びろ髪の毛

 たけくんのお父さんは、最近抜け毛で悩んでいました。頭髪の真ん中あたりが薄くなってきたのです。
「こりゃいかん。早いうちに処置しなくちゃ」
 翌日、お父さんは薬局へ行って育毛剤を買ってきました。
「よし、これで解決しよう」
 洗面所へ行くと、箱を開けて薬をつけはじめました。
ひんやりと気持ちよく、ぽんぽん頭皮に塗りつけていきます。
見ているたけくんに、
「今日だけじゃ、だめなんだ。毎日続けることが大切なんだ」
といって、その日からはかかさずに薬をつけるようになりました。
 三ヶ月もすると、お父さんの髪の毛は少しずつ黒くなってきました。
「どうだい。ほんとうにこの薬はよくきくだろ」
「うん、もう少しだね。まえのようにふさふさした髪になるといいね」
それからたけくんに弟ができました。なまえは、りょうくんといいます。とても元気な子でよく泣きます。
 ある日、たけくんは、りょうくんの髪の毛が薄いのに気づきました。
「これじゃ、大きくなったとき、お父さんみたいに苦労してかわいそうだな」
 たけくんは、お父さんの引き出しの中から育毛剤をもってきました。
「これをつけてあげたら、すぐ髪の毛が濃くなるぞ」
そういって眠っているりょうくんの頭に育毛剤をつけてあげました。つけながらお父さんがいったことを思い出しました。
「毎日続けることが大切なんだ」
そのことを思い出しながら、毎日りょうくんの頭に育毛剤をつけてあげました。
 ある日、お母さんが心配そうにいいました。
「ねえ、あなた。りょうくんの髪の毛、最近やけに濃くなったみたいね」
「ああ、そうだな。でも、うらやましいな。おれとどっちが早く濃くなるか競争だな」
 そばで聞いていたたけくんは、
「よおーし、りょうくん負けちゃいけないぞ」
といって、それからも毎日育毛剤をつけてあげました。
 半年がたちました。お父さんの髪の毛は、前のようにすっかりもとどおりになりました。
ところが、赤ちゃんのりょうくんの頭は、アビーロードの横断歩道を歩いているビートルズのメンバーのようなぼさぼさの長髪になりました。もちろんりょうくんの勝ちでした。
しかし、その後も、りょうくんの髪の毛は伸び続け、月に一度はかならず散髪屋へ行かなくてはならなくなりました。
「こりゃ、たいへんだ。一度、医者へ連れていこうか」
「そうね。そうしましょう」
 お父さんとお母さんの心配そうにしている様子を見ながら、たけくんは、
「これはちょっとやりすぎだったかな。でも、お父さん、お母さん心配しなくていいよ。もうりょうくんの頭に薬はつけないから」
そういって、育毛剤をつけるのをやめました。ひと月後には、りょうくんの髪の毛はそれ以上は伸びなくなったということです。
 




(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2015年10月30日金曜日

怪奇ミイラ男

 ピラミッドの中で二千年間眠り続けていたミイラが発掘されて、エジプトの博物館に収蔵されました。
「王家の息子に違いない。貴重なミイラだ」
毎日のように、町の人たちが、ミイラを見学にやってきました。ある年、このミイラは、日本の博物館へ移されて展示されることになりました。
 ある夜のこと、静まり返った館内の棺の中で、ミイラは長い眠りから目覚めました。そしてひとりごとをいいました。
「あ~あ、ずいぶん眠ったなあ。お腹がぺこぺこだ。何か食べたいなあ」
 ミイラは、棺から抜け出すと、警備員に見つからないように、館内の窓のカギをはずして外へ出て行きました。
博物館の裏道を歩きながら、どこか食事ができるところはないか探してみました。しばらく行くと、交差点のそばに一軒のステーキ屋をみつけました。もう店じまいまじかだったので、お客さんはほとんどいませんでした。ミイラは、店に入ると、入口のそばの席に着きました。
 ウエイターが注文を取りにやって来ました。ところが客の姿を見てびっくりしました。
「お客さん、どこで怪我されたんですか」
 ミイラはその問いには答えずに、
「塩漬けステーキ2枚と、麦パン2枚それと白ワイン1本下さい」
とウエイターにいいました。
 ウエーターは、困った様子で
「お客さん、そんなメニュウはうちにはありません。お店のメニュウ表の中から選んでください」
 ミイラはメニュウを開きましたが、文字が読めません。仕方がないので適当に注文しました。
「かしこまりました。焼き具合はどういたしましょう」
「レアーでたのみます」
 しばらくすると、料理が運ばれてきました。ステーキソースはいままで味わったことがない美味な味でした。ミイラはひさしぶりの食事に大喜び。むしゃむしゃとあっと言う間にたいらげました。
お腹一杯になったミイラは、店を出ることにしました。
現金がないので、エジプト金貨を一枚ウエイターにわたしました。
 ウエーターは困った顔をしましたが、
「お客さん、今日はこのお金で結構ですが、次からは現金でお願いしますよ。うちは骨董屋じゃないもんで」
 支払いを済ませたミイラは、お店から出て行きました。
 それから4、5日たったある夜のことでした。ミイラはまたお腹がすいて目を覚ましました。
「あ~あ、お腹がすいたなあ。今夜は何を食べに行こう」
棺から出ると、博物館の外へ出て行きました。
歩道を歩いて行くと、国道沿いに「びっくりドンキー」の看板を見つけました。
「ハンバーグか?。どおれ、どんな食べ物か食べてみよう」
 店に入ると、やっぱり閉店まじかで、数人しかお客さんはいませんでした。突然へんなお客が席についていたので、ウエイトレスはこわがって、店長にオーダーを取りにいってもらいました。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
ミイラはメニュウの写真を指差しながら、
「300グラムのハンバーグ2枚と、スープ、それに麦パン下さい」
とウエーターに注文しました。
 しばらくして料理が運ばれてくると、ミイラはむしゃむしゃと食べはじめました。二千年前のエジプトには、こんな珍しい肉料理がなかったので、ミイラは大満足でした。食事が済むと、支払いはやっぱりエジプト金貨でしたから、お店の人を困らせましたが、なんとか支払いを済ませて店から出て行きました。
 このようにミイラは、この町のレストランが気にいったとみえて、夜になると、たびたび博物館から抜け出して食事に出かけて行きました。
 ある晩、いつもの時間より遅く目を覚ましたミイラが町を歩いていると、どこも店は閉まっていた。
ミイラががっかりしていると、公園の真向かいにコンビニが見えました。
「あそこで食べ物を買おう」
 コンビニの中へ入ると、店員がびっくりしてミイラをじろりと見ました。ところが落ち着いていて、悪気もなさそうなので、しばらくじっと監視していました。
ミイラは、食べ物コーナーで、サンドイッチ3個と野菜ジュース2本を持ってレジへ行きました。
いつものようにエジプト金貨1枚を渡しましたが、店員が拒否したので困りました。
 そのときミイラのお腹がぐーっとなりました。こんなことはしたくはなかったのですが、商品を掴むとコンビニから逃げたのです。
その出来事が起きて以来、ミイラは指名手配される身となってしまったのです。コンビニの店員が警察に知らせたからです。
ミイラの似顔絵が、どの店にも張られました。ミイラもこれには大変困りました。もうレストランにもコンビニにも行けなくなったからです。
 がっかりしながらミイラが、ある晩近くの噴水のある公園のそばを歩いていたとき、いい匂いがしてきました。匂いのする方へ行ってみると、明かりの点った屋台のラーメンがありました。
「あそこで食べてみよう」
 チャーシューを切っていた主人は、暗闇の中からミイラが当然現れたので、思わず包丁を落としそうになりましたが、お客さんだと分かって、にこにこ顔で、
「いらっしゃい、どんなラーメンにいたしましょう」
 ミイラはしばらく考えてから、「この店で一番おいしいのを下さい」
と注文しました。
そしてラーメンが出来上がると、ミイラはさっそく食べてみました。スープが暑くて、おもわず舌を火傷しそうになりましたが、これまで食したことのない珍しい食べ物だったので、ミイラはそれからもたびたびこの屋台のラーメンに立ち寄りました。屋台の主人も、ラーメン一杯で、いつも金貨を一枚くれるので、いつも喜んでいました。
 ある晩、ミイラはこの町の飲み屋街の方へ出かけて行きました。そして道路脇で営業している、屋台のおでん屋を見つけました。
ミイラは、おでん屋がとても気にいったとみえて、よくここへもやってくるようになりました。珍しい熱燗とおでんを食べながら、いつもご機嫌でした。ミイラの好物は、卵とだいこんとちくわでした。日本酒もエジプトのワインとは違う奇妙な味で満足していました。
 ときどき酔っ払いがとなりに座って、ミイラの変な格好を見ながら、「あんた、怪奇映画の俳優かい、そんならサインしてくれ」と冗談交じりにからんでくる客もいました。
 ある晩、いつものようにミイラがこの屋台で、おでんを食べていると、二人の背広姿の男がとなりに座りました。にこにこしながら親しげに話しかけてきました。相手をしていると、突然、ミイラの両手をぐいっと掴んで、手首に手錠をかけました。二人は張り込みをしていた刑事でした。
ミイラは逮捕されて、すぐに町の警察署へ連行されて行きました。
蛍光灯の明かりが眩し過ぎる取り調べ室で、名前、住所、職業、年齢などを尋ねられましたが、訳のわからない返答ばかりするので取り調べの刑事さんも困りました。
取り調べの結果、博物館から抜け出したミイラということが判明して博物館に移されることになりました。一晩だけ、留置場に入れられましたが、夜食に、たくわん付きのカツ丼がでました。それを食べたのが最後になりました。
 博物館に移されたミイラは、棺の中へいれられて、しっかりと鍵をかけられました。ミイラはこれにはどうすることも出来ずに、仕方なくまた長い眠りにつきました。




(文芸同人誌「青い花第24集」所収)


2015年10月25日日曜日

街灯とクモの業者さん

 公園の桜の木のそばに街灯が立っていました。夜になると明るい灯を照らしていました。
 ある夜のこと、この街灯のまわりに、たくさんの蚊がやってきました。
居眠りしていた街灯は、あまりやかましいので目をさましました。
「ああ、うるさいな、またやってきた」
 蚊たちは、灯にまとわりついて、突いたり、さわいだり、わいわいがやがやと騒音をたてています。
 夜になると、この場所は、虫たちのたまり場になっていたのです。
「毎晩、これだからな」
 蚊たちは、一晩中、街灯のまわりに集まって、お酒を飲んだり、歌をうたったり、宴会をするのでした。
 あるとき、隣の街灯が話しかけてきました。
「もうすぐ夏ですな。そしたら、こんどは、蚊たちのほかに、カブトムシやカナブンも飛んできますよ。またにぎやかになりますな」
「ああ、困ったもんだよ。虫たちはこの場所が大好きだからね。誰でもいいから、殺虫剤をシュシューとふりかけてくれないかなあ」
「ところで、いい話があるんだが」
「なんだね、それは」
「蚊の駆除のために、業者さんを呼ぶんだよ」
「ほう、そりゃいい、なんて業者だね」
「クモの業者さんだ。街灯のまわりに、クモの糸を張ってもらって蚊たちを生け捕りにするんだよ」
「そりゃ、いい。じゃ、さっそく電話をしよう」
 翌日、注文をうけて、クモの業者さんがやってきました。
「承知いたしました。さっそく糸を張らせてもらいます。糸の寿命は三か月です。期間が過ぎたら新しいのと取り換えます。捕えた蚊の回収は週に一度伺います。代金はその時で結構です」
 クモの業者さんは一時間ほどかけて、街灯のまわりに糸を張って帰っていきました。
 夜になって、街灯のまわりに蚊たちがやってくると、思った通りみんな糸にからまってもがいていました。
「よかった。やっぱり業者さんにたのんで正解だった」
 しばらくの間街灯は、蚊がやってこなくなったので喜んでいたのですが、ある日、業者さんの店に電話がかかってきました。
「昨日のひどい強風で、糸の半分がすっかり飛ばされてしまった。すぐに新しいのを張ってくれ」
 さっそくクモの業者さんがかけつけました。
「承知いたしました。さっそく張り替えましょう」
 急いで、破れた糸を取り外して、新しい糸と取り換えました。
「出来ましたよ。ところでたいへん申し訳ありませんが、代金の方がこの前よりも高くなります。仕入れ先のクモ製糸工場のクモたちの食費代が値上がりしたのと、今月から消費税が引き上げられましたから」
 街灯は困った顔をしましたが、これも仕方がないとあきらめて、業者さんに値上がりしたクモ糸の代金を支払いました。





(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)



2015年10月18日日曜日

りんごの木と小鳥たち

 ある家の庭に、りんごの木が立っていました。
いつも秋になると、たくさんの実をならしました。
ところがりんごの木は、自分が育てた実を誰かに食べられてしまうのがきらいでした。
「せっかく大きくした実だ。だれにもやんねえぞ」
 ある日、たくさんのひなを持つ小鳥のお母さんがやってきました。
「りんごさん、今年は山に食べられる実が少ないので、少しわけてください」
小鳥のお母さんは、あちこちさがしまわっていたので、すっかり疲れていました。
「いやなこった。だれにもやんねえぞ」
「そういわないで、わけてください。おさない子どもたちが巣でまっているのです」
「だめ、だめ、かえってくれ」
小鳥のお母さんは、かなしそうな顔をして飛んでいきました。
 ある日、山鳩のお母さんが、やっと飛べるようになった子どもの鳩たちをつれてやってきました。
「りんごさん、お願いします。この子たちに実を分けてやってください。たくさん栄養をとらせて一人前の鳩にさせたいのです」
けれども、りんごの木は、
「いやなこった。だれにもやんねえぞ。かえってくれ」
山鳩のお母さんは、それをきいてがっかりしましたが、
「それでは、この子のぶんだけお願いします」
といって、成長のおそい、元気のない病気がちな小鳩を見せていいました。
りんごの木は、それでも、
「いやなこった。だれにもやんねえぞ」といって断ってしまいました。
 ある晩、りんごの木がすやすやと眠っていたとき、夢の中で遠い遠い昔の日のことを思い出しました。
もう亡くなってしまったこの家のおばあさんが、はじめてりんごの木をこの庭に植えてくれた日のことでした。
おばあさんは、自分の子どもたちが大人になって町に住むようになってからは、ただひとりきりでこの家でくらしていました。
おばあさんは、りんごの木を育てて、実がなるようになったら、この家に遊びにきた孫たちに食べさせたいと思っていました。
それからおばあさんは、山に住む小鳥や鳩も好きでしたので、このりんごの木が実をつけたら、いつも山から小鳥や鳩たちがやってきて、寂しいこの家の庭が毎日にぎやかになるのを楽しみにしていました。
けれども、おばあさんは、りんごの木が赤い実をつける前に亡くなってしまいました。
 夢の中で、そんな日のことを思い出したりんごの木は、自分がいままでとんでもないことをしていたことに気がつきました。
そして、おばあさんがいたときよりも、すっかりこの庭は静まり返り、寂しい庭だったとはじめて気がついたのです。
 りんごの木は、心の中で、
「そうだった。これからは、山のみんなにもりんごの実をわけてあげよう」
と思いました。
 ある日、いつかの小鳥のお母さんがまたやってきたので、たくさん実を食べさせてあげました。
そして、そのあとからも、山鳩のおかあさんが、すっかり痩せた子どもたちをつれてやってきたので、たくさん食べさせてあげました。
みんなりんごの木にお礼をいって山へかえっていきました。
 何年もそんなことが繰り返されてから、子どもだった小鳥たちは、みんな大きくなって、いつもりんごの木のところへ遊びにやってきました。
いつも寂しかった庭は、毎日小鳥たちの楽しいさえずりでいつもにぎやかになりました。
 ある秋の日のこと、カラスが飛んできて、りんごの実をたべていたとき、りんごの木がいいました。
「カラスさん、どうかお願いします。私を育ててくれたおばあさんが眠っているお墓に、りんごの実をお供えにいってくれませんか」
カラスは、
「ああ、いいよ」
といって、りんごの実をいくつかもっておばあさんのお墓へ飛んでいきました。
カラスは約束をまもってくれるかなあと、りんごの木はすこし心配でしたが、しばらくするとカラスがもどってきて、
「ちゃんとお供えしてきたよ。いまごろおばあさん喜んでるね」
と、りんごの木にいいました。



(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年10月9日金曜日

底なし沼の話

 誰も知らない深い山奥の薮に囲まれた小さな原っぱにその沼はあった。回りを高い樹木が生い茂り、昼間でも薄暗く、死んだように静かな場所だった。この沼は、底なし沼と呼ばれてこの山に住む動物たちから恐れられた。
 これまでこの沼の水を飲みにやって来た動物が足を取られてこの沼に引きずり込まれた。そんな恐ろしい沼だったので、動物たちはまったく近づかなかった。
 この沼はずいぶん年を取っていた。だから偏屈で、頑固で融通がきかなかった。しかし、あるときこんなことを考えるようになった。
「俺はこんな淋しい山奥でみんなから恐れられて、ずうーっとひとりで生きてきたが、それは俺の本心ではない。たくさんの生き物の命を奪ったことも、それは本能のせいなのだ。俺には自分の本能にただ従って生きることしか出来ない存在だ。だけどいつまでもそんなことで自分を騙し続けて生きていてもいいものだろうか。このまま動物たちから嫌われ続けて生きていくのも辛いものだ。それに俺は外の世界のことは何も知らない。一度でいいから外の世界を見てみたいものだ」
 ある月が美しい夜のことだった。沼のむこうの水面にわずかに月が写っていた。沼はそっと月に尋ねてみた。
「お月さま。教えてくれよ。山の向こうにはどんな世界があるんだ」
 沼に突然はなしかけられて月はおどろいたが、
「あの山のはるか向こうには、美しいお花畑が広がっています。今そのお花畑は真っ盛りです。太陽が輝く時間には、緑の牧場にたくさんの牛たちと牛飼いが散歩をしています。また緑の芝生には色とりどりの花が咲いています」
 沼は話を聞きながら、その美しい情景を心の中で思いめぐらせてみた。
「ああ、なんとかそんな風景を一度は見たいものだ。それに太陽の光も受けたいものだ。俺はこれまで花さえも見たことがない」
 沼はそれからは毎晩のように月が出ると、外の世界のことを訪ねてみるのが毎日の日課になった。
 ある日、沼のほとりの木の枝に、一羽の小鳥が飛んできて巣を作った。やがて、その巣から、ひなたちの声が聴こえてくるようになった。
「なんて楽しそうな鳴き声だ。ひさしぶりに聴く生き物の声だ」
 沼は、その陽気な鳴き声を毎日聴いていた。ところがある日のこと、巣からひなの一羽が足を滑らせて沼の水面に落ちてきた。沼はさっそくそのひなを沈めようと思った。しかし沼はそのとき思いとどまった。
「同じことを繰り返していては、おれの境遇はいつまでも変わらない」
 そういって、ひなを沈めることをやめたのだ。そこへ親鳥が帰ってきて、ひなを見つけて沼から救い出した。親鳥は沼に感謝した。沼になにかお礼をしたいといった。沼は少し考えてから、
「それじゃ、山の向こうの草原に咲いている花を持ってきてくれないか。おれは花をまだ見たことがない」
と頼んでみた。
 親鳥は、すぐに山の向こうへ飛んでいくと、花を何本が沼のところへ持ってきた。そして沼の水面にその花を投げてやった。沼はその花をじっと見つめてはその美しい色彩と匂いをいつまでもかいでいた。
その後も、親鳥は、エサを取りに行ったついでに花を持って帰った。そして沼の水面にそれを落としてやった。
 あるとき、沼の水面を漂っていた花の種が沼のまわりの草むらに辿り着き、土の中から小さな芽が出てきた。だけど沼はそのことをまだ知らなかった。
 ある年、ひどい嵐がこの土地を襲ったとき、沼の周りの樹木が何本もなぎ倒された。回りの景色はひどいありさまだったが、その後、太陽の日差しがこの沼にも降り注ぐようになった。どす黒い沼の水もいつしか透明度を増してきれいな水に変わっていった。
 沼の回りの花の芽も次第に大きくなり、やがて春の季節になると、色とりどりの色彩の花が沼のまわりに咲き始めた。太陽の日差しと水気をよく含んだこの場所は、やがて美しい花畑になり、遠くからでもこの場所がわかるようになった。
 やがて、この沼のほとりの花畑にはいろんな昆虫や小鳥や動物たちが遊びにやってきた。みんなこの美しい花畑で毎日遊んで帰って行った。そして何年かすると山の向こうからは、人もやってくるようになった。
 みんなこの沼が、かつておそろしい底なし沼であったことなどもう誰も知る者はなかった。





(つるが児童文学会「がるつ第34号」所収)


2015年9月30日水曜日

影と取り引きした侍

 ある侍が町の居酒屋で、別の侍と些細なことで口論になり、とうとう決闘をすることになった。
ところが、相手の侍は、この土地では指折りの剣の名手。とても、まともに勝てる相手ではなかった。
「なんとか、決闘に勝てる方法はないものか」
 侍は、その夜、眠ることも出来ずに考えつづけた。
やがて、決闘の日の前の晩になり、あいかわらず侍が思案していると、どこからか不気味な声が聞こえてきた。
「そう、考え込みなさるな。心配はいりません。あなたの代わりに、わたしが決闘に行ってあげましょう」
 その声は、部屋の障子に映った自分の影であった。
「それは、本当かー」
 侍が、影に向かって念をおすと、
「まかせておきなさい。かならず、決闘に勝ってみせます。ただしー」
 影はそういってから、侍にひとつの条件をつけた。
「決闘には、かならず勝ってみせますが、そのお礼として、あなたの残りの寿命の半分を、わたしにいただきたいと思います」 
「おれの残りの寿命の半分をー」
侍は、それを聞いて、一瞬、肝をつぶしたが、しばらく考えてから、
「よしわかった、そなたの条件を聞き入れよう」
その夜、侍は、自分の影と取り引きをしたのだった。
 翌朝、侍が目を覚ましたのは、決闘の時刻をすでに過ぎている頃だった。
「しまった。寝過ごしたー」
 侍は、急いで着物を身に付けようとしたとき、ふと、昨夜の取り引きのことを思いだした。
「そうだった。いまごろ、決闘の勝負はついている頃だ」
 そういってから、侍は、ふと、自分のことを考えてみた。
「おれが、いま生きているってことは、決闘に勝ったって証拠だ。影のやつ、おれの命を救ってくれたんだ」
 侍の心は、急に晴れ晴れしい気持ちになった。
 これまでの、緊張しきった心をいやすために、侍は町へ行き、居酒屋の中へ入っていった。
店の中では、たくさんのお客たちが、今朝の決闘の話でざわめいていた。
「信じられねえことだ。あんな凄腕の侍が、殺されたんだからな」
「おいらも、その話はけさ仲間から聞いて驚いている」
「でもよ、あいての侍は、どこへ姿をくらましたんだろうな。なんでも、いま役人たちが血眼になって、その侍を探してるってことだぜ」
「え、どうしてだい」
「あたりめえだろ、開始の合図も無視して、うしろから斬りつけて殺ろしてしまったんだからー」
 そのはなしを聞いた侍は、すぐに店を飛び出した。そして、呆然とした様子で、自分の家へと帰りはじめた。
侍は、人に顔を見られないように、顔を隠すようにしながら、下を向いて歩かなければならなかった。
 やがて、自分の家に帰り着いた侍であったが、侍の帰りをすでに待ち伏せていた、奉行所の役人たちによって、すぐにその場で取り押さえられてしまった。
「殺人」の罪状で、侍が、牢屋に放り込まれてから、十数年がたったある晩のことだった。
 月の光に照らされた、牢屋の壁に、侍の影が寂しげに現れたとき、いつかの不気味な声が聞こえてきた。
「あのときの約束は、ちゃんと守りましたので、こんどは、わたしが、お礼を頂きにまいりました」
 影はそういうと、すっかり老いて生きる気力を失った侍から、残り半分の寿命を奪い取った。それからすぐに、侍は、牢屋の中でしずかに息を引き取ってしまった。



(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)
 
 
 

2015年9月23日水曜日

花の咲かない桜の木

 その桜の木は、あまり人の通らない公園裏の通りにただ一本だけで立っていました。困ったことに、春になっても花が咲かないので、だれもこの木のそばにやってきませんでした。
 あるとき、一羽のつばめが遠い土地から飛んできて、この桜の木の枝にとまりました。
「季節はもう春ですよ。ほかの桜の木たちは、みんな美しい花を咲かせているのに、どうしてあなただけ花を咲かせないんですか」
 桜の木は、眠そうな様子で、
「おれは、ずいぶんと気まぐれな木なんでね。春が来ようが来まいが、そんなことはどうだっていいんだ。花を咲かせたいときだけ咲せますから。それにこんな場所で花を咲かせてもだれも見にきてはくれませんよ」
 つばめをそれをきくと、
「あなたはずいぶん変わり者ですね。あなたのような桜の木をわたしは見たことがありません」
「そうかね、別にそんなことおれには関係がないことだよ。どうれ、また昼寝でもするか」
 桜の木は、いつもそんなことをいって一輪の花も咲かせずにいました。
 ある日のこと、桜の木は、いつものように広い空を見上げていました。
「空っていうのはうらやましいものだ。自分たちの感情を自由に表現できるからな。機嫌がいいときは抜けるような青空だし、機嫌が悪くなると真っ暗になって、ビュービューと風を吹かせ、ゴロゴロと雷を鳴らして大雨を降らせる。そしてまた機嫌が良くなると明るくなって、七色の美しい虹が現れたりする。じつにうらやましいものだ。
 ところが、おれたち桜の木はどうだ、気分が悪くても春になったら花を咲かせなくちゃいけない。それに咲く花はいつもお決まりのピンクと決まっている。形も大きさも同じで、うれしくもないのにみんなと一緒に笑っていなくちゃいけない。桜の木にもちゃんと個性があるのに。
 それはおれたちばかりじゃない。ほかの花たちだってそうだ。どの花にもちゃんと個性があるのに、それをひとつにしか表現することができないなんて悲しいことだ。車の排気ガスでお腹が痛くなったときは花びらが青色になったり、楽しいときは黄色くなったり、恥ずかしいときは赤くなったりしてもいいじゃないか。松林の向こうに見える海だっていつも表情が違うじゃないか」
 桜の木はいつもそんなことをつぶやいていました。
 ある年の春の夜、公園に明るい灯がともりました。今日はお花見でした。町の人たちがたくさんやってきました。
たくさんの入場客が、満開の桜の木の下で宴会をしています。みんなお酒を飲んだり、バーベキューをしたり、歌をうたったりとても賑やかです。
明るい提灯の下で、夜遅くまで、賑やかな声がたえません。
 でも、公園裏の一本の桜の木だけは、そんな光景を、ただひとりあきれたような顔をして眺めていました。
「毎年、あれだ。桜たちは、みんなバーベキューの匂いや、お酒のぷんぷんする匂いを一晩中かかなくちゃいけないんだ。おれだったら、すぐにでも公園から出て行くのにさ。みんなよくじっと我慢していられるな」
 でも、そんなことをいっている桜の木でしたが、自分が立っている木の周りには、人の話し声もしなければ、春になっても根雪が残ったままで、いつもひんやりとしていました。 春になると決まってやってくるつばめも、近頃はぜんぜん来なくなりました。
 そんなある日のことです。桜の木はふとこんなことを考えるようになりました。
「だけど、花も咲かさないで、こんなさびしいところでいつまでも生きていてもしかたがないな。やっぱり誰かのために花を咲かせたいものだ」
 この桜の木が立っている通りの向かい側に一軒の古いアパートがありました。いままで、誰も住んでいなかったのですが、ある日、ひとりの若い女性が部屋を借りて住み込みました。
昔は恋人もいて、楽しい暮らしをしていましたが、いまはひとりで寂しく暮らしていました。
 その女性はいつもパソコンに向かって小説を書いていました。それを自分のブログに載せていました。でも、精彩のない自分の書いたものに少しも満足していませんでした。
 桜の木は、そんな様子を眺めているうちに、いつしかこんなことを考えるようになりました。
「この寂しそうな女性のために、めいっぱい美しい花を咲かせてあげたらどうだろう。きっと色彩のある明るい小説が書けないだろうか」
 桜の木はそれを試してみることにしました。
 ある朝、その女性が部屋の窓を開けたとき、いつもの桜の木にいくつもの美しい花が咲いていました。周りが暗かったせいか、その花だけがひときわ綺麗に見えました。
 女性は、それからというものその桜の木を見るのが楽しくなってきました。でも、女性の心を動かしたのは、毎日見ているその桜の木が、季節に関係なく花を咲かせ、日によって色が変わることでした。まるで人間の感情を持っているような木に思えたのです。
 それ以来です。その女性の書く小説が明るくなり、内容も面白くなってきたのはー。
 ある日、女性は、その桜の花をデジタルカメラで撮影すると、自分のブログのデザインにしました。
 そして花の色が変わるたびに画像を変えていきました。その桜の花をデザインしたブログは、次第に読者の間で評判になりました。
 ある日、読者の中に、この女性と別れた昔の恋人が遠くの町でこのブログを観ていました。そして小説も読んでいました。作者の名前は仮名で、誰の作だかわかりませんでしたが、その小説の筋は、恋人を失った女性が新たな希望を持って力強く生きて行く様子が明るい気分で書かれていました。追憶の場面で、昔、自分と別れたある女性の思い出とそっくりな出来事が綴られていたのです。
「まさか」と、恋人は思いましたが、「そんなことはない、きっと偶然に違いない」と思い返したりしました。
 色彩の変わる桜の花をデザインしたそのブログと、その女性が書く小説は、またたくまにネットの世界で知られるようになりました。
  そしていままで誰にも知られなかった公園裏の一本の桜の木も、ネットを通じて全国で一番知られる木になりました。


 
 
 
(つるが児童文学会「がるつ第37号」所収)



2015年9月15日火曜日

指輪ものがたり

  むかし、ライン川のほとりに、美しいお城が建っていました。そのお城には、両親を早く亡くした王女がひとり、召使たちといっしょに、しずかに暮していました。
 王女は、花のように美しく、心はそれにもまして美しかったのですが、からだが弱いうえに、たいへん孤独でした。いつも自分だけの世界の中で、暮らしていたのです。
 ある夏の夜のことでした。
王女が、いつものように、部屋の窓辺に腰かけて、月の光に照らされた、川の沖のほうを眺めていたときです。
遠い夜空の向こうから、流れ星がひとつ、この土地のうえを、しずかに通り過ぎていきました。流れ星は、美しい光を放ちながら、やがて消えていきましたが、その星のかけらが、ゆらゆらと、この土地の方へ落ちてきました。
 王女は、いっしんに、その星のかけらを見つめていましたが、星のかけらが、川の沖の方へ落ちてしまうと、さみしそうな様子でつぶやきました。
「あの流れ星のかけらは、いまごろ、川の中で、何をしているのでしょう。魚たちは、みんな、その美しい輝きを見て、ためいきをついているのでしょう」
 王女も、自分も魚になって、その美しい輝きを、いつまでも見ていたいと、心の中で思いました。やがて、王女は、ベッドに入りました。
けれども、さっきの流れ星のかけらのことが、頭から離れずに、なかなか眠りにつけませんでした。
 そんな王女も、やがて、眠りについた頃、お城から遠く離れた、ある漁師の村のある家に、王女と同じ夢を見ていた、ひとりの若い漁師がいました。
若い漁師は、さっきの流れ星のかけらを、あした朝早く、船にのって、探しにいくことに決めていました。
「あの星のかけらを見つけて、お金に換えることが出来たら、自分の暮らしは、もっとよくなるだろう」
若い漁師は、朝がやってくると、さっそく船を出して、川の沖へ出かけていきました。そして、その日一日中、川の中を捜しまわって、ようやく星のかけらを見つけました。でも、その星のかけらは、とても小さくて、わずかに、金貨ほどの大きさでした。
けれども、その輝きは、世の中の、どんな宝石よりも美しいものでした。
若い漁師は、星のかけらを、たいせつに袋にしまうと、家にもって帰ることにしました。船を漕ぎながら、やがて、川のほとりに建つ、美しいお城のところまでやってきたときです。
 若い漁師は、お城の窓辺に腰かけている、王女の姿を見つけました。
「なんて、美しい人だろう。あんな人と一度でもいいから、話ができたら、どんなに幸せなことだろう」
若い漁師は、じぶんの身分のことも考えないで、そんなことを思いました。
家に帰ってきてからも、漁師は、今日見た王女のことが、頭から離れませんでした。
その夜、若い漁師は、苦労して見つけてきた、星のかけらの美しさに見入っていたとき、ふと、こんなことを考えました。
「この星のかけらで、指輪を作ってみよう。そして、その指輪を王女さまに差し上げよう。きっと王女さまは、大喜びになり、私を友達にして下さるだろう」
 その夜、若い漁師は、一晩中かけて、指輪を作りました。
つぎの日の夜、若い漁師は、指輪を持って、王女のいるお城へ船で出かけていきました。
月の光で、明るく輝いている、川の上を船で漕いでいくと、やがて王女のいるお城が見えてきました。そのお城の塔のひとつの窓に、明かりが灯っていて、王女の姿が見えました。
 若い漁師は、塔のすぐ下までやってくると、開いてる窓にむかって、しずかにつぶやきました。
「王女さま、どうかおどろかないでください。あなたに、差し上げたいものがあって、ここへまいりました」
 王女は、その声に気付くと、すぐに塔の下を見ました。そこには、船が一艘浮かんでいて、その船のうえに、見知らぬ若い漁師が立っていたのです。
 王女は、漁師の話し方が、まじめで謙虚であったので、耳をかたむけようと思いました。
若い漁師は、王女に、三日前の夜に見た、流れ星の話と、その星のかけらを使って指輪を作り、ここへ持って来たことをはなしました。
王女は、漁師のはなしをきいているうちに、すっかり、顔つきも明るくなってきました。
そして王女もまた、あの夜に、同じように流れ星を見て、あの星のかけらが、どうなったのか知りたかったことを、漁師にはなしました。
二人はその夜、打ちとけて、長い時間はなしをしましたが、夜も遅くなり、漁師は、自分の家へ、帰ることにしました。
「では、王女さま、どうぞ、この指輪をお受け取り下さい」
 帰るとき、若い漁師は、指輪を入れた小さな袋を、王女の両手にむかって投げました。王女は、しっかりと袋を受け取ると、すぐに指輪を取り出してみました。
「まあ、なんて、美しい輝きでしょう」
そういって王女は、その指輪を、すぐに自分の指にはめてみました。そして、しばらくの間、その美しい輝きに、じっと見入っていましたが、やがて、漁師にむかっていいました。
「どうか、あしたの夜も、ここへいらして下さい。そして、今夜のような楽しいおはなしを、またいたしましょう」
 その夜から、王女と若い漁師は、すっかり仲の良い友だちになりました。
 次の日の夜、漁師は船を漕いで、王女のいるお城へいきました。そしてその夜も、王女と長い時間、楽しいお話をしました。
 身体が弱く、孤独だった王女も、漁師のはなしを聞いているうちに、日に日に元気になっていきました。
 若い漁師は、自分の仕事のことや、村のこと、友達のことなどを、お城にやってきては、王女にはなしてあげました。
いままで、ひとりの友だちもなく、寂しい暮らしをしていた王女にとって、それらの話は、どれもこれも新鮮なものばかりでした。
 そんな楽しい日がつづいたある日のこと、この土地に、大きな嵐がやってきました。
 はげしい雨が、数日間降りつづいた後、今度は、ものすごい強風が吹き荒れました。川の水は増水し、波しぶきをあげながら、若い漁師の住んでいる村にも、押し寄せてきました。
 若い漁師は、仕事にも行けずに、家の中で、じっと嵐がおさまるのを待っていました。ところが、嵐はおさまるどころか、もっとひどくなってきたのです。
 やがて、大きな波が、漁師の家の中まで流れこんできました。そして、いっしゅんの内に家を呑み込んでしまいました。若い漁師も、波にさらわれて、行方がわからなくなってしまいました。
数日後、嵐はおさまりました。
 お城の中では、王女が、漁師がここへやって来てくれるのを、じっと待っていました。ところが、いくら待っても、漁師はやって来ませんでした。
 王女は、もしかして、先日の嵐で、漁師が亡くなってしまったのではないかと、心配になりました。王女は、若い漁師がくれた指輪を、毎日のように眺めながら、漁師のことばかりを考えつづけました。
やがて、月日は流れていきました。ある秋の夜のことでした。
眠っていた王女は、どこからともなく、聞こえてくる、ささやき声で、はっと目をさましました。その声は、聞き覚えのある声で、塔の下の、川の方から聞こえてくるのでした。
王女がそっと、窓を開けてみると、川の上に、一艘の美しい船が、浮かんでいて、その船には、あの若い漁師が、ふたりの人魚をつれて立っていました。
「おどろかないで下さい、王女さま。わたしは、あなたに会いたくてここへやって来たのです」
 王女は、夢ではないかと、思いました。
「わたしは、あの嵐の日に、この人魚たちに、救われたのです。でも、わたしは、もうこの世の人間ではありません」
 王女は、そのはなしを聞くと、とても悲しそうな顔をしましたが、漁師の元気な姿を見ると、少し安心しました。
「それでは、これからも、わたしに会いにきてくれますか」
 王女の問いかけに、若い漁師は、にっこりと笑いながらいいました。
「夜空の星が美しく輝く晩には、かならず、ここへまいります。あなたに差し上げた、その指輪のような美しい星の出る夜にです」
 若い漁師は、そういうと、ふたりの人魚たちをつれて、しずかに川の中へ消えていきました。





(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)


2015年9月7日月曜日

線路とみつばち

 もう機関車も通ることのない山の中に、赤さびだらけの線路が、草の中でひっそりと横たわっていました。
長い間、こんな山奥に置き去りにされて、しだいに忘れさられて、そのままほっておかれたのです。
 ある日、みつばちが線路の上に飛んできました。
「こんにちは、線路さん。きょうもいい天気ですね」
 元気のよいみつばちを見ながら線路は、
「きみはいいな。あちこちへ飛んで行けるし、それに蜜を集める仕事もあって」
「そうかなあ」
「そうだよ。おれなんか、どこへもいけないんだよ。こんな山奥で、なんの仕事もできないんだから」
 線路は、このまま自分の命がおわるのかと、さみしい気持ちがしました。
 ある日線路は、まぶしい太陽を見ながら、こんなことを思いました。
「もしも生まれ変わることができるのなら、太陽のように赤く燃えた工場の溶鉱炉の中で、もう一度ほかの鉄たちと一緒に溶かされて、新しい機械の歯車や自動車の部品になることができたらどんなにしあわせだろう」
 線路が、この山に運ばれてきたのはずいぶん昔でした。
そのときは、ぴかぴかに磨かれたきれいな線路でした。
毎日のように、山の奥から、鉱石を積んだ貨物列車がこの線路の上を走っていきました。重い荷を積んだ機関車をしっかりと支えて、無事に町の工場へ機関車を送り届けるのが線路の役目でした。
 けれど、今はその機関車も通らないさみしい山の中なのです。
「むかしのように働きたいものだなあ」
 線路は、毎日そんなことを思っていました。
 ある日、いつものみつばちが飛んできました。
そのとき、線路は、うつらうつらと居眠りをしていました。
「線路さん、起きてくださいよ。聞こえませんか」
「え、何か聞こえるのかい」
「向こうから、人のはなし声がしませんか」
「いや、聞こえないよ」
  線路は、じっと耳を傾けました。でもやっぱりなにも聞こえません。
「おかしいな。向こうの方から確かに聞こえてきたのになあ」
 みつばちは、変だなあという顔をしましたが、またいつものように花の蜜を集める仕事をはじめました。
 ある日、線路が眠っていると、山の下の方から、カーン、カーンという聞き覚えのある音が聞こえてきました。それは、線路工夫がハンマーを打ちつける音でした。線路は、自分は夢を見ているのだと思っていました。
けれどもその音が、だんだんと近づいてきたので、すっかり目が覚めました。
やがて、ハンマーの音がしだいに大きくなると同時に、たくさんの人のはなし声が聞こえてきました。しばらくすると、この草の中の線路のさびた釘がはずされて、線路はたくさんの工夫たちによって持ち上げられ、大型のトラックに載せられました。
 そのとき、いつものみつばちが飛んできました。
「線路さん、きっと町へ行けるのですよ」
「そうかなあ、それだったらうれしいなあ」
 みつばちは線路にお別れをいいました。
「いつまでもお元気で、さようなら」
「きみも元気でね」
 線路を載せたトラックは、次々と走り出しました。トラックが山を下りて向かったのは町の工場でした。
 翌日、みつばちが花の蜜を集めていると、町の工場から鉄を溶かす煙が出ていました。


 
 
 
(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)
 
 
 

2015年9月1日火曜日

がんばれブルドーザー

 重機工場の空き地に、老いぼれてリタイアしたブルドーザーたちがのんびりと余生を送っていました。みんな数年後には解体されてばらばらになるのです。
「お前たちはほんとうによく働いてくれた。この町がりっぱになったのもお前たちの仕事のおかげだ」
 工場の親方が、退職の日にみんなに感謝状を渡しながらいいました。
 そういえばこの町は、むかし高いビルも、りっぱなマンションも、きれいな公園もなかったのです。それがいまでは、見違えるようなすばらしい町に変わりました。
ブルドーザーたちは、仲間のショベルカーやクレーン車、ダンプカーたちと毎日汗を流して働いた日のことを思い出しました。
 だけどもう自分たちは、昔のように働くことはないと思っていました。車体の塗装は剥げ落ちてネジは緩んで錆びついています。エンジンもいまでは、まったくかかりません。たとえ動くことが出来ても、旧式のブルではとても今の新型の若い重機たちと一緒に働くことは出来ないと思っていました。
 ところがある日のことでした。工場の親方が息を切らせて走ってきました。
「みんな非常事態だ。お前たちの力をもう一度貸してもらう」
 それは東北地方で大きな地震があって、津波でたくさんの町が破壊されて、復興に重機がたくさん必要だということでした。
リタイアしたブルたちは、その話をきいてみんな飛び起きました。
「よしきた、みんなで現場へ駆けつけよう」
 すぐにブルたちは整備されることになりました。錆びついて使えなくなった部品はすべて取り換えられ、エンジンも整備されて、何年ぶりかに勢いよく動き出しました。
 数日後、何年も乗ったことがないトレーラーに載せられて、みんな東北へ向けて運ばれて行きました。やがて現場に到着しました。
 そこはいままで見たこともない酷い状態でした。瓦礫の中のある場所に降ろされて、エンジンがかけられました。さっそく作業の開始です。遠くの方では自衛隊の新型の重機たちもたくさん派遣されて忙しく働いていました。リタイヤしたブルたちも頑張らなければいけません。
 こんなに広範囲に破壊された町の瓦礫を片付けるには、ずいぶん時間がかかります。山のすぐそばまで、自動車や壊れた家屋、漁船やレジャーボートなどが無造作に横たわっていました。重機たちはみんなエンジンをフル回転させて、さっそく瓦礫の除去作業を開始しました。周囲には、むかし一緒に働いた仲間の重機たちもたくさん来ていました。
「おやっ、あのクレーン車は、むかしおれたちと一緒に働いたやつだ」
 一台のブルが、そばへ近よって行きました。
「やあ、あんたも来てたのか、ひさしぶりだな」
「おう、なつかしいな、何年ぶりになるかな」
 そのクレーン車は、長年、木工所で材木の積み下ろし作業をしていて、退職後はいつも腰痛に悩んでいましたが、非常事態だというのでこの仕事に参加したそうです。
向こうの方にも、顔見知りの重機たちがたくさん働いていました。
見覚えのある一台のショベルカーがいました。この重機は、貧血症のために朝はエンジンのかかりが悪く、運転手さんをいつも困らせていましたが、今回の非常事態を聞いてやっぱり参加したそうです。みんなずいぶん年取っていますが、瓦礫の除去作業に懸命です。
「この作業は、当分続くだろう。もと通りになるまで数年はかかるな」
 作業員たちは一日の仕事が終わると、みんな疲れたといって宿舎に帰って行きます。重機たちも、すっからかんになったタンクに燃料を入れてもらってぐっすり眠ります。
 翌朝から、また作業の開始です。最初の一年間は、なかなか思うように瓦礫の処理は進みませんでしたが、二年後くらいからは、大きなものはすべて取り除けることができました。でもまだ土地の整備はできていません。ブルたちは、一面デコボコになっている地面を以前のようなきれいな状態にする作業に励んでいました。
 リタイアしたブルたちは、三年間ここで作業に従事していましたが、親方がもう限界だなということで、送り返されることになりました。
出発する前の日に、若い重機たちに向かって、
「おれたちはこれで引き上げるけど、これからは君たちで頑張ってくれ、よろしくたのむよ」
とお別れをいいました。そして翌日、リタイアしたブルたちは東北を去りました。
 帰ってきた年取ったブルドーザーたちは、以前のように空き地で、解体される日を静かに待っていました。
 次の年は寒さの厳しい冬でした。毎日寒い日が続きました。リタイヤしたブルたちは、みんなからだをくっつけて眠り込んでいました。ある朝のことでした。工場の親方が、前のようにあわてた様子で走ってきました。
「みんな、お前たちにまたやってもらいたい仕事がある。きのう関東で記録的大雪が降ってみんな困っている。すぐに出かける準備をしてくれ」
 寒い季節なので、ほとんどのブルがなかなかエンジンがかかりませんでしたが、新しいバッテリーに取り換えてもらったりして、どうにか動くことができました。
そして再びトレーラーに載せられて走っていきました。国道は除雪が追いつかず、なかなか目的地に着きませんでした。
関東のある県では、雪のために国道がすべて通れなくなっていました。ようやく目的地に着いて、みんなさっそく作業を開始しました。
国道には雪に埋もれて動けなっている自動車がたくさんいたので、雪を全部取り除けていきました。
渋滞しているトラックや、トレーラーたちがブルたちに声をかけてきます。
「たのむよ。早く雪を取り除いてくれ。スーパーに商品を届けないと、みんな生活に困ってしまうんだ」
 郵便配達の自動車も、
「速達がたくさんあるから、急いで除雪してくれ」
 大型のタンクローリーも、
「今日中に灯油をもっていかないと町中の人が寒さでみんな凍えてしまうよ」
 みんな除雪が終わるのをじっとまっています。年取ったブルたちは、汗をかきかき作業を続け、だんだんと雪も取り除かれて行きました。 でも、国道にはまだたくさん雪が残っていました。作業しているうちに、疲労のためにエンジンが止まってしまうブルもいて、みんな心配しながら見守っていました。
 そのとき、現場監督のうれしそうな声が聞こえました。
「向こうから自衛隊の除雪車がやって来るぞ」
 見ると、勢いよく進んでくる自衛隊の若い元気な新型の除雪車たちが見えました。
「よかった、向こうの国道はすっかり通れるようになってるぞ」
 年取ったブルたちも、また元気を出して作業を続けました。
 その日、重機たちの大活躍で、国道はぶじに通れるようになりました。
作業を終えたブルたちは、みんなほっとしたようすで、空き地へ帰ってきました。だけど退職した後も、次々に出番がやってくるので、のんびり余生を送っている暇がないなとみんな思いました。
ブルたちはみんな相当くたびれていますが、根がまじめで働き者なので、これからも出番があればいつでも出かけていく心の用意はいつも出来ています。





(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)


2015年8月25日火曜日

ピエロとマンドリン

 いつもサーカスで、へまなことばかりしてみんなを笑わせているピエロですが、じつはたいへん起用で、とても働き者なのです。ところがあるサーカスのピエロだけは、まったくの役立たずでした。
外見は普通のピエロと変わりませんが、中身もまったく同じでした。いつもぼーっとして空想に耽ってばかりいるのでした。
「もうすこし気を入れて仕事をしてもらわないと、このサーカスには置いてやらないぞ。クビだぞ」
 団長さんは、そういっていつもおびやかすのですが、ピエロにはまったく効果がありません。あいかわらずのサーカスのお荷物でした。
だけど、このピエロがどうしてこのサーカスにいられるか、それはただひとつ役立つものを持っているからでした。
 いつもサーカスがおわると、ピエロは、おんぼろなマンドリンを抱えて、テントの屋根にのぼり、ながいあいだ暗い夜空を眺めていました。このマンドリンは死んだおじいさんが持っていたものをお父さんから譲り受けたものでした。代々ピエロ一家で、いつもマンドリンを弾きながら、むかし流行った「サーカスの唄」や「美しき天然」の歌などを歌うのでした。
 やがて、夜も深くなった頃、雲の隙間からお月さまが現れました。
じつは、ピエロはこのときを待っていたのです。人にはまったく見えないのですが、ピエロの空想の世界では、お月さまの上には、マンドリンを弾く女神が座っているのです。そして、いつも静まり返った夜空にその美しいトレモロが鳴り響くのでした。
「今夜は、じつにみごとなセレナーデだ」
 ききほれながら、しばらく耳を傾けていましたが、やがて自分でも真似して弾いてみたくなりました。
普段は、仕事もなかなか覚えられないピエロでしたが、このときばかりは頭が働くのでした。
 何回か真似して弾いているうちに、すっかり覚えてしまいました。やがて、向こうの空がすこしずつ明るくなる頃には、月の姿もしだいに見えなくなり、女神もどこかへ消えていきました。
ピエロは、すっかり覚えたその曲を何回も弾いてみました。
そして、二番鶏が鳴く頃になると、自分の寝床へ戻っていくのです。
 朝になると、またサーカスの仕事がはじまります。
団長さんにたたき起こされて、ピエロは眠い目をこすりながら、楽屋へ行ってお化粧して仕事の準備をはじめます。
でもあいかわらずへまばかりで、いつも団長さんに怒られてばかりいるのです。
「きみの仕事は、お客さんを笑わせることなんだ。いつもぼーっと突っ立っていたのでは、だれも笑ってくれないぞ」
 いわれながら、空中ブランコから落っこちる芸をやるのですが、高いところが苦手なので、それも無理なのです。一輪車に乗る芸も何回やってもできません。馬や象に乗らせても、すぐに振り落とされてしまいます。
そんなふうなので、まったくサーカスでは使い物にならないのです。
 慌ただしいサーカスの仕事もようやく終わると、サーカスの芸人たちは、みんな自分たちの楽屋に帰っていきます。
「ああ、やっと一日がおわった。くたびれた」
 みんなそういって、お酒を飲んだり、お風呂に入ったり、晩御飯を食べたりします。そうやってくつろいでいると、いつものようにテントの屋根から、ピエロの弾くマンドリンの音色が聴こえてきます。
「おっ、また弾いてるな。でもいい音色だ、これを聴いてると今日の仕事の疲れもすっかりとれるからうれしい。そして夜はぐっすりと眠れるんだから」
 そういってサーカスの人たちは、みんないつもよろこんで聴いていました。
 その音色は、団長さんの部屋にも流れていきます。
「また、いつものマンドリンかっ。ピエロのやつ、マンドリンの腕だけはいいんだから。でも、もっと仕事のほうもしっかりやってくれないかなあ」
 団長さんはそういいながら、お風呂の中で疲れた身体をほぐしていましたが、そのうち、ピエロが弾く「サーカスの唄」が流れてくると、いつの間にか自分でもその歌を口ずさんでいました。
 
 旅のつばくろ(つばめ)
 寂しかないか
 おれもさびしい
 サーカス暮らし。
 
 とんぼ返りで
 今年も暮れて
 知らぬ他国の
 花を見た。

 団長さんは歌いながら、これまでの旅のことをいろいろと思い出しました。北海道から本州、四国、九州、沖縄まで、日本全国くまなく、このサーカスを引き連れて歩いてきました。
 そして、それらの土地のいろんな花も見ました。いろいろな町や村へも行きました。何回も行った町もありました。そして、その土地の人々をサーカスの芸でみんなを楽しませたのです。
 台風でテントが飛ばされそうになったり、大雪になって、みんなと山の中で野宿したこともありました。動物たちが病気になって、獣医さんを探しに、みんなで町中を駆け回ったこともありました。
 芸人たちはよく働いてくれます。みんな毎日疲れて眠りにつくまで働くのです。芸のすぐれた腕のいい芸人さんが特に好きでした。でも、みんながみんな腕の良い芸人ばかりでないことも知っています。
 そんなことを思っているうちに、団長さんの心の中でこんな気持ちが湧いてきました。
本当に仕事だけで人を評価するのは正しいことなのか。世の中には仕事をしたくても働く所がない人もいることです。また重い病気を患って働きたくても働けない人たちもいるのです。ほんとに生きてることだけでやっとの人もいます。とりたててなんの能力もないけれど、人に親切な人もいます。風変わりな性格でも、何かいいものを持っている人もいるのです。そんな人たちをどうやって評価したらいいのかまったく見当がつきません。
 そんなことを考えると、一概に仕事だけで人を評価するのはよくないことだと思うのです。もしかしたら、このサーカスのピエロもそういう人間のひとりかもしれません。
 団長さんが、そんなことを考えているあいだにも、テントの上からは、ピエロの弾く心地よいマンドリンの音色がいつまでも夜空に響いていました。

 


(文芸同人誌「青い花第23集」所収)


2015年8月13日木曜日

カーネルおじさんの恋

 町の通りにケンタッキー・フライドチキンのお店がありました。お店の前では、白いひげを生やしたカーネルおじさんの人形が、毎日ニコニコ笑って立っていました。
「きょうも、たくさん人が歩いてるな。みんなお店にきてくれないかなあ」
 日曜日のことでした。道路を挟んだお店の向かい側に新しい小さな洋服屋さんがオープンしました。お店のショーウインドーに流行の洋服を身に付けたマネキン人形が飾られました。
「ああ、かわいい女性だな。あんな女性と話が出来たらなあ」
 カーネルおじさんは、そのマネキン人形がいつも気になってしかたがありません。
 ある日のことでした。おじさんはふとあることに気づきました。それはおじさんが子供だった頃、仲の良かった女ともだちに、そのマネキン人形がそっくりなのです。
 おじさんが生まれたのは、アメリカのインディアナ州のヘンリービルという所でした。小学校の同級生に、ネリーさんという女の子がいました。
スティーヴン・フォスターの歌に、「ネリー・ブライ」という曲がありますが、名字も同じでした。その女の子はカーネルおじさんの初恋の女性だったのです。
「まさか、わたしに会いに日本まで来てくれたのかなあ」
 おじさんの思い込みはたいへんなものです。
「それだったら、一度あいさつに行かないとなあ」
 おじさんの胸は躍りました。
 そんなある日のことでした。マネキン人形が、おじさんの方をむいて、にっこりとウインクしたのです。
 おじさんの胸はドキンドキンと、ときめきました。
「やっぱり、ネリーさんだ。わたしに会いに来てくれたんだ」
 おじさんは出かけることにしました。
 翌日、6ピースポテトパックを持って、洋服屋さんへ出かけて行きました。
 ショーウインドーの前にやってくると、ガラスをトントンと叩きました。マネキン人形は振り向いておじさんの方を見ました。
「こんにちは。よかったらこれ食べて下さい」
 マネキン人形は、にっこり笑って、
「ありがとう。じゃあ、いただくわ」
といって喜んで受け取ってくれました。
 その日は、あいさつだけで帰ってきましたが、そのあとも、カーネルおじさんは、たびたび仕事中に出かけるようになりました。
 おじさんは、マネキン人形がほんとうにネリーさんかどうかまだ確信がもてないので、故郷のアメリカのことはできるだけ話さないようにしました。
 ある日、半日も仕事をおっぽりだして、洋服屋さんの前で立ち話をしているところを店長に見られました。
 カーネルおじさんは店長に呼び出されて、仕事中は指定の場所に立っているようにきびしく命じられました。
 おじさんは仕方なく次の日からはいつもの場所に立っていましたが、マネキン人形のことがやっぱり気になるせいか、そのあとも店長の目を盗んでは、ときどき仕事中に出かけて行くようになりました。
 ある日、カーネルおじさんはふと思い出しました。
「そうだ。あしたは、ネリーさんの誕生日だ。プレゼントを持って行かないと」
 おじさんは、どんなプレゼントにしようかなといろいろと迷いました。
「そうだ。この通りの先に、人気のケーキ屋さんがあったな。あそこでケーキを買って持って行こう」
 その日は幸運にも店長が休みの日だったので、昼から出かけて行きました。
 ケーキ屋さんに行くと、女性店員に、
「すみませんが、2500円のいちごのデコレーシャン・ケーキひとつ下さい」
「お誕生日用ですか」
「はい、でもロウソクはけっこです」
「わかりました。お待ちください」
 きれいな包装紙にケーキを包んでもらって、おじさんはお店に戻ってきました。
 夜になってからおじさんは出かけていきました。夜だったら、だれにも見られずにのんびりと話が出来るからです。
 明かりの消えたショーウインドーの前にやってくると、ガラスをとんとんと叩きました。
 マネキン人形が気づいて、振り向きました。
「こんばんは、よかったらこのケーキ食べて下さい」
「いつもどうもありがとう。おいしそうだわ」
 おじさんは、このときがチャンスとばかりに、故郷のアメリカのことをはなしてみました。
 小学生の頃の先生のこと、友達のことなどいろいろとはなしてみました。マネキン人形はききながらキョトンと変な顔をしました。このおじさんは人違いをしているのだとわかったのです。でも、がっかりさせたくなかったので、話を合わしてくれました。
 その夜、ふたりは、ずいぶん長い間いろんなことを話しました。明け方近くまで話していたので、翌日はふたりとも寝不足で、仕事中に何度もウトウトしていました。
 カーネルおじさんは、数年間そうやっていつものようにマネキン人形に会いに出かけましたが、ある日、大変なことが起こりました。洋服屋さんがとつぜん閉店したのです。
「たいへんだ。ネリーさんがアメリカへ帰ってしまう」
 カーネルおじさんは仕事も手に付かず、いつもさみしそうな様子でした。お店にやって来るお客さんたちも、最近、人形のおじさんが元気がないとみんな言い合いました。
 ひと月がたったある日のことです。
 風の噂でマネキン人形の行方がわかりました。この町の大型デパートの婦人服売り場に飾られているということでした。
 カーネルおじさんは、それを聞いて飛び上がって喜びました。
「それじゃ、さっそく会いに行こう」
 翌日、仕事をまたおっぽりだして、隣の通りにあるデパートへ出かけて行きました。
 デパートは5階建てで、婦人服売り場は3階でした。エスカレーターで上まで上って行きました。デパートの中を歩いているお客さんたちは、白いスーツを着た、白いひげを生やしたどこかで見たことがあるおじさんがフライドチキンの紙袋を持って、うろうろしているので変な顔をしていました。
「婦人服売り場はどこですか」
 店員に教えてもらって歩いて行くと、見覚えのある人形が見えました。
「あれだ。ネリーさんだ」
 マネキン人形は、レジから少し離れたガラスのケースの中で、きれいなドレスを着て飾られていました。
 おじさんはそばへ行って、ガラスをトントン叩きました。
「やっとあなたに会えました。こんな所で働いていたんですか。おみやげを持ってきました」
 マネキン人形も、うれしそうににっこり笑って、
「よく来てくれましたね。お久しぶり、いつもありがとう」
 その日はおじさんにとってたいへん感動した日でした。
 おじさんは、それからも仕事中に抜け出しては、このデパートへよくやってきましたが、ある日、幸運なことが起こりました。
 おじさんが働いているケンタッキーフライドチキンのお店が、このデパートの2階に移転したのです。3階には婦人服売り場があるので、階段を登って行けばいつでもマネキン人形に会いに行けるのです。
 ですから、いつものようにカーネルおじさんは、店長の目を盗んでは、マネキン人形に会いに出かけて行きました。




(文芸同人誌「青い花第25集」所収)



2015年8月4日火曜日

回転木馬の夢

 だれもいなくなった夜のゆうえんちです。回転木馬は、みんなすやすやと眠っていました。
 すやすや、すやすや。
 しばらくしたとき、一頭の木馬が目をさましました。
「ああ、きょうもよくはたらいたなあ」
 木馬は、うーんと、のびをしました。
「だけど、まいにちここにいるだけじゃ、つまらないや。どこかへさんぽにいきたいなあ」
 そのとき、空のうえから声がしました。
「ぼくが、つなをといてあげようか」
 声をかけたのは、夜空に輝くひとつの星でした。
「ほんと、じゃ、といてよ」
 すると、つながれていた首のひもがはずれて、木馬は自由になりました。
「わあ、ほんとうだ。うれしいな」
「朝までにはかえっておいでよ」
「うん、やくそくするよ」
 木馬は、そのばから出て行きました。
 カッタコト、カッタコト、
 やがて、町の公園へやってきました。
公園のなかには、ともだちの木馬たちが眠っていました。
「みんな起きて、ぼくと遊ぼうよ」
 木馬たちは、目をさますと、
「だめだめ、ぼくたち、みんなつかれているから。きょうは、たくさんこどもたちが遊びにきたからね」
「ああそうなの、つまんないな」
 木馬は、公園から出て行きました。
 そして、町の商店街へやってきました。いっけんの洋服屋さんのショーウインドーのなかに、かわいい洋服を身につけた、こどものマネキン人形が眠っていました。
「ぼくとさんぽにいかないかい」
 マネキン人形は、目をさますと、
「だめだよ。ここからでられないもの」
 木馬は、がっかりしましたが、
「だったら、ぼくが、そこからでられるようにしてあげるよ」
といって、夜空を見上げました。
「お星さま、おねがいします。マネキン人形くんを、外へだしてあげてください」
 すると、ひときわきらりと星が輝いたかとおもうと、木馬のせなかに、マネキン人形がのっかっていました。
「わあ、おどろいた。お星さまありがとう」
 そして、木馬は、マネキン人形をのせてはしり出しました。
 カッタコト、カッタコト、
だれも歩いていない商店街をはしりながら、マネキン人形もうれしそうです。
「ヤッホー、きもちいいな、ヤッホー、ヤッホー」
 そして、木馬は、商店街をとおりぬけると、大きな橋がかかっている町外れの河原へやってきました。
 木馬は、のどがかわいていたのか、川の水をゴックン、ゴックンとおいしそうにのみました。
「ああ、つめたくておいしいや」
「ねえ、こんどはどこへ行く」
「じゃ、こんどはあの橋をわたってとなり町の公園へ行ってみようか」
「うん、いいよ」
 木馬は、またはしり出しました。橋のそばに踏切があり、そこを通ってしばらく行くと公園が見えてきました。
 公園のなかに入ると、キリンやぞう、それにカバやクジラのかたちをしたすべり台がありました。
「あのすべり台からおりてみないかい」
「うん、いっしょにおりてみようか」
 木馬とマネキン人形は、すたすたとすべり台の階段をのぼって行きました。そして、なんかいもすべり台からおりて遊んでいました。
 一時間も遊んでいると、やがて引き返すことにしました。
踏切の前までやってきたときでした。突然、踏切のけいほう機が鳴り出しました。木馬はおどろいた拍子に、鉄道せんろに、足をつまずかせてしまいました。
「わあ、たいへんだ。足がせんろにはさまって、ぬけなくなっちゃった。どうしよう、どうしよう」
 やがて、やこう列車が、すごい音をたてながら向こうからはしってきました。
 ガッタンコー、ガッタンコー、
 みるまに、列車は近づいてきました。
「だれか、たすけてー」
 木馬と、マネキン人形は、どうすることもできずに、ただじっとしたまま目をつむっているだけでした。
「ブーーーブーーーブーーーーー!」
 やこう列車は、汽笛を鳴らしながらせまってきました。
そのときでした。耳もとで、だれかの声がきこえました。
「もうとっくに朝だよ。ゆうえんちは、はじまってるよ」
 そう声をかけたのは、となりにいる木馬くんでした。
「なんだ、ぼくは夢を見てたのか」
 木馬は、目をこすりながら、にぎやかなゆうえんちのなかを見わたしました。
やこう列車の汽笛だとおもっていたのは、ゆうえんちのなかを走っている、おもちゃの電車の汽笛でした。
 木馬は、よく晴れた青い空を見上げました。
そこには夢のなかで見た、あの星のすがたはありませんでした。そして、マネキン人形のすがたもどこにもありませんでした。
 しばらくすると、向こうからたくさんのこどもたちが、木馬たちの方へはしってきました。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年8月2日日曜日

腹の減る男

 その男は仕事もしないで毎日寝てばかりいるのに、いつも目覚めると、
「腹へった、腹へった」
と母親にいうのだった。それが、1日に3回も4回もだからおかしなことだ。
「これはきっと病気だな」
  母親は心配して医者を呼びにいった。
医者がやってくると、さっそく診察がはじまった。
「お腹がへるようになったのはいつからなんだ」
「ふた月くらい前から」
「どこかへ出かけることはあるのか」
「いいや、出かけることはない」
「家の中で仕事をすることは」
「仕事なんてやったことがない」
 医者は考え込んだ。
「ふしぎなこともあるもんだ。どこにも行かず、仕事もしないのにどうしてお腹がへるんだろう」
「じゃ、お腹がへるような夢でもみるのかい」
  男は、思い当たることがあるのか、しばらく考えてからいいにくそうにいった。
「ああ、いつも見てる」
「じゃ、その夢を話してくれ」
  男は、話しはじめた。
「ある日のことだ。おいらが広い原っぱの道を歩いていると、どこからかいいにおいがしてきた。そちらのほうへ歩いていくと、樫の木のそばに一軒のパン屋さんがあった。その店には、おばあさんがひとりでパンを焼いていたんだ。お金がないので、入口の棚の上に積まれたパンのみみをだまって食べてたら、お店の中から大きなどなり声が聞こえてきかとおもうと、まわりの景色がすぐに暗くなり、おいらは深い森の中にいたんだ。お店からでてきたのは、黒い帽子と黒い服を身に着けたワシ鼻の怖い顔をしたおばあさんだった」
「やい、あんた。かってに店のものを食べちゃこまるよ。罰として、しばらくここでこき使ってやるからね」
「そういっておいらをお店の地下室へ閉じ込めたんだ。そして、毎日決まった時間になると、そのおばあさんがやってきて、今日の仕事をいいつけて厨房へおいらを連れて行く。その仕事のきついことといったらなかった。毎日、パン粉を練らされてパンを焼くんだが、焼き具合が悪いとがみがみと文句をいわれる。それにパンを焼く多さにも驚いた。あとで知ったんだが、この森に住む悪魔たちが買いに来るパンだった。
 汗だくの仕事が終わると、こんどは後片付けだ。ちりひとつでも落ちてたらやり直しをさせられる。夜遅くまでかかってすべての仕事が終わると、また地下室へいれられる。食事なんてくれない。コップ一杯の水だけなんだ。このふた月間、おいらはそんな夢を見ていつも目が覚めるんだ」
  男のはなしを聞いて医者はおどろいたが、すぐに治療の方法を思いついた。
「あんたの病気はすぐに治るよ。簡単な方法だ。すぐに仕事を見つけて働くことだ。そうパン屋さんがいい。あんたはパン屋の仕事がすっかり身についている。人を雇って一緒に楽しく働いていれば、もうそんな夢を見ることもなくなる。夜もぐっすり寝られるよ」
  医者は言い終わると、さっさと帰っていった。
 男は、医者の勧めもあって、町へ行って小さなパン屋さんを開店した。はじめは、お客さんもあまりこなかったが、男が焼くパンがおいしいという噂が流れてからは、日に日にあちこちから人がやって来るようになった。収入もたくさん入ってくるようになって、男の暮らしも安定した。
 そんなある日のことだった。お店に、白い翼と頭に銀色のリングをのせたかわいいひとりの天使がやってきた。
「大きなパンを焼いてもらいたいんです」
「どれくらいの、大きさですか」
「あの山の上に乗るくらいのパンです」
 とつぜん、そんなことをいわれて男は、
「そんなの無理ですよ、だってひとりではとても手におえません」
「お仲間がいますよ」
「いつからですか。準備もありますから」
「明日の朝、あの山の頂上へ来て下さい」
 そういって、天使は代金を置いて帰って行った。
 翌朝、男は指示された山のてっぺんへ登っていくと、たくさんの仲間のパン屋さんが来ていた。
「あんたも呼ばれたのかい。光栄なことだよ。この仕事は腕のいいパン職人しかやらせてもらえないんだから」
 そんなはなしをしていると、きのうの天使が姿を現した。
「では、みなさんお願いします。すてきなロールパンを作ってください。材料はまわりにいくらでもありますから」
そういって、そばに浮かんでいる雲を指さした。
パン屋さんたちは、さっそく、山が隠れるくらいの大きなロールパンを作りはじめた。
まわりの雲をかき集めてくると、それを何時間もかかって練り上げてから、大きなオーブンの中に入れて、じっくりと焼きはじめた。でも、たいへんな作業だから、できあがるまで何日もかかった。
 一日の作業が終わると、みんなすっかりお腹をすかせて家に帰って行く。そして翌日にはまた山にやってきて、パン作りの仕事をはじめる。
男も、家に帰ってくると夕食をとってすぐに寝てしまう。
ときどき夢の中で、自分たちが作った大きなロールパンが空に浮かんでいる情景を見たりした。
 ある日、パン屋さんたちが作った大きなロールパンがみごとに空の上に浮かびあがった。その姿は、遠くの町からでも見ることができた。
「ありがとう、みなさん、りっぱな美術品の完成です」
 天使も満足していった。
私たちはときどき、風の強く吹く日に、山の上に、ロールパンのような形をした雲を見かけることがありますが、あれは、天使が腕のいいパン屋さんたちを集めて作らせた芸術品なのです。形もみごとですが、味もたいへんおいしいので、鳥たちがついばんだりします。空の展示がおわると、パン屋さんたちもごちそうになりますから、あっというまに消えてしまいます。するとまたパン屋さんたちが呼ばれて新しいロールパンを作るのです。
作業は大変ですが、空にみごとに浮かんだロールパンを見ながら、パン屋さんたちはいつも自分たちの仕事に満足します。男も呼ばれますから、同じように満足します。そして一日の仕事が無事に終わると、男もお腹をすかせて家に帰ってくるので、夕食もお腹いっぱい食べて寝ます。ですからもう以前のように、「腹へった」「腹へった」という夢も見なくなりました。




(文芸同人誌「青い花第24集」所収)


2015年8月1日土曜日

でかせぎにでたアイスクリーム

 連日の猛暑で、町の人たちはすっかり家に閉じこもったきり、外へ出てきません。
「今年も、ずいぶんあついなあ」
 公園で、アイスクリームを売っていた屋台のおじさんも、木陰で休み、そのうちうとうと眠ってしまいました。
 空のうえではお日さまだけが、ニコニコと地面を照らしていました。
 屋台のアイスクリームたちは、もうげんかいでした。
「これじゃ、一時間でみんなとけちゃうな」
「だったら、でかせぎにいこうか」
 屋台の車も、
「それじゃ、でかけるか」
といって、かってにのこのこと動き出しました。
 公園を出てから、すぐ道路のそばで、道路工事をしている作業員がいました。
「冷たいアイスクリームはいかがですか」
 汗を流して働いていた作業員は、仕事の手を休めると、
「それじゃ、ひとつもらおうか」
「ありがとうございます。百五十円です」
 すると、仲間の作業員も集まってきて、
「おれたちにも、ひとつくれよ」
といってみんな買ってくれました。
「ありがとうございます」
 お金を空き缶に入れてもらって、屋台の車はまたのこのこと動き出しました。
 国道を歩いて行くと、大きな池のある場所までやって来ました。池のまわりでは、日傘をさして魚釣りをしている人たちがいました。
 釣り人が屋台に気づいて、
「おーい、ひとつくれないか」
と声をかけてきました。
「ありがとうございます。百五十円です」
 すると、まわりの釣り人たちも、
「おれたちにも、ひとつくれよ」
とみんな声をかけてきました。
 屋台の車は、池のまわりを一周して、アイスクリームを売りました。
 そしてまた道路に戻ってきました。しばらくいくと、農家の畑のそばを通りました。
 お百姓さんが、汗をかきかきトウモロコシの手入れをしていました。
「冷たくておいしいアイスクリームいかがですか」
 声をかけられたお百姓さんは、
「おっ、うまそうだな。でもいまお金もってないからトウモロコシでもいいか」
「いいですよ。ありがとうございます」
 屋台の上にトウモロコシを何本か入れてもらって、また動き出しました。
 となりに、スイカ畑がありました。お百姓さんがスイカの手入れをしていました。
「おいしいアイスクリームいかがですか」
 そのお百姓さんも汗を流して働いていたので、
「じゃあ、ひとつもらおうか。でもお金がないからスイカでもいいか」
「いいですよ。ありがとうございます」
 お百姓さんにスイカを入れてもらってまた動き出しました。
 となりにも、トマトとピーマンとナスを作っている畑がありました。
「冷たいくておいしいアイスクリームはいかがですか」
そのお百姓さんも仕事の手を休めると、
「じゃ、ひとつくれないか」
「ありがとうございます」
 トマトとピーマンとナスを入れてもらってまた屋台の車はのこのこと動き出しました。
 農家を過ぎてから、しばらく歩いて行くと、小さな駅のそばを通りました。自転車でサイクリングを楽しんでいる人たちが、木陰で休んでいました。
 屋台の車を見つけると、
「おっ、うまそうだな。みんな食べようか」
 サイクリングの人たちも、アイスクリームを買ってくれました。
 そのとき、駅に電車が到着しました。
 ホームから声が聞こえてきました。
「おーい、アイスクリームひとつ、くれないか」
 電車の乗客でした。
 屋台の車は、のこのこと改札口の所まで行きました。
乗客が降りてきてアイスクリームを買ってくれました。
「ありがとうございます」
 すると、ほかの乗客たちも、
「おれにも、ひとつ」
「わたしにもひとつ」
といって、みんな降りてきて買ってくれました。
 アイスクリームはぜんぶ売リ切れました。
「ありがとうございます。完売です」
 電車は汽笛を鳴らして、次の駅に向かって走って行きました。
 屋台の車は公園へ帰ることにしました。Uターンして公園に向かって動き出しました。
 でも屋台からは、もうアイスクリームたちの声は聞こえてきません。そのかわり野菜がゴロゴロと動く音と、空き缶の中からチャリンチャリンというお金の楽しい音が聞こえてきます。
 公園へ戻って来ると、おじさんは木陰で、まだすやすやと眠っていました。
 屋台の車が一服していると、おじさんが目を覚ましました。
 おじさんは、屋台を見て驚きました。アイスクリームは全部売り切れていて、そのかわり、たくさんの野菜やスイカが積んであるのです。それに空き缶にもちゃんとお金が入っていました。
「いやあ、ふしぎなこともあるもんだ」
 おじさんは、わけがわからないまま夕方になったので、屋台を引っ張って帰って行きました。


(文芸同人誌「青い花第25集」所収)


2015年7月24日金曜日

たこ八のぼうけん

 ある日、たこ八が海の中の岩場で遊んでいると、真っ白いからだをした自分とそっくりなたこのともだちが、海面からおりてきた。
「おまえは、いったいだれだ。なんて名前だ」
 ところが、何もいおうとしないので、腹が立ったたこ八は、ぐいっとそのたこのからだをつかんでやった。それが、たこ八にとっては大きな失敗だった。
いきおいよく、そのたこといっしょにつりあげられて、硬いコンクリートのうえにたたきつけられた。そして、すぐにクーラーボックスの中へ入れられてしまった。
 狭苦しいクーラーボックスの中で、たこ八がぶるぶると震えていると、クーラーのふたがとつぜん開いて、ほかのたこが入ってきた。たこ八は、ぽーんとジャンプをすると、まんまとそとへ出ることに成功した。そして、大急ぎでその場から逃げていった。
ところが、あわてていたたこ八は、海とは反対の方向へ逃げていったのだ。
 たこ八がやって来た所は、ある漁師さんの家の中庭だった。
けれども、その家にはかい猫がいて、たこ八は、またまた逃げださなければならなくなった。
 たこ八は、すぐにかい猫に見つかって、さんざん追いかけまわされたあげく、爪でからだをあちこちかきむしられて、命からがら、どうにかその家から出て行くことが出来た。
「おれは、このさき、どんなひどい目に会うかわかんないな。海はどっちなんだい」
 たこ八が、アスファルトの道を歩きながら、そんなひとりごとをいっていたとき、むこうからとてつもなくでっかい車が走ってきた。
「ゴーーー、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーッ!」
 それは、超大型のトレーラーで、猛スピードをあげて、たこ八のほうへむかってきた。おどろいたたこ八は、大急ぎで、よこの草むらの中へ飛び込んだ。もしも、あんな大きなトレーラーにひかれたら、いまごろたこ八は、たこ八せんべいになっていたかもしれないのだ。
 草むらの中で、たこ八が、しばらくがたがた震えていたときだった。
空の上から、大きな手がのびてきたかと思うと、その手でぐいっと捕らえられてしまった。
 たこ八が、おどろいて目をあけてみると、そこには髪の毛がぼさぼさで、ひげをぼうぼうに生やした、変な匂いのする、汚い服を着たおっさんが立っていた。
 たこ八は、乞食のおっさんに捕まってしまったのだ。
 乞食のおっさんは、にやにや笑いながら、
「きょうは、ついてるのおー、さっそく飯にしようかのおー」
といいながら、うれしそうに歩きはじめた。
 乞食のおっさんは、陸橋の下の自分のすみ家へやって来ると、さっそく火鉢に火を起こしはじめた。
そして、火力が出てくると、その上にあみをおいて、たこ八を乗せたのだ。
「あっ、ちちちちちちちちちちちちちちちーーーーーーーーーーっ!」
 たこ八は、あまりの熱さに、あみの上から飛びはねた。十メートル以上は飛びはねたと思う。
 たこ八が空の上で、あわてふためいていると、一羽のからすがまいおりてきた。そして、たこ八のからだをしっかりとつかむと、松林のほうへ飛んでいった。
 たこ八は、こんどはからすに捕まってしまったのだ。でも、焼きだこになるよりはましだった。
 からすは、たこ八をつれて、自分のすみかへむかいはじめた。
しばらくしてから、こんどは、一羽のトンビがからすめがけて飛んできた。
おどろいたからすは、たこ八を、おもわず下へ落としてしまった。
くるくるとまわりながら、たこ八が落ちた所は、海の見える旅館の池の中だった。
 池の中で、たこ八がぼんやりしていると、飼われていたコイたちがやってきた。
「おまえ、宇宙人か。どこの星からやってきたんだ」
 コイたちは、めずらしそうにたこ八を見ていった。
「違う、おれは、海からやってきたんだ」
 たこ八が、コイたちに、これまでのいきさつをはなしてやると、みんな気の毒に思い、なんとか、たこ八を海へ帰してやろうと思った。
 そのとき、むこうの家の方から、ピシャン、ピシャンという水の音が聞こえてきた。
「あれっ、ひょっとして、むこうは海かな?」
 たこ八は、池の中から飛び出ると、いそいで、水の音のする方へ歩いていった。
すると、白いけむりがたちこめた中に、なつかしいともだちのすがたが、ぼんやりと見えた。
 たこ八は、おおよろこびで、みんなのいる方へかけていくと、水の中へ飛び込んだ。
「あちちちちちちちちちちちちちちちちちーーーーーーーーーーっ!」
 ところが、たこ八は、あわてて外へ飛び出した。たこ八が入ったのは、旅館の露天風呂だった。たこ八は、もうすこしで湯でだこになるところだった。
そして、湯ぶねに入っていたのは、この旅館にとまりに来ていた、頭のはげた老人会のじいさんたちだった。じいさんたちは、ずいぶんお酒を飲んでいたから、たこが湯ぶねに入ってきても、さしておどろきもしなかった。
たこ八は、じいさんたちに捕まらないように、急いでその場から逃げようとしたとき、露天風呂の岩づたいに、一匹のかにが歩いているのに気がついた。
「やあっ、かに君、きみは、海からきたのかい」
 たこ八の声をきいて、かには、「そうだよ、いまから海へ帰ろうとおもってね」
 かには、よくこの露天風呂へやってきては、自分のからだの汚れを落としていくのだった。
 たこ八が、岩づたいに、かにのあとを追ってついて行くと、やがてむこうの方に、なつかしい青い海が見えてきた。
「やった、海だ。ほんものの安全な海だ」
 たこ八は、目がしらを、あつくさせながら、思わずそうさけんだ。
 近づいていくと、潮のにおいがしてきた。耳をすますと、波の音も聞こえてくる。
 たこ八は、かに君になんどもお礼をいった。
「かに君、どうもありがとう。きみのおかげで、おれの寿命もまだまだ伸びそうだ」
 たこ八は、そういうと、波が打ち寄せている岩場へと走っていった。そして、にこにこ笑いながら海の中へ入っていった。

 


(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)


2015年7月22日水曜日

コウノトリのおばさんの手助け

 ある日、コウノトリのおばさんの住む森の家に一通の手紙が届きました。
―このたび、わたくしたちめでたく結婚しました。赤ちゃんを届けてください。どうぞよろしくお願いいたしますー 
お百姓の夫婦よりー
 おばさんは読み終えると、さっそく赤ちゃんたちのいる育児室へいきました。
「あしたは早起きしなくちゃね、手紙をくれた若い夫婦の家は五つ山を越えた所にあるのだから」
 翌朝、コウノトリのおばさんは、赤ちゃんを入れた籠(かご)をもって出かけていきました。
すいすい空を飛んでいくと、やがてむこうの原っぱに、いっけんの家が見えてきました。
「あの家だわ」
 コウノトリのおばさんは、籠の中で眠っている赤ちゃんを起こさないように、しずかに降りていきました。
 その家には、若い新婚さんが暮らしていました。
奥さんは家の中でお掃除の最中、だんなさんは広い畑でトラクターに乗って畑をたがやしていました。
「さてと、玄関のところに置いておきましょう」
 コウノトリのおばさんは、籠の中に、『赤ちゃんを可愛がってあげてください』と手紙を添えておくと、この家から出て行きました。そしてまたすいすいと空をとびながら、じぶんの家に帰っていきました。
 ひと仕事を終えてほっとしたおばさんは、お湯をわかして紅茶を入れていっぷくしました。
だけど、おばさんは、最近よく嘆いていることがあるのでした。
それは、人間の赤ちゃんの依頼がむかしと比べてずいぶん少なくなったからです。
 ある国では若い人たちがぜんぜん結婚しないので、おばさんの仕事も減りました。
昔だったら、日に何回も赤ちゃんを届けにあちらこちらの国へ行く大忙しでしたが、それが最近では目に見えて減ってしまったのです。
 「これじゃ、暇すぎてわたしもはやく老け込んでしまうわね…」
 ある日、おばさんの家に変わった手紙が届きました。
―コウノトリのおばさん、お願いがあります。わたし独り者ですけど赤ちゃんが欲しいのです。届けてくださいー
海の家に住む女性よりー
コウノトリのおばさんは、その手紙を読んで、
「まったくへんな手紙だこと、いまの人は何を考えているのかしら」
とあきれてしまいました。
「でも、いったいだれかしら」
 おばさんは、翌日、その手紙の送りぬしのところへいってみました。
東の山を四つ越えた、海の見える砂浜に小さな家がありました。
その家には、事故で夫を亡くした若い女の人がひとりさびしく暮らしていました。毎日、満たされない生活になやんでいたのです。
それでも子供の頃から好きだった趣味の絵を描いたり、本を読んだりしてさみしさをまぎらわせていました。けれども、やはり子供がいないので生きる気力をすっかりなくしていたのです。
「なんて、かなしそうなようすでしょう」
 おばさんはそれをみると、何とかしてあげようと思いました。
でも、夫のいない女性にこどもを持っていくことはできないのです。
おばさんは、どうすることもできずに帰っていきました。
 ところが、二、三日してから、郵便受けの中にこちらも変わった一通の手紙が入っていました。
―子犬を一匹お願いします。独り者でたいくつしてますからー。どうぞよろしくお願いいたします。
山で暮らす男よりー
 その手紙をくれたのは、山の高原に住む、ちょっと変わった詩人さんでした。
詩作の合間に、庭の畑で野菜を作ったり、野山を歩き回って山ぶどうやあけび、スグリなんかを取ってきてジャムを作ったり、自給自足の生活をしていました。
 仕事場ではノートに詩を書いていて、手作りの詩集を作るのを楽しみにしていました。だけど、いまだに一冊も出版したことがありません。きれいな絵の付いた装丁をしてくれる人がいないからです。
「そうだわ」とコウノトリのおばさんは考えました。
 ある日、おばさんは、こっそり小屋に忍び込むと一篇の詩が書かれた紙切れを持ち出すと、こんな手紙を書いて海辺で暮らす女の人に送ってみました。
―わたしは、山で暮らす無名の詩人です。いつも高原を歩きながら、山の清涼な空気のようなやさしい詩を書いています。ある日、ひさしぶりに山を下りて海辺へ出かけた時、砂浜でひとり絵を描いているあなたを見かけました。海の絵を見てとても感動しました。こんなすてきな絵を描く人だったら、わたしの詩にも美しい挿絵を描いてくれるでしょう。どうかお願いします。わたしの詩に絵を描いてください。
山の詩人よりー
 その手紙を受け取った女の人が非常に驚いたのはいうまでもありません。添えられた一篇の詩を読んでみると、とても気にいったとみえて、その日のうちに絵を描いて、翌日手紙といっしに絵を送りました。
 その手紙を受け取った山の詩人さんも大変びっくりしましたが、添えられてきた絵を見て、自分の詩のイメージとぴったり合うので、もう一篇、女の人に送りました。
 数日後にはまた手紙といっしょに絵が送られてきました。そんなふうに手紙のやりとりが何回も続いたある日、一度山へ遊びにきませんかという詩人さんの言葉にさそわれて、女の人は山の家に出かけていきました。
美しい高原の中にある詩人さんの小屋で、楽しい話をしたり、詩人さん手作りのジャムを付けたパンをごちそうになったり、ふたりで将来、協力して詩と絵を組み合わせた詩画集を出版する計画をしたりしました。
 また、こんどは山の詩人さんが、女の人が暮らす海の家にも遊びにでかけました。そして、おいしい魚料理をごちそうになりながら楽しい話をしました。
 やがて、ふたりは恋仲になり、いっしょに山で暮らすことになりました。山の高原の教会で結婚式をあげて、小屋にすみこみました。
 ある日、コウノトリのおばさんのもとへ、ふたりから手紙が届きました。
―わたくしたち結婚しました。かわいい元気な赤ちゃんを届けてください。どうぞよろしくお願いいたしますー
山の夫婦よりー
 コウノトリのおばさんはそれを読むと、ニッコリ笑いながら、赤ちゃんたちが眠っている育児室へ行き、出掛ける準備をはじめました。
 
 
 
 

(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)

 

2015年7月21日火曜日

砂漠の仲間

 焼けつくような砂漠の道を、ラクダにのった商人が旅をしていました。
「ああ、水が飲みたい。水はどこだ」
 ラクダも長旅ですっかり疲れているのか、
 「足が痛い、どこかで休みたい」
とよろよろと歩いていました。
 あるとき、遠くにヤシの林を見つけました。
「あそこで、休むとしよう」
「水もあるかな」
 ところが、行けども行けどもヤシの林は遠のくばかり。
「蜃気楼だ」
「がっかりだ」
 ラクダは、動かなくなりました。
「こら、こんなところで立ち止まっていたら、死んでしまう。はやく水のあるところに行かないと」
「それなら、俺の荷物を持ってくれ」
「ラクダのくせにもんくいうな」
「じゃ、もう歩かない」
 しかたがないので、荷物を持ってやりました。
 やがて、またヤシの林がみえました。
「あれもまた蜃気楼かな」
「どうでしょう。いってみますか」
 歩いて行くと、まさしくヤシの林があります。それに小さな井戸も見えました。
「よかった、今夜はあそこで野宿をしよう」
 けれど、ヤシの葉はどれも枯れていて、井戸も空っぽです。
「ああ、がっかりだ。こんどは、おまえが荷物をもってくれ」
「いやだな」
 ラクダはもんくをいいながら 仕方なくもちました。
 でも、また立ち止まりました。そして荷物にむかって、
「おい、荷物。お前はいいな、のってるだけだから」
 荷物がこたえました。
「そうだよ。おれは荷物だからね」
 それをきいた商人が怒っていいました。
「そんなことあるかい。困っているときはお互いさまだ。こんどはお前がおれたちをせおってくれ」
 荷物は困った顔をしましたが、
「じゃあ、仕方ない。せおってあげるよ」
といって、らくだと商人をせおって歩きだしました。
 でもしばらく行くと、荷物はくたびれて、しゃがみこんでしまいました。
「もうだめだ。かわってくれ」
 こんなことをしていると、だれもせおいたくありません。
「どうだい、ジャンケンして、負けたものが1キロづつ歩いたら」
「そうしよう」
 三人はジャンケンをしました。
「かった」
「かった」
 負けたのは商人でした。
「しかたない」
 そういって、らくだと荷物を背負って歩きました。
1キロ歩くと、またジャンケンして今度は、荷物が負けました。次はラクダでした。
三人とも、そうやってかわりばんこに歩きました。
 やがて、みんなくたびれて、ばったりと砂の上に倒れこんでしまいました。
みんな死にそうなようすで、むこうの丘をぼんやりと見たときです。商人が叫びました。
「みんな起きろ、町が見えるぞ」
 三人は、生き返ったように、町の方へかけていきました。





(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)


2015年7月20日月曜日

声を出す木

 すごい山奥の林の中で、きこりが木をきっていました。
 ギィーコ、ギィーコ、ギィーコ、ギィーコ
きり倒された木が、ギギギギ、ズドーンと音をたてて倒れます。
 一本の木のところへいって、きりはじめたときです。
「痛―い、痛―い、やめてくれ」
と声がきこえました。
 きこりは、あたりを見わたしましたが誰もいません。またきりだすと、
「痛―い、痛―い、きらないでくれ」
と声がきこえました。
「声を出したのは、おまえさんかい」
「そうだよ。おいらだ」
 木は答えました。
「そんなにきられたくないのかい」
「ああ、そうだ。きらないでくれ」
「そりゃ、できんことだ。今日のうちにきってしまわないと、親方にどやされる」
「そんなことあるかい。かってに山にやってきて、おれたちにことわりもしないでたくさん木をもっていくんだから。あんたたちはかってだよ」
 理屈をいう木にきこりは困りましたが、なんとか説得して早くきらないといけないのです。
 きこりは考えました。
「おまえさんは、この山にどのくらい暮らしているんだね」
「二百年になるかなあ」
「ほーっ、こんなさみしいところでそんなに長く」
「いいところだよ。静かでのんびりしてて、空気もおいしいし」
「そりゃ、けっこうだが、町もいいところだぞ。お前さんのお父さんも、おじいさんも、ひいおじいさんも、いまはりっぱな神社の柱になったり、大きな屋敷の壁板になったり、公園のベンチになったり、みんな毎日たのしく暮らしてるんだよ」
「それ、ほんとうかい」
「ほんとうだよ。わしの見たところあんたみたいな丈夫でりっぱな木だったら、豪華客船のラウンジの柱にうってつけだ」
「へえ、それはすごいなあ。それだったら、毎日海を眺めていられるなあ」
「そうだよ。いろんな国をただで旅行ができるからな」
「そうか、じゃあ、行ってみようかな」
 木は話をきいているうちに、きられることに承諾しました。
「じゃあ、いいよ、きってくれ」
「いいんだな」
「うん」
 きこりはきりはじめました。ところがまた「痛―い、痛―い」
と悲鳴がきこえました。
「どうしたんだね、気が変わったのかい」
「ちがうよ、そこは神経が通ってるんだ。もっと下の方だよ」
「ここはどうだい」
「もうすこし下だ」
「ここはいいかい」
「ああ、いいよ、やってくれ」
 きこりは力をいれて、ギィーコ、ギィーコ、ギィーコ、ギィーコときりはじめました。きられたその木は音をたてて、倒れました。
 そして、ほかの木と一緒にトラックに載せられて山をおりて行きました。
 数年後、その木はきこりがいったように、いまは世界の海をたのしく旅しているそうです。



(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)

旅人とハーモニカ

 親もなく家もない孤独な旅人が、ある土地を歩いていました。
どこへ行ってもよそ者で、ともだちの一人もできませんでした。
 ある日、道ばたでハーモニカをひろいました。
「こどものころをおもいだすなあ」
 旅人は、ひろってふいてみました。
「いい音だ。旅のなかまにしよう」
 野原の道を歩きながら、旅人はハーモニカをふいて歩きました。
 まずしい村にやってきました。
川沿いに家があり、小さなこどもたちと母親がくらしていました。
母親は病気で、家の中はすっかり暗くなっていました。
「そうだ。楽しい曲をふいてあげよう」
 旅人は、家の外で陽気で楽しい曲をふきはじめました。
 すると、こどもたちがその音をきいて、窓から顔をだしました。
みんなハーモニカをきいているうちに、だんだんと愉快で楽しい気分になり、こどもらしい顔つきになってきました。
 旅人はまた歩きはじめました。
 ある町へやってきました。仕事をなくして肩をおとしてふさぎこんでいる労働者がいました。
 旅人は元気づけたいと思い、またハーモニカをふきました。
労働者は、こどものときにきいたことがある曲なのでだんだんと元気がでてきました。
「よおし、またがんばって仕事をみつけにいこう」
 ハーモニカをききおわると、となりの村のほうへ元気に走っていきました。
 旅人はまた歩きはじめました。
 次の町へやってくると、刑務所から出てきたばかりの男が、おなかをすかせて公園のベンチにこしかけていました。
「どこかで食べ物をぬすまないと飢え死にしてしまう。そうだ、あの食料店で万引きしよう」
 男が、店の方へ歩きだしたとき、ハーモニカの音がきこえてきました。
すると、公園の中にいたこどもたちがみんなさわぎだしました。
男は、こどもたちが見ている前でぬすみをするのはみっともないことだと思いました。
「やっぱり、まじめに働こう」
 そういって、公園からでていきました。
 旅人はその町をあとにすると、きれいな小川の流れているしずかな村をとおりかかりました。
川のむこうに病院がありました。
死期のせまった人たちが入っている病院でした。どの人もあとわずかな日々をさびしく過ごしていました。この世にのこされた時間はもうわずかなのでした。
みんなこの世から立ち去る前に、なにか美しいものをみて旅立ちたいと思っていました。
 そのとき、川のむこうからやさしいハーモニカの音がきこえてきました。
「ああ、なんてきよらかな音色だ。この世の最後に、こんなうつくしい音楽がきけるなんて」
 みんなそういって、いつまでもやさしいハーモニカの音をきいていました。
 その旅人が、いまどこへ出かけているのかだれも知りません。
でもそのハーモニカのやさしい音色は、きっとだれの心にもいい思い出として残るのでしょう。


                         
(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)