2018年4月26日木曜日

桃源郷へ行ける酒

 退職した男の人が、毎日暇だったのでダイコンでも作ろうかと借家の庭を耕していると、コツンと音がした。
「木箱みたいな音だな。どれ」
 掘り出してみると、古い木箱が埋まっていた。
「何が入っているのかな」
取り出して、蓋を開けてみた。
牛乳瓶の容器の中に白い液体が入っており、メモ書きが添えてあった。
読んでみて驚いた。「桃源郷」へ行ける酒と書かれてあった。
「桃源郷?。ユートピアみたいなところだったかな」
 興味があったので、コップに入れてグイッと飲んでみた。
すぐにめまいがして、そのまま眠ってしまった。
 気がつくと、プンプンと花のいい匂いがして、そばで蝶々がたくさん飛んでいた。空は雲ひとつない青空で、太陽がポカポカと照っていた。
 どこからか声が聞こえてきた。女性の声だった。周りを見渡すと、小川のそばで、白い中国の服を着た女性たちが何か話していた。何を言ってるのかわからないが、ひとりひとりの顔に見覚えがある。
「だれだったかなあ、でもよく似てるな」
 思っていると、馬のひづめの音がした。馬には楽師らしい爺さんが乗っていた。肩に胡弓みたいな楽器をぶら下げていた。
 そばまでやって来たとき、
「どこに住んでおられる」
と爺さんは聞いた。
「いえ、気がついたらここで眠っていたんです。ここがどこなのかもわかりません」
「そうか、新参の人だな」
 爺さんはいろいろ教えてくれた。この世界は自分が希望するとおりのものが現れるという。例えば、女性ならば好みの女性ばかりと出会う。果物も自分の好きなものばかりが木になっており、川にも好きな魚ばかりが泳いでいる。住む家も、風景もその人好みのもので満たされている。いままで暮らしていた俗界とはまったく違う世界なのだ。だから嫌な人間も嫌な習慣も規則もないのだ。仕事だってしたくなければしなくていいし、時間に追われることもない。爺さんの話ではこの世界では死というものも希望しなければ永久にやってこない。だから死ぬ心配すらない。
 爺さんに頼んで、楽器を弾いてもらった。ヴァイオリンのように柔らかい音色だったので、自分も弾いてみたくなった。
 演奏を聴き終って爺さんとわかれてから、川のそばの道を山に向かって歩いて行った。不思議なことに、どこまで行っても川のほとりに若い女性がいるのだ。
 道の向こうに何か落ちていた。
「あっ、胡弓だ」
 さっき爺さんがいったように、この世界では自分が希望するものが叶うのだ。
 胡弓を弾いてみた。練習もしてないのにきれいな音が出た。女性たちが耳を傾けて聴いている。中には鼻歌まじりに歌う者もいた。
 弾きながら歩いていくと、果物の木がたくさん植えてあった。ナシ、オレンジ、ミカン、ブドウ、イチジク、桃、サクランボ。ぜんぶ好きな果物だったのでもぎ取って食べた。美味かった。
 川のそばの林道を登って行くと、小屋が建っていた。人が住んでいるみたいだ。
小屋の戸をノックした。
 小屋から40才くらいの男が出て来た。その男は、小屋の中で水墨画を描いていた。
「どこからやってきた」
「川下からだ、歩いてきた」
 男は、山の上に行っていつも絵を描くのだそうだ。
「この山は霧がよく出る。いつもその風景を描いている。山の向こうへは誰もいったことがないが、たいへん美しい所だといわれている」
「へえ、一度行ってみたいな。絵は独学ですか」
「いや、山に住んでる日本画の先生に教えてもらった」
「その人はいまもいるんですか」
「ああ、あの山を三つ越えた山小屋にひとりで住んでいる。いまも元気で暮らしている」
 男に教えてもらって、一度会ってみたいと思った。できれば水墨画を習いたいと思った。
 小屋をあとにすると、さっそく日本画の先生に会いに山を登って行った。ところがすぐに霧が出て来た。帰ろうにも道が分からなくなった。
「困った。霧が晴れるまで野宿だな」
野宿する場所を探していたとき、足を滑らせて谷底へ落ちそうになった。落ちるかと思ったが、身体がふわふわと霧の中に浮かんだ。
「不思議だ、これだったら霧の中を浮かびながら登って行けば楽に山を越えられる」
 そう思って霧の中を歩いて行った。
 やがて三つの山を越えると、山の上に小屋が見えてきた。庭で誰かが絵を描いていた。
「あの人が日本画の先生か」
横山大観によく似た人だった。
 近づいていくと、小屋のすぐそばまでやってきた。
日本画の先生は、地面に板を置いて、そのうえに和紙を広げ、墨をたっぷり含ませた筆で描いていた。
 しばらく垣根のところでのぞき見していたら、
「どこからやってきた」
男の人に気づいて、向こうから声をかけてきた。
「お噂を聞いたもので、絵を習いたくてまいりました」
 日本画の先生は筆を置くと、
「そうか、じゃあ、教えてやろう」
 すんなりと弟子にしてもらった。十日ほどやっかいになって十枚ほど水墨画を描いた。手ほどきを受けたので、みるみる上手くなった。
 日本画の先生からは、こんな話も聞いた。
「わしが俗界にいた頃は満足した絵が描けなかった。静かな山へ行ったり、ずいぶん田舎へも行ったが、やっぱり人間界は煩わしいところじゃ。ほんとうに静かでよく絵が描けるのはやはりここしかない」
 ある晴れた日、先生は遠くに見える山を指さしていった。
「あの山のてっぺんにはりっぱな御殿がある。だれが訪ねてもいいのだ。その御殿から見渡せる風景はまことに美しい。その御殿には、広い浴槽がある。酒が湧いてる温泉じゃ。一日中浸かっても飽きない」
男はその話を聞いて、霧が出た日にその御殿へ行くことにした。
 ある霧深い日に、男はふわふわと霧の中を登って行った。御殿がある山へ出かけていったのだ。
 何時間もかかってやがて山の上の御殿にやってきた。
「なるほどりっぱな御殿だ。入ってみよう」
 門をくぐって、玄関の扉を開けた。長い廊下があり奥の方へ歩いて行った。壁はすべて金箔で見事な装飾がしてあった。男が見惚れていると、廊下の奥から酒の匂いが漂ってきた。
「ああ、日本画の先生がいったように浴槽があるんだな」
男の人はうれしそうに歩いて行った。
 湯けむりの奥に天然の温泉が見えた。だれもいない。酒の匂いがプンプンしている。男の人は湯船に浸かって身体を伸ばした。
「ああ、天国だ。山のてっぺんにこんな場所があるとは知らなかった」
 しばらくしてから驚いた。天井の湯けむりがすーっと消えたかと思うと青空が見えた。まわりに桃の木の林が見えた。よく熟した実が落ちてきそうだった。それだけではない。白い衣装を身に着けた女性たちがこちらを覗き込んでいる。女性たちは桃の実をもぎ取りながら籠に入れ、いくつかを男の人の方へ落としてくれた。桃の実はポチャンと湯船に落ちた。
「どんな味だろう」
 食べてみた。
「すごく美味しい」
 そのとき不思議なことが起きた。背中がむずむずして羽が生えたのだ。羽は自然に動き出した。そして青空に向かって飛び上がった。急激に上昇したので、くらっとめまいがしたが、下を見ると、広大な桃の木の林が広がっていた。
「すごい!」
 どこまでも続く桃の木の林。山並みも美しい。女性たちの背中にも羽が生えており、あちこちを飛んでいる。気分がものすごくいい。そのとき、男の人が住んでいる俗界のことがふと頭に浮かんできた。
 男の人が暮らす俗界は、宇宙の法則ですべてが動いている。これに逆らうことは誰も出来ない。しかしそれが俗界をつまらなくしている。わずかな時間でいいのである。自然に従わない生き方が出来たとき人間は解放され自由になれるのだ。この世界では、なにもかもが法則に従わないように出来ている。だから驚きがあり、喜びを感じるのだ。時間も存在しないから、年を取ることもなく死ぬこともない。常識という観念がないのである。
 そんなことを思いながら、あちこちを見て回った。少しも疲れを感じない。桃の木の林の向こうには大きな湖が広がっていた。水はよく澄んでいて美しい。水の中だって自由に泳げる。魚とも一緒になって泳ぐ。息も苦しくない。お腹が減れば林の果物を食べる。一日中飛んでいたが、夜がやってこない。当たり前だ。ここには自然の法則も時間も存在しないのだ。いつも太陽がかがやく世界なのだ。
 少しの間、昼寝をした。夢は楽しい夢ばかりだった。やがて目覚めた。
 桃の木の下に日本画の先生が座っていた。
「どうじゃ、楽しいところじゃろ」
「ええ、まるで天国です」
 先生はこの桃源郷に住んでいる仙人で、昔はよく俗界へも行ったことがあるそうだ。
「実はな、わしはあんたがここへやって来るのを密かに予期していた」
 先生は、男の人が住んでいる借家に以前暮らしていたのだ。
「あの酒を見つけたあんたは、運のいい人だ」
 先生は借家を出るとき、この桃源郷へ来れる温泉の酒を牛乳瓶に入れて埋めておいたのだ。
「もし、この世界が気に入ったのであれば、俗界に帰ってからこの酒を飲むとよい。俗界とこの世界を自由に行き来することができる」
また先生は、
「この世界は人間の心の中に存在するので、あちこち旅をしてわざわざ探し回る必要もない」
ともいった。
 そういって先生は、酒の入っている小瓶をくれた。
先生の声は次第に消えて行った。気がつくと男の人は、自分の借家の畳の上で眠っていた。そばには酒の入った小瓶が転がっていた。








(未発表童話です)





2018年4月8日日曜日

穴に落ちた王さま

 家来をつれて、イノシシ狩りを楽しんでいた王さまが、森の中で深い穴に落ちてしまいました。落ち葉がふたをして気づかなかったのです。
 ずいぶん深くて長い穴だったので、落ちながら王さまは退屈で眠ってしまったくらいです。
バシャーンと大きな音がして、気がつくと公園の池の上に浮かんでいました。
「ここはいったいどこだ」
空から変なものが落ちて来たので岸で釣りをしていた人がみんな集まってきました。
「どこからやってきたんだ」
「わしの国からだ」
 王さまは助けられて町を見学に行きました。
道路には馬も馬車も走ってなくて、自動車ばかりです。高いビルやマンション、アパートがたくさん建っていました。家は瓦の屋根ばかりでいままで見たことがありません。
 王さまはお腹が空いてきました。食堂があったので中へ入りました。
メニューをみると、イノシシ料理もシカ料理もワインもありません。そのかわりかつ丼、卵丼、親子丼、ラーメン、焼きそばなどがありました。 
 かつ丼とラーメンを食べて店を出ました。お金は金貨で払いました。
 一ヶ月ほどホテルに泊まっていました。
「お城と違ってずいぶん部屋が狭いな」
文句いいながらも快適な暮らしでした。でもだんだんお金がなくなってきました。
「こりゃいかん、働かないと」
 いままで仕事なんかしたことがなかったので、仕事を探すのは大変でした。
 スーパーマーケットの仕事がみつかりましたが、レジ操作もパソコンの使い方もわかりません。長時間勤務で王さまは毎日フラフラでした。
「家来がいたら全部やってくれるのに」
 やっと給料日だというので銀行へお金を下ろしに行きました。ところがATMの使い方がわかりません。いくらやっても引き出せません。
 王さまは困り果てました。
「ああ、この国はわしにはあわん。早く国へ帰りたいな」
 人に教えてもらってどうにかお金を引き出すことができました。
 ある日公園を歩いていると、クラシックコンサートのチケットが落ちていました。
「おおう、ヘンデルのメサイアだ。ハーレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤー♪」
 王さまはお城で、毎年クリスマスシーズンになるとこのオラトリオを聴いていたのです。
「わしは、どうやら遠い外国へやってきたのだ。そしてここは未来なんじゃ」
 コンサートが終わってから、図書館のある通りを歩いていました。
「本でも借りて読もうかな」
 図書館の本棚を眺めながら、何を読もうか考えているとよく知っている作家の本がありました。
「おおう、シェイクスピアだ。ハムレット、リア王、マクベス、ロミオとジュリエット。どれもむかし読んだ本じゃ。やっぱり才能のある作家の本は未来でも読まれているんだな」
 思いながら、手にとって拾い読みしました。
そのほかにもグリム童話やイソップ物語、ボーモン夫人の「美女と野獣」ペロー童話なんかも読みました。
あまり夢中で読んでいたので、閉館になったのも忘れてその夜は図書館の中で過ごしました。
 朝になって職員がやってきました。王さまを見つけると不審者と思って追いかけてきました。
「まてえー、」
 王さまは階段をかけ降りて行きました。足を踏み外して階段から転がり落ちました。ずいぶん長い階段でいつまでも転げ落ちていきました。
 くるくる回りながらだんだん意識が遠くなっていきました。
 王さまが意識を取り戻したとき、頭の上の方から声が聞こえました。
「王さま、ずいぶん探しました。いますぐに助けますから」
  家来たちに穴から救い出されて、王さまは無事にお城へ帰っていきました。









(未発表童話です)




2018年3月25日日曜日

空から白い階段

 春のある日、自転車に乗って外へ絵を描きに行った。いつも部屋の中で絵を描いているけど、やっぱり外へ出た方が描くものがいろいろある。
 田舎道を走りながら、何を描こうかとあちこち眺めながら走っていた。野原から見た桜並木の絵を描こうかな、それとも川のほとりへ行って、菜の花畑の絵を描こうかなとか考えてた。
 一時間も走りながら、まだ描くものが決まらなかった。昨夜は夜遅くまで童話のイラストを描いていたので、なんだか眠くなってきた。
道の向こうに小さな原っぱがあった。木のそばに自動販売機が立っている。
「あそこでジュースを買おう」
 ガチャン。お金を入れてジュースが出て来た。喉が渇いていたのでそばの原っぱの木の下に座って飲んだ。天気は申し分なくよい。
空をぼんやり見上げているうちに眠くなってきた。
「ああ、何を描こうかな・・・」
ウトウトしながら、やがて眠ってしまった。
しばらくしてから、頭の上でさーっと風が吹いた。風に運ばれていい匂いがしたので目が覚めた。空を見上げると驚いた。
「あれっ、階段だ」
 空から白い階段が降りてきたのだ。だけどそれだけではなかった。
階段の上に誰か座っている。ピンク色の帽子をかぶった女性だった。
 階段は目の前まで降りて来た。
「モデルになってあげましょうか」
女性はいった。
「君は誰だ」
「わたしは春の女神です」
ピンク色のワンピースを着た女神なんているのかなと変に思ったけど、
「じゃあ、あなたをスケッチします」
といって、さっそくスケッチブックと色鉛筆を取りだして描きはじめた。
 一枚目は正面から女性を描いた。背景の雲の中まで伸びている白い階段が実に神秘的だ。描き終えると、構図をいろいろ変えて二枚目、三枚目と描いていった。
 夢中になって描いていると、女性が雲のベンチへ行ってみないかと誘ったので行くことにした。女性の後を追って、階段を登って行った。
 雲の上に辿り着くと、雲のベンチに腰かけた女性を描いた。雲の隙間から見える背景の青空と山並みがとても美しい。いくらでも絵が描けるのが不思議だった。
 描いているうちに、女性の服装が変わっていった。ギリシャ神話の女神のような白いドレスになった。この衣装なら春の女神に見える。
 同時にまわりの雲が桜の木に変わったり、雲の地面には白いスミレの花や、白い菜の花やタンポポの花が咲いていた。
 夢のような景色なので、夢中になって描いているうちにスケッチブックの紙がそろそろ足りなくなってきた。それくらいたくさんの春の雲の景色を描いたのだ。
 あまり夢中になっていたので、足元に雲の切れ間があることに気づかなかった。
 片足が切れ間に入り込んだとたんに、身体が大きく揺れて地上に向かって落下して行った。
「あっー!」
 気がついたとき、さっきの原っぱの木の下で眠っていた。
「ああ、不思議な夢だった。でもいい夢だったな」
 スケッチブックを開いてみると何も描かれていなかった。だけど家に帰ってから、夢の中で観た春の雲の景色と女神の姿をたくさん描いた。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話です)





2018年3月13日火曜日

自画像を描く木

 散歩の途中、奇妙な家の前を通った。二階建ての古ぼけた洋館だった。鉄の柵は錆びついており、家の庭は雑草がぼうぼうに茂っていた。
「以前、ここを通ったときはこんな家なかったのに」
 誰も住んでいない空き家だったので、敷地の中へこっそり入ってみた。壁はあちこちひびが入り、つる草が一面に伸びていた。一階の窓ガラスのひとつが割れている。窓のそばに太い幹の木が立っていた。
 ちょっと窓から家の中を覗いてみた。中はアトリエだった。
 壁には古ぼけた絵画が飾ってあり、描きかけの絵を載せたイーゼルが立っている。この家の庭を描いた絵だった。
 ところがすぐに気づいた。まるで今日描いたみたいに絵具がキラキラ光っている。薄め液とペインティングオイルの匂いも漂っている。絵はまだ半分しか出来ていないが、さっきまで誰かが描いていたようだった。
「幽霊でも住んでいるのかな」
 ホラー映画に出てくるような家なのでだんだん気味が悪くなってきた。
 帰るとき、家の周りをぐるーっと歩いてみた。家の壁はつる草で一面覆われていて家のような気がしなかった。
 数日して、またその家の前を通った。絵のことが気になってアトリエの窓のところへ行ってみた。
「あれっ、」
 イーゼルに載っている絵が数日前よりも制作が進んでいる。あとすこしで完成するみたいだ。
「いったい誰が描いているんだろう」
 その謎が知りたかったので、なんとかつきとめようと思った。
 家のドアは鍵が掛けられており、窓も閉まっているので誰も入ることは出来ない。
「家の中に誰かいるのかな」
 その日、何時間も庭の木のそばに座ってじっと家を観察してみた。だけど何も起こらなかった。夕方になったので帰ることにした。
 家に帰ってからシャツに絵具がついているのに気づいた。油絵具だった。時間がたっていたので固まっていた。
「あの家の庭でついたのかな」
 不思議に思いながらも、その夜はすぐに寝た。
 深夜、変な夢で起こされた。あの奇妙な家の夢だった。庭の木がアトリエのガラスの割れた窓の中に枝を伸ばして何かをしている夢だった。何をしているのか分からなかった。夢から覚めて、そのあと夢のことが気になってぜんぜん寝つかれなかった。
「あの家へ行ってみるか。夢ではなく本当のことだったら謎が解ける」
 思いながら出かけてみることにした。時刻は午前2時を過ぎていた。
 外へ出ると月の夜だった。誰も歩いていない夜道を歩いて行った。
奇妙な家の前に着いた。敷地の中へ入ろうとしたとき「はっ」と驚いた。
アトリエのそばに立っている木から伸びた枝が、ガラスの割れた窓の中に入っている。ときどき枝が動くので、持っている絵筆と手鏡がちらちら見えた。
「自画像を描いているんだ」 
人間の手のように器用に動く枝をじっと注意深く眺めていた。
「完成した絵はどんなだろう」
 夜が明ける頃、家へ帰って行った。
 目が覚めてから、午後あの家へ行ってみた。
 アトリエの中には、すっかり出来上がった木の自画像が立ててあった。
窓のそばの木は何事もなかったように静かに立っていた。
 それからも、たびたび奇妙な家に行ったが、ある日、その家は取り壊されてなくなっていた。それからはアトリエの絵を観ることは出来なくなった。





 (オリジナルイラスト)


(未発表童話です)




2018年3月2日金曜日

お菓子とケーキで出来た町

 春になって暖かい日だったので、自転車に乗って町の公園へ散歩に行った。
 ある角を曲がったとき、周囲がぼんやりして、すーっと大気の向こう側の世界へ吸い込まれた。その部分だけ目に見えない穴が開いていたのだ。気がつくと知らない田舎の野原の道を走っていた。
 風に流されてどこからか甘い匂いが漂ってきた。
「ケーキの匂いだ。いったいどこから」
 走って行くと道が二つに分かれていた。匂いのする方の道を走って行った。
しばらく行くと、遠くに町が見えてきた。でも、建っている家はどれもお菓子やケーキで出来ている家ばかりだった。家の瓦は色とりどりのキャンディーで出来ており、壁はスポンジケーキ。庭の木はチョコレート。郵便ポストなんかバウムクーヘンで出来ている。
 コーヒー店があったので中へ入った。ウエイトレスが注文を取りにやって来た。
「コーヒーを一杯」
「はい、おやつはご自由に」
 このお店では、テーブルも椅子も壁に掛かった飾りや絵画もぜんぶお菓子で出来ている。どれを食べてもいいそうだ。ちょっと壁にはめこんであったホワイトチョコレートを食べてみた。
「ちょうどいい甘さでおいしい」
コーヒーを飲みながらいろんなものを食べてみた。
 お店を出て町を見物してから、広い野原の道を走っていると、うしろからリンゴの形をした馬車が走ってきた。馬車はリンゴの実をくりぬいて出来ている。屋根に「タクシー」の文字が入っていた。二頭の白い馬が引いていた。だれも乗っていなかったので声をかけてみた。
「乗せてくれないか」
馬車は止まった。
「どうぞ。どちらまで」
「賑やかなところがいいな」
「じゃあ、王さまのお城へ行きましょう」
 今日は王さまのお誕生日で、町の人たちもたくさんやって来るそうだ。
自転車を馬車の荷台に積んでもらって、馬は走り出した。お城まですこし距離があるというので、昼寝でもしようかなと思った。でも、馬車の中はリンゴの甘に匂いが漂っているので、果肉をすこしつまみ食いした。
 道の途中で、屋台を引いた焼いも屋が歩いていた。焼いものいい匂いがするので、バターをたっぷり付けてもらって、ひとつ買った。
 焼いもを食べ終わった頃、丘の向こうにお城が見えて来た。
お城の塀はチョコレートで出来ており、お城の壁はパウンドケーキにクリームが塗ってある。塔の屋根にはドロップがはめ込まれている。
 門をくぐって(門はビスケットで出来ている)中庭に入ると、たくさんの人だかり。何百人もいる。窓から王さまが顔を出して手を振っている。パチパチと拍手の音。でも市民はお城の中には入れない。
「なんとかお城の夕食会に行きたいな」
思ってると、今夜の夕食会に呼ばれたマンドリン楽団がやってきた。どうしたわけか指揮者が心配そうな顔をしている。
「やれやれ、マンドリンを弾く楽員が熱を出してメンバーがひとり足りない、どこかに代わりがいないかなあ」
「私が弾きましょう」
といってメンバーに入れてもらった。
 夕食会までは、まだ時間があるので、マンドリンと衣装を貸してもらってお城の音楽室で練習をはじめた。
 レパートリーは15曲ほどあったが、どの曲もマンドリンクラブでも弾いたことがある曲だった。
「いやあ、この演奏なら、なんとかなりそうだ。よかった」
指揮者は楽員の補充が出来て喜んでいた。
 夜になり、お城の夕食会に行った。
 中はひろびろとして、床は真っ赤な絨毯が敷いてあり、天井には飴のシャンデリア。楽団の場所は、王さまのテーブルのすぐ横だった。
 夕食会がはじまると、楽団の演奏を聴きながら、みんな料理を食べはじめた。料理は、すべてケーキやお菓子で出来てるチキンやビーフ、山もりの果物とサラダ、それにワインやシャンパンだった。
 夕食会が終わると、次はダンスパ-ティーだった。部屋を移動してみんな楽団の演奏でダンスを踊った。
 楽団員はお腹も減っていたので、変わりばんこに食堂へ行って料理を食べたり、ワインやシャンパンを飲んだりした。
 ダンスパーティーが終わると、みんなお城から出て行った。
お城の馬小屋へ行くと、自転車が置いてあった。
「馬車はもう帰ってしまったんだ」
 しかたがないので、自転車で帰ることにした。ワインとシャンパンを飲み過ぎたせいか、ふらふらして帰った。
 川のそばを走っていたとき、ふらついて川の中へどぼんと落ちてしまった。
「冷たいー!」
 さけんだとき、周囲がぼんやりして、水面と大気の間に穴が開いていて、その中へすーっと吸い込まれた。気がつくと、いつもの町を自転車でのんびり走っていた。
「不思議な世界へ入り込んだものだ。どうしてだろう」
思っていると、目の前に最近オープンしたばかりの知らないコーヒー店があった。お菓子とケーキで出来た町のコーヒー店とそっくりなお店だった。でも、建物は食べることが出来ない普通のお店だった。





(オリジナルイラスト)

(未発表童話です)




2018年2月21日水曜日

木の上で暮らす人

 木の上に家を作ってのんびり暮らしている人がいました。ターザンのようにロープにぶら下がって、山のあちこちへ散歩に出かけました。
 ある日、 ロープが切れて地面に落ちたとき、頭を強く打ったのが原因で、自分がアフリカのジャングルに暮らしているという妄想を持つようになりました。
「さあ、今日はワニを捕えて、ステ-キにして食べよう」
 さっそく朝早くから出かけて行きました。
 川へ行くと、魚ばかり泳いでいてワニなんかいません。岩のところにトカゲが一匹はっていましたが、ワニにしては小さすぎます。
「困ったな。ステーキが食べられない」
 思っていると、林の中からイノシシが出てきました。 
「わあ、トラだ。逃げないと」
 イノシシに追いかけられて、やっとのおもいで木の上へ逃げました。別の川へ行ってみました。
川のそばでテントを張ってキャンプをしている人たちがいました。
 釣った魚を網で焼いていました。
「密猟者だな。近頃、ゾウの姿をまったく見かけなくなった」
ロープによじ登って、木の上からテントめがけて飛びかかりました。
「なんだ、あいつはー!」
キャンプにやってきた人たちは、みんなびっくりしてその場から逃げだしました。
 テントを押し倒して、荷物を全部川へ投げ捨てました。
 密猟者を退治すると家に帰って行きました。これから夕食の準備です。
食材は、春はワラビ、ゼンマイ、イタドリ、フキノトウ、秋は、ヤマブドウ、栗、アケビ、キノコ、山芋などでしたが、バナナもマンゴーもパイナップルもパパイヤもないことに気づきました。
「明日は果物を探しに行こう」
 翌朝、近くの農家へ行きました。でも、畑には白菜やダイコン、ホウレンソウ、ネギ、ニンジンばかりで、バナナもパイナップもマンゴーもパパイヤもありません。
「困ったな。どこかにないかなあ」
 ある日、遠出をして町へ行きました。大きなスーパーマーケットがありました。
食料品売り場へ行くと、いろんな果物が山のように売られていました。
「おいしそうだな。食べたいな」
思っていると、警備員がこちらへ向かって走ってきました。髭ぼうぼうで髪の毛がボサボサだったので、不審人物と間違えられて職務質問されると思いました。
でも違いました。食料品を万引きした男を追いかけていたのです。
「よーし、一緒に捕えよう」
いつも山の中を走り回っているので、万引き犯など捕まえるのは朝飯まえです。スーパーを出て500メートル先で男を捕まえました。
警備員と食料品店の店長から感謝されて、バスケットに山盛り入れた果物を貰いました。山へ帰ってからすぐに食べました。
 それからはたびたび町に行って、警備員のような仕事もするようになりました。
 ある日、動物園のそばを通りかかりました。塀の向こうから動物たちのなき声が聞こえてきました。
 動物園の中へ入ると、檻の中に動物たちが入れられていました。
「そうか。ジャングルの動物を見かけなくなったのは、こんなところに閉じ込められていたからなんだ」
 夜になってから動物園に忍び込んで檻の扉を開けることにしました。最初にゾウの檻へ行って扉を開けました。でも、ゾウはずいぶん年取っているので逃げようとしません。こんな年寄りではジャングルに帰ってからすぐに死んでしまいます。
 しかたがないので、ヒョウのいる檻へ行きました。扉を開けようとしたとき、飼育係に見つかってしまいました。
「こらあ、そこで何している」
 飼育係と取っ組み合いになって、しばらく檻の前で争っていましたが、ほかの飼育係もやってきたので、急いで塀によじ登って、事務所の屋根伝いを歩いていたとき、足が滑って地面に落ちてしまいました。頭を強く打って、気がついたら元通りの頭に戻っていました。飼育係に見逃してもらって山へ帰って行きました。それからは普通の暮らしをしているそうです。







(未発表童話です)




2018年2月9日金曜日

迷子になった雪女

 山で狩りをしていた雪女は、雪が激しくなってきたので家に帰ることにしました。
いつも山へ行くときは、ラジオで天気予報を聞いてから出かけましたが、電池が切れてその日は聞けなかったのです。
「今日の獲物は山鳥2羽だけど、仕方がないわ」
 帰り道で、ひどい吹雪になり、1メートル先も見えなくなりました。
「どうしよう、日が沈んでしまうわ」
 そのとき、雪道を走ってくる一台の車に気づきました。
「よかった、あの車に乗せてもらおう」
 車は、吹雪の中をゆっくり走ってきました。
 突然、視界に白い和服姿の中年のおばさんが見えたので急ブレーキを踏みました。タイヤが滑り、もう少しで横の田んぼに落ちるところした。
「危ねーじゃねえか。バカヤロー」
 それはタクシーで、お客をこの村まで送ってきた帰りでした。
運転手は、こんな真冬にコートも着ないで、夏の浴衣で歩いているおばさんにびっくりしました。
「お願いします。乗せてください」
雪女はずかずかと車の中に入ってきました。
「乗せてやってもいいけど、お金持ってるのかい」
「お金はないけど、山鳥を差し上げます」
雪女は、かちかちに凍った山鳥を見せました。
「それ、どうやって料理するんだい」
「羽を全部むしってから、内臓を取り出して蒸し焼きにすればいいんです」
「ニワトリみたいにやればいいんだな」
「だいたいそうです」
「鍋にもあうかな」
「もちろん、鍋に入れても美味しいですよ」
そんなわけでタクシーに乗せてもらいました。
「で、どこまで送るんだい」
「北の方角へ5キロほど行った山の洞窟です」
「そんな所に道路が走ってるのかい」
「細い道が通っています」
「雪で行けないよ」
「途中まででいいんです」
「じゃあ行ってみるか」
 タクシーは吹雪の中を走って行きました。
運転しながらうしろからひんやりと冷気が流れてくるので暖房を「強」にしました。
視界が悪く、雪も強まってきました。
「そろそろ山道だ。だいぶ積雪があるな」
「あと少しのところで結構です」
「じゃあ、500メートル行ったところで降ろすよ」
「ええ」
 ところが雪がさっきよりもひどくなり車はとうとう動けなくなりました。
「ダメだ。チェーン巻かないと」
「手伝いますよ」
「そうかい、じゃあ、後輪の2本巻いてくれないか」
 雪女は外に出ると作業を手伝いました。
「これで大丈夫だ。さあ、行こうか」
 吹雪の中をタクシーは登っていきました。
「ここで結構です。洞窟は近くですから」
「そうかい、じゃあ、気をつけて」
 雪女は雪の中に消えて行きました。タクシーは山を降りて行きました。
ところが途中で、さっきの雪女にばったり出会ったのです。
「どうしたんだね」
「場所を間違えました」
「え、ここじゃないのか」
 雪で視界が悪くて場所を間違えたそうです。
仕方なく、タクシーは雪女を乗せてまた山を登って行きました。でも吹雪のためなかなか見つからず、一晩中、山の中をさまよいました。
 そんなことで、洞窟を見つけたのは明け方近くでした。
すっかり疲れてしまったタクシーの運転手は、洞窟の中で雪女にお茶を入れてもらい、しばらく仮眠をとりました。
 






(未発表童話です)