2018年1月22日月曜日

雪の家

 10年間、アルバイトで必死に貯めた貯金をすっかり使い果たして、一文無しになった男の人が、雪国をさまよっていました。
「ああ、明日から大雪だ。どこか泊めてくれる家はないかな」
 あちこち家をまわりましたが、どこも泊めてくれません。仕方がないのでその夜は木の下で寝ました。
 朝、あまり寒いので飛び起きると、雪が1.5メートルも積もっていました。
「こんな大雪ははじめてだ。どこにも行けない」
 一日何もしないでじっとしていると思いつきました。
「そうだ雪の家を作ろう」
 雪を固めで穴を掘り、六畳くらいの広さの雪の家が出来ました。木の枝を折って焚き木にしました。
「これでどうにか住めるな。暖もとれる」
 一週間ほど雪の家で暮らしてから、仕事を探しに出かけました。でもどこも雇ってくれません。
「ああ、お腹は減るしどうしたものだろう」
 ある夜、眠っているとどこからか声が聞こえてきました。
「仕事が欲しいのですね。じゃあ、明日の朝、ご紹介しましょう」
「本当ですか」
 声はすぐに消えてしまいました。
 朝になって、凄い音で目が覚めました。
「なんだー、除雪車の音だ!」
 雪の家を出てみると、夜の間にまた大雪が降ってたくさんの除雪車が雪をかいていました。
一台の除雪車がやってきて、
「あんた、大型特殊免許持ってるか」
「えっ、どうして」
「人手が足りないんだ」
「ああ、そうだ。20歳のとき免許を取ったんだ。持ってます」
「じゃあ、あの除雪車に乗ってくれ。終わったら給料払うよ」
 そんな訳で仕事が見つかりました。
除雪作業は5日ほどかかり、その分の給料をちゃんともらいました。
幸運にもその冬は大雪続きで、そのたびに除雪のアルバイトをしました。
 やがて春がやってきました。
暖かくなっていい季節ですが、雪の家は溶けてしまいました。
「ああ、また家を探さないといけない」
木の下で野宿する生活が続きました。
 ある日町へ行くと、ネットカフェに入りました。
パソコンをいじっていると、仮想通貨取引所のホームページを見つけました。
「こんな通貨は絶対に値上がりしないな」
思っていると、どこからか声が聞えてきました。
「買っておきなさい。数年後にはあなたは億万長者ですよ」
 以前も声がいったとおり仕事がみつかったので、宝くじを買うような気持ちで5000円分のビットコインを買いました。その時のビットコインの価格は10円でした。
 数年後、夢のようなことが起こったのです。家電店のテレビを観ていたら、ビットコインの価格が猛烈に値上がりしているニュースが流れたのです。それも信じられないような価格で。
「わおー、総資産が10億円になってる」
いままで雪の家に住んだり、木の下で野宿していた男の人でしたが、いまは故郷に帰ってりっぱな豪邸を買って贅沢に暮らしているそうです。世の中にはこんな幸運な人もいるのです。 



(オリジナルイラスト)




(未発表童話です)




2018年1月9日火曜日

冬の砂浜の家

 すっかり冬になって、毎日、冷たい北風が砂浜の上をヒューヒューと吹いていました。貝殻たちは寒そうに砂の中にもぐり込んでいました。
 砂浜のすぐ後ろに家がありました。窓は閉じられていてとても静かです。
「夏はよかった。早く冬が去ってくれないかな」
 家は退屈そうにぼんやり海を見ていました。
 ときどきどこからか野良犬がやってきて、壁によりかかって風を避けていました。
 ある日猛烈な風が吹きました。波は山くらいに盛り上がり、家のすぐそばまで流れてきました。
「これじゃ、今夜は心配で眠れない」
 海の水はそのあとも流れてきて、家のまわりを取り囲んだりしました。
「ああ、冷たい。体が震えっぱなしだ」
 夜になって砂浜の向こうから誰か歩いてきました。背中にマンドリンをしょってとても寒そうです。家を見つけると近寄ってきました。
「よかった。あの家で風を避けよう」
 やってくると嬉しそうに壁に寄りかかりました。
「今日はひどい天気だった。稼ぎもぜんぜんなかった。ああ、寒い。暖をとろう」
 砂の上に散らばっている枯れ木を集めてくると、火を起こしました。
 火は風を避けながら赤々と燃えました。
「ああ、暖かい。今夜はなんとか眠れそうだ」
 火でお湯を沸かすとお茶を入れて飲みました。身体が温まると、マンドリンを手に持ってポロンポロンと弾きはじめました。
 焚火の火で暖かくなった家も、しずかに耳を傾けていました。
「いい曲だ。イタリアの曲だな。むこうは暖かくて、オリーブやオレンジがたくさんとれる国だ」
 聴きながら、去年の冬にもここへやってきたひとりの三味線弾きを思い出しました。
「あの演奏家の腕もよかった。津軽三味線をガンガン鳴らして一晩中弾いていた。やっぱり乞食みたいな人だった。いま何処にいるのかな」
 三味線の音を懐かしく思い出しながら、冬がもっと厳しい東北の海のことを考えたりしました。そのあいだにもときどき強い風が吹いて、家をガタガタと揺らしました。でも、その夜はマンドリンの明るい音色を聴いて楽しく過ごせました。
 朝になると風はおさまりました。海は昨日と打って変わったように静かでした。
 昨夜のマンドリン弾きは知らないうちにどこかへ立ち去って行きました。砂の上には昨夜の焚火の跡が寂しく残っていました。











(未発表童話です)





2017年12月27日水曜日

岬のオルゴール館

 いつのことだったか、今ではよく覚えていない。ずいぶん昔のことだ。夢だったのか現実の出来事だったのかさえわからない。
 その頃、ひとりで日本海に面した淋しい海岸を歩いていた。季節は初夏で、風も弱い穏やかな日だった。仕事もしてなかった頃で、なんとなく海の絵が描きたくなって、スケッチブックとパステルを入れたバックを持って電車に乗り、この海岸へやってきた。
 近くに砂浜があり、後ろの松林のところに錆びついたベンチがあったので、そこに座って絵を描きはじめた。二、三時間も描いているうちに、疲れて眠くなってきた。ベンチに寝ころんでウトウトしていたときだった。どこからか風に流されて花のいい匂いがした。
「近くに花畑があるのだろうか」
 起き上がって周りを見渡した。前方は海だし、後ろには広い松林があるだけである。その匂いは松林の中から流れてくるみたいだった。細い小道を見つけたので歩いて行った。道は曲がりくねってどこまでも続いていた。松の木の間から海がときどき見えた。
 しばらく歩いて行くと、小道の向こうが明るくなってきた。松林を出ると、一面に黄色いスイセンの花が咲いていた。まるで花畑だ。すぐ傍は岬だった。 
「あれっ、岬の先端に建物が建っている。洋館だ」
 その建物は岩場の上にぽつんと建っていた。周りに柵があり、中を覗くと小さな庭があった。その庭にも花が咲いていた。門が開いていたので中へ入ってみた。洋館の一階のひとつの窓が開いている。ガラスは割れていた。
「空き家だろうか」
 窓の所へ行って中を覗き込むと、昔のオルゴールがたくさん置いてあった。古いテーブルやソファーなどもあり、みんな古ぼけて埃をかぶっていた。
「どうせ誰も住んでいないのだろう。入ってみるか」
 玄関の扉を押してみた。ギーイという音がして扉が動いた。鍵は掛かっていなかった。中へ入るとずいぶん暗かった。そのときどこからかオルゴールの音が聴こえてきた。
「誰かいるのかな」
 あとで分かったのだが、扉を開けると自動でオルゴールが鳴る仕掛けだった。
 部屋のまわりにはオルゴールがぎっしり置かれている。ドイツ製の2メートルもある大きなものやイタリア製、フランス製、アメリカ製、ロシア製などのオルゴールもあった。
 ドイツ製のオルゴールの蓋をあけて聴いてみることにした。ハンドルを回すと流れてきたのはドイツの民謡だった。
 曲名は知らなかった。どうしたわけか聴いているうちに何度も睡魔に襲われた。それでソファーに腰かけて聴くことにした。やがて眠ってしまった。しばらくしてから目を開けてみると、いままで薄暗くガランとしていた部屋の中がとても明るい。埃をかぶっていたオルゴールがつやつや光って音を鳴らしている。窓の外を見ると驚いた。
 見えるのは海ではない。古いドイツの町並みだった。町の後ろに高い山が見える。岩山で頂上は雪をかぶっている。
「あ、ここは昔のドイツの町だ。時代は18世紀頃かな。レンガ造りの家が立ち並び、道には馬車が走っていたり、地味なドレスを着た婦人たちが歩いている。珈琲店や酒場もある。
 広場では、グリムの「ハーメルンの笛吹き男」の衣装を身に着けた人物が通行人の前で笛を吹いている。そばでアコーディオン弾きが伴奏をしている。ロマンチック街道の中世都市がそこにあるみたいだった。
「ちょっと町を歩いてみるか」
 部屋を出ると、石畳の道を歩いて行った。
 商店街らしくいろんな店があった。家具屋、衣服屋、帽子屋、靴屋、パン屋、酒屋、時計屋、オルゴールの店もあったので覗いてみた。大小さまざまなオルゴールが並んでいた。そのとなりにヴァイオリン工房があり、職人たちが働いていた。ちょうど出来たばかりのヴァイオリンにニスを塗っている職人がいた。ニスの匂いもなんだか心地よい。声を掛けたが、何も答えてくれない。私の姿が見えないのだろうか。
 見ているうちに、町並みをスケッチしたくなった。スケッチブックとパステルを取り出して描いてみた。12色しか持って来なかったのを後悔した。もっとたくさんの色でこの町を描いてみたかった。
 もうすぐ仕上がると思ったとき、周囲がぼんやりした。気がつくと、薄暗いオルゴール館のソファーの上で眠っていた。窓の外は前のように海だった。オルゴールはゼンマイが緩んで音楽は終わっていた。
「不思議な夢だった」
 ドイツ製のオルゴールのとなりにはイタリア製のオルゴールがあった。こちらは箱型の小型のものだった。ネジを巻き蓋を開けてみると、古いイタリアのカンツォーネが流れてきた。聴いているうちにまた眠気をもようして、ウトウトしながらソファーの上で眠ってしまった。
 気がつくと、窓の外はとても明るかった。太陽の光が眩しく照りつけていた。ぼんやりしながら部屋の中を観ると、昔のフィレンツェの町の下宿屋の中だった。窓の外は運河だった。ゴンドラが行き来していた。下宿屋の窓から洗濯物が見えたり、歌を歌っている人もいた。どこからかマンドリンの音色が聴こえてきた。
「二階からだ」
 ドアを開けて階段を登って行った。廊下の突き当りの部屋から聴こえてくる。ドアは開いていた。その部屋の中に人がいた。
 その人はあごヒゲを生やした音楽家らしい男だった。マンドリンを弾きながら五線紙に曲を書いていた。出来た箇所を何度もためしに弾いていた。部屋の床には、書き損じた五線紙があちこちに散らばっていた。
 声をかけてみたが、男は返事をしなかった。やはり私の姿が見えないらしい。
 となりの部屋にオルゴールがあり、奥さんらしい女性が子供にオルゴールを聴かせていた。オルゴールが止まると同時に、周囲がぼんやりした。
 目が覚めてそれも夢だと分かった。部屋の中はもとのように薄暗いオルゴール館の中だった。
 イタリアのオルゴールのとなりには、フランス製の豪華なオルゴールが置かれていた。
デザインがいいので驚いた。さっそくネジを巻いて聴いてみた。フランスの古い民謡だった。そのうち再び睡魔に襲われて、すぐにウトウト眠ってしまった。
 目を覚ましてみると、フランスの金持ちの屋敷だった。ルイ16世の複製画が壁に飾ってある。部屋の中に人がいる。若い女性が椅子に腰かけている。モデルなのだ。その向こうで若い画家が大きな板のキャンバスに絵を描いている。周りからオルゴールの音が聴こえてくる。モデルも暇なもんだから流れてくる音楽を聴いているのだ。絵はクラシックな画風だが、なかなか上手いものだ。
 窓の外は庭園だった。日が照っていて暖かい日だ。庭師が木の剪定(せんてい)をしている。東屋には羽帽子をかぶった二人の女性が腰かけて紅茶を飲んでいる。
 絵の制作はもうすぐ終わるらしい。画家は最後の仕上げをしている。
 眺めながら、私もそんなアトリエの様子をパステルでスケッチした。やがてオルゴールの音が止まった。同時に周囲がぼんやりした。気がつくと薄暗いオルゴール館のソファーで眠っていた。
 次に聴いたのはアメリカ製のオルゴールだった。ラベルに「レジーナ社1890年」と記載されている。
 ディスク・オルゴールで、十枚の大きな金属板で出来た円盤が入っており、好みの円盤を選んでセットすると音楽が聴ける。当時はジューク・ボックスとして使われたオルゴールである。
 ネジを巻いてボタンを押した。軽快なアメリカ民謡が流れた。
周囲がぼんやりした。また音楽を聴いてるうちにウトウト眠ってしまった。
 目が覚めると、そこはアメリカ西部の酒場だった。賑やかでカウボーイたちが酒を飲んでいた。テーブルのあちこちでトランプをやっている男たちがいる。酒場の隅にオルゴールが置かれ、ときどき主人が音楽を流した。
 客席の奥にステージがあった。厚化粧した金髪の女性歌手が現れて、カントリーミュージックを歌っている。カウボーイの帽子をかぶり、ワインレッドのミニドレスはずいぶん派手である。
 誰が入れてくれたのかテーブルの上にお酒が置いてあった。喉が渇いていたのでグイーッと飲んでしまったが、ずいぶん強い酒だったので、すぐに酔っぱらってその場で寝込んでしまった。
 目が覚めると、やはりオルゴール館のソファーで眠っていた。
「やれやれ、どれも不思議な夢ばかりだ」
 アメリカ製のオルゴールのとなりには、ロシア製のオルゴールがあった。こちらは珍しいペーパー式のオルゴールだった。紙に細かい穴が開いており、それを木箱の中に入れて、ハンドルを回すと音楽が流れる仕組みだ。手回し式の小型のものから人間の背丈くらいあるゼンマイで動く大型のものまであった。大型のものを聴いてみた。ネジを巻きボタンを押すとペーパーが動き出して、音が鳴り始めた。音色もいい。
 音楽が流れると周囲がぼんやりしてまた眠ってしまった。
 目が覚めると、そこは 冬のロシアのある屋敷だった。暖炉に火が着いている。ロシア正教会の鐘の音が家の中まで聴こえてくる。
 窓の外を見ると、一台のトロイカが走ってきた。駅馬車だった。私もその駅馬車に乗りたくなった。部屋を出ると、玄関の戸を開けてみたが、あまりの寒さに部屋へ引き返した。
「オーバーはないかな」
 洋服ダンスがそばにあり、中に毛皮のオーバーと毛皮の帽子が入っていた。
「ちょっと借りよう」
 それを着て駅馬車の方へ走っていった。駅馬車はまだ止まっていた。私を乗せると動き出した。駅馬車は走って行った。
 町を抜けると広大な雪の原野を走って行く。空は灰色の雲に覆われて、雪道は硬く凍りついていた。やがて雪が降り始めた。そして見る間に猛吹雪になった。
 あまりの寒さに途中で馬は凍死した。御者も意識がない。馬車はすっかり雪に埋もれてしまった。私も寒さのために死んだようになっていた。
 ふと目が覚めた。そこはロシアの農家だった。私はベッドの中で眠っていた。助けられたのだ。
 となりの部屋からオルゴールの音色が聴こえてきた。そっとベッドを出てドアを開けてみると、この家の住人たちが夕食を済ませて、居間でお茶を飲みながら聴いていた。
オルゴールの曲は、ロシア民謡だった。
「なんて曲だったかな。ああ、黒い瞳だ」
 ロシアの民謡は哀愁があるのでいいなと思った。音楽が終わると周囲がぼんやりした。
 目が覚めると、オルゴール館のソファーに寝ていた。古ぼけたロシアのオルゴールは鳴りやんでいた。なんにも変わらない部屋の中だった。窓の外は海が広がっていた。
「今日はこの洋館の中で不思議な体験をいくつもした。さあ、そろそろ帰ろう。夕日が海の向こうへ沈んでいく」
 その洋館をあとにするとき、パステルで簡単にその洋館をスケッチした。

 長い年月が経った。あの洋館のことが気になって、その年の秋にもう一度その岬へ出かけて行ったが、岬にはどこにでもあるような淋しい灯台がぽつんと建っているだけだった。
 あの洋館はどこかへ消えたのだろうか。やっぱりあれは夢だったのか。でもスケッチブックには、あの洋館のオルゴールを聴きながら観た夢の記録がしっかりとスケッチされていた。あんな不思議な夢をもう一度見たいものだ。












(未発表童話です)





2017年12月12日火曜日

スズメになった人

 朝、寝ぼけまなこでアパートの窓から外の景色を眺めていたら、電線の上にスズメが一羽止まっていた。別に不思議なことではない。でもよーく観て驚いた。顔が人間なのだ。それにどうしたわけか二日酔いみたいな顔をしている。
 嘴がなくて、人間の口だし、目もそうだ。顔だけ羽毛も生えていない。でもきょろきょろと顔がよく動く。見た目はスズメに違いない。
「夢でも観てるのかな」
洗面所へ行き顔を洗った。戻ってきてからまた外を観た。スズメはいなかった。どこかへ飛んで行ったのだ。
 それからしばらくして異変に気づいた。鼻がずいぶん高くなっている。ちょっと手で触ってみた。ものすごく硬い。それに先が尖っている。もう一度洗面所へ行き、顔を観た。「スズメの顔だ!」
 その日一日、どこへも出かけずにじっと家の中にいた。外に出られるはずがない。
「困ったな。どうしよう。この顔じゃ買い物にも行けないし、散歩にも行けない」
 昼になっても同じことを考えていた。これはすべて夢なのだ。悪夢だ。もう一度寝たら夢から覚めるかもしれない。そう思って昼寝をはじめたがぜんぜん寝つかれない。いろんな心配事が浮かんできた。
「もし夢でなく現実だったら。もしいまだれかやってきたらどうしよう」
 あいにく友だちも少ないのでその心配はない。でも郵便配達員が書留や小包を持って来たらどうしよう。
 考えながらやがて夜になった。お腹なんかぜんぜん空かないので、じっとベットの上で寝ころんでいた。
「あのスズメを観たせいで、とんだことになった。でも、あのスズメの顔はどこかで見たことがある。ーあ、そうだ、俺の顔だ。でもどこへ飛んで行ったのかな」
いろいろ考えているうちに、だんだん眠くなってきた。
「奇跡を待つしかない。朝になったら結果が分かるだろう」
 でもそれから一週間の間、おれの顔はそのままだった。どこへも行けないので部屋の中に閉じこもっているしかなかった。
「ああ、いつまでこんな悪夢がつづくのだろう」
 一週間が経ったある朝のことだった。 
 ずいぶん寝たせいか気分が良い。そのときだった。すぐに気づいた。高くなってた鼻が視界から消えている。もしかしてー。と思って洗面所へ行った。
「あっ、もとどおりの顔になっている」
 その朝は、人生の中で一番嬉しい日だった。すぐにアパートを出ると近所を歩き回った。通行人に出会ってもだれも変な目で俺を見る人はいない。公園へ行ったり、ついでにコンビニで買い物したりして帰ってきた。
 その夜は久しぶりにぐっすりと眠れそうに思った。だけど、そうはいかなかった。何回も変な夢で起こされたからだ。
 最初の日に観た夢はこんなだった。俺はスズメになってどこかの町の空の上を飛んでいた。仲間のスズメも一緒になってそばを飛んでいる。でも、みんな知らん顔してあちこちを飛んでいる。空を飛ぶスピードには驚いた。時速は100キロくらい。羽もよく動くし、少しも疲れを感じない。
 俺は池のある公園の方へ飛んで行った。周りは松林で、日曜日なのかたくさんの人が散歩していた。池のほとりで釣りをしている人や親子連れがベンチに座ってアイスクリームやアイスキャンデーを食べていた。
 池の向こう岸にアイスクリームの屋台が出ていたので、そちらの方へ飛んで行くと、屋台の屋根のうえに止まった。暑い日だったのでアイスクリームが食べたくなった。
 観ると屋台のテーブルの上にアイスクリームの汁がこぼれていた。おじさんがアイスクリームを作っている隙を狙って、さ-っとテーブルに降りてチュッチュとすすった。
「ああ、冷たくてうまい」
食べ終わってからまた空へ舞い上がった。
 公園の松林の中へ入ると、とても涼しくて松の木の枝に止まって休んだ。木の幹にカブト虫が一匹いて樹液を吸っていた。松林の小道を人が歩いていたりみんな楽しそうだった。松林の中を飛びながら、やがて公園を出て、国道の上を飛んで行った。国道にはたくさん車が走っていた。太陽がギラギラ照って暑いので、ときどきアパートやマンシュンのベランダに降りて日陰で休んだ。
 国道のそばにお米屋があった。お米屋の店の中にお米が落ちている。
「あれも食べちゃうか」
 お腹も空いていたので、さっそくそちらへ飛んで行った。
お店の中で、主人がお米を積んでいた。その隙に床に落ちてるお米をつんつん食べて行った。ときどきお米を担いでいる主人に踏まれそうになったけど、全部食べてお店から出て行った。
 二日目に観た夢はこんなだった。その日も太陽がギラギラ照りつける暑い日だった。
 俺は、踏切の信号機の上に暇そうに止まっていた。しばらくしてから信号機が鳴り、電車が向こうから走ってきた。四両編成の電車だった。お客はずいぶん少なかった。ひとり若い女性が本を読んでいた。横顔が魅力的な女性だったので、俺は電車のあとを追いかけて行った。
 すぐに追いついて、ガラス越しに女性の顔を覗き込んだ。テレビドラマによく出ている女優とそっくりな女性だった。でも名前が思い出せなかった。読んでいた本は「鏡の国のアリス」だった。活字の間に、よく知られた挿絵が載っていたから分かった。
 電車はスピードをさらに上げて行く。だんだん疲れて来た。でも、女性のことが気になって、猛烈に羽を動かして飛び続けた。そのときだった。向こうから折り返しの電車が走って来た。でも女性のことばかりに夢中になっていたのでぜんぜん気がつかなかった。
「あーっ!」
 そのあとはどうなったのか知らない。でも、こうして生きているのでうまく電車をさけたのだ。そのあとの記憶はない。
 三日目に観たのはこんな夢だった。俺は陸橋の階段の手すりの上に止まっていた。天気は曇りだった。その日はずいぶん蒸し暑い日だった。
 陸橋の下にテントやダンボールの小屋があちこちに建っていた。向こうから奇妙な男がやってきた。服はぼろぼろで、髪の毛はボサボサだった。
「乞食だ」
 その男の両肩にはカラスが止まっていた。ずいぶん慣れているらしくぜんぜん人間を恐れていない。男は歩きながらゴミ箱を探していた。男がそばまでやって来たとき、その匂いで気分が悪くなってきた。何か月も風呂に入っていないのですごい悪臭だった。
「おれは清潔だった。川でいつも羽と体を洗っているから」
 ゴミ箱を見つけると、中から賞味期限の切れた弁当を見つけて、大喜びしながら向こうの方へ歩いて行った。
 あとをつけて行くと、公園の屋根付きのベンチに座って、カラスに分け前をやりながら食事をしていた。食べ終わると、どこで拾ったのか、しけもくをスパスパ吸っていた。こんな近くで乞食を観たのははじめてだった。
 その公園の離れたベンチにも失業中の30才くらいの男が座っていて、スマホで仮想通貨のチャートを羨ましそうに観ていた。
「ああ、俺もお金があれば、ビットコイン買うのになあ。現在、1ビットコインが200万円だ。今年のはじめ10万円だったから、20倍の値上がりだ。あのとき1ビットコイン買っとけば、安いアパートが借りれたな。たぶん5年後くらいには1000万円まで価格が上がるな。0.01ビットコインいまからでも買っておこうかな。そうしないと人口知能のおかげで、これからますます人間の仕事になくなって、無収入で暮らさなければならなくなるから」
 四日目に観たのはこんな夢だった。
 この日も暑かった。俺は町の川の上を飛んでいた。ときどき手漕ぎボートが下の方に見えた。川幅がだんだん広くなり、やがて行く手に海が見えて来た。近くに広い砂浜があって、海水浴客がたくさんいた。浜茶屋のところでみんなアイスクリームを食べたり、ジュースを飲んでいた。砂浜ではビキニ姿の若い女性が肌を焼いていたり、ビーチバレーをやっていた。子供たちは楽しそうにスイカ割りをしていた。
 海の向こうにテトラポットが見えたので、そちらへ飛んで行った。海は穏やかだった。海の上にくらげが浮かんでいた。すぐ向こうの方に小島が見えた。
「行ってみるか」
 小島に向かって飛んで行った。太陽が眩しくて目を開けていられなかった。汗もたらたら出てくる。小島までの距離はわずかだと思ったけどかなり遠い。だんだんくたびれてきた。
 ようやく小島の砂浜に辿り着いた。林の中から小鳥の声が聴こえてきた。観ると林の中に小さな家が建っている。窓が開いているので人が住んでいるのだ。
 家には小さな庭があって、きれいな花が咲いていた。そのとき家の中から楽器の音が聴こえてきた。弦を上手にはじいて、きれいな音色だった。
「マンドリンか」
 町の公園でも何度か聴いたことある。秋になると、町で路上コンサートがあるので、よく電線に止まって聴いていた。
 林の中を飛んでいる小鳥たちも毎日マンドリンの演奏を聴いているので、みんなの鳴き声がとても美しい。夕方までその島で遊んで、日が沈まないうちに、また海を渡って帰って行った。
 五日目はこんな夢を観た。
 俺は町はずれにある精神病院の中庭の松の木の枝に止まっていた。
木の上から病院の窓を眺めていると、昨日、強制入院させられたひとりの元気そうなお婆さんが、窓の外を眺めていた。
 とても機嫌がいいのか、部屋の中をいったり来たり、にこにこと落ち着きなく歩いていた。俺は窓のところへ飛んで行ってそのお婆さんの様子を眺めていると、丁度昼ごはんになり、お婆さんは俺を見つけると、パンをひとかけら手に持って、窓を開けてくれた。そしておれのすぐそばにパンのかけらを置いてくれた。少しジャムがついていたので、食べるととてもうまかった。
「明日もくれるかな」
 そう思いながら、その日は帰っていった。
 翌日の昼に、俺はまた病院へ行った。窓のところにお婆さんの姿があった。でもなんだか様子が変だ。落ち着きがないのは昨日と同じだけど、凄い目つきで大声を張り上げて機嫌が悪いらしい。同室の患者たちにケンカをふっかけているみたいだった。
「昨日とはずいぶん違うな。これじゃ、パンはくれないかも」
 そう思ったけど、窓のところへとりあえず行ってみた。
でも当たっていた。お婆さんは俺を見つけると、内側からガラスをばんばん叩いて、俺を地面に突き落とそうとしているみたいだった。
「こりゃ、ほんとの病気だ」
あとで分かったけど、そのお婆さんは躁病患者だった。
 六日目に観たのはこんな夢だった。
 となり町の市立図書館の近くに、大きな池のある公園があった。夕方になって、みんな家に帰って行った。夜になってから、白髪頭のおじさんが、カップ酒を買ってきてベンチに座ってひとりで飲んでいた。家でもずいぶん飲んでいたのか、しまいにベンチに寝ころんで眠ってしまった。
 カップ酒にはまだお酒が残っていたので、自分も飲みたくなった。枝からそっと降りて来て、眠っているおじさんに気づかれないように、容器の上に止まった。ぷんぷんお酒のいい匂いがするので、首を伸ばして飲むことにした。お酒は半分も残っているので、首を伸ばしたら届きそうだった。ところが不運にも足を踏み外してカップの中にぼちゃんと落ちてしまった。お酒で身体はびしょびしょに濡れるし、凄いアルコールの匂いで、すっかり酔っぱらってしまった。瓶の口は狭くて容易に飛び立てない。
「困ったどうしよう」
 一時間もお酒に浸かっていると、おじさんが目を覚ました。
 目覚めにカップのお酒を飲もうとしたとき、スズメが入っているので、びっくりして瓶を地面に落した。お酒と一緒に外へ出ることができたので、フラフラしながら空へ舞い上がった。でも気分がすごく悪かった。
 七日目の夢は昨夜の夢の続きだった。 
 明け方、二日酔いで町へ戻ると、三階建てのアパートの前の電線にどうにか止まった。まだフラフラしていたので、電線から落ちないように頑張った。
 朝になって、仲間のスズメたちの声で目が覚めた。
「やれ、今日も暑くなりそうだ」
 考えてると、二階のアパートの窓からひとりの男がこっちを観ている。起きたばかりで寝ぼけまなこだ。
「アパートの中はクーラーがよく効いて涼しいだろうな。俺も一度でいいから人間の生活がしてみたいなあ」
 ぼんやり考えていたら、電線から足をすべられせてしまった。きっと地面に落ちたのだ。そのあとの記憶はまったくない。ー
 俺がそんな奇妙なスズメになった夢を観たのは一週間だったけど、自分の知らない人間のいろんな生活が見みれて、なんだかためになったような気がする。でもあのスズメはいったいどこへ行ってしまったのだろうか。












(未発表童話です)





2017年11月30日木曜日

生き返った男

 その男は世の中でさんざん悪いことをしたあげく、とうとう殺人を犯し、裁判で死刑の判決を受け、あすの朝、刑が執行されるのをひとり淋しく拘置所の中で待っていた。
「これでおれもこの世から永久におさらばか」
 男は、開き直った顔をしながら心の中でつぶやいた。だが時間がたつうちに、この世から去っていくのがだんだん惜しくなってきた。
 男はまだ若いのであった。できるならもう少しこの世にいて、人の役立つことをしたいと思いはじめた。
 振り返れば、この男の人生はまったくひどいものだった。子供の頃から、盗み、ひったくり、万引き、喧嘩を繰り返し、大人になってからも博打、詐欺、恐喝、傷害で五回も刑務所に入れられた。そして昨年、やくざ同志の抗争の際、相手の組員をふたり刺し殺し、とうとう殺人を犯してしまったのだ。
 男は自分の人生を振り返りながら、その荒れた自分の過去について、最後の拘置所生活の中で深く反省する機会を得た。そして今度生まれてくるときは、まともな人間になって生まれてきたいと願ったのである。
 翌朝になった。拘置所のドアが開かれ、看守に連れられて男は処刑場のある裏庭へ歩いて行った。待機室に入ると、死刑執行官のほかにひとりの神父が待っていた。神父は男のそばへやってくると、
「何か言い残すことはありませんか」
と尋ねた。
 男は囁くような声で、
「もしも生まれ変わることが出来るなら、人の役に立つような人間になりたいです」
と答えた。男の最後の言葉だった。
 やがて男は、死刑執行官に連れられて、裏庭の真ん中に設置された絞首台へ歩いて行った。そして十三段ある絞首台の階段をゆっくりと登って行った。
 絞首台の上に辿り着くと、顔に白いずきんが被せられ、太めのロープが首に巻きつけられた。男は目を固く閉じて、自分の心臓の音だけをじっと聞いていた。
 数秒後、数人の死刑執行官によってボタンが押されると、すぐに足元の板がはずれ、男は一瞬宙に浮いたようになったが、すぐさま地面に向かって落下していった。
 男はロープに吊るされたまま、しばらくもがき苦しんでいたが、やがて意識が混濁し、絶命するまでのわずかな時間、幻覚が何度か現れはじめた。その幻覚は夢に似たようなもので、断片的なものばかりであったが、やがてその幻覚も消滅し意識が無くなった。
 だが数分後、不思議なことが起こった。途絶えていた意識がしだいにはっきりしてきたのである。男が意識を取り戻したとき、何者かによって、きつく巻かれたロープが徐々に緩みはじめた。男はまったく理解できないことに驚いていたが、これまでの極度の緊張感と疲労のせいで、いつの間にかまた意識をなくしてしまった。
 男が、その不思議な出来事によって意識を取り戻し、やがて完全に目覚めたのは、それから数日後のことであった。
 男は太陽の光がさんさんと降り注ぐ、ある町の公園の近くにあるこじんまりした一軒の家の庭の芝生の上で眠っていた。庭には、バラやツツジやチューリップの花が美しく咲いていた。
 男は不思議な光景に、しばらく馬鹿のように口を開けて眺めていたが、そのとき垣根の向こうから誰かが忍び足でこの家に入って来る足音に気づいた。
 男はすぐに身がまえた。長年養われた感で、その相手が悪い人間であることを見抜いたのである。すぐに侵入者を睨みつけると、ドスのきいた鋭い声で吠え叫んだ。
「うううー、わん、わん、わん、わん、わん、わん、わん、わん!」
 侵入者は、その番犬の目つきの鋭さに恐れをなし、まったく手出しも出来ずにすぐに退散しなければならなかった。
 その吠え声を聞きつけて、家の中から老人夫婦がやって来た。この老人夫婦は、若い頃にひとり息子を交通事故で亡くし、これまで少ない年金だけでなんとか暮らしていた。それにこの地区は、空き巣がよく入るので、近所の人たちはみんな番犬を飼っていた。けれども、番犬を飼うお金の余裕のない老人夫婦は、買い物や散歩で家を空けるとき、いつも空き巣の被害におびえていた。
 ところが、数日前、一匹のやせ衰えた野良犬が、お腹をすかせて庭の芝生の上に体を横たえていたのを見つけてかわいそうに思い、家で飼うことにしたのである。顔つきは見るからに獰猛そうで、近寄りにくい感じがしたが、反面、素直で気がやさしそうに思えた。
 老人夫婦は、これは天からの授かりものだと信じ、貧しい暮らしの中でこの犬と一緒に暮らした。
 介護のかいもあって、野良犬は体力を取り戻し、番犬としてこの家で働くことになった。そして、この家にやってくる人たちの誰もが、この番犬の忠実さと頑強さに驚いたのである。
 野良犬も、自分の仕事に生きがいを感じながら、毎日この年老いた夫婦を空き巣の被害から守るために働き続けたのである。









(未発表童話です)





2017年11月21日火曜日

楽器が好きなこども

 楽器が大好きなこどもがいました。
ハーモニカやリコーダーはもちろんのこと、キーボードやギターもじょうずに演奏することができました。
 ある日、町にマーチングバンドがやってきました。
楽員たちは、真っ赤な制服と帽子をかぶり、ピカピカの楽器を持っていました。
 バトンを持った楽長を先頭に、ジョン・フィリップ・スーザの「ワシントン・ポスト・マーチ」や「キング・コットン・マーチ」を演奏しながら歩いていました。
 男の子もランドセルの中からリコーダーを取り出してあとからをついて行きました。
大通りを歩いてから、次は繁華街を通り、大きな公園のそばまでやってきました。
「みんなどこまで行くのかな」
男の子はぼんやり考えながら歩いていました。
 やがて大きな鉄橋が見えてきました。そのうちに空からぽつり、ぽつりと雨が降ってきました。
「みんな、鉄橋の下で休憩だ」
 楽長の指示で、みんな鉄橋の下へ大急ぎで走って行きました。
雨はまたたくまに、どしゃぶりになりました。
 鉄橋の下で雨宿りをしながら、男の子は楽員たちに話しかけました。
「おじさんたちは、どこまで行くの」
「知らないなあ。行先は楽長だけが知っているよ。世界一周するかも知れないな」
「じゃあ、どこまでも一緒について行くから」
「ああ、いいよ。ついてきなよ」
話をしていると、やがて雨は上がりました。
「では、出発ー!」
 楽長の合図で、マーチングバンドはまた演奏しながら歩きだしました。
 川沿いの道を歩いていると、陽が射している雲の切れ間から、きれいな虹が見えました。
 不思議なことに、虹の橋の先っぽが、川のそばまでたれていました。
「今度はあの虹の橋を渡って行こう。それから雲の上を歩いて行くんだ」
 バトンを振っている楽長のあとを追って、マーチングバンドはついて行きました。男の子も一緒について行きました。
 やがてマーチングバンドは虹の橋を渡りはじめました。
しばらくのあいだ、空からは楽しい演奏が聴こえてきましたが、やがてみんな雲に隠れて見えなくなってしまいました。











(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)
 




2017年11月11日土曜日

雲の上の魔法使いのお城

 退職して暇をもてあましていた男の人が、自分の家の庭に塔を建てました。
「高い所からの眺めはきっとすばらしいだろう」
 レンガを買ってきて毎日積んでいきました。
 ひと月で、塔の高さは十メートルになりました。てっぺんに登って町を眺めました。
「よく見える。でも海がまだ見えない」
 さらにレンガを積みたして三か月後に、三十メートルの高さになりました。
「まだ、まだ、よく見えない」
 毎日レンガを積みながら、数年が経ちました。
塔の高さは、数百メートルになり、曇りの日には雲の底に付くくらいになりました。
 あるとき驚きました。海の沖の離島に巨大な塔が建っていました。その塔も毎日高くなっていました。
「誰が建てているのかな」
望遠鏡で眺めてみました。
「あれえ、あいつだ」
塔を建てていたのは、昔、同じ会社で働いていた同僚でした。海が好きで、退職したら島で暮らしたいといつも言っていました。
 島の木を切って丸太を組んで積あげていました。
 ある低い雲が垂れ下がる日でした。雲がすっかり塔を包んで見えるのは雲ばかりでした。
「いやあ、何も見えない」
 思っていると、雲の向こうから声が聞えてきました。
「おーい、いまからそっちへ行くからな」
「えーっ、ひょっとしてお前か」
「そうだ。おれだ」
 雲の上を歩いてきたのは、島に住んでいる昔の同僚でした。向こうも望遠鏡で毎日こちらを観ていたのです。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「いやあ、何年ぶりかな」
 二人は、雲のベンチに腰かけて昔話に花を咲かせました。
 しばらくして、雲の隙間に大きな建物が見えました。
「お城だ」
「誰が住んでいるのかな」
「行ってみるか」
「行ってみよう」
 雲の上をテクテク歩いてお城の門までやってきました。
 門をくぐり、玄関のところへきました。
 扉を叩くと、中から鍵を開ける音がしました。
 ギィーーーーーーーーーーー。
 扉が開いて出てきたのは、80歳くらいのお婆さんでした。
「あんたら、どこからやって来なさった。なにか用かね」
「りっぱなお城なんで、ちょっと中を拝見させていただきたい」
「見も知らぬ人を中へ入れるのは気に入らんが、まあ、少しだけならいいじゃろ」
 男たちは、お城の中へ入れてもらいました。
 広い居間に通されて、ソファーに腰かけていると、お婆さんがワインを持ってきてくれました。
「年代物のいいワインですがな。どうぞ召し上がれ」
 ちょっと生臭い味でしたが、全部飲んでしまいました。
 ところがワインを飲んだあと、男たちは眠ってしまったのです。
 気がつくと、お城の暗い倉庫の中の鳥籠にいました。
「たいへんだ、カラスに姿が変わっている」
「これからどうしよう」
 考えていると、すぐ隣に置かれた鳥籠の中から、
「どうか助けて下さい」 
 覗いてみると、中に小鳥がいました。
「私は、魔法使いのお婆さんの魔法で小鳥にされました。魔法をとくにはお城の中庭に植えてあるオリーブの実を食べなければいけません」
「それじゃ、もってきてあげよう」
 男たちは、なんとか隙をねらってここから抜け出そうと思いました。
 夕方になり、黒マントと黒い帽子を被ったお婆さんが餌を持って入ってきました。
「さあ、お食べ。たっぷり栄養を取るんだ。お前たちの血でおいしいワインを作るから」
 鳥籠の扉が開いたとたんに、カラスはさっと逃げました。お婆さんは慌てて追いかけてきましたが、見失ってしまいました。
「ちくしょう、あとでかならず捕まえてやるから」
 お城の中庭へ飛んで行くと、オリーブの木がありました。実を食べてみると、不思議です。身体がずんずん大きくなって人間の姿に戻りました。
「よかった、魔法がとけたんだ」
「じゃあ、あの小鳥にも食べさせてあげよう」
  朝になり、お婆さんが小鳥に餌をやりに倉庫へやってきました。餌をやっている隙に男たちは中へ忍び込みました。
 お婆さんが出て行くと、オリーブの実を小鳥にやりました。
するとどうでしょう。小さな小鳥が、みるみる大きくなって、美しい女性に変わりました。
「ありがとうございます。私はとなりの国の王女です。旅の途中、このお城に泊まったとき、お婆さんに閉じ込められました」
「そうでしたか、じゃあ、一緒にここから逃げましょう」
 王女から、もう一口オリーブの実を食べるように言われました。
 食べてみると、不思議なことに、顔の皺はなくなり、髪の毛もふさふさ生えて、20代の若者になりました。
「いやあ、驚いた。こんなに若返ったら、あんなお婆さんなんかすぐに退治できるな」
「じゃあ、夕食を持って来たらやっつけよう」
 夕方になり、お婆さんが倉庫へやってくると、二人がかりで飛びかかりました。お婆さんは慌てて倉庫の中を逃げ回りましたが、すぐに捕まって縄でぐるぐる巻きにされました。
「頼むよ。どうか見逃してくれえ。何でもやるから」
 魔法使いのお婆さんはずいぶん資産家でしたから、あちこちから盗んできた金、銀、プラチナ、宝石のほかにも、最近はじめた株式やFX、ビット・コイン(仮想通貨)の取引きで儲けた大量のお金を持っていました。
「じゃあ、資産の半分をいただくよ」
そういって、金庫室から宝物を貰ってきました。
宝物を入れた袋を担いで、三人はお城から出て行きました。
 しばらくすると、魔法の箒に乗ったお婆さんが、物凄い剣幕で追いかけてきました。
「まてえー!、いまいましい奴らだ。絶対に捕まえて、もう一度閉じ込めてやるから」
 雲の向こうに男たちが登ってきた塔が見えました。塔のところまでやってくると、三人は梯子を降りました。降りるときに、塔のてっぺんに蓋をして、しっかり鍵を掛けました。
 あとからお婆さんがやってきましたが、蓋がしめてあるので梯子で降りることが出来ませんでした。お婆さんは諦めてお城へ帰って行きました。
 家に戻ってきた三人は、貰ってきた宝物を山分けしました。
「おれは、この宝物を売ったお金で大型のクルーザーを買うよ」
「私は、マンションを買うわ」
「おれは世界旅行をするよ」
 そういってみんな別れました。



 








(未発表童話です)