2024年4月6日土曜日

(連載推理小説)猟奇館事件

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 数日後のことである。学校へ出勤すると職員室の中は慌ただしかった。教頭が教員を集めて次のようなことを話した。
「今朝、となりのY町のY高校の教頭から電話があってY校の女子生徒が通学途中に何者かに誘拐されて行方不明になっているとのことだ。現在、警察が捜査中だ」
この事件は翌日に地元の新聞に報道され、警察や新聞記者がY高校にもやって来て話を聞きに来た。
「何者の仕業だろう。女子生徒はどこにいるのだろう。犯人はだれだろう」
地域住民はだれもが不安がった。特に女生徒の親たちは心配でならなかった。
 となり町のY警察署では、行方不明になっているY校の女子生徒の捜査が本格的に始まっていた。
 事件当日の住民からの聞き込みで次のことが分かった。
 先ずY高の女子生徒の自宅から1・2キロ離れた県道で、当日の朝八時過ぎ、女子生徒が自転車に乗って学校へ向かっている途中、停車していた一台の灰色の乗用車に呼び止められて、何か話をしたあと乗用車に乗せられて走っていったとの目撃者からの情報が入った。通学時間中だったので人通りも多かった。自転車はそのまま歩道に置かれたままだった。連れ去られた場所は、大手通りのバス停近くだった。通報者はバスを待っていた会社員だった。
 同日、近くのクリーニング店から次のような情報が寄せられた。
「あの朝、開店の準備をしていたとき、灰色の車が道路わきに長い時間止まっていました。誰かを待っているようでした」
「運転手ひとりでしたか」
「そうです。人相などは覚えていません」
 店員はそう答えた。
 ほかに目撃者がいないかその周辺の家でも聞き込みをした。するとある家で情報を得た。
「あの朝、私は犬を連れて散歩に出ていました。八時過ぎでしたが、道路わきに灰色の乗用車が止まっていて、向こうから自転車で走ってきた高校の女子生徒を呼び止めて声をかけていました。
「運転手だけでしたか」
「そうです。紺色の帽子をかぶった中年の男でした」
「女子生徒はその車に乗ったのですか」
「ええ、乗りました。急いでいたようです」
 刑事たちはその話を聞いて、当日の朝、女子生徒を車に乗せた紺色の帽子をかぶった中年の男を調べることにした。
 数日後、新たな情報が警察に寄せられた。事件当日の午前9時頃、Y町とこのF町を通っている国道4号で工事作業をしていた作業員が、Y町から猛スピードで走ってくる灰色の車を見かけたのである。丁度カーブの所で工事をしていたので、その車は急ブレーキを踏んで停止した。もう少しで事故を起こしかねない状態だった。作業員はその車に運転手と高校の女子生徒が乗っているのを覚えていた。
「女子生徒は眠っているようでした」
と答えた。
 その車はすぐにまたスピードを上げてF町の方へ走っていったと話した。
 担当刑事は、その車を運転していたのはY町で女子生徒を誘拐した紺色の帽子を被った男ではなかと推察した。Y警察署ではF町の警察署にも問い合わせてその男の調査をはじめた。
 それから一週間後のことである。高島教諭が勤めている県立高校で次のようなことがあった。ある日、高島教諭が職員室で昼食を食べ終わって休んでいたとき、この前の野球部の中田という男子生徒がやってきた。
「先生、お話があります」
 廊下に出て話を聞いてみると、昨日、男子生徒がいつものように農道の山道を走っていたとき、洋館の近くの雑木林の中で野良犬が数匹集まって動物か何かの臓器のようなものを食べていた。土が掘り起こされており、周りには血の付いた破れたビニール袋の切れ端が散らばっていた。野良犬がいなくなってからその場所へ行ってみると、臓器はほかの動物にも食べられたようでほとんど残っていなかった。男子生徒はすぐにそこを通り過ぎたが、あの光景はしばらく頭の中に残ったと言った。
高島教諭は異様な話で驚いたが、まさかそれが新聞で報じられているY校の女子生徒のものではないかとふと疑ったが、何の根拠もないので深くは考えなかった。
 二週間後、同様の高校の女子生徒の誘拐事件がこのF町から北へ20キロ先にあるB町の私立高校で起きた。事件現場は駅だった。同じ色の乗用車が目撃されている。通学時間の八時頃、電車を待っていた女子生徒が、小柄な中年の男に声を掛けられて、駅に止めてあった車に乗って町から出て行ったというのだ。小さな駅だが、何人かの目撃者がいた。
 警察は、同一人物による犯行とみて捜査を開始した。
「どちらの事件も小柄な男と、灰色の車ですね」
「目的は何だろう。ただの誘拐ではなさそうだ」
 担当の刑事たちは、誘拐された二人の女子生徒の家庭の事情を調べてみた。すると共通点がいくつかあった。どちらの家も両親のひとりが重い病気を抱えて長期入院していたことである。
 二人の女子生徒は、事件のあった日に、小柄な男から何らかの情報を聞いて、急いでM市立病院へ向かったと思われる。しかし、二人の家庭の事情をどうしてその小柄な男が知っていたのだろうか。それに見も知らない男の情報を信じてどうして車に乗ったのであろうか。その真相を突き止めなければいけないのだ。
 刑事たちが捜査に全力を挙げていたある日のことである。次のような情報が入った。
 その情報は、このF町の山間にある村の林道の傍に、午後10時頃、灰色の車が止まっているのを残業を終えて自宅へ帰ってきた会社員が見かけたのである。車には誰も乗っていなかった。会社員は新聞の記事で灰色の車のことを知っていたのでまさかと思ったそうだ。もしその車が犯人のものなら、その林の中で何をしていたのか。警察は通報を聞いて、その現場へ行き捜査をはじめた。すると、林の中のある場所に人間の臓器らしいものが埋められているのを発見した。
 血液型はB町の駅で行方不明になっている私立高校の女子生徒と同じO型だった。臓器のほかに両腕の筋肉、両足の筋肉の一部がビニール袋に入れて捨ててあった。血液を分析した結果、DNA型が被害者のものと一致した。
 警察はその夜、現場に止めてあった灰色の車を運転していた人物が、それを埋めたと推察した。
「この事件はまったく猟奇的だ。犯人はなんのために臓器や筋肉だけを埋めたのだろう」
 警察は引き続き、灰色の車の行方を追うことにした。
 このニュースは新聞でも報道されたので高島教諭も読みながら、数日前の男子生徒の話を思い出した。
「まさか、あの洋館の傍の林の中に、Y高校の女子生徒の死体が埋められているかもしれない」
 高島教諭はそう疑ったので学校が休みときに、自分でも一度その雑木林へ行って確かめてみることにした。
 そんな矢先のことである。次の事件が起きたのである。十日後、このF町から東へ6キロ離れた山間のK村で郵便局の20代の女子職員が帰宅途中に行方不明となり、警察に捜索願いが出されたのだ。警察では同一犯人の仕業とみてすぐに捜査を開始した。
 警察の調べによると、郵便局の女子職員は自宅へ向かう途中に何者かが運転手する車で連れ去られた可能性が高い。
 家庭の事情を調べると、女性職員の父親が重い病気でM市立病院に長期入院しており、当日、容態が急変した電話を受けてその人物の車に乗ったと思われる。それ以外のことはその時点では何も分かっていない。
 数日後、高島教諭は、仕事が休みの日に自転車に乗って彫刻家が住んでいる山の洋館へ行ってみた。農道の山道を登って行くと、やがて下り坂になり、男子生徒が目撃した雑木林の場所へやって来た。さっそく雑木林の中を調べてみた。落ち葉が踏み荒らされて野良犬の足跡が残っていた。ある場所が掘り起こされて、血の付いたビニール袋の切れ端が散らばっていた。
「ここへ女子生徒の臓器を埋めたのかもしれない」
 そう思いながらここから見える洋館の方を眺めて見た。見た瞬間に目を疑った。洋館の庭に車が止まっているのだ。シートが掛けられているのでどんな車なのかわからない。もし灰色の車だったらどうだろう。高島教諭は洋館を調べてみることにした。自転車を押して洋館の方へ歩いて行った。
 洋館の周囲は相変わらず静かだった。門は開いており、車があるので彫刻家がいるのではないかと思った。車の傍へ行ってシートを上げようとしたとき、玄関の扉の鍵を開ける音がした。高島教諭は車から離れると近くの茂みの中へ姿を隠した。
 洋館から出てきたのは背の低い小柄な中年の男だった。高島教諭は驚いた。
「あの男はー」
 小柄な男は、海鮮市場で出会った外国人だった。男は周りを見渡しながら、車の方へやってくると、車に掛けてあるシートを少し外した。しかし向こう向きなので車体の色は分からない。男はトランクを開けると、中を覗き込んだ。トランクの中には束になった針金がたくさん入っていた。男はその針金の束を両脇に抱えるとトランクを閉め、また車にシートを掛けて洋館の中へ入って行った。
「針金なんて何に使うのだろう」
 高島教諭は不思議に思ったが、男がまた洋館から出てくると大変なのでその日は引き上げることにした。しかし洋館には彫刻家しか住んでいないのにあの小柄な男はいったい誰だろう。高島教諭は考えながらその場から立ち去った。(つづく)




2024年3月6日水曜日

(連載推理小説)猟奇館事件

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 ある日、高島教諭はいつものように美術室で授業をしていた。授業では生徒たちに彫刻デッサンを教えていた。
「絵を描くには物の形、質感、明暗など基本的なことがわかっていないといい絵が描けない。今日は彫刻を見ながら、物の形、質感、明暗について学んでほしい」
 美術室の中央にギリシャ彫刻の胸像を机に載せて、その周りを生徒たちが自由に椅子を動かして絵を描いている。みんな苦心しながら描いているが、木炭の使い方に慣れていないので、なかなかうまく描けないでいる。ある生徒などはやり直しをしすぎて、絵が真っ黒になっている者もいる。高島教諭は、生徒たちのデッサンを見ながら、ひとりひとりに指導をしていく。
 ある日曜日の午後、高島教諭は自転車に乗って県立高校近くの国道4号を走っていた。 
 先日、野球部の生徒から聞いた山の洋館を見に出かけたのである。国道4号の途中に山を越えて隣村へ行く農道があった。農道の周りには畑があり、農家が点在している。農道の登り坂はそれほど急ではない。しかし途中から急になり、自転車を降りて歩いて行った。十五分ほど登っていくとやがて下り坂になった。遠方に村の集落が見えた。集落の農道をさらに進めばとなりのY町へ向かう。
 自転車で坂道を降りていくと、途中の林の中に柵が見えた。近くに来ると、柵の向こう側に古びた3階建ての洋館がぽつんと建っていた。洋館の周りは木や草がぼうぼうに伸びていた。
「あの洋館だな」
 高島教諭は、洋館まで通じている小道を行き門の前で自転車を止めた。鉄製の門の隙間から洋館を眺めた。洋館の壁板は所々剥がれて、窓は雨戸を閉め切っているので中の様子はまったく分からなかった。庭のあちこちに砕いた彫刻の破片がたくさん落ちていた。
「淋しい所だな。庭もずいぶん荒れている」
 しばらく見ていたが、誰もいないようなので引き返すことにした。でも、せっかくここまでやって来たので、集落も見ておこうと農道を走って行った。学籍簿にはこの集落に自宅がある生徒が数人いる。農道を走っていたとき、農作業をしていた中年の女性に声を掛けられた。 
「県立高校の高島先生ですね」
 その中年の女性は小林という男子生徒の母親だった。
「お散歩ですか。いつも息子がお世話になっています」
「ええ、退屈しのぎにここまでやってきました。ここは静かなところですね」
「この辺は田舎ですから車もほとんど通りません」
 高島教諭は、ふと思いついて、その母親に尋ねてみた。
「さっき下り坂を降りて来る時、古びた洋館を見たのですが、誰か住んでいるのですか」
 それを聞いて母親は、
「ええ、あの洋館は二十年前に建ちました。外国から帰って来られた当時四十代の彫刻家がいまも住んでおられます、でも最近は見かけません」
「県外の人ですか」
「詳しいことは知りません。両親なら知っていると思います」
 高島教諭は、その母親の両親に会って話を聞きたいと思った。
 広い畑には作物がたくさん植えられていた。
「ずいぶんいろんな物をお作りですね。キャベツ、カボチャ、山芋、玉ねぎ、ピーマン、ほうれん草、ジャガイモ、ネギ、トマト、アスパラガス、きゅうり…」
「ええ、どの農家でもたくさん作っています。最近はイノシシなどの野生動物の被害も少ないですから。以前はイノシシによく荒らされて困っていましたが、どうした訳か最近はほとんど見かけません」
 母親は笑って話したが、高島教諭はこの地区のことはよく知らないので「そうですか」とだけ答えた。
高島教諭は、母親から参考になることを聞いたのでその日は帰ることにした。
村をUターンして再び山を越えて海岸沿いを走る国道4号まで戻り町へ向かった。ここからF町までは北へ5キロの距離である。町へ着くとホームセンターの傍に「樹氷」という喫茶店を見つけたので入ることにした。
店に入ると、昔の外国映画のポスター写真がたくさん壁に飾ってあった。どれもサスペンス映画ばかりだった。しばらくして注文を取りに店主がやって来た。店は店主が一人で経営していた。お腹が減っていたのでミックスサンドとアイスコーヒーを注文した。
窓際の方を見ると、本棚が置いてあり、サスペンス小説や推理小説の単行本や文庫本がたくさん入っていた。
しばらくして店主が、ミックスサンドとアイスコーヒーを持って来た。高島教諭は壁の方を見ながら、
「どれも懐かしい映画ですね。ずいぶん集めましたね」
「ええ、若い頃からサスペンス映画や推理小説が好きで、すっかりポスター集めのコレクターになりましたよ」
 高島教諭は店主にそんな趣味があるのなら、この町で有名なあの洋館の事も知っているのではないかと思い尋ねてみた。すると店主は、
「小さな町のことですからよく知っています。みんなあの洋館を「猟奇館」って呼んでいます。この店を開店した同じ年に建ったと思います。そういえば、開店当時はときどき彫刻家が店にやって来ました」
「どんな方だったんですか」
 店主は話した。
「明るい性格の人でした。多弁で自分のことをよく話しました。なんでもフランスに長く暮らしていたそうで、ロダンとかカミーユ・クローデルとかいう彫刻家の作品に影響されて、パリの美術学校で学んでいたそうです。自分の作品には自信を持っているようで、よく制作のことも話しました。その頃は、お金を払ってモデルを捜していましたが、どうしたわけか貧乏になってお金が払えず、気に入った女性を見かけると強引な態度で声をかけていました。それからはまったく見かけません」
「フランスで生活しておられたんですか」
 高島教諭は、興味深く聞いていた。
「私はこの町の県立高校で美術を教えているんですが、風景画や静物画が専門ですから、モデルをやとうことはありません。でも彫刻は人物が主ですからモデルを探すのも大変です。友人にも彫刻家がいるのでモデルさんのことをよく聞きます」
 店主は聞きながら頷いた。
「あの洋館へはもう行かれたのですか」
「ええ、さっき行ってきました。誰もいないようでした。また行くつもりです」
 店主とそんな話をしながら食事を食べ終えると、高島教諭は店を出た。自転車を漕ぎながら、店主が話したことをいろいろ思いだした。
「不思議な彫刻家だ。是非会って話をしたいな」
 高島教諭はこの店が気に入って、ときどき散歩の途中に来店した。
町のF駅までやってくると、吉崎通りの中へ入って行った。郵便局本局のそばに書店があったので中へ入った。
 書店に入ると中学校の生徒が数人立ち読みをしていた。ビアズリーのサロメのペン画集を見つけたのでそれを買って高島教諭は店を出た。アパートへ帰ってもすることがないのでそのまま港へ行った。ふ頭へ行くと、フィリピン国籍の貨物船が数隻、積み荷を降ろしていた。夜になるとこのふ頭では夜釣りをする人がたくさんいる。
帰りに海鮮市場へ寄って今夜のおかづを買うことにした。新鮮な魚が売られていたが、ほ
とんど売り切れていた。何かおかづになるものがないか探していると、
「お客さん、このアワビと牡蠣はどうですか。新鮮ですよ。もうこれしかありません」
と声をかけられた。
 買おうかどうしようかと迷っていると、後ろから男が割り込んできた。
「俺に売ってくれ」
 振り返ってみると、紺色のソフト帽をかぶった色白の背の低い男だった。すぐに外国人だと分かった。
「ありがとうございます。両方で千円です」
 その男は金を払うと、袋にアワビと牡蠣を入れてもらってすぐにそこから立ち去った。
「ああ、おしいことをしたな。何か代わりに買わないと」
 となりの商品棚にアジの干物が数匹残っていたのでそれを買ってアパートへ帰った。帰り道、自転車を漕ぎながらさっきの紺色のソフト帽を被った背の低い男の姿が妙に頭に残った。(つづく)







 

2024年2月17日土曜日

(連載推理小説)猟奇館事件

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 日本海に面したS県北部のM市の山の中に地元の人たちから「猟奇館」と呼ばれている木造建築の三階建ての古びた洋館が建っている。六十代後半の白髪頭の痩せた彫刻家が住んでいるが、最近はどこへ行ったのか姿を見せない。
 洋館の庭は草が伸び放題で、柵は錆びつき、庭のあちこちに野生動物や野鳥、人体の彫刻が無造作に置かれており、どれも汚れてひびが入っていた。夜は特別不気味で、雨戸は閉め切っており、玄関の照明も点けたことがない。昔、村の人が回覧板を持って行ったが、何か月も回って来ないので持って行くのを止めてしまった。郵便物もほとんど届いたことがない。
 この洋館の傍には農道が通っている。農道を通って山を越えると海が見え、海岸沿いを走る国道4号に出る。この国道をまっすぐ南へ行くと15キロ先にY町がある。県外の車はこの農道を知らないので、地元の人がたまに近道として使うくらいだった。国道4号を北へ5キロ行くとF町があり、2キロ先には県立高校がある。
 七月上旬のある日、その県立高校の野球部の男子生徒がひとりで国道の歩道を走ってきた。週に何度かやって来るのだ。国道からこの農道へ入り、坂道を登って山を越え、洋館の傍を通って隣村までランニングするのだ。村までやって来るとUターンして戻って行く。だからこの洋館を見るのは村人とこの男子生徒くらいだった。
 あるとき洋館の傍を通ったとき、珍しく彫刻家の姿を見かけた。青白い顔をした痩せた男で庭で何かしていた。男子生徒は走る速度を落として注意深く見つめた。彫刻家は洋館の外壁に彫刻をいくつも並べて金槌でばらばらに砕いていた。せっかく制作した作品なのに気に入らないらしい。
 男子生徒は不思議な光景に驚いたが、そのまま通り過ぎた。家に帰ってから両親に話したが、彫刻などに興味のない両親は「そうかい」といって黙って聞いているだけだった。
 この生徒が通っている県立高校では春に教師が数人入れ替わった。高島克之は美術の教師としてN県の県立高校からやってきた。独身で34歳である。学生の頃から絵が好きで全国の美術展に多数の作品を出品していた。
 美術室には西洋の古典絵画や日本の近代絵画の複製画を入れた額が壁に飾られていた。窓際の棚の上には二体のギリシャ彫刻の胸像も置かれていた。
 ある日の放課後、授業が終わっていつものように職員室で仕事をしていると、校庭で野球部の生徒が練習していた。
 子供の頃からプロ野球を見るのが好きだったので校庭へ出てしばらく練習を見ていた。
 金網の後ろで見ていると、2年生の中田という選手が近寄って来た。
「もうすぐ夏の大会があるのでみんな練習に励んでいます」
「この学校は強豪だと聞いているよ。今年もぜひ優勝してくれ。応援してるよ」
 高島教諭は笑って言った。
 しばらくしてその生徒がこんな質問をした。
「先生、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
 中田は真面目な顔になった。
「何が聞きたいんだね」
「彫刻のことなんですが」
「何だね」
 中田は続けた。
「実はこの高校から2キロほど南へ行ったところに山を越えて行く農道があるんですが、その農道の傍の山の中に古い洋館が建っています。先日、農道をランニングしていた時、洋館に住んでいる彫刻家が、庭の彫刻を金槌でいくつも砕いているのを見かけました」
「砕いていた?」
「ええ、そうなんです。もったいないと思いました。せっかく作った彫刻なのに」
 高島教諭は中田の話を聞いて答えた。
「自作に厳しい彫刻家の中には、気に入らないと作品を破棄してしまう人はいるが、何点も砕くなんて珍しい人だな。相当に完璧主義の芸術家だな」
「そうでしょうね。変な人です。あの洋館だって気味が悪いとみんな言ってますから。わかりました」
 その時、グランドから声が聞こえた。
「中田、守りだ。守備につけ」
 中田という生徒は急いで自分の守備位置へ走って行った。
 高島教諭はいま聞いた彫刻家のことをしばらく考えていたが、練習がはじまるとそれに気を取られて忘れてしまった。
 今日の仕事も終わって高島教諭は学校を出た。帰りに海鮮市場へ今晩のおかづを買いに行った。
 海鮮市場へ行くと、アジ、トビウオ、スズキ、タイ、カレイなどが売られていた。アサリ、ハマグリ、サザエ、牡蠣、イカなども新鮮なものばかりだ。
 何を買おうかと迷っていると、
「お客さん、いまはアジとカレイがおいしいですよ。地元産です。でも魚はやっぱり冬ですよ。ブリや蟹が出回ります。ブリなんかずいぶん脂が乗っています」
 店員に教えてもらった。
 高島教諭は町の民間のアパートを借りて住んでいる。部屋は一階である。転勤族なので引っ越しの際は一階が都合がよい。車は所有していない。いつも愛用の自転車で通勤している。
 アパートへ帰ってくると、さっそく夕食の準備をはじめた。
 独身者の部屋はたいてい乱雑だが、高島教諭は几帳面な性格なので普段からきれいに整頓されている。本棚には授業のときに使う教科書や美術関係の専門書が入っている。部屋の壁には自作の水彩画、油絵が飾ってある。
 海鮮市場で買ってきたアジとカレイをおかづに夕食を食べてから風呂に入った。テレビでプロ野球を見たあと、明日の授業の準備をしていたとき、ふと、今日聞いた野球部の生徒の話を思い出した。
「庭で彫刻家が金槌で彫刻をいくつも砕いていました」
 そのときはたいして気にならなかったが、何日かすると、そのことばかりが気になりだした。
「農道のそばにある洋館か。どんな家か一度見てみたいな」
 そう思いながら高島教諭は部屋の照明を消して眠りについた。(つづく)



2024年1月22日月曜日

病気になった王さま

  王さまは重い病気になりました。
おなかが痛いとか、足が痛いとか、歯が痛いとかではなく心の病気でした。若い頃は外に出たり、いろんな人にあって健康そのものでしたが、年を重ねるにつれて外へ出ることもなく、お城に閉じこもってばかりで、頭の中で夢ばかり追っていました。
 あるときそんな王さまに悪霊がとりつきました。悪霊は退屈している人や暇そうに夢ばかり追ってる人が大好きです。
 悪霊は王さまに語り掛けました。
「隣国が、この国を狙っています。早急に兵隊を増員して守らなければいけません」
 王さまはそれは大変だとばかりに、国中から人を呼び集め、国境の周りを固めました。でも国民は納得できませんでした。この国と隣国は昔から大変仲が良く、この国を狙うはずがないからです。でも王さまの命令ですからどうすることもできません。
 あるとき悪霊が王さまにいいました。
「先手必勝です。兵隊をすぐ隣国へ派遣しなさい。そうしないと先にやられます」
 王さまはそれは大変だとばかりに国境の司令官に隣国へ兵隊を出すように命じました。
 司令官の命令で、兵隊たちは隣国へ攻め込みました。ところが隣国の住民たちは、そんなことなど知らず、仲の良い隣国の兵隊たちが久しぶりにあいさつにきたと思って、家に招いて、お茶を出したり、お菓子を出したりしました。 
 けれどもどうも様子が変なので、「これは隣国が国境を越えて攻めてきたのだ」と思って、武器を取って応戦しました。
 どの町でもそんな様子でしたから、この国の王さまにも通達されました。王さまも理由がわからず、本格的に兵隊を出して戦うか迷っていました。
  これらのニューズは戦争を仕掛けた国の国民にも知らされました。
  ある日、そのニュースを聞いたある教会の司祭が、
「王さまは悪霊にとりつかれている」と判断しました。
 この司祭は、医学の知識もあり、これまで悪霊にとりつかれた人をたくさん治療したことがあったからです。
「私が王さまの病気を治してあげよう」
  さっそく王さまのいるお城へ行って、王さまに面会することにしました。召使に連れられて、王さまの部屋へ行くと、王さまは青い顔をしてうわごとをいったりしてベッドで休んでいました。
  司祭はすぐにそばに行って、悪霊を追い払うために、何度もお祈りをはじめました。
 しばらくすると王さまの様子が変わってきました。顔色がよくなり、うわごともなくなりました。最後の祈りが終わるころには、悪霊がすっかり部屋から出ていきました。
「私は何をしていたのだ。誰か教えてくれ」
  召使たちは、王さまの命令でこの国の兵隊が隣国へ攻めていったことをはなしました。王さまは驚いて、すぐに隣国へ攻め込んだ兵隊を退却させました。
  それからは前のように両国は仲良くなりました。 




2023年11月23日木曜日

(連載推理小説)画廊贋作事件

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 辻昭彦は、数日後の土曜日に舞鶴へ帰った。電車で神崎の自宅へ行ってみたが、戸締りがしてあって引っ越したことがわかった。近所の人に尋ねると引っ越したのは27日だと聞いた。辻昭彦は、そのあと宮津へ行って、宮津T病院へ行き、受付の職員に画家のことを尋ねた。
「先月まで入院されていた山川修さんの奥さんのことで少しお話を聞かせて下さい。私は山川さんの古い友人です」
職人は親切に話してくれた。
「山川さんの奥さんは先月30日に群馬県の病院に転院される予定でしたが、22日の日に呼吸困難のため亡くなられました。山川さんが遺体を取りに来られて、お葬式のあと数日後に火葬されたようです。その後のことはわかりません」
 辻昭彦は職員に礼をいって病院を出た。
「そうだったのか、奥さんは転院前に亡くなったんだ」
 そのあと画家が以前訪ねて行ったMカトリック教会へ行ってみた。辻昭彦は、この教会の神父から意外なことを聞くことになった。
 教会の敷地へ入ると、教会の正門からこの前の神父が出てきた。辻昭彦は、傍へ行って話しかけてみた。
「失礼しますが、画家の山川さんの奥さんのことでお話を聞きたいのですが、私、山川さんの古くからの友人です」
 神父は辻の顔をじろじろ眺めたが、友人と聞いて話してくれた。
「山川さんの奥さんにはお気の毒でした。先月24日にこの教会でお葬式のミサをあげました」
 神父は続けて話した。
「山川さんの奥さんは、絵画の修復技師でした。結婚される前はイタリアにお住まいになっていて、教会の宗教画や美術館の絵画の修復をしておられました。とても腕の良い方で、どんな傷んだ絵でも見違えるように修復されました。画風の違う画家の生涯や特徴をすべてマスターして直してしまいます。画家の素養もある方で自分でもいろんなスタイルの絵を描いておられました。昔、この教会でも、聖堂に飾ってある「十字架の道行き」の絵の修復をしていただきました。ずいぶん古い絵ですから、とてもお金を掛けて直すわけにもいかないので大変助かりました。あとでご覧になって下さい。そういえばご主人さまも絵描きさんだったことはあとで聞きました」
 辻昭彦は、神父の話を聞いてまったく驚いてしまった。
「そうだったのか。奥さんは絵画の修復技師だったのだ。それも才能のある修復技師か」
 神父に案内されて聖堂に飾ってある「十字架の道行き」の絵を見せてもらった。絵は福音書に書かれているイエス・キリストの受難の過程を描いた14数枚の絵だった。神父は修復前の絵の写真を持って来て、比較しながら辻昭彦に説明した。それを見てなるほどと辻昭彦は思った。修復前と修復後では絵の印象がまるで違っている。製作された当時のままの生き生きとした絵に生まれ変わっているのである。
 2週間が過ぎても行方不明になっている画家は依然どこへ行ったのかわからないままであった。12月半ばになると、強い寒気が入り、名古屋でもはじめて雪が降った。名古屋の町はすっかり雪景色になった。商店街はどこもクリスマスムードでネオンがあちこちで輝いていた。
 ある日曜日の午後だった。辻昭彦の公務員宿舎の自分の部屋に小包が送られてきた。投稿先は丹後半島経が岬の西部にある網野郵便局からで差出人は山川修と書いてあった。
 小包の中には手紙と何枚かの冬の岬を描いたパステル画と鉛筆デッサンが入っていた。すぐに手紙を読んでみた。こんな内容だった。

―以前、私の家をお訪ねになり、また私の絵の感想をどうもありがとうございました。あなたも新聞やテレビでご存じだと思いますが、私は数年前から青木繫の贋作を制作していた人物です。訳があって妻のアドバイスを受けながら多くの青木繫の贋作を作りました。妻はクリスチャンでもあり、この仕事に強く反対しましたが、病状が悪くなってからは、医療費を稼ぐためには仕方なく協力するようになりました。今思えば妻には本当に迷惑をかけたと思います。私がこの事件にかかわることになったのは才能のない私の絵ではとても生活費も医療費も稼ぐことが出来なかったからです。色彩の乏しい私の絵は魅力がなくほとんど売れませんでした。結婚してからは妻に助けてもらったせいか色彩も出てきて少しは売れるようになりました。あるとき、私と同じような境遇にある画家から贋作の話を聞かされました。その仕事から得られる収入は、現在の収入よりも高額だったからです。その仕事を引き受ければ今の逆境を乗り越えることが出来ると思いました。腕の良い絵画の修復技師である妻をずいぶん説得して、妻に青木繫の絵のスタイルをマスターさせて、私にアドバイスしてくれように頼みました。私は妻のアドバイスに従って本物とまったく違わない贋作を制作することが出来るようになりました。贋作が完成すると依頼者が府外から車で自宅へ取りに来ました。しかし、この仕事がいつかは発覚して捕まることはわかっていました。妻はいつも神の罰を恐れていましたが、それは現実になりました。妻は先月、転院前に息を引きとりました。血友病で亡くなったのです。もう私は贋作を作る仕事をしなくてもいいことになりました。しかしもう遅いのです。近いうちに逮捕されるでしょう。でも私は本来の自分の仕事が好きです。こんな仕事にかかわらずにいたら、貧しいながらも妻と共作した絵を売って幸せに暮らしていけたと思います。先だっては私の絵の購入をありがとうございました。先日描いた絵を送ります。私が好きな経が岬の風景です。これらの絵を描くのが最後になりますー。
 
 手紙にはそんな言葉が綴られていた。
 辻昭彦は、その手紙を読んでこれまでの疑問がすべてわかったのである。神崎の青い屋根の家の応接間の書棚に入っていた青木繫の画集や美術の研究書は画家の妻が贋作の参考に使っていたのである。妻が入院してからも度々画家は病院にやってきて贋作のアドバイスを受けていたのに違いない。そう考えていたとき、ふと不安がよぎった。 
「この画家は死ぬつもりだ」
 翌朝、辻昭彦は、職場に休みの連絡を入れると急いで名古屋から舞鶴へ帰ってきた。すぐに京都丹後鉄道の電車に乗って網野へ向かった。舞鶴から網野までは1時間半かかる。電車の中で辻はいろんなことを考えた。
「あの画家は、どこの宿に泊まっているのだろう。探さなくては」
 電車の窓の外は時々雷が鳴り、あられが降っていた。天気予報では夕方前から強い寒気が入り、夜は雪だと言っていた。
 網野駅に着くと、いくつかの宿へ行き、画家のことを尋ねた。しかしどこの宿にも泊まっていなかった。
 辻昭彦は、手紙を持って網野警察署へ行った。巡査部長に事情を話して近くの海岸を捜索してもらうことにした。警官6名で捜索したが、画家の行方は分からなかった。
 海岸は寒々としていた。カモメが海の上を寒そうに飛んでいた。次第に風も強まり出した。
 夜になってから雪が降り出してきた。捜索は雪のために一時中止になった。明日、宮津警察署からも応援が来ると警官はいった。辻昭彦は仕方なく舞鶴へ引き返すことにした。母親に電話をして今夜は自宅に泊ることを伝えた。
 夜遅く自宅に帰ると母親は夕食を作って待っていた。遅い食事を済ませてその夜は実家に泊った。
 翌日、テレビと新聞で、経が岬西部の岸壁で飛び降り自殺のニュースが流れた。山川修(44歳)職業画家と書かれていた。遺体は一晩中海岸近くの海の上を漂っていたのだ。
 警察の調べで、画家は経が岬の東側の伊根町の旅館に宿泊していたことがあとで分かった。
 画家は数日間、経が岬付近を歩き回って海の絵を描いていたのである。自殺する日の夕方、網野の郵便局から絵を小包に入れて辻昭彦に宛てて郵送したのである。(完)


2023年10月25日水曜日

(連載推理小説)画廊贋作事件

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 宮津駅に着くと、港の方へ歩いて行った。港から天橋立の松林がよく見えた。港の東側を約1キロほど北に向かって歩いて行くと、天橋立が真横から見える。今日は遊覧船が出ていた。海は穏やかで宮津湾が美しかった。
 画家が描いた絵は夏の松林の風景だった。青木繁の「海の幸」と同じ横から描いた構図だった。漁師たちの力強い行進を思わせる「海の幸」の雰囲気ではなく。風に揺れる松林を力強く描いた細長い構図の絵だった。松の間に見える空には金色の絵の具が所々に塗り込まれており、「海の幸」を強く意識した絵であることが分かる。
 辻昭彦はしばらく天橋立の松林を眺めていたが、やがて引き返すことにした。南の方へ歩いて行くと宮津駅に向かった。
 駅前にお土産店があったのでその店に入った。母親に何か買って帰ろうかと思ったが、あいにくたいしたものは売られていなかった。買いたい物もなく、店の前に置かれたジュースの自動販売機で缶コーヒーを買った。傍のベンチに腰を下ろして飲んでいた時である。駅の改札口から乗客が出てきた。
「おやっ」
 辻昭彦は目を鋭くそちらに向けた。出てきた乗客の中に画家の姿が見えたからだ。灰色のジャンバーを着た長身の細い身体の男だった。
「何の用事で宮津にきたのかな」
 辻昭彦は、飲み終わった缶をゴミ箱に放り込むと、画家のあとをつけてみることにした。
 画家は駅を出ると、北側の歩道を歩いて行った。300メートルほど行くと宮津T病院が見えてきた。画家は病院の入り口へ歩いて行った。
 病院の中へ入ると、受付けに行き要件をいった。職員から待つように言われて席に座った。辻昭彦も気づかれないように一番うしろの席に座った。来客がずいぶん多かった。10分くらいしてから画家は受付に呼ばれた。職員は声が大きく、話の内容が遠くからでもわかった。
「奥さんは、予定通り、今月30日に群馬県のみなかみ町の病院へ転院されます。あなたも住所が変わられるのですね」
 画家は、そうだと返事をした。今日は16日である。あと2週間である。職員は転院先の病院の資料などを画家に手渡していた。10分ほど職員と話してから画家は宮津T病院を出た。
 それから西へ500メートルほど歩いて行くと、左道に入って、「Mカトリック教会」と表札が出ている前で立ち止まった。そして教会の中へ入って行った。
 辻昭彦は道路の向かいの電信柱の後ろに身を隠して見ていた。教会の中から神父が出てきて画家と話をしていた。10分ほど話し込んでいたが、終わると駅の方へ歩いて行った。画家はキップを買って西舞鶴行きの電車に乗った。辻昭彦もその電車に乗り、気づかれないように離れた座席に座った。画家は神崎駅で降りた。辻昭彦はそのまま西舞鶴駅へ帰った。
 その日の尾行によっていろいろなことが分かった。画家の妻が病気で宮津T病院に入院していること、そして今月の末に群馬県の病院へ転院すること、画家がクリスチャンであること。この日は多くのことが分かったのだ。
 翌日、辻昭彦は、名古屋へ帰った。職場へ行くと仕事のメールがたくさん来ていた。今月から河川事務所の維持管理業務である、各河川の危険箇所の調査と報告がある。また台風や大雨のときの防災対策の会議が数日おきに予定されている。3週間ほど仕事に追われてほかのことを考える余裕はなかった。
 仕事がようやく落ち着いたある金曜日、辻昭彦は仕事を終えて千種区の宿舎に向かっていた。12月に入り、さらに気温が下がってずいぶん寒かった。途中、千種区の以前絵を買った画廊へ立ち寄った。
 店内に入ると、客がひとりいて店主と最近話題になっている贋作事件のことを話していた。辻昭彦はそばで立ち聞きしていたが、やがて客は店から出て行った。店主が辻に気づいてそばにやってくると、
「どうも、以前は当店の絵をお買い上げいただきありがとうございました。じつはー」
 店主は礼を言った後、こんなことを辻昭彦に告げた。
「あなたが以前お買いになった絵の作者のことですが、なんでもいま話題になっている贋作事件の関係者のひとりだそうです。その画家は現在、行方不明です」
 3週間の間にこんなことが起きていたのかと辻昭彦は驚いた。やっぱりそうだったのか。
「神崎の自宅には1週間前に電話しましたが、住所が変わったのか繋がりません」
 店主から話を聞くと辻昭彦は店を出た。そして急いで自分の宿舎に帰った。
 翌朝、朝刊を読んでみると、贋作事件の記事が出ていた、それには次のように書かれていた。
 今年に入ってから全国規模で発生している有名画家の贋作製造事件の容疑者追及に意欲を燃やしていた警視庁は、先月20日に容疑者9名の名前を公表し全国指名手配した。25日には主犯格の男(A)とほか4名を逮捕、29日には3名を逮捕、残り1名となる。行方不明の容疑者(Y)は京都府舞鶴市神崎在住。山川修。(44歳)現在逃走中。
 辻昭彦は朝食を食べながらこの記事を読んでいた。食事が終わって自室へ入った。部屋の壁には、神崎の画家の絵が2枚飾ってあった。それらの絵をじっと観ながら、あの画家はどこへ姿を隠したのかといろいろ想像を巡らせた。
 しかし神崎の家を訪ねたあの画家が贋作事件の犯人とはどうしても思えなかった。絵の技術や画風は似ているが、あの画家は青木繁の絵のことは何も知らないからだ。
「きっと贋作の協力者がいる」
そう考えないと疑問が解決できないのだ。
 そのとき辻昭彦はふと思い当たった。
「そうだ、度々やってくるあの車だ」
 辻昭彦は、青木繫の生涯や絵の特徴をよく知っている協力者があの家にやって来て、贋作のアドバイスをしていたのだと考えた。協力者は贋作制作のときに常に画家に重要なアドバイスを与えていたのである。
 それによっていかにも青木繫が創作しそうなテーマの絵を描かせるわけである。アドバイスを受けないで勝手な絵を描けば、青木繫の専門家や研究者が見ればすぐに変だと気づかれてしまうからだ。
「警察は画家の家に、度々やってくるダークブルーの車に乗った人物のことを徹底的に調べているに違いない」
 辻昭彦はそう考えたが、ふと疑問にぶち当たった。それは行方不明の山川修以外の関係者はすべて逮捕されているのである。アドバイスをしていた人間もその中に含まれており、既に取り調べを受けている。行方不明の画家の居所もしばらくすれば分かるだろう。でも画家はどこに隠れているのだろう。辻昭彦は再び舞鶴へ帰って調べることにした。
                                  (つづく)


2023年9月6日水曜日

(連載推理小説)画廊贋作事件

 
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 舞鶴へ帰省する前日だった。公務員宿舎に宅急便が届いた。東京の画廊で買った絵が届いたのだ。額に入った細長い大型の絵である。
 さっそく包装を外して、箱から絵を取り出した。長さ1メートル、幅50センチの「天橋立の砂浜」の油絵だった。
「やっぱりすばらしい絵だ。買ってよかった」
 すぐに以前購入した「神崎の海岸」のとなりに飾ってみた。同じ画家の描いた絵なので画風がよく似ている。初期の作品である「天橋立の砂浜」は、色使いは平凡で暗いが、それは若い頃の特徴だと思われる。全体の筆のタッチは同じである。少し気になったことは、サインだった。「神崎の海岸」は苗字だけだが、「天の橋立の砂浜」には苗字の前に名前のOの文字が入っている。でも、それは多くの画家の絵にもあることで、時代によってサインの入れ方が違う。
 それよりもやはり絵が重要なのだ。二つの絵は同じ画家の制作したものと断定できる。
 翌日、休みを取って車で舞鶴へ帰省した。母親はいつもどおりのんびり暮らしていた。寒くなってこれからブリが出回るといっていた。そういえばもう11月半ばだ。ファンヒーターを着けて夕飯を食べた。  明日は車で神崎へ行く。夜は寒冷前線が通過して、寒気が入り一段と寒くなった。夜は暖かくして寝た。
 翌朝、冷たい雨だったので車で神崎へ行った。舞鶴の自宅から30分で行ける距離である。神崎海岸の駐車場には乗用車が1台止まっていたが人はいなかった。 
 辻昭彦は、青い屋根の家に行ってみた。車を家の近くに止めて、敷地の中へ入って行った。ガレージに車があった。画家は在宅だ。玄関へ行ってブザーを押した。しばらくして廊下を歩いて来る音がした。
 玄関のドアが少し開いた。40代半ばの痩せた男が顔を出した。この家の画家だった。
「何かごようですか」
 怪しい目つきで辻にいった。
 辻昭彦は、画家の顔を見ながら訪ねてきた理由を話した。
「じつは、あなたの絵を2点購入しました。「神崎の海岸」と「天橋立の砂浜」という絵です。印象的な絵なので少し絵について聞きたくてやってきました」
 画家はその話を聞くと、少し顔つきが和らいだ。
「そうでしたか。名古屋と東京の画廊から電話がありましたが、私の絵を買ってくれたのはあなただったのですね」
 画家は答えた。
 辻昭彦も男の愛想のよい対応にほっとした。心の中で思っていたことを話してみることにした。
「ぶしつけなお願いですが、さしさわりがなければほかの絵を見せてもらえませんか」
 画家はそれをきくと、にわかに顔つきが変わった。
「いまは外へ出て絵を描くことはめったにないから、あなたが気に入るような絵はないです。昔描いた静物画と風景画が何点かあるだけです」
「いや、それでも結構です。静物画も好きなんです」
 画家は戸惑っていたが、
「じゃあ、少しの間だけですよ。もうすぐ客が来ますので」
 辻昭彦は家の中へ入れてもらった。玄関に入ると10号くらいの静物画が壁に飾ってあった。リンゴ、ナシ、ブドウ、花瓶を並べた厚塗りの作品だった。家の中を見ると、中央に廊下があり、左右に部屋があった。
「こちらへどうぞ」
 画家に案内されて左の部屋に入った。応接間がありソファーに座った。正面の壁には、30号の大きさの「由良の砂浜」の油絵が飾ってあった。色合いも筆使いも「神崎の海岸」の絵と変わらない見事な作品である。
 ソファーの横の書棚には画集と美術の研究書が入っていた。その背表紙をみて辻は驚いた。青木繁に関する本ばかりだった。辻昭彦は、ソファーに座って話し出した。
「私は西舞鶴出身なんですが、仕事の関係で現在、名古屋に住んでいます。関東のご出身だそうですね」
「栃木県です。東京の画塾で絵を習ってその頃は関東の山もずいぶん描きました」
「海外へは行かれたのですか」
「いいえ、国内だけです」
「奥さんがおられるそうですね」
「ええ、でも今は一人で暮らしています」
 辻昭彦は話題を青木繁のことに切り替えた。
「あなたの絵は、青木繁の絵を思わせる画風ですね」
 すると画家は、
「画塾の先生から正統派のデッサンを習いました。その先生は黒田清輝や浅井忠、など近代絵画の絵を研究されていました。青木繁も当時、東京美術学校で黒田清輝の指導を受けたと画塾の先生から聞いたことがあります。そんな理由かもしれません」
「私は日本の近代絵画が好きなんですが、特に青木繫の作品に目がありません。あなたは青木繫のどんな絵が好みですか」
 画家はちょっと困ったような様子で、
「いや、いい絵が多すぎてすぐには答えられません。やはり「海の幸」なんかいいですね」
「日本神話を題材にしたものは、」
「ああ、そんな絵も描いていましたね」
「インドの神話を題材にしたものもありましたね」
「そうでしたね・・・」
 辻昭彦は変な気がした。この画家は青木繫の絵を知っているのだろうか。
「私は日本の近代絵画よりも近代以前の西洋の古典絵画の方が好きですね。クールベだとかアングルなんかです」
 画家は平静な顔つきになってそういった。
「そうですか。古典絵画もすばらしいですね」
 40代の画家にしてはずいぶん古臭い趣味だなと辻は思ったが、初期の「天橋立の砂浜」はダイナミックな絵ではあるが、色彩は古典絵画を思わせる暗い画風である。
 辻昭彦は話題を変えた。
「アトリエはどちらですか」
「2階です」
 見せてくれといったが、画家は「それはちょっと」と断られた。
 画家は自分の絵を買った感想を聞きたがった。辻昭彦は、画風は古典的ではあるが、筆のタッチは鋭く、所々に個性を感じさせる絵だといった。まったく素人の感想である。
 画家はそんな感想をだまって聞いていたが、
嫌な顔もしなかった。
「最近はどんな絵を制作されているんですか。よい絵だったら買いたいと思っています」
 画家は、笑いながら、
「近頃はあまり描いていません。でもこれまで海の絵ばかり描いていたので、今度は山の絵を描きたいと思っています。近いうちに長野県か群馬県へ住所を変えるつもりです」
「へえ、それは遠いところですね。いつ頃ですか」
「年内に予定しています」
「それは早急ですね。何か事情でもあるのですか」
「いえ、事情というほどでもありませんが、早い方がいいと思っています。長野県や群馬県には知り合いも多いので」
 画家はそれ以上詳しくは話さなかった。
「じゃあ、また絵が出来たら、是非拝見したいです」
 辻昭彦は、ポケットに手を入れると名古屋の住所が印刷されている名刺を取り出して画家に渡した。
「絵が市場に出たときは教えて下さい」
「わかりました」
 画家と15分くらい話をしたが、画家も客を待っているようすなので、話を打ち切ることにした。
「もうすぐ客が来るので、これくらいでよろしいでしょうか」
「大変失礼しました。今日はありがとうございました」
 辻昭彦は、この家から出ていくことにした。
 玄関に行き、靴を履こうとしたとき、廊下の奥にある鏡に映った絵が見えた。観てすぐに分かった。青木繁の「海の幸」だった。
「あれはよく出来た複製画ですね」
 画家も複製画を見ながら、
「昔、家内が東京の画廊で安く売っていたものを買ったのです」
「青木繁は土佐の生まれだから、繊細さの中に力強さがありますね」
「そうです。だから人気があるんです」
 画家にあいさつして辻は家から出た。相変わらず雨が降っていた。門のところで2階を見上げた。そして分かったのだ。
「あの画家は青木繫の絵のことも、出身地も知らない」
 路上駐車していた自分の車に乗って帰ることにした。海岸の駐車場にはさっきの乗用車が止まっていた。人は乗っていなかった。
 神崎駅の方へ車で向かって行く途中、駅から傘をさして歩いてくる帽子を被った背広の男を見かけた。そのすぐ後ろからはダークブルーの車が走ってきた。車はすぐに右のわき道に入り、青い屋根の家の方へ走って行った。
「気になる車だな」
 思いながら車を運転して西舞鶴駅まで帰って来た。駅の駐車場に車を止めて、マナイ商店街をぶらぶら歩いた。昔のような賑わいはない。店はたくさん閉まっていた。郵便局で金を降ろしてどこか喫茶店でもはいろうかと思った。
 商店街の中にこじんまりした喫茶店があったので、そこに入ってホットコーヒーを飲んだ。来月は12月だ。日本海側ではまた雪だろう。名古屋や関東では雪はほとんど降らないが、冷たい風が吹きつける。これからが冬本番だ。
 喫茶店を出ると雨は上がっていた。久しぶりに田辺城の方へ歩いて行った。城内に入ってベンチに腰かけた。座っていた時、ふと思い出したのだ。
「そうだ、婆さんが言っていた車は、さっき神崎駅へ向かう途中に見かけたダークブルーの車だ。乗っていたのはひとりだけだった。でも、あの家に何の用事でやって来るのであろうか。いったい誰だろう」
 辻昭彦は、その人物をなんとか特定しようと考えた。
 家に帰って来ると夕飯が出来ていた、今夜はブリ鍋だった。お腹が空いていたので美味しく食べた。
 休みはあと一日だった。名古屋に帰る前にもう一度神崎と宮津へ行くことにした。宮津に行く目的は「天橋立の砂浜」が描かれた場所を見るためだった。
 翌日、昼過ぎに電車で最初に神崎へ行った。天気は曇りだった。画家の家には車がなかった。今日は留守だと分かった。仕方がないので少し遊歩道を散歩した。
 西の方へぶらぶら歩いていた時、向こうから昨日神崎駅で見かけた帽子を被った背広の男ともうひとりの背広の男が歩いて来た。そばまできたとき呼び止められたのでびっくりした。
「失礼ですが、少し伺いたいことがあります」
 辻昭彦は、知らない男に言われて驚いた。
 帽子を被った男が背広のポケットから何か取り出した。警察手帳だった。
「何の用ですか」
 二人は刑事だった。
「実は、あの青い屋根の家を連日張り込んでいるのですが、昨日、あなたが家に入っていかれたところをこの刑事が見ました、私は本署へ用があって昼頃こちらへもどって来ました」
 辻は昨日、神崎駅でこの刑事に会ったのだ。
「ええ、あの家にはたしかに行きました。あの家の画家さんの絵を買ったもので、話を伺いたくていったのです」
 辻昭彦は、この刑事たちがいまニュースで話題になっている贋作事件の捜査をしているのだと直感したので反対に尋ねてみた。
 刑事は辻の質問に驚いたが、それなら聞きやすいと思ったのか、引き続き丁寧な話し方で答えた。
「おっしゃる通りです。ぜひご協力をお願いします。昨日、画家とどんな話をされました」
「ええ、買った絵の感想をしたり、最近はどんな絵を描いているのか尋ねたり、そんなことです」
「ときどきやってくる車のことなどは」
「知りません。ただ客だと言っていました」
 刑事の質問は鋭かった。
「じつはその客と画家がどんな関係にあるのか調べているのです」
 辻昭彦もそのことについては同じように感じていた。
 刑事はさらに尋ねた。
「引っ越しをする話などは」
「年内に、長野県か群馬県に行くとか言ってました」
「早急ですね。理由は聞かれましたか」
「いいえ、なんでも向こうには知り合いがいるとか言ってました」
「ほかに気づかれたことは」
「いえ、ありません」
「家の中にたくさん絵がありましたか。アトリエの中を見ましたか」
「いいえ、数点だけ自作の絵がありました。アトリエは見せてくれませんでした」
 刑事はほかにもいくつか質問をしたが、失礼を詫びると頭を下げて、車が置いてある駐車場の方へ歩いて行った。
 遊歩道には辻昭彦だけが立っていた。
 海は静かだった。ときどき海からの冷たい風が吹きつけていた。
 辻昭彦は神崎駅へ戻るとそのまま宮津に行った。
                                  (つづく)