2018年2月21日水曜日

木の上で暮らす人

 木の上に家を作ってのんびり暮らしている人がいました。ターザンのようにロープにぶら下がって、山のあちこちへ散歩に出かけました。
 ある日、 ロープが切れて地面に落ちたとき、頭を強く打ったのが原因で、自分がアフリカのジャングルに暮らしているという妄想を持つようになりました。
「さあ、今日はワニを捕えて、ステ-キにして食べよう」
 さっそく朝早くから出かけて行きました。
 川へ行くと、魚ばかり泳いでいてワニなんかいません。岩のところにトカゲが一匹はっていましたが、ワニにしては小さすぎます。
「困ったな。ステーキが食べられない」
 思っていると、林の中からイノシシが出てきました。 
「わあ、トラだ。逃げないと」
 イノシシに追いかけられて、やっとのおもいで木の上へ逃げました。別の川へ行ってみました。
川のそばでテントを張ってキャンプをしている人たちがいました。
 釣った魚を網で焼いていました。
「密猟者だな。近頃、ゾウの姿をまったく見かけなくなった」
ロープによじ登って、木の上からテントめがけて飛びかかりました。
「なんだ、あいつはー!」
キャンプにやってきた人たちは、みんなびっくりしてその場から逃げだしました。
 テントを押し倒して、荷物を全部川へ投げ捨てました。
 密猟者を退治すると家に帰って行きました。これから夕食の準備です。
食材は、春はワラビ、ゼンマイ、イタドリ、フキノトウ、秋は、ヤマブドウ、栗、アケビ、キノコ、山芋などでしたが、バナナもマンゴーもパイナップルもパパイヤもないことに気づきました。
「明日は果物を探しに行こう」
 翌朝、近くの農家へ行きました。でも、畑には白菜やダイコン、ホウレンソウ、ネギ、ニンジンばかりで、バナナもパイナップもマンゴーもパパイヤもありません。
「困ったな。どこかにないかなあ」
 ある日、遠出をして町へ行きました。大きなスーパーマーケットがありました。
食料品売り場へ行くと、いろんな果物が山のように売られていました。
「おいしそうだな。食べたいな」
思っていると、警備員がこちらへ向かって走ってきました。髭ぼうぼうで髪の毛がボサボサだったので、不審人物と間違えられて職務質問されると思いました。
でも違いました。食料品を万引きした男を追いかけていたのです。
「よーし、一緒に捕えよう」
いつも山の中を走り回っているので、万引き犯など捕まえるのは朝飯まえです。スーパーを出て500メートル先で男を捕まえました。
警備員と食料品店の店長から感謝されて、バスケットに山盛り入れた果物を貰いました。山へ帰ってからすぐに食べました。
 それからはたびたび町に行って、警備員のような仕事もするようになりました。
 ある日、動物園のそばを通りかかりました。塀の向こうから動物たちのなき声が聞こえてきました。
 動物園の中へ入ると、檻の中に動物たちが入れられていました。
「そうか。ジャングルの動物を見かけなくなったのは、こんなところに閉じ込められていたからなんだ」
 夜になってから動物園に忍び込んで檻の扉を開けることにしました。最初にゾウの檻へ行って扉を開けました。でも、ゾウはずいぶん年取っているので逃げようとしません。こんな年寄りではジャングルに帰ってからすぐに死んでしまいます。
 しかたがないので、ヒョウのいる檻へ行きました。扉を開けようとしたとき、飼育係に見つかってしまいました。
「こらあ、そこで何している」
 飼育係と取っ組み合いになって、しばらく檻の前で争っていましたが、ほかの飼育係もやってきたので、急いで塀によじ登って、事務所の屋根伝いを歩いていたとき、足が滑って地面に落ちてしまいました。頭を強く打って、気がついたら元通りの頭に戻っていました。飼育係に見逃してもらって山へ帰って行きました。それからは普通の暮らしをしているそうです。







(未発表童話です)




2018年2月9日金曜日

迷子になった雪女

 山で狩りをしていた雪女は、雪が激しくなってきたので家に帰ることにしました。
いつも山へ行くときは、ラジオで天気予報を聞いてから出かけましたが、電池が切れてその日は聞けなかったのです。
「今日の獲物は山鳥2羽だけど、仕方がないわ」
 帰り道で、ひどい吹雪になり、1メートル先も見えなくなりました。
「どうしよう、日が沈んでしまうわ」
 そのとき、雪道を走ってくる一台の車に気づきました。
「よかった、あの車に乗せてもらおう」
 車は、吹雪の中をゆっくり走ってきました。
 突然、視界に白い和服姿の中年のおばさんが見えたので急ブレーキを踏みました。タイヤが滑り、もう少しで横の田んぼに落ちるところした。
「危ねーじゃねえか。バカヤロー」
 それはタクシーで、お客をこの村まで送ってきた帰りでした。
運転手は、こんな真冬にコートも着ないで、夏の浴衣で歩いているおばさんにびっくりしました。
「お願いします。乗せてください」
雪女はずかずかと車の中に入ってきました。
「乗せてやってもいいけど、お金持ってるのかい」
「お金はないけど、山鳥を差し上げます」
雪女は、かちかちに凍った山鳥を見せました。
「それ、どうやって料理するんだい」
「羽を全部むしってから、内臓を取り出して蒸し焼きにすればいいんです」
「ニワトリみたいにやればいいんだな」
「だいたいそうです」
「鍋にもあうかな」
「もちろん、鍋に入れても美味しいですよ」
そんなわけでタクシーに乗せてもらいました。
「で、どこまで送るんだい」
「北の方角へ5キロほど行った山の洞窟です」
「そんな所に道路が走ってるのかい」
「細い道が通っています」
「雪で行けないよ」
「途中まででいいんです」
「じゃあ行ってみるか」
 タクシーは吹雪の中を走って行きました。
運転しながらうしろからひんやりと冷気が流れてくるので暖房を「強」にしました。
視界が悪く、雪も強まってきました。
「そろそろ山道だ。だいぶ積雪があるな」
「あと少しのところで結構です」
「じゃあ、500メートル行ったところで降ろすよ」
「ええ」
 ところが雪がさっきよりもひどくなり車はとうとう動けなくなりました。
「ダメだ。チェーン巻かないと」
「手伝いますよ」
「そうかい、じゃあ、後輪の2本巻いてくれないか」
 雪女は外に出ると作業を手伝いました。
「これで大丈夫だ。さあ、行こうか」
 吹雪の中をタクシーは登っていきました。
「ここで結構です。洞窟は近くですから」
「そうかい、じゃあ、気をつけて」
 雪女は雪の中に消えて行きました。タクシーは山を降りて行きました。
ところが途中で、さっきの雪女にばったり出会ったのです。
「どうしたんだね」
「場所を間違えました」
「え、ここじゃないのか」
 雪で視界が悪くて場所を間違えたそうです。
仕方なく、タクシーは雪女を乗せてまた山を登って行きました。でも吹雪のためなかなか見つからず、一晩中、山の中をさまよいました。
 そんなことで、洞窟を見つけたのは明け方近くでした。
すっかり疲れてしまったタクシーの運転手は、洞窟の中で雪女にお茶を入れてもらい、しばらく仮眠をとりました。
 






(未発表童話です)




2018年1月31日水曜日

タダで旅行するクモ

 ずいぶん田舎のバス停留所の屋根に、一匹のクモが引っ越してきました。
「いやあ、ここなら雨に濡れる心配はない」
 それまで杉の木の枝に巣を作って暮らしていましたが、先日の大雨と強風で巣は壊れてしまったのです。
「ここは実にいい住み家だ。夜になると電灯の光に虫が集まってくるし、食べ物にも困らない」
 この停留所には日に5回バスがやってきます。
 ある日、誰が忘れていったのか、手帳くらいの大きさの旅行ガイドブックが椅子の上に置いてありました。
 クモは屋根から降りて来てくるとページを開いてみました。
「きれいな写真がたくさん載ってるな。ここは知床半島だ。北海道の風景だ。一度は行ってみたいな」
 考えているうちに本当に行きたくなってきました。
 それで旅支度をして、明日のバスでさっそく出かけることにしたのです。
 朝になり、バスがやってくると、客席の窓ガラスにしがみつきました。バスは田舎道を走って次々に停留所に停まりました。広い田畑を走ってやがて町が見えてきました。車の数が多くなり、町の停留所にも停まりました。
「次は駅だ。降りる準備をしよう」
 バスは駅の停留所に停まってたくさん人を降ろしました。クモもお客さんのバックに飛び乗ってついて行きました。
 キップ売り場で、その人は青森行きのキップを買いました。
「よかった。同じ電車に乗るんだ」
 そのままついて行きました。
 電車がやってくると、電車の屋根に飛び乗りました。
「さあ、長旅だ。のんびり過ごそう」
 昼になってから、リュックサックの中からお弁当を取り出して食べました。きのう巣にかかった蚊でした。
 電車は快適に走って行きました。
 ある田舎の駅に停まりました。待合室の窓ガラスにクモが巣を作っていました。電車の屋根にいるクモを見つけて声をかけてきました。
「おおい、どこまで行くんだ」
「北海道だ」
「いまの季節は最高だな。たっぷり楽しんで来いよ」
「ありがとう」
 そのうち電車は走り出しました。
 広い田畑が広がったレールの上を電車は走って行きました。やがていくつものトンネルを抜けました。真っ暗なトンネルの中は涼しくて気持ちがいいのです。
山の中の小さな駅に停まると、たくさん温泉が見えました。
「今度来たときは、温泉でもつかろうかな」
 長い時間電車に揺られているうちに眠くなってきました。まだ道のりは遠いのです。しばらく昼寝をしました。電車はあいかわらず元気に走って行きます。
 やがて青森駅についてから駐車場に止まっていた自動車の屋根に飛び乗ってフェリー乗り場へ行きました。
「函館まで今度はフェリーだ。海の景色もすばらしいだろう」
 そのまま自動車に乗って乗船しました。しばらくしてフェリーは出港しました。すこし波があり、船酔いも経験しました。
 数時間後、函館港についてから、駐車場にバイクでツーリングしている人たちがいました。ハーレーに乗って旅行をしていました。これから知床半島へ行く話をしています。
「じゃあ、あのバイクにしがみついて行こう」
 バイクの後ろ座席にちょこんと飛び乗りました。
 しばらくして、ブウウウウウウーンと凄い音がしてバイクが走り出しました。町を抜けて広大な平野を走って行きました。道はまっすぐで気持ちがいいのです。風が強いので振り落とされないようにしっかりしがみついていました。
 その夜は山へ行って渓流のそばでキャンプをしました。テントを張って食事の準備です。日が沈むと、ランプを灯してみんなバーベキューをしました。
 クモも葉っぱの上に巣を作って、晩御飯の用意をしました。林の中から蚊や蛾がランプの灯にたくさん集まって来ます。それを生け捕りにして食べました。
「明日はいよいよ目的地だ。はやく寝よう」
みんな早めに寝ました。
  深夜、林の中で黒い物が動いたので、そばへ行ってみるとヒグマが一頭餌をさがしていました。ツキノワグマより大きいのでびっくりしました。
 ツキノワグマやイノシシ、シカ、キツネ、タヌキ、テンなどは山で何度も見かけますが、ヒグマを見るのははじめてです。焚火のそばに残飯が残っているので匂いでやってくるかもしれません。幸いヒグマはどこかへ行ってしまいました。そんなことなど知らないバイクのみんなはぐっすり眠っていました。
 朝になって、さっそく出発です。昼頃になると平野の向こうに海が見えてきました。
 知床半島が見えます。天気がいいので羅臼岳も見えました。
「やあ、最高の眺めだ」
その日はバイクで、オシンコシンの滝、フレペの滝、プユニ岬、知床五湖などを見てまわりました。知床岬まで行くと、駐車場に観光バスが停車していました。
「そうだ。帰りは観光バスで帰ろう」
 バスの屋根に飛び乗ると、すぐにバスが走り出しました。知床半島を後にして、バスは北海道の国道を走って行ました。国道の休憩所で休んでいると、木の上に巣を作っていたクモが話しかけてきました。
「どこまで行くんだい」
「ふるさとへ帰るところさ」
「いま晴れてるけど、午後は雨だっていってたよ」
「そりゃ、困った。傘持って来たらよかった」
 クモがいったように、休憩所を出てから空があやしくなってきました。雨が降り出しそうです。
 運転席側の窓ガラスのワイパーの後ろでじっとしていると、ポツン、ポツンと雨が降ってきました。ワイパーが突然動き出して、もうすこしで飛ばされそうになりました。ワイパーに必死でしがみついていたので、目は回るし、身体はべしゃべしゃになるし困ったものでした。
 そんなことで、次の休憩所で乗客がトイレにいっている間に室内へ忍び込みました。ここなら雨に濡れる心配はありません。
 バスが出発すると、バスガイドさんがマイクを片手に歌をうたいはじめました。みんなもあとから「襟裳岬」、「函館の女」、「石狩挽歌」、「津軽海峡冬景色」、「おふくろさん」、「東京だよ、おっかさん」などの懐かしい流行歌を歌ったので、クモも一緒に歌ったりしました。バスの中は涼しくて実に快適でした。
 二時間もすると雨はあがりました。室内で身体を乾かしてまた元気になりました。
 函館港につくと、フェリーに乗って青森の港に着きました。港から自動車に飛び乗って駅まで行き、電車で帰ってきました。電車の屋根の上でぼんやり空を見上げていたとき、沖縄行きの旅客機が飛んで行きました。
「そうだ、今度は旅客機の翼にしがみついて沖縄へ行ってみようかな」
 ふるさとの駅に無事に着いてから、駅に停まっていたバスに飛び乗って無事に田舎のバス停留所へ帰ってきました。ずいぶんの長旅でしたが、とても楽しい旅だったので、全部日記にメモしておきました。
 あとで、このメモをもとに北海道旅行記を書くつもりです。この山に住む昆虫、動物仲間が発行している今年の「動物、昆虫同人誌」に投稿しようかなとも思っています。










(未発表童話です)




2018年1月22日月曜日

雪の家

 10年間、アルバイトで必死に貯めたお金をすっかり使い果たして、一文無しになった男の人が、雪国をさまよっていました。
「ああ、明日から大雪だ。どこか泊めてくれる家はないかな」
 あちこち家をまわりましたが、どこも泊めてくれません。仕方がないのでその夜は木の下で寝ました。
 朝、あまり寒いので飛び起きると、雪が1.5メートルも積もっていました。
「こんな大雪ははじめてだ。どこにも行けない」
 一日何もしないでじっとしていると思いつきました。
「そうだ雪の家を作ろう」
 雪を固めで穴を掘り、六畳くらいの広さの雪の家が出来ました。木の枝を折って焚き木にしました。
「これでどうにか住めるな。暖もとれる」
 一週間ほど雪の家で暮らしてから、仕事を探しに出かけました。でもどこも雇ってくれません。
「ああ、お腹は減るしどうしたものだろう」
 ある夜、眠っているとどこからか声が聞こえてきました。
「仕事が欲しいのですね。じゃあ、明日の朝、ご紹介しましょう」
「本当ですか」
 声はすぐに消えてしまいました。
 朝になって、凄い音で目が覚めました。
「なんだー、除雪車の音だ!」
 雪の家を出てみると、夜の間にまた大雪が降ってたくさんの除雪車が雪をかいていました。
一台の除雪車がやってきて、
「あんた、大型特殊免許持ってるか」
「えっ、どうして」
「人手が足りないんだ」
「ああ、そうだ。20歳のとき免許を取ったんだ。持ってます」
「じゃあ、あの除雪車に乗ってくれ。終わったら給料払うよ」
 そんな訳で仕事が見つかりました。
除雪作業は5日ほどかかり、その分の給料をちゃんともらいました。
幸運にもその冬は大雪続きで、そのたびに除雪のアルバイトをしました。
 やがて春がやってきました。
暖かくなっていい季節ですが、雪の家は溶けてしまいました。
「ああ、また家を探さないといけない」
木の下で野宿する生活が続きました。
 ある日町へ行くと、ネットカフェに入りました。
パソコンをいじっていると、仮想通貨取引所のホームページを見つけました。
「こんな通貨は絶対に値上がりしないな」
思っていると、どこからか声が聞えてきました。
「買っておきなさい。数年後にはあなたは億万長者ですよ」
 以前も声がいったとおり仕事がみつかったので、宝くじを買うような気持ちで5000円分のビットコインを買いました。その時のビットコインの価格は10円でした。
 数年後、夢のようなことが起こったのです。家電店のテレビを観ていたら、ビットコインの価格が猛烈に値上がりしているニュースが流れたのです。それも信じられないような価格で。
「わおー、総資産が10億円になってる」
いままで雪の家に住んだり、木の下で野宿していた男の人でしたが、いまは故郷に帰ってりっぱな豪邸を買って贅沢に暮らしているそうです。世の中にはこんな幸運な人もいるのです。 



(オリジナルイラスト)




(未発表童話です)




2018年1月9日火曜日

冬の砂浜の家

 すっかり冬になって、毎日、冷たい北風が砂浜の上をヒューヒューと吹いていました。貝殻たちは寒そうに砂の中にもぐり込んでいました。
 砂浜のすぐ後ろに家がありました。窓は閉じられていてとても静かです。
「夏はよかった。早く冬が去ってくれないかな」
 家は退屈そうにぼんやり海を見ていました。
 ときどきどこからか野良犬がやってきて、壁によりかかって風を避けていました。
 ある日猛烈な風が吹きました。波は山くらいに盛り上がり、家のすぐそばまで流れてきました。
「これじゃ、今夜は心配で眠れない」
 海の水はそのあとも流れてきて、家のまわりを取り囲んだりしました。
「ああ、冷たい。体が震えっぱなしだ」
 夜になって砂浜の向こうから誰か歩いてきました。背中にマンドリンをしょってとても寒そうです。家を見つけると近寄ってきました。
「よかった。あの家で風を避けよう」
 やってくると嬉しそうに壁に寄りかかりました。
「今日はひどい天気だった。稼ぎもぜんぜんなかった。ああ、寒い。暖をとろう」
 砂の上に散らばっている枯れ木を集めてくると、火を起こしました。
 火は風を避けながら赤々と燃えました。
「ああ、暖かい。今夜はなんとか眠れそうだ」
 火でお湯を沸かすとお茶を入れて飲みました。身体が温まると、マンドリンを手に持ってポロンポロンと弾きはじめました。
 焚火の火で暖かくなった家も、しずかに耳を傾けていました。
「いい曲だ。イタリアの曲だな。むこうは暖かくて、オリーブやオレンジがたくさんとれる国だ」
 聴きながら、去年の冬にもここへやってきたひとりの三味線弾きを思い出しました。
「あの演奏家の腕もよかった。津軽三味線をガンガン鳴らして一晩中弾いていた。やっぱり乞食みたいな人だった。いま何処にいるのかな」
 三味線の音を懐かしく思い出しながら、冬がもっと厳しい東北の海のことを考えたりしました。そのあいだにもときどき強い風が吹いて、家をガタガタと揺らしました。でも、その夜はマンドリンの明るい音色を聴いて楽しく過ごせました。
 朝になると風はおさまりました。海は昨日と打って変わったように静かでした。
 昨夜のマンドリン弾きは知らないうちにどこかへ立ち去って行きました。砂の上には昨夜の焚火の跡が寂しく残っていました。











(未発表童話です)





2017年12月27日水曜日

岬のオルゴール館

 いつのことだったか、今ではよく覚えていない。ずいぶん昔のことだ。夢だったのか現実の出来事だったのかさえわからない。
 その頃、ひとりで日本海に面した淋しい海岸を歩いていた。季節は初夏で、風も弱い穏やかな日だった。仕事もしてなかった頃で、なんとなく海の絵が描きたくなって、スケッチブックとパステルを入れたバックを持って電車に乗り、この海岸へやってきた。
 近くに砂浜があり、後ろの松林のところに錆びついたベンチがあったので、そこに座って絵を描きはじめた。二、三時間も描いているうちに、疲れて眠くなってきた。ベンチに寝ころんでウトウトしていたときだった。どこからか風に流されて花のいい匂いがした。
「近くに花畑があるのだろうか」
 起き上がって周りを見渡した。前方は海だし、後ろには広い松林があるだけである。その匂いは松林の中から流れてくるみたいだった。細い小道を見つけたので歩いて行った。道は曲がりくねってどこまでも続いていた。松の木の間から海がときどき見えた。
 しばらく歩いて行くと、小道の向こうが明るくなってきた。松林を出ると、一面に黄色いスイセンの花が咲いていた。まるで花畑だ。すぐ傍は岬だった。 
「あれっ、岬の先端に建物が建っている。洋館だ」
 その建物は岩場の上にぽつんと建っていた。周りに柵があり、中を覗くと小さな庭があった。その庭にも花が咲いていた。門が開いていたので中へ入ってみた。洋館の一階のひとつの窓が開いている。ガラスは割れていた。
「空き家だろうか」
 窓の所へ行って中を覗き込むと、昔のオルゴールがたくさん置いてあった。古いテーブルやソファーなどもあり、みんな古ぼけて埃をかぶっていた。
「どうせ誰も住んでいないのだろう。入ってみるか」
 玄関の扉を押してみた。ギーイという音がして扉が動いた。鍵は掛かっていなかった。中へ入るとずいぶん暗かった。そのときどこからかオルゴールの音が聴こえてきた。
「誰かいるのかな」
 あとで分かったのだが、扉を開けると自動でオルゴールが鳴る仕掛けだった。
 部屋のまわりにはオルゴールがぎっしり置かれている。ドイツ製の2メートルもある大きなものやイタリア製、フランス製、アメリカ製、ロシア製などのオルゴールもあった。
 ドイツ製のオルゴールの蓋をあけて聴いてみることにした。ハンドルを回すと流れてきたのはドイツの民謡だった。
 曲名は知らなかった。どうしたわけか聴いているうちに何度も睡魔に襲われた。それでソファーに腰かけて聴くことにした。やがて眠ってしまった。しばらくしてから目を開けてみると、いままで薄暗くガランとしていた部屋の中がとても明るい。埃をかぶっていたオルゴールがつやつや光って音を鳴らしている。窓の外を見ると驚いた。
 見えるのは海ではない。古いドイツの町並みだった。町の後ろに高い山が見える。岩山で頂上は雪をかぶっている。
「あ、ここは昔のドイツの町だ。時代は18世紀頃かな。レンガ造りの家が立ち並び、道には馬車が走っていたり、地味なドレスを着た婦人たちが歩いている。珈琲店や酒場もある。
 広場では、グリムの「ハーメルンの笛吹き男」の衣装を身に着けた人物が通行人の前で笛を吹いている。そばでアコーディオン弾きが伴奏をしている。ロマンチック街道の中世都市がそこにあるみたいだった。
「ちょっと町を歩いてみるか」
 部屋を出ると、石畳の道を歩いて行った。
 商店街らしくいろんな店があった。家具屋、衣服屋、帽子屋、靴屋、パン屋、酒屋、時計屋、オルゴールの店もあったので覗いてみた。大小さまざまなオルゴールが並んでいた。そのとなりにヴァイオリン工房があり、職人たちが働いていた。ちょうど出来たばかりのヴァイオリンにニスを塗っている職人がいた。ニスの匂いもなんだか心地よい。声を掛けたが、何も答えてくれない。私の姿が見えないのだろうか。
 見ているうちに、町並みをスケッチしたくなった。スケッチブックとパステルを取り出して描いてみた。12色しか持って来なかったのを後悔した。もっとたくさんの色でこの町を描いてみたかった。
 もうすぐ仕上がると思ったとき、周囲がぼんやりした。気がつくと、薄暗いオルゴール館のソファーの上で眠っていた。窓の外は前のように海だった。オルゴールはゼンマイが緩んで音楽は終わっていた。
「不思議な夢だった」
 ドイツ製のオルゴールのとなりにはイタリア製のオルゴールがあった。こちらは箱型の小型のものだった。ネジを巻き蓋を開けてみると、古いイタリアのカンツォーネが流れてきた。聴いているうちにまた眠気をもようして、ウトウトしながらソファーの上で眠ってしまった。
 気がつくと、窓の外はとても明るかった。太陽の光が眩しく照りつけていた。ぼんやりしながら部屋の中を観ると、昔のフィレンツェの町の下宿屋の中だった。窓の外は運河だった。ゴンドラが行き来していた。下宿屋の窓から洗濯物が見えたり、歌を歌っている人もいた。どこからかマンドリンの音色が聴こえてきた。
「二階からだ」
 ドアを開けて階段を登って行った。廊下の突き当りの部屋から聴こえてくる。ドアは開いていた。その部屋の中に人がいた。
 その人はあごヒゲを生やした音楽家らしい男だった。マンドリンを弾きながら五線紙に曲を書いていた。出来た箇所を何度もためしに弾いていた。部屋の床には、書き損じた五線紙があちこちに散らばっていた。
 声をかけてみたが、男は返事をしなかった。やはり私の姿が見えないらしい。
 となりの部屋にオルゴールがあり、奥さんらしい女性が子供にオルゴールを聴かせていた。オルゴールが止まると同時に、周囲がぼんやりした。
 目が覚めてそれも夢だと分かった。部屋の中はもとのように薄暗いオルゴール館の中だった。
 イタリアのオルゴールのとなりには、フランス製の豪華なオルゴールが置かれていた。
デザインがいいので驚いた。さっそくネジを巻いて聴いてみた。フランスの古い民謡だった。そのうち再び睡魔に襲われて、すぐにウトウト眠ってしまった。
 目を覚ましてみると、フランスの金持ちの屋敷だった。ルイ16世の複製画が壁に飾ってある。部屋の中に人がいる。若い女性が椅子に腰かけている。モデルなのだ。その向こうで若い画家が大きな板のキャンバスに絵を描いている。周りからオルゴールの音が聴こえてくる。モデルも暇なもんだから流れてくる音楽を聴いているのだ。絵はクラシックな画風だが、なかなか上手いものだ。
 窓の外は庭園だった。日が照っていて暖かい日だ。庭師が木の剪定(せんてい)をしている。東屋には羽帽子をかぶった二人の女性が腰かけて紅茶を飲んでいる。
 絵の制作はもうすぐ終わるらしい。画家は最後の仕上げをしている。
 眺めながら、私もそんなアトリエの様子をパステルでスケッチした。やがてオルゴールの音が止まった。同時に周囲がぼんやりした。気がつくと薄暗いオルゴール館のソファーで眠っていた。
 次に聴いたのはアメリカ製のオルゴールだった。ラベルに「レジーナ社1890年」と記載されている。
 ディスク・オルゴールで、十枚の大きな金属板で出来た円盤が入っており、好みの円盤を選んでセットすると音楽が聴ける。当時はジューク・ボックスとして使われたオルゴールである。
 ネジを巻いてボタンを押した。軽快なアメリカ民謡が流れた。
周囲がぼんやりした。また音楽を聴いてるうちにウトウト眠ってしまった。
 目が覚めると、そこはアメリカ西部の酒場だった。賑やかでカウボーイたちが酒を飲んでいた。テーブルのあちこちでトランプをやっている男たちがいる。酒場の隅にオルゴールが置かれ、ときどき主人が音楽を流した。
 客席の奥にステージがあった。厚化粧した金髪の女性歌手が現れて、カントリーミュージックを歌っている。カウボーイの帽子をかぶり、ワインレッドのミニドレスはずいぶん派手である。
 誰が入れてくれたのかテーブルの上にお酒が置いてあった。喉が渇いていたのでグイーッと飲んでしまったが、ずいぶん強い酒だったので、すぐに酔っぱらってその場で寝込んでしまった。
 目が覚めると、やはりオルゴール館のソファーで眠っていた。
「やれやれ、どれも不思議な夢ばかりだ」
 アメリカ製のオルゴールのとなりには、ロシア製のオルゴールがあった。こちらは珍しいペーパー式のオルゴールだった。紙に細かい穴が開いており、それを木箱の中に入れて、ハンドルを回すと音楽が流れる仕組みだ。手回し式の小型のものから人間の背丈くらいあるゼンマイで動く大型のものまであった。大型のものを聴いてみた。ネジを巻きボタンを押すとペーパーが動き出して、音が鳴り始めた。音色もいい。
 音楽が流れると周囲がぼんやりしてまた眠ってしまった。
 目が覚めると、そこは 冬のロシアのある屋敷だった。暖炉に火が着いている。ロシア正教会の鐘の音が家の中まで聴こえてくる。
 窓の外を見ると、一台のトロイカが走ってきた。駅馬車だった。私もその駅馬車に乗りたくなった。部屋を出ると、玄関の戸を開けてみたが、あまりの寒さに部屋へ引き返した。
「オーバーはないかな」
 洋服ダンスがそばにあり、中に毛皮のオーバーと毛皮の帽子が入っていた。
「ちょっと借りよう」
 それを着て駅馬車の方へ走っていった。駅馬車はまだ止まっていた。私を乗せると動き出した。駅馬車は走って行った。
 町を抜けると広大な雪の原野を走って行く。空は灰色の雲に覆われて、雪道は硬く凍りついていた。やがて雪が降り始めた。そして見る間に猛吹雪になった。
 あまりの寒さに途中で馬は凍死した。御者も意識がない。馬車はすっかり雪に埋もれてしまった。私も寒さのために死んだようになっていた。
 ふと目が覚めた。そこはロシアの農家だった。私はベッドの中で眠っていた。助けられたのだ。
 となりの部屋からオルゴールの音色が聴こえてきた。そっとベッドを出てドアを開けてみると、この家の住人たちが夕食を済ませて、居間でお茶を飲みながら聴いていた。
オルゴールの曲は、ロシア民謡だった。
「なんて曲だったかな。ああ、黒い瞳だ」
 ロシアの民謡は哀愁があるのでいいなと思った。音楽が終わると周囲がぼんやりした。
 目が覚めると、オルゴール館のソファーに寝ていた。古ぼけたロシアのオルゴールは鳴りやんでいた。なんにも変わらない部屋の中だった。窓の外は海が広がっていた。
「今日はこの洋館の中で不思議な体験をいくつもした。さあ、そろそろ帰ろう。夕日が海の向こうへ沈んでいく」
 その洋館をあとにするとき、パステルで簡単にその洋館をスケッチした。

 長い年月が経った。あの洋館のことが気になって、その年の秋にもう一度その岬へ出かけて行ったが、岬にはどこにでもあるような淋しい灯台がぽつんと建っているだけだった。
 あの洋館はどこかへ消えたのだろうか。やっぱりあれは夢だったのか。でもスケッチブックには、あの洋館のオルゴールを聴きながら観た夢の記録がしっかりとスケッチされていた。あんな不思議な夢をもう一度見たいものだ。












(未発表童話です)





2017年12月12日火曜日

スズメになった人

 朝、寝ぼけまなこでアパートの窓から外の景色を眺めていたら、電線の上にスズメが一羽止まっていた。別に不思議なことではない。でもよーく観て驚いた。顔が人間なのだ。それにどうしたわけか二日酔いみたいな顔をしている。
 嘴がなくて、人間の口だし、目もそうだ。顔だけ羽毛も生えていない。でもきょろきょろと顔がよく動く。見た目はスズメに違いない。
「夢でも観てるのかな」
洗面所へ行き顔を洗った。戻ってきてからまた外を観た。スズメはいなかった。どこかへ飛んで行ったのだ。
 それからしばらくして異変に気づいた。鼻がずいぶん高くなっている。ちょっと手で触ってみた。ものすごく硬い。それに先が尖っている。もう一度洗面所へ行き、顔を観た。「スズメの顔だ!」
 その日一日、どこへも出かけずにじっと家の中にいた。外に出られるはずがない。
「困ったな。どうしよう。この顔じゃ買い物にも行けないし、散歩にも行けない」
 昼になっても同じことを考えていた。これはすべて夢なのだ。悪夢だ。もう一度寝たら夢から覚めるかもしれない。そう思って昼寝をはじめたがぜんぜん寝つかれない。いろんな心配事が浮かんできた。
「もし夢でなく現実だったら。もしいまだれかやってきたらどうしよう」
 あいにく友だちも少ないのでその心配はない。でも郵便配達員が書留や小包を持って来たらどうしよう。
 考えながらやがて夜になった。お腹なんかぜんぜん空かないので、じっとベットの上で寝ころんでいた。
「あのスズメを観たせいで、とんだことになった。でも、あのスズメの顔はどこかで見たことがある。ーあ、そうだ、俺の顔だ。でもどこへ飛んで行ったのかな」
いろいろ考えているうちに、だんだん眠くなってきた。
「奇跡を待つしかない。朝になったら結果が分かるだろう」
 でもそれから一週間の間、おれの顔はそのままだった。どこへも行けないので部屋の中に閉じこもっているしかなかった。
「ああ、いつまでこんな悪夢がつづくのだろう」
 一週間が経ったある朝のことだった。 
 ずいぶん寝たせいか気分が良い。そのときだった。すぐに気づいた。高くなってた鼻が視界から消えている。もしかしてー。と思って洗面所へ行った。
「あっ、もとどおりの顔になっている」
 その朝は、人生の中で一番嬉しい日だった。すぐにアパートを出ると近所を歩き回った。通行人に出会ってもだれも変な目で俺を見る人はいない。公園へ行ったり、ついでにコンビニで買い物したりして帰ってきた。
 その夜は久しぶりにぐっすりと眠れそうに思った。だけど、そうはいかなかった。何回も変な夢で起こされたからだ。
 最初の日に観た夢はこんなだった。俺はスズメになってどこかの町の空の上を飛んでいた。仲間のスズメも一緒になってそばを飛んでいる。でも、みんな知らん顔してあちこちを飛んでいる。空を飛ぶスピードには驚いた。時速は100キロくらい。羽もよく動くし、少しも疲れを感じない。
 俺は池のある公園の方へ飛んで行った。周りは松林で、日曜日なのかたくさんの人が散歩していた。池のほとりで釣りをしている人や親子連れがベンチに座ってアイスクリームやアイスキャンデーを食べていた。
 池の向こう岸にアイスクリームの屋台が出ていたので、そちらの方へ飛んで行くと、屋台の屋根のうえに止まった。暑い日だったのでアイスクリームが食べたくなった。
 観ると屋台のテーブルの上にアイスクリームの汁がこぼれていた。おじさんがアイスクリームを作っている隙を狙って、さ-っとテーブルに降りてチュッチュとすすった。
「ああ、冷たくてうまい」
食べ終わってからまた空へ舞い上がった。
 公園の松林の中へ入ると、とても涼しくて松の木の枝に止まって休んだ。木の幹にカブト虫が一匹いて樹液を吸っていた。松林の小道を人が歩いていたりみんな楽しそうだった。松林の中を飛びながら、やがて公園を出て、国道の上を飛んで行った。国道にはたくさん車が走っていた。太陽がギラギラ照って暑いので、ときどきアパートやマンシュンのベランダに降りて日陰で休んだ。
 国道のそばにお米屋があった。お米屋の店の中にお米が落ちている。
「あれも食べちゃうか」
 お腹も空いていたので、さっそくそちらへ飛んで行った。
お店の中で、主人がお米を積んでいた。その隙に床に落ちてるお米をつんつん食べて行った。ときどきお米を担いでいる主人に踏まれそうになったけど、全部食べてお店から出て行った。
 二日目に観た夢はこんなだった。その日も太陽がギラギラ照りつける暑い日だった。
 俺は、踏切の信号機の上に暇そうに止まっていた。しばらくしてから信号機が鳴り、電車が向こうから走ってきた。四両編成の電車だった。お客はずいぶん少なかった。ひとり若い女性が本を読んでいた。横顔が魅力的な女性だったので、俺は電車のあとを追いかけて行った。
 すぐに追いついて、ガラス越しに女性の顔を覗き込んだ。テレビドラマによく出ている女優とそっくりな女性だった。でも名前が思い出せなかった。読んでいた本は「鏡の国のアリス」だった。活字の間に、よく知られた挿絵が載っていたから分かった。
 電車はスピードをさらに上げて行く。だんだん疲れて来た。でも、女性のことが気になって、猛烈に羽を動かして飛び続けた。そのときだった。向こうから折り返しの電車が走って来た。でも女性のことばかりに夢中になっていたのでぜんぜん気がつかなかった。
「あーっ!」
 そのあとはどうなったのか知らない。でも、こうして生きているのでうまく電車をさけたのだ。そのあとの記憶はない。
 三日目に観たのはこんな夢だった。俺は陸橋の階段の手すりの上に止まっていた。天気は曇りだった。その日はずいぶん蒸し暑い日だった。
 陸橋の下にテントやダンボールの小屋があちこちに建っていた。向こうから奇妙な男がやってきた。服はぼろぼろで、髪の毛はボサボサだった。
「乞食だ」
 その男の両肩にはカラスが止まっていた。ずいぶん慣れているらしくぜんぜん人間を恐れていない。男は歩きながらゴミ箱を探していた。男がそばまでやって来たとき、その匂いで気分が悪くなってきた。何か月も風呂に入っていないのですごい悪臭だった。
「おれは清潔だった。川でいつも羽と体を洗っているから」
 ゴミ箱を見つけると、中から賞味期限の切れた弁当を見つけて、大喜びしながら向こうの方へ歩いて行った。
 あとをつけて行くと、公園の屋根付きのベンチに座って、カラスに分け前をやりながら食事をしていた。食べ終わると、どこで拾ったのか、しけもくをスパスパ吸っていた。こんな近くで乞食を観たのははじめてだった。
 その公園の離れたベンチにも失業中の30才くらいの男が座っていて、スマホで仮想通貨のチャートを羨ましそうに観ていた。
「ああ、俺もお金があれば、ビットコイン買うのになあ。現在、1ビットコインが200万円だ。今年のはじめ10万円だったから、20倍の値上がりだ。あのとき1ビットコイン買っとけば、安いアパートが借りれたな。たぶん5年後くらいには1000万円まで価格が上がるな。0.01ビットコインいまからでも買っておこうかな。そうしないと人口知能のおかげで、これからますます人間の仕事になくなって、無収入で暮らさなければならなくなるから」
 四日目に観たのはこんな夢だった。
 この日も暑かった。俺は町の川の上を飛んでいた。ときどき手漕ぎボートが下の方に見えた。川幅がだんだん広くなり、やがて行く手に海が見えて来た。近くに広い砂浜があって、海水浴客がたくさんいた。浜茶屋のところでみんなアイスクリームを食べたり、ジュースを飲んでいた。砂浜ではビキニ姿の若い女性が肌を焼いていたり、ビーチバレーをやっていた。子供たちは楽しそうにスイカ割りをしていた。
 海の向こうにテトラポットが見えたので、そちらへ飛んで行った。海は穏やかだった。海の上にくらげが浮かんでいた。すぐ向こうの方に小島が見えた。
「行ってみるか」
 小島に向かって飛んで行った。太陽が眩しくて目を開けていられなかった。汗もたらたら出てくる。小島までの距離はわずかだと思ったけどかなり遠い。だんだんくたびれてきた。
 ようやく小島の砂浜に辿り着いた。林の中から小鳥の声が聴こえてきた。観ると林の中に小さな家が建っている。窓が開いているので人が住んでいるのだ。
 家には小さな庭があって、きれいな花が咲いていた。そのとき家の中から楽器の音が聴こえてきた。弦を上手にはじいて、きれいな音色だった。
「マンドリンか」
 町の公園でも何度か聴いたことある。秋になると、町で路上コンサートがあるので、よく電線に止まって聴いていた。
 林の中を飛んでいる小鳥たちも毎日マンドリンの演奏を聴いているので、みんなの鳴き声がとても美しい。夕方までその島で遊んで、日が沈まないうちに、また海を渡って帰って行った。
 五日目はこんな夢を観た。
 俺は町はずれにある精神病院の中庭の松の木の枝に止まっていた。
木の上から病院の窓を眺めていると、昨日、強制入院させられたひとりの元気そうなお婆さんが、窓の外を眺めていた。
 とても機嫌がいいのか、部屋の中をいったり来たり、にこにこと落ち着きなく歩いていた。俺は窓のところへ飛んで行ってそのお婆さんの様子を眺めていると、丁度昼ごはんになり、お婆さんは俺を見つけると、パンをひとかけら手に持って、窓を開けてくれた。そしておれのすぐそばにパンのかけらを置いてくれた。少しジャムがついていたので、食べるととてもうまかった。
「明日もくれるかな」
 そう思いながら、その日は帰っていった。
 翌日の昼に、俺はまた病院へ行った。窓のところにお婆さんの姿があった。でもなんだか様子が変だ。落ち着きがないのは昨日と同じだけど、凄い目つきで大声を張り上げて機嫌が悪いらしい。同室の患者たちにケンカをふっかけているみたいだった。
「昨日とはずいぶん違うな。これじゃ、パンはくれないかも」
 そう思ったけど、窓のところへとりあえず行ってみた。
でも当たっていた。お婆さんは俺を見つけると、内側からガラスをばんばん叩いて、俺を地面に突き落とそうとしているみたいだった。
「こりゃ、ほんとの病気だ」
あとで分かったけど、そのお婆さんは躁病患者だった。
 六日目に観たのはこんな夢だった。
 となり町の市立図書館の近くに、大きな池のある公園があった。夕方になって、みんな家に帰って行った。夜になってから、白髪頭のおじさんが、カップ酒を買ってきてベンチに座ってひとりで飲んでいた。家でもずいぶん飲んでいたのか、しまいにベンチに寝ころんで眠ってしまった。
 カップ酒にはまだお酒が残っていたので、自分も飲みたくなった。枝からそっと降りて来て、眠っているおじさんに気づかれないように、容器の上に止まった。ぷんぷんお酒のいい匂いがするので、首を伸ばして飲むことにした。お酒は半分も残っているので、首を伸ばしたら届きそうだった。ところが不運にも足を踏み外してカップの中にぼちゃんと落ちてしまった。お酒で身体はびしょびしょに濡れるし、凄いアルコールの匂いで、すっかり酔っぱらってしまった。瓶の口は狭くて容易に飛び立てない。
「困ったどうしよう」
 一時間もお酒に浸かっていると、おじさんが目を覚ました。
 目覚めにカップのお酒を飲もうとしたとき、スズメが入っているので、びっくりして瓶を地面に落した。お酒と一緒に外へ出ることができたので、フラフラしながら空へ舞い上がった。でも気分がすごく悪かった。
 七日目の夢は昨夜の夢の続きだった。 
 明け方、二日酔いで町へ戻ると、三階建てのアパートの前の電線にどうにか止まった。まだフラフラしていたので、電線から落ちないように頑張った。
 朝になって、仲間のスズメたちの声で目が覚めた。
「やれ、今日も暑くなりそうだ」
 考えてると、二階のアパートの窓からひとりの男がこっちを観ている。起きたばかりで寝ぼけまなこだ。
「アパートの中はクーラーがよく効いて涼しいだろうな。俺も一度でいいから人間の生活がしてみたいなあ」
 ぼんやり考えていたら、電線から足をすべられせてしまった。きっと地面に落ちたのだ。そのあとの記憶はまったくない。ー
 俺がそんな奇妙なスズメになった夢を観たのは一週間だったけど、自分の知らない人間のいろんな生活が見みれて、なんだかためになったような気がする。でもあのスズメはいったいどこへ行ってしまったのだろうか。












(未発表童話です)